第1章 「安全神話」から決別し、東電福島第一原発事故の反省と教訓を学ぶ
1-1 福島の着実な復興・再生と事故の反省・教訓への対応
東京電力株式会社福島第一原子力発電所(東電福島第一原発)事故は、福島県民を始め多くの国民に多大な被害を及ぼし、これにより、我が国のみならず国際的にも原子力への不信や不安が著しく高まり、原子力政策に大きな変動をもたらしました。放射線リスクへの懸念等を含む、こうした不信・不安に対して真摯に向き合い、その軽減に向けた取組を一層進めていくとともに、事故の発生を防止できなかったことを反省し、得られた教訓を生かしていくことが重要です。
また、事故から13年が経過した現在も、多数の住民の方々が避難を余儀なくされ、風評被害等の課題が残る等、事故の影響が続いています。東電福島第一原発事故の教訓から学ぶこと及び福島の復興・再生は我が国の今後の原子力政策の原点です。福島の復興・再生に向けて全力で取り組み続けることは重要であり、引き続き以下のような取組が進められています。
- 多核種除去設備(ALPS1)処理水の処分を含む東電福島第一原発の廃炉と事故状況の究明
- 放射性物質に汚染された廃棄物の処理施設、中間貯蔵施設の整備と、廃棄物や除去土壌等の輸送、貯蔵、埋立処分等
- 避難指示の解除と、避難住民の方々の早期帰還に向けた安全・安心対策、事業・生業の再建や風評被害対策等の生活再建に向けた支援への取組
- 福島イノベーション・コースト構想や福島国際研究教育機構を始めとした、復興・再生に向けた取組
(1) 東電福島第一原発事故の調査・検証
① 東電福島第一原発事故に関する調査報告書
事故後、国内外の諸機関が事故の調査・検証を行い、多くの提言等を取りまとめ、事故調査報告書として公表してきました(表 1-1)。
国会に設置された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(国会事故調)の報告書では、規制当局に対する国会の監視、政府の危機管理体制の見直し、被災住民に対する政府の対応、電気事業者の監視、新しい規制組織の要件、原子力法規制の見直し、独立調査委員会の活用、の七つの提言が出されました。提言を受けて政府が講じた措置については、政府は年度ごとに報告書を取りまとめ、国会に提出2しています。2022年度に政府が講じた主な措置は、「令和4年度東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の報告書を受けて講じた措置」(2023年6月閣議決定)に取りまとめられています。
政府に設置された「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)の報告書においても、安全対策・防災対策の基本的視点、原子力発電の安全対策、原子力災害に対応する態勢、被害の防止・軽減策、国際的調和、関係機関の在り方、継続的な原因解明・被害調査、の7項目に関する提言が出されました。政府は、これらの提言を受けて講じた措置についても、報告書を取りまとめています。
表 1-1 東電福島第一原発事故に関する主な事故調査報告書 報告書名 発行元 発行年月 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会報告書 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調) 2012年7月 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会最終報告 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調) 2012年7月 福島原子力事故調査報告書 東京電力株式会社 2012年6月 福島原発事故独立検証委員会調査・検証報告書 福島原発事故独立検証委員会
(民間事故調)2012年2月 福島第一原子力発電所事故
その全貌と明日に向けた提言
-学会事故調 最終報告書-一般社団法人日本原子力学会
東京電力福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会(学会事故調)2014年3月 学会事故調最終報告書における提言への取り組み状況(第1回調査報告書) 一般社団法人日本原子力学会
福島第一原子力発電所廃炉検討委員会2016年3月 福島原発事故10年検証委員会
民間事故調最終報告書一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 2021年2月 福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会報告における提言の実行度調査-10年目のフォローアップ- 一般社団法人日本原子力学会
学会事故調提言フォローワーキンググループ2021年5月 The Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident: OECD/NEA Nuclear Safety Response and Lessons Learnt 経済協力開発機構/原子力機関
(OECD/NEA)2013年9月 The Fukushima Daiichi Accident Report by the Director General 国際原子力機関(IAEA) 2015年8月 Five Years after the Fukushima Daiichi Accident: Nuclear Safety Improvement and Lessons Learnt 経済協力開発機構/原子力機関
(OECD/NEA)2016年2月 Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident, Ten Years On Progress, Lessons and Challenges 経済協力開発機構/原子力機関
(OECD/NEA)2021年3月 (出典)内閣府作成
② 事故原因の解明に向けた取組
国会事故調や政府事故調、国際原子力機関(IAEA3)事務局長報告書等において、事故の大きな要因は、津波を起因として電源を喪失し、原子炉を冷却する機能が失われたことにあるとされています。
原子力規制委員会では、国会事故調報告書において未解明問題として指摘されている事項について継続的に調査・分析を行っており、以下の報告書を公表しました。
2014年10月 「東京電力福島第一原子力発電所事故の分析 中間報告書」 2021年3月 「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ~2019年9月から2021年3月までの検討~」 2023年3月 「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ(2023年版)」 今後の廃炉作業の進捗等に伴って明らかにされる事項等の存在も念頭に、東京電力ホールディングス株式会社(東京電力)の取組も踏まえつつ、原子力規制委員会において調査・分析を継続することとしています。なお、原子力規制委員会は、事故分析と廃炉作業を両立するために必要な事項について関係機関と公開で議論・調整する場として「福島第一原子力発電所廃炉・事故調査に係る連絡・調整会議」を2019年に設置しています。
経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA4)は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(原子力機構)を運営機関として「福島第一原子力発電所の原子炉建屋及び格納容器内情報の分析(ARC-F5)」プロジェクトを2019年1月から2021年12月にかけて実施しました。同プロジェクトは、詳細に事故の状況を探り、今後の軽水炉の安全性向上研究に役立てることを目的としたものです。2022年7月には過去に実施したPreADES6、BSAF7、ARC-Fプロジェクトを統合した「福島第一原子力発電所事故情報の収集及び評価(FACE8)プロジェクト」を開始し、2026年まで実施予定です(図 1-1)。FACEプロジェクトでは、シビアアクシデント条件下での事故耐性燃料の材料挙動に関する研究や、福島第一原子力発電所以外の原子炉設計を対象とした検討など、その対象範囲を拡張した検討が実施されています。また、2017年に開始した「福島第一原子力発電所の事故進展シナリオ評価に基づく燃料デブリと核分裂生成物の熱力学特性の解明に係る協力(TCOFF9)プロジェクト」の第2フェーズを2022年8月から開始しており、2025年8月まで実施予定です。第1フェーズで得られた成果をベースに東電福島第一原発以外も含めた検討を行うなど、範囲を拡大した取組が実施されています。
図 1-1 OECD/NEAによる東電福島第一原発事故に関する分析プロジェクトの変遷
(出典)OECD/NEAウェブサイトを基に内閣府作成
コラム ~東京電力福島第一原発の事故進展に関する検証状況~
東電福島第一原発事故から13年以上が経過しましたが、事故進展についてはいまだに不明な点も残っており、事故を起こした東京電力や原子力規制委員会等による調査・研究が継続的に進められています。当該事故は、これまで経験したことのない複雑かつ大規模なものであり、その進展過程やメカニズムを解明することは、今後の原子力利用の安全性向上とともに、廃炉作業のマネジメント向上にも資する重要な取組です。事故後の時間の経過に伴う放射能の減衰に加え、同発電所における廃炉作業の進展により、空間線量率の低下等、敷地内の環境も改善してきています。また、ロボット技術など現場の情報を得る手法の進歩を背景として、事故進展の解明が更に進むことが期待されます。
<原子力規制委員会の取組>
原子力規制委員会では、2013年に設置された「東京電力福島第一原子力発電所における事故の分析に係る検討会」において継続的に調査・分析を進めてきています。2021年及び2023年には網羅的な検討ではないとしつつも、その時点での理解・認識に基づき、「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ」を公表しています。配管等の設備の放射線量や損傷状況の調査、事故当時の映像確認、関連試験・シミュレーションの結果等を踏まえた上で、事故当時のベントガスの逆流の可能性、放射性物質の蓄積をもたらす水蒸気凝縮等のメカニズム解明、水素爆発時の爆発力に対する水素以外の成分(可燃性有機化合物)の寄与の可能性の検証等が進められています。
原子力規制委員会によるベントラインの汚染パターンに係る再現解析(RELAP5コード)
(出典)原子力規制員会 東京電力福島第一原子力発電所における事故の分析に係る検討会「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ(2023年版)」(2023年)
<大阪大学による取組>
大阪大学では、工学研究科内に有する最新の研究資源を用い、アカデミックな立場から事故の状況把握と進展メカニズムの究明等を進めるため、2022年10月に「1F(福島第一原子力発電所)-2050」(通称「1F-2050」)という独立した組織を設立し、原子力規制委員会等と連携し調査研究を進めています。1F-2050の当面の活動としては、1号機の内部調査の結果明らかになった、①鉄筋部及びインナースカートはほぼ原形を留めて残存する中、ペデスタル注1開口部付近のコンクリート(両側)がかなりの範囲にわたって喪失している点、②ペデスタル外周部に広範囲に灰色堆積物が確認される中、堆積物下部の鉄骨・配管の損傷は軽微であった点などに着目し、そのメカニズムの解明に努めています。例えば、コンクリート破損要因に関しては、余震などで発生した追加的な機械的破損、高温状態等の下での水/水蒸気との反応、炉心溶融物との反応の3つのシナリオを中心に慎重に検討を進めています。
検討に当たっては、事故にあった発電所のコンクリートを使用して試験するのが望ましいですが、管理区域外に持ち出すのは制約があるといった課題があるため、高等専門学校の協力により作成した模擬的なコンクリートを活用注2した様々な試験を行いつつ、高温下や海水の存在下でのコンクリートや鉄筋の溶融温度の違い等の影響評価を進めています。
この他にも東京電力はもとより学会なども事故進展解明に向けた取組を進めています。事故から13年が経過し、試験や実証等を実施するための予算などのリソース確保が課題ですが、これら事故調査が進み、未解明の部分も多い福島第一原発の複雑な事故進展過程が1つずつ明らかになることによって、国内外の原子力施設の安全性向上に貢献することが大いに期待されます。注1: 原子炉本体を支える基礎
注2: 資料編8「第1~9章 参考資料」の参考資料1-1を参照
1号機ペデスタル開口部付近の状況
(出典)原子力規制員会 東京電力福島第一原子力発電所における事故の分析に係る検討会「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ(2023年版)」(2023年)
(2) 福島の復興・再生に向けた取組
① 被災地の復興・再生に係る基本方針
東電福島第一原発事故により、発電所周辺地域では放出された放射性物質による環境汚染が引き起こされ、現在も多数の住民の方々が避難を余儀なくされているなど、事故の影響が続いています。このような状況に対処するため、原子力災害対策本部及び復興推進会議の下、政府一丸となって福島の復興・再生の取組を進めています(図 1-2)。
2021年4月には、「廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議」の下に「ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議」が設置されるなど、廃炉・汚染水・処理水対策チームは東電福島第一原発の廃炉や汚染水・処理水対策への対応を行っています。原子力被災者生活支援チームは避難指示区域の見直しや原子力被災者の生活支援等の役割を担っています。復旧・復興の取組として、復興庁は、長期避難者への対策や早期帰還の支援、避難指示区域等における公共インフラの復旧等の対応を行っています。環境省は、放射性物質で汚染された土壌等の除染や廃棄物処理、除染に伴い発生した土壌や廃棄物を管理・保管する中間貯蔵施設の整備、ALPS処理水に係る海域モニタリング等に取り組んでいます。福島の現地では、原子力災害対策本部の現地対策本部、廃炉・汚染水・処理水対策現地事務所、復興庁の福島復興局、環境省の福島地方環境事務所が対応に当たっています。
図 1-2 福島の復興に係る政府の体制(2024年3月時点)
(出典)復興庁「福島の復興・再生に向けた取組」(2024年)
東日本大震災から13年が経過する中、政府は2021年度から2025年度までの5年間を「第2期復興・創生期間」と位置付けています。2021年3月には「『第2期復興・創生期間』以降における東日本大震災からの復興の基本方針」が閣議決定され、福島の復興・再生には中長期的な対応が必要であり、第2期復興・創生期間以降も引き続き国が前面に立って取り組むことが示されました。また、2024年3月には進捗状況を踏まえ必要な見直しを行い、「『第2期復興・創生期間』以降における東日本大震災からの復興の基本方針の変更について」を閣議決定しました。避難指示が解除された地域における生活環境の整備、長期避難者への支援、特定復興再生拠点区域の整備、特定帰還居住区域の避難指示解除に向けた取組、福島イノベーション・コースト構想の推進、福島国際研究教育機構の取組、事業者・農林漁業者の再建、風評の払拭に向けた取組等を引き続き進めるとともに、新たな住民の移住・定住の促進、交流人口・関係人口の拡大等を行い、第2期復興・創生期間の5年目に当たる2025年度に復興事業全体の在り方について見直しを行うとしています。
② 放射線影響への対策
1) 避難指示区域の状況
東電福島第一原発事故を受け、年間の被ばく線量を基準に避難指示区域として避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域が設定されました(表 1-2)。避難指示区域に指定された各区域の避難指示の解除は、年間積算線量等の要件を踏まえて行われています(表 1-2、図 1-3)。
避難指示解除準備区域、居住制限区域では、除染作業、インフラ整備等の進捗により、2020年3月までに、全ての区域の避難指示が解除されました。
帰還困難区域では、区域内に、避難指示を解除して居住を可能とすることを目指す特定復興再生拠点区域10が設定されて除染作業、インフラ整備等が進められ、2023年11月までに、全ての特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました11(図 1-4)。また、帰還困難区域内の特定復興再生拠点区域外については、2020年12月に決定された「特定復興再生拠点区域外の土地活用に向けた避難指示解除について」(原子力災害対策本部)に基づき、意向を有する地元自治体を対象として、土地活用に向けた避難指示解除の仕組みを措置していました12。さらに、2021年8月には「特定復興再生拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除に関する考え方」(原子力災害対策本部・復興推進会議)が示され、2020年代をかけて、帰還に関する意向を個別に丁寧に把握した上で、帰還に必要な箇所を除染し、避難指示解除の取組を進めていく政府方針が決定されました。
この政府方針を実施するため、特定復興再生拠点区域外に帰還する住民の生活の再建を目指すための「特定帰還居住区域」を創設する規定を含む「福島復興再生特別措置法の一部を改正する法律」が2023年6月に公布・施行されました。市町村長は、特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設の整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」を作成し、内閣総理大臣の認定を受け、認定された計画に基づき国による除染等の実施や道路・上下水道等のインフラ整備等の避難指示解除に向けた取組を進めることとなります(図 1-5)。2024年4月までに1回目の帰還意向の確認を踏まえ、大熊町・双葉町・浪江町・富岡町の4町における特定帰還居住区域復興再生計画が認定されました。大熊町及び双葉町の特定帰還居住区域については2023年12月に除染等が開始されており、浪江町及び富岡町の特定帰還居住区域についても早期の除染等の開始に向けて準備が進められています。
表 1-2 避難指示区域と避難指示解除の要件 避難指示区域 避難指示解除の要件 [避難指示解除準備区域]
年間積算線量が20mSv以下となることが確実であると確認された区域[居住制限区域]
年間積算線量が20mSvを超えるおそれがあると確認された区域[帰還困難区域]
2012年3月時点での年間積算線量が50mSvを超え、事故後5年間を経過してもなお、年間積算線量が20mSvを下回らないおそれがあるとされた区域①空間線量率で推定された年間積算線量が20mSv以下になることが確実であること
②電気、ガス、上下水道、主要交通網、通信等の日常生活に必須なインフラや医療・介護・郵便等の生活関連サービスが概ね復旧すること、子供の生活環境を中心とする除染作業が十分に進捗すること
③県、市町村、住民との十分な協議
(出典)原子力災害対策本部「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」(2011年)を基に内閣府作成
(注)黒枠囲いのエリアは避難指示区域の見直しが完了した2013年8月時点で帰還困難区域とされた範囲
図 1-3 空間線量から推計した年間積算線量の推移
(出典)文部科学省「文部科学省による第4次航空機モニタリングの測定結果について」(2011年)及び原子力規制委員会「福島県及びその近隣県における航空機モニタリングの結果について」(2023年)を基に内閣府原子力被災者生活支援チーム作成
図 1-4 避難指示区域の変遷
(出典)内閣府原子力被災者生活支援チーム「避難指示区域の見直しについて」(2013年)、第11回原子力委員会資料第2号 内閣府原子力被災者生活支援チーム「福島における避難指示解除と本格復興に向けて」(2022年)等を基に内閣府作成
図 1-5 特定復興再生拠点区域外(特定帰還居住区域)の避難指示解除の流れ
(出典)内閣府原子力被災者生活支援チーム提供資料
2) 食品中の放射性物質への対応
2012年4月に、厚生労働省では、より一層の食品の安全と安心の確保をするために、事故後の緊急的な対応としてではなく、長期的な観点から新たな基準値を設定しました。この基準値は、コーデックス委員会13が定めた国際的な指標を踏まえ、食品の摂取により受ける放射線量が年間1mSvを超えないようにとの考え方で設定されています(図 1-6)。
図 1-6 食品中の放射性物質の新たな基準値の概要
(出典)厚生労働省「食品中の放射性物質の新たな基準値」(2012年)
食品中の放射性物質については、原子力災害対策本部の定める「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」(2011年4月策定、2024年3月改正)を踏まえ、17都県14を中心とした地方公共団体によって検査が実施されています。農林水産物に含まれる放射性物質の濃度水準は低下しており、2023年度は、農畜産物の栽培中の汚染による基準値超過はなく、水産物、きのこ・山菜類でも基準値を超過したものはごくわずかです(表 1-3)。
福島県産米については、2012年から全量全袋検査により安全性の確認が行われてきましたが、カリウム肥料の追加施用による放射性物質の吸収抑制等の徹底した生産対策も奏功し、2015年からは基準値を超えるものは検出されていません。そのため、2020年産米からは、被災12市町村15を除く福島県内全域において、全量全袋検査から旧市町村16ごとに3点の検査頻度で実施するモニタリングへと移行しています。また、2022年産米からは広野町と川内村が、2023年産米からは田村市についてもこのモニタリングへと移行しています。
また、厚生労働省は、全国15地域で実際に流通する食品を対象に、食品中の放射性セシウムから受ける年間放射線量の推定を行っています。2023年2・3月の調査では、年間上限線量(年間1mSv)の0.1以下と推定されています17。
諸外国・地域では、東電福島第一原発事故後に輸入規制措置が取られました。2024年1月24日時点で、規制措置を設けた55の国・地域のうち、48の国・地域で規制措置が撤廃され、輸入規制を継続している国・地域は7になっています(表 1-4)。2023年度は、8月に欧州連合(EU)、欧州自由貿易連合(EFTA18(アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン))で輸入規制が撤廃19された一方で、ALPS処理水の海洋放出20に伴い、中国、香港、マカオ、ロシアにおいて輸入停止が措置21されました。東電福島第一原発事故後の輸入規制の撤廃を求めるほか、風評被害を防ぐため、我が国における食品中の放射性物質への対応等について、より分かりやすい形で国内外に発信していくなどの取組が継続されています22。
加えて、ALPS処理水の海洋放出に伴う輸入規制強化等、一部の国・地域の科学的根拠に基づかない措置の即時撤廃を求めていくとともに、全国の水産業支援に万全を期すべく「『水産業を守る』政策パッケージ23」(2023年9月)をまとめ、令和5年度補正予算でも必要額を計上し、国内消費拡大・生産持続対策等が進められています。さらに、輸出に係る被害が生じた国内事業者には、東京電力が丁寧に賠償を行うよう指導しています。
表 1-3 農林水産物の放射性物質の検査結果(17都県) 品目 基準値超過割合 2021年度注1 2022年度注1 2023年度注1 農畜産物 米 0% 0% 0% 麦 0% 0% 0% 豆類 0% 0% 0% 野菜類 0% 0% 0% 果実類 0% 0% 0% 茶注2 0% 0% 0% その他地域特産物 0% 0% 0.8%注4 原乳 0% 0% 0% 肉・卵(野生鳥獣肉除く) 0% 0% 0% きのこ・山菜類 1.2% 0.8% 0.8% 水産物注3 0.03% 0.01% 0% (注1)穀類(米、大豆等)について、生産年度と検査年度が異なる場合は、生産年度の結果に含めている。
(注2)飲料水の基準値(10Bq/kg)が適用される緑茶のみ計上。
(注3)水産物については全国を集計。
(注4)ソバ。収穫・調製作業において使用した器具からの交差汚染によるもの。
(出典)農林水産省「令和5年度の農産物に含まれる放射性セシウム濃度の検査結果(令和5年4月~)」に掲載の「平成23年3月~現在(令和6年3月31日時点)までの検査結果の概要」を基に内閣府作成
表 1-4 諸外国・地域の食品等の輸入規制の状況(2024年1月24日時点) 規制措置の内容/国・地域数 国・地域名 事故後
輸入規制
を措置
55規制措置を撤廃した国・地域 48 カナダ、ミャンマー、セルビア、チリ、メキシコ、ペルー、ギニア、ニュージーランド、コロンビア、マレーシア、エクアドル、ベトナム、イラク、豪州、タイ、ボリビア、インド、クウェート、ネパール、イラン、モーリシャス、カタール、ウクライナ、パキスタン、サウジアラビア、アルゼンチン、トルコ、ニューカレドニア、ブラジル、オマーン、バーレーン、コンゴ民主共和国、ブルネイ、フィリピン、モロッコ、エジプト、レバノン、アラブ首長国連邦(UAE)、イスラエル、シンガポール、米国、英国、インドネシア、欧州連合(EU)、欧州自由貿易連合(EFTA (アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン)) 輸入規制を継続して措置
7一部の都県等を対象に輸入停止 5 中国、香港、マカオ、韓国、台湾 一部又は全ての都道府県を対象に検査証明書等を要求 2 ロシア、フランス領ポリネシア (注)規制措置の内容に応じて分類。規制措置の対象となる都道府県や品目は国・地域によって異なる。
(出典)農林水産省「原発事故に伴う諸外国・地域の食品等の輸入規制の概要」(2024年1月24日現在)を基に内閣府作成
③ 放射線影響の把握
1) 放射線による健康影響の調査
福島県は県民の被ばく線量の評価を行うとともに、県民の健康状態を把握し、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ることを目的に、県民健康調査を実施しています(図 1-7)。
図 1-7 福島県における県民健康調査の概要
(出典)福島県ウェブサイト「「県民健康調査」の概要図」
この中では基本調査と詳細調査が実施されており、個々人が調査結果を記録・保管できるようにしています。国は、交付金を拠出するなど、県を財政的に支援しています。
国は当面の施策の方向性24に基づき、事故初期における被ばく線量の把握・評価の推進、福島県及び福島近隣県における疾病罹患動向の把握、福島県の県民健康調査「甲状腺検査」の充実、リスクコミュニケーション事業の継続・充実の取組を進めています。
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR25)は2021年3月に、東電福島第一原発事故による放射線被ばくとその影響に関して、2019年末までに公表された関連する全ての科学的知見を取りまとめた報告書を公表しました。同報告書では、被ばく線量の推計、健康リスクの評価を行い、放射線被ばくによる住民への健康影響が観察される可能性は低い旨が記載されています26。
2) 東電福島第一原発事故に係る環境放射線モニタリング
東電福島第一原発事故に係る放射線モニタリングを確実かつ計画的に実施することを目的として、政府は原子力災害対策本部の調整会議にて、「総合モニタリング計画」(2011年8月決定、2024年3月改定)を策定し、関係府省、地方公共団体、原子力事業者等が連携して放射線モニタリングを実施しています。その結果は原子力規制委員会から「東日本大震災以降の環境放射線モニタリング情報27」として公表されており、特に空間線量率については、全国のモニタリングポストによる測定結果をリアルタイムで確認できます。
また、原子力規制委員会では、帰還困難区域等のうち、要望のあった浪江町、大熊町、富岡町、葛尾村、双葉町の区域を対象として、測定器を搭載した測定車による走行サーベイ及び測定器を背負った測定者による歩行サーベイも実施しています(図 1-8)。
海洋モニタリングについては、データの信頼性及び透明性の維持向上のため、IAEAとの協力により、2014年から、東電福島第一原発近傍の海洋試料を共同採取の上、それぞれの分析機関が個別に分析を行い、結果を比較する分析機関間比較を実施しています。2022年採取分の報告書は2023年12月に公開され、日本の分析機関の試料採取方法は適切であり、かつ、分析機関間比較の結果から、海洋試料中の放射性核種の分析に参加した日本の分析機関が、引き続き高い正確性と能力を有している旨を報告しています。また、2023年7月にIAEAが公表したALPS処理水海洋放出の安全性に関する包括報告書では、東京電力はALPS処理水の放出に当たり、適切で精密な分析を実施する能力と持続可能で堅固な分析体制を有すると評価し、また、ALPS処理水放出後も追加のレビューやモニタリングを継続し、国際社会に透明性と安心を提供するとしています。その後、IAEAは、ALPS処理水の放射性核種分析におけるIAEAの分析機関間比較の結果を2023年5月及び2024年1月に、海洋環境中の放射性核種分析における分析機関間比較の結果を2024年1月にそれぞれ公開しています。公開された報告書では、東京電力は正確で精密なALPS処理水の分析能力を有していることに留意し、東京電力が、ALPS処理水の放出中における東京電力福島第一原子力発電所での継続的な技術的ニーズを支えるための持続可能で堅固な分析体制を構築していることを実証した旨が結論づけられています。
図 1-8 大熊町南側における走行サーベイ及び歩行サーベイの結果
(2022年8月23日~25日、31日測定)(出典)原子力規制委員会「帰還困難区域等を対象とした詳細モニタリング結果について(2023年)
④ 放射性物質による環境汚染からの回復に関する取組と現状
1) 除染の取組と除去土壌及び廃棄物の処理
「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」(放射性物質汚染対処特措法)に基づき、福島県内の11市町村の除染特別地域については国が除染を担当し、そのうち帰還困難区域を除く地域については2017年3月に面的除染が完了しました。その他の地域については、国が汚染状況重点調査地域を指定して市町村が除染を実施し、2018年3月に面的除染が完了しました。また、特定復興再生拠点区域では、区域内の帰還環境整備に向けた除染・インフラ整備等が集中的に実施され、2023年11月までに6市町村全ての特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。引き続き、特定帰還居住区域の除染・インフラ整備等が進められており、同年12月に大熊町、双葉町で除染が開始されました。
放射性物質汚染対処特措法に基づき、除染特別地域において発生した除去土壌等及び汚染廃棄物対策地域28(対策地域)の廃棄物については、国が収集・運搬・保管及び処分を担当し、その他の地域については、放射能濃度29が8,000Bq/kgを超えて環境大臣の指定を受けた指定廃棄物は国が、それ以外の除去土壌及び廃棄物は市区町村又は排出事業者がそれぞれ処理責任を負います。
なお、8,000Bq/kg以下に減衰した指定廃棄物については、指定解除を行うことで通常の廃棄物と同様に管理型処分場等で処分することができます。指定解除後の廃棄物の処理については、国が技術的支援及び財政的支援を行うこととしています。
2) 福島県における除去土壌等及び特定廃棄物の処理
イ) 除去土壌等の処理
福島県内の除染に伴い発生した除去土壌等については、ハ)に記載する中間貯蔵施設に搬入し、中間貯蔵開始後30年以内に福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講じるとされています。2024年3月末時点で累積約1,376万m3の除去土壌等(帰還困難区域を含む)が搬入されました。2024年3月に環境省が公表した「令和6年度(2024年度)の中間貯蔵施設事業の方針」では、特定帰還居住区域等で発生した除去土壌等の搬入を進めること等が示されています。
ロ) 特定廃棄物の処理
除去土壌等以外の廃棄物については、「指定廃棄物」と、対策地域にある廃棄物のうち一定要件に該当する「対策地域内廃棄物」の2つが、国が処理責任を負っている「特定廃棄物」とされています(図 1-9)。2023年12月末時点で約43万tが県内で指定廃棄物として指定を受けており、2023年9月末時点で対策地域内の災害廃棄物等約340万tが仮置場に搬入されました。これらの災害廃棄物等は、仮設焼却施設により減容化を図るとともに、金属くず、コンクリートくず等は、安全性が確認された上で再生利用を行っています。特定廃棄物のうち、放射能濃度が10万Bq/kgを超えるものは中間貯蔵施設に、10万Bq/kg以下のものは富岡町にある既存の管理型処分場(旧フクシマエコテッククリーンセンター)30と大熊町にある既存の管理型処分場(クリーンセンターふたば)31に搬入することとされており、2024年3月末時点で、富岡町では累計296,525袋、大熊町では累計7,174袋の廃棄物が管理型処分場へ搬入されています。また、当該処分場に搬入する廃棄物のうち放射性セシウムの溶出量が多いと想定される焼却飛灰等については、安全に埋立処分できるよう、セメント固型化処理が行われています。
図 1-9 福島県内における土壌などの処理フロー
(出典)環境省提供資料
ハ) 中間貯蔵及び最終処分に向けた取組
福島県内の除去土壌等及び10万Bq/kgを超える特定廃棄物等を最終処分するまでの間、安全に集中的に管理・保管する施設として中間貯蔵施設が整備されています。除去土壌の最終処分については、「中間貯蔵・環境安全事業株式会社法」において「中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」ことが規定されています。県外最終処分の実現に向けて、最終処分量を低減するため、政府は除去土壌等の減容・再生利用に係る技術開発の検討を進めるとともに、再生利用の実証事業を実施してきました。
福島県飯舘村長泥地区における実証事業では順次栽培試験を実施し、2020年度、2021年度に栽培した作物の放射能濃度は一般食品の基準値を大きく下回りました。農地造成については、2021年4月に着手した除去土壌を用いた盛土が2022年度末までにおおむね完了しました。2023年度は水田試験等を実施し、水田等に求められる機能をおおむね満たすことを確認しました。これまでに実証事業で得られたモニタリング結果からは、施工前後の空間線量率に変化がないこと、農地造成エリアからの浸透水の放射性セシウム濃度は概ね検出下限値(1Bq/L)未満であることなどの知見が得られています。
また、道路整備での再生利用について検討するため、2022年10月に着工した中間貯蔵施設内における道路盛土の実証事業については、2023年10月に工事を完了しました。モニタリング結果から、施工前後の空間線量率に変化がないこと、作業者の追加被ばく線量が1mSv/年以下であることなどの知見が得られています。こうした知見から、再生利用を安全に実施できることを確認しています。
減容等技術の開発に関しては、2023年度も福島県大熊町の中間貯蔵施設内に整備している技術実証フィールドにおいて中間貯蔵施設内の除去土壌等も活用した技術実証事業等を行いました。また、2023年度は双葉町の中間貯蔵施設内において、2022年度に引き続き仮設灰処理施設で生じる飛灰の洗浄技術・安定化に係る基盤技術の実証試験を実施しました。
また、福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向け、減容・再生利用の必要性・安全性等に関する全国での理解醸成活動の取組の1つとして、2021年度から全国各地で開催してきた対話フォーラムについて、2023年8月に第9回を東京都内で開催しました。さらに、2023年度も引き続き、一般の方向けに飯舘村長泥地区での実証事業及び中間貯蔵施設の現地見学会を開催しています。このほか、大学生等への環境再生事業に関する講義、現地見学会等を実施する等、次世代に対する理解醸成活動も実施しました。
加えて、中間貯蔵施設に搬入して分別した土壌の表面を土で覆い、観葉植物を植えた鉢植えについて、2020年3月以降、首相官邸、環境大臣室、新宿御苑等の環境省関連施設や関係省庁等に設置しています。鉢植えを設置した前後の空間線量率はいずれも変化はなく、設置以降1週間から1か月に1回実施している放射線のモニタリングでも、鉢植えの設置前後の空間線量率に変化は見られていません。
また、環境省の要請により、除去土壌の再生利用等に関するIAEA専門家会合が2023年度に計3回開催されました。専門家会合では、飯舘村長泥地区や中間貯蔵施設等、福島県内の現地視察を実施したほか、除去土壌の再生利用と最終処分に関する安全性や基準の考え方や、住民等とのコミュニケーションの在り方、国際的な情報発信の在り方等について、専門家により議論が行われました。専門家会合を通じて科学的かつ客観的な見地からの国際的な評価や助言等が実施されました。
3) 福島県以外の都県における除去土壌等及び指定廃棄物の処理
福島県以外では、2023年12月末時点で9都県32において約2.4万tが指定廃棄物となっています。指定廃棄物の保管がひっ迫している宮城県、栃木県及び千葉県では、国が当該県内に長期管理施設を設置する方針です。また、茨城県及び群馬県では、8,000Bq/kg以下になったものを、指定解除の仕組み等を活用しながら段階的に既存の処分場等で処理する方針が決定されるなど、各県の実情に応じた取組が進められています(図 1-10)。
図 1-10 福島県以外の都県における除去土壌等及び指定廃棄物の処理フロー
(出典)第2回原子力委員会資料第1号 環境省「東日本大震災からの被災地の復興・再生に向けた環境省の取組」(2021年)
⑤ 被災地支援に関する取組と現状
1) 早期帰還、生活の再建や自立に向けた支援の取組
避難指示区域からの避難対象者数は、2023年4月時点では約8,000人33となっています。事故から13年が経過し、帰還困難区域を除く地域では避難指示が解除され、福島の復興及び再生に向けた取組には着実な進展が見られる一方で、避難生活の長期化に伴って、健康、仕事、暮らし等の様々な面で引き続き課題に直面している住民の方々もいます。復興の動きを加速するため、早期帰還支援、新生活支援の対策、安全・安心対策の充実、帰還支援への福島再生加速化交付金の活用、帰還住民のコミュニティ形成の支援等の取組に、国と地元が一体となって注力しています。
帰還困難区域においては、2018年5月までに、双葉町、大熊町、浪江町、富岡町、飯舘村、葛尾村の特定復興再生拠点区域復興再生計画が認定されました。帰還環境整備が進められ、2023年11月には全ての特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。その後、2023年9月に大熊町、双葉町、2024年1月に浪江町、同年2月に富岡町の特定帰還居住区域復興再生計画が認定され、今後更なる帰還整備が進められます34。
2015年8月に国、福島県、民間の構成により創設された「福島相双復興官民合同チーム」は、12市町村の被災事業者や農業者を個別に訪問し、専門家によるコンサルティングや国の支援策の活用等を通じ、事業再開や自立を支援しています。また、分野横断・広域的な観点から、生活・事業環境整備のためのまちづくり専門家支援や、域外からの人材の呼び込み、域内での創業支援にも取り組んでいます。2021年6月には、浜通り地域等15市町村の水産仲買・加工業者への個別訪問を開始し、販路開拓や人材確保等の支援を実施しています。
2) 新たな産業の創出・生活の開始に向けた広域的な復興の取組
2015年7月、「福島12市町村の将来像に関する有識者検討会」において、30年から40年後の姿を見据えた2020年の課題と解決の方向が提言として取りまとめられました。2021年3月には同有識者検討会の提言が見直され、新しい福島型の地域再生という基本的方向の下、創造的復興を成し遂げた姿が示されました。
取組の1つにも挙げられている「福島イノベーション・コースト構想」は、東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業を回復するため、当該地域の新たな産業基盤の構築を目指すものです。廃炉、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクル、農林水産業、医療関連、航空宇宙の6つの重点分野において、取組を推進しています。ロボット・ドローンの実証等の拠点「福島ロボットテストフィールド」(南相馬市、浪江町)の運営支援や浜通り地域ならではの更なる実証環境の整備、実用化開発への支援を通じたスタートアップ企業の呼び込み、「福島水素エネルギー研究フィールド」(浪江町)における再生可能エネルギー由来の水素製造支援等の取組を行っています。
さらに、この構想を発展させ、福島を始め東北の復興を実現するための夢や希望となるとともに、我が国の科学技術力・産業競争力の強化を牽引し、経済成長や国民生活の向上に貢献する、世界に冠たる「創造的復興の中核拠点」を目指し、「福島国際研究教育機構」(F(エフ)-REI(レイ)35)が2023年4月に設立されました(図 1-11)。F-REIは、ロボット、農林水産業、エネルギー、放射線科学・創薬医療、放射線の産業利用、原子力災害に関するデータや知見の集積・発信、の各分野の研究に取り組むこととしており、委託研究を中心に開始したところです。また、F-REIの当初の本施設は国が整備することとされており、2024年1月には復興庁がF-REIの施設基本計画を決定し公表しました。
図 1-11 福島国際研究教育機構(2023年4月設立)の概要
(出典)復興庁「復興の現状と今後の取組」(2024年)
3) 風評払拭・リスクコミュニケーションの強化
2017年に復興庁を中心とした関係府省庁において取りまとめられた「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」では、科学的根拠に基づかない風評や偏見・差別は、放射線に関する正しい知識や福島県における食品中の放射性物質に関する検査結果等が十分に周知されていないことなどに主たる原因があるとしています。同戦略に基づき、「知ってもらう」、「食べてもらう」、「来てもらう」の観点から、政府一体となって国内外に向けた情報発信等に取り組んでいます。例えば、「知ってもらう」取組として、復興庁作成の動画「原子力災害からの復興と風評の払拭について考えよう36」(2023年4月公開)などのメディアミックスによる情報発信や、学校における放射線副読本37の活用の促進等を実施しています。
取組状況については、「原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォース」において継続的なフォローアップが行われています。2021年8月に開催された同タスクフォースでは、同年4月に「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針」(ALPS処理水の処分に関する基本方針)が公表されたことを受け、安全性のみならず、消費者等の「安心」につなげることを意識しつつ、届けて理解してもらう情報発信を関係府省庁が連携して展開するとの考え方に立った「ALPS処理水に係る理解醸成に向けた情報発信等施策パッケージ」を取りまとめました。2023年4月には同パッケージが改訂され、関係府省庁において情報発信等の取組が強化されています38。
また、復興庁は、風評被害の払拭と風化対策を図るための情報発信の手法を考える「持続可能な復興広報を考える検討会議」を開催し、2023年3月に議論の結果を取りまとめた報告書を公表しました。同会議での有識者等による提案や助言を反映して、関係府省庁がそれぞれ取組を実施していきます。
4) 原子力損害賠償の取組
我が国においては、原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度である「原子力損害の賠償に関する法律」が制定されています。同法に基づき、文部科学省に設置された「原子力損害賠償紛争審査会」において、被害者の迅速、公平かつ適正な救済のために、賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示した指針(中間指針)を順次策定するとともに、必要に応じて見直しを行い、直近では2022年12月に中間指針第五次追補を策定しました。
中間指針第五次追補では、損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、中間指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは全て賠償の対象となるとしています。さらに、東京電力に対し、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めています。
原子力損害賠償の迅速かつ適切な実施及び電気の安定供給等の確保を図るため、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF39)は、原子力事業者からの負担金の収納、原子力事業者が損害賠償を実施する上での資金援助、損害賠償の円滑な実施を支援するための情報提供及び助言、廃炉の主な課題に関する具体的な戦略の策定、廃炉に関する研究開発の企画・進捗管理、廃炉等積立金制度に基づく廃炉の推進、廃炉の適性かつ着実な実施のための情報提供を実施しています。また、原子力損害賠償紛争解決センターにおいては、事故の被害を受けた方からの申立てにより、仲介委員が当事者双方から事情を聴き取り、損害の調査・検討を行い、和解の仲介業務を実施しています(図 1-12)。
東京電力は中間指針等を踏まえた損害賠償を実施しており、2024年3月末時点で、総額約11兆2,524億円40の支払を行っています。
図 1-12 原子力損害賠償・廃炉等支援機構による賠償支援
(出典)経済産業省「平成26年度 エネルギー白書」(2015年)を基に内閣府作成
なお、2023年2月に原子力委員会が決定した「原子力利用に関する基本的考え方」(基本的考え方)では、原子力損害賠償制度における原子力事業者と国との役割分担の在り方等について、引き続き慎重な検討が必要であるとしています。
1-2 ゼロリスクはないとの認識の下での安全性向上
東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ、国内外において原子力安全対策の強化が図られています。我が国では、原子力行政体制の見直しが行われ、新規制基準や新たな検査制度の導入が進められてきています。また、日本の組織文化や国民性を踏まえた安全文化の醸成や、事業者等による自主的な安全性向上の取組も行われています。
一方で、あらゆる科学技術はリスクとベネフィットの両面を有し、ゼロリスクはあり得ません。原子力についても、どこまで安全対策を講じても、常に事故は起きる可能性があるとの認識の下、リスクを可能な限り低減する取組を継続していくことが重要です。
(1)原子力安全対策に関する基本的枠組み
① 国際的な動向
東電福島第一原発事故は国際社会にも大きな影響を与えました。事故を受けて、国際機関や諸外国においては、原子力安全を強化するための取組が進められています。
IAEAでは2011年9月に「原子力安全に関するIAEA行動計画」が策定され、IAEA加盟国はこの行動計画に従って自国の原子力安全の枠組みを強化するための様々な取組を実施しています。また、IAEAにおいて策定される原子力利用に係る安全基準文書(安全原則、安全要件、安全指針)は定期的に見直されることになっており、ほとんどの安全要件が東電福島第一原発事故の教訓を踏まえて改訂されています。
OECD/NEAは、各国の規制機関が今後取り組むべき優先度の高い事項を示しています。特に、原子力の安全確保においては、人的・組織的要素や安全文化の醸成が重要であるとし、OECD/NEA加盟国による継続的な安全性向上の取組を支援しています。
米国や欧州諸国においても、事故の教訓を踏まえ、より一層の安全性向上に向けた追加の安全対策の検討や導入を進めています。例えば米国では、事故直後に米国原子力規制委員会(NRC41)に設置された短期タスクフォースの勧告に基づき、規制の見直しや電気事業者に対する安全性強化措置の要請が行われました。EUでは、事故直後に域内の原子力発電所に対してストレステスト(耐性検査)を行うとともに、原子力安全に関するEU指令が2014年7月に改定され、EU全体での原子力安全規制に関する規則が強化されました。
② 国や事業者等の役割
政府の役割についてIAEAの基本安全原則42では「独立した規制機関を含む安全のための効果的な法令上及び行政上の枠組みが定められ、維持されなければならない」とされています。
我が国では、東電福島第一原発事故の反省を踏まえて原子力行政体制が見直され、2012年9月に原子力規制委員会が発足しました。原子力規制委員会は、図 1 13に示す五つの活動原則を掲げ、情報公開を徹底し、意思決定プロセスの透明性や中立性の確保を図っています。また、「透明で開かれた組織」の活動原則に沿って、外部とのコミュニケーションにも取り組んでおり、規制活動の状況や改善等に関して原子力事業者や地元関係者等との意見交換43を行っています。また、IAEA及びOECD/NEA等の国際機関や諸外国の原子力規制機関との連携・協力を通じ、我が国の知見、経験を国際社会と共有することに努めています。
図 1-13 原子力規制委員会の組織理念
(出典)原子力規制委員会「原子力規制委員会5年間の主な取組」(2018年)
基本安全原則では「安全のための一義的な責任は、放射線リスクを生じる施設と活動に責任を負う個人又は組織が負わなければならない」と規定し、安全確保の一義的な責任は原子力事業者等にあるとしています。また、事故を防止し、その影響を緩和するための第一の手段は「深層防護44」であるとしています。我が国の新規制基準(後述)においても、事故前と同様にこの深層防護を基本とし、そのうえ、事故の反省を踏まえ、常に事故が起こる可能性があるとしてのシナリオやその対策等に関してより徹底したものになっています。
原子力事業者等は、新規制基準に基づき安全確保のために様々な措置を講じています(図 1-14)。また、新規制基準に対応するだけでなく、最新の知見を踏まえつつ、安全性向上に資する措置を自ら講じる責務を有しています45。
図 1-14 新規制基準で求められる主な安全対策
(出典)電気事業連合会 「原子力コンセンサス」(2024年)
③ 原子力安全規制に関する法的枠組み
1) 新規制基準の導入
原子炉等規制法は、2012年の改正により、その目的に国民の健康の保護や環境の保全等が追加されました。また、原子力安全規制の強化のため、既に許可を得た原子力施設に対しても最新の規制基準への適合を義務付ける「バックフィット制度」の導入や、運転期間を40年とし、認可を受けた場合は1回に限り最大20年延長できる「運転期間延長認可制度」の導入等が新たに規定されました。この改正を受け、2013年7月に「実用発電用原子炉に係る新規制基準」が、同年12月に「核燃料施設等に係る新規制基準」が、それぞれ施行されました。
新規制基準では、地震や津波等の自然災害や火災等への対策を強化するとともに、重大事故やテロリズムを想定した規定が新設されました(図 1-15)。テロリズムによって原子炉を冷却する機能が喪失し、炉心が著しく損傷した場合に備えて設置が義務付けられた特定重大事故等対処施設46については、2019年10月の審査基準改正47により、テロリズム以外による重大事故等発生時にも対処できるように体制を整備することが求められるようになりました。
図 1-15 従来の規制基準と新規制基準との比較
(出典)原子力規制委員会「実用発電用原子炉に係る新規制基準について-概要-」(2013年)
2) 新たな検査制度「原子力規制検査」の導入
原子力規制委員会は、2020年4月から、新たな検査制度である原子力規制検査の運用を開始しました。従来の検査制度では、事業者が安全確保に一義的責任を負うことが不明確であること、事業者全ての安全活動に目が行き届いていないこと、安全上重要なものに焦点を当てにくい体系となっていること、事業者の視点に影響された検査になる可能性が高いこと等が問題点として挙げられていました。これらの課題を踏まえた見直しにより、原子力規制検査は、「いつでも」「どこでも」「何にでも」原子力規制委員会のチェックが行き届く検査の実施により、安全確保の視点から事業者の取組状況を評定することを通じて、事業者が自ら安全確保の水準を向上する取組を促進するという特徴を有しており、リスク情報の活用等を取り入れた体系となっています。
原子力規制検査では、原子力規制庁による検査、事業者からの安全実績指標の報告、安全重要度の評価、規制対応措置、総合的な評定が行われます(図 1-16)。安全重要度の評価では、検査で指摘事項が見つかったり、安全実績指標が指定のしきい値を超えた場合には、原子力規制庁(必要に応じて原子力規制委員会)により、事業者の検査対象の安全活動の劣化状態を、色を付けて評価します。総合的な評定では、原則として、年に1回、検査対象の安全活動の状態に対して総合的な評定を行うとともに、事業者への通知及び世間への公表を行います。
1-16 原子力規制検査の監視業務の概略フロー
(出典)原子力規制庁ウェブサイト「原子力規制検査の概要」
3) 運転期間延長
2012年の原子炉等規制法の改正により、発電用原子炉の運転可能期間を40年とし、原子力規制委員会の認可を受ければ、20年を超えない期間で1回に限り延長ができる「運転延長期間認可制度」が新たに規定されました。この制度では、延長期間の運転に伴う劣化を考慮した上で、定められた技術基準に適合し、延長期間中維持することを求めており、原子力規制委員会によって適合性が判断されます。2024年3月末時点で、高浜発電所1・2号機、美浜発電所3号機、東海第二発電所、川内原子力発電所1・2号機、がそれぞれ60年までの運転期間延長の認可を受けています。
2023年5月に「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」(GX48脱炭素電源法)が成立し、原子炉等規制法及び電気事業法が改正されました。電気事業法において、「運転する期間を40年、最長で60年に制限する」という現行の枠組みは維持しつつ、①電気の安定供給の選択肢確保への貢献、②電源の脱炭素化によるGX推進への貢献、③安全マネジメントや防災対策の不断の改善に向けた組織運営態勢の構築等の観点から、経済産業大臣の認可を受けた場合に限り、運転期間の延長を認めることとするとともに、東日本大震災以降の法制度の変更など、事業者から見て他律的な要素によって停止していた期間に限り、運転期間のカウントから除外することを認める仕組みが措置されました。これを受け、高経年化した発電用原子炉に関する必要な安全規制を引き続き厳格に実施できるようにするため、原子炉等規制法に「長期施設管理計画の認可制度」という仕組みが設けられました。
従来は40年時点で最長60年までへの「運転延長認可」と、30年以降10年ごとに行う「高経年化技術評価」という2つの仕組みがありました。いずれも、事業者が劣化の予測・評価を行い、原子力規制委員会がそれを確認(認可)する点で共通しています。
長期施設管理計画の認可制度は、その2つの仕組みを、安全性の確認をよりきめ細かくできるような形で統合したものです。運転延長認可との比較で言えば、40年時点での20年後を見通した1回のみから、30年時点から10年ごとへと、確認の頻度が高くなっています49。
④ 原子炉等規制法等に基づく規制の実施
1) 実用発電用原子炉施設における新規制基準への適合
実用発電用原子炉施設については、原子力規制委員会が、原子炉等規制法に基づき、設計・建設段階、運転段階の各段階の規制を行っています。設計・建設段階では、原子炉設置(変更)許可、設計及び工事の計画の認可、保安規定(変更)認可の審査等を行います。運転段階では、定期的な原子力規制検査等を通じて、事業者の安全活動におけるパフォーマンスを監視します。新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものです。しかし、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できるわけではありません。原子力の安全には終わりはなく、常により高いレベルのものを目指し続けていく必要があります。
新規制基準への適合性審査の結果、2024年3月末時点で、17基が設置変更許可を受けています50。2) 核燃料施設等における新規制基準への適合
原子炉等規制法に基づき、製錬施設、加工施設、試験研究用等原子炉施設、使用済燃料貯蔵施設、再処理施設、廃棄物埋設施設、廃棄物管理施設、使用施設等に対する規制が行われています。これらの施設は、取り扱う核燃料物質の形態や施設の構造が多種多様であることから、それぞれの特徴を踏まえた基準を策定する方針が採られています。これらの施設についても新規制基準への適合性審査が進められています。
3) 原子力規制検査の実施
2022年度に行われた原子力規制検査では、検査対象となる実用発電用原子炉及び核燃料施設等に対し、施設の状態に応じた対応区分を設定しており、通常は事業者の自律的な改善が見込める状態である「第1区分」(表 1-5)の検査が行われています。
東京電力柏崎刈羽原子力発電所に関しては、2020年度の原子力規制検査において、IDカード不正使用事案が重要度「白」(表 1-6)、核物質防護設備の機能一部喪失事案が「赤」と評価されました。これらの結果を受け、原子力規制委員会は2021年3月に、同発電所の原子力規制検査に係る対応区分を「第4区分」(表 1-5)に変更し、約4,200人・時間の追加検査を実施しました。その後、原子力規制委員会は2023年12月に、追加検査の結果を踏まえて同発電所の対応区分を「第1区分」に変更し、事実上の運転禁止命令を解除しました。
また、関西電力株式会社高浜発電所3号機に関しては、2023年度第1四半期の安全実績指標において「白」1件の評価が確定しました。これを受け、原子力規制委員会は2023年8月に、同機の対応区分を「第2区分」(表 1-5)に変更し、約140人・時間の追加検査を実施しました。その後、原子力規制委員会は2024年3月に、追加検査の結果を踏まえて対応区分を「第1区分」に戻しました。
表1-5 実用発電用原子炉施設及び核燃料施設等の追加検査対応区分の分類 対応区分 施設の状態 第1区分 各監視領域における活動目的は満足しており、事業者の自律的な改善が見込める状態 第2区分 各監視領域における活動目的は満足しているが、事業者が行う安全活動に軽微な劣化がある状態 第3区分 各監視領域における活動目的は満足しているが、事業者が行う安全活動に中程度の劣化がある状態 第4区分 各監視領域における活動目的は満足しているが、事業者が行う安全活動に長期間にわたる又は重大な劣化がある状態 第5区分 監視領域における活動目的を満足していないため、プラントの運転が許容されない状態 (出典)原子力規制庁「原子力規制検査等実施要領」を基に内閣府作成
表1-6 実用発電用原子炉施設の検査指摘事項に対する重要度の分類 重要度 検査指摘事項の重要度及び安全実績指標の活動実績に応じた分類 緑 ![]()
安全確保の機能又は性能への影響があるが限定的かつ極めて小さなものであり、事業者改善措置活動により改善が見込める水準(安全実績指標については、安全確保の機能又は性能に影響のない場合も含む。) 白 ![]()
安全確保の機能又は性能への影響があり、安全裕度の低下は小さいものの、規制関与の下で改善を図るべき水準 黄 ![]()
安全確保の機能又は性能への影響があり、安全裕度の低下が大きい水準 赤 ![]()
安全確保の機能又は性能への影響が大きい水準 (出典)原子力規制庁「原子力規制検査等実施要領」を基に内閣府作成
日本原子力発電株式会社(日本原子力発電)敦賀発電所に関しては、同発電所2号機の新規制基準適合性審査においてボーリング柱状図データの書換えが発覚したため、2020年10月に、同社の品質管理について審査とは別に原子力規制検査で確認する方針が示されました。原子力規制委員会は2021年8月に、原子力規制検査によって同社のトレーサビリティが確保される業務プロセス等の構築が確認されるまでの間は、審査会合を実施しないこととしましたが、確認した範囲においては品質を確保する取組がなされているものと判断されたため、敦賀発電所2号機の新規制基準適合性審査会合は、2022年12月から再開されています51。
(2) 原子力安全の向上に関する継続的な取組
① 原子力安全規制の継続的な改善
原子力規制委員会は、国内外における最新の技術的知見や動向を考慮し、規制の継続的な改善に取り組んでいます。
原子力規制委員会は、実用発電用原子炉について、2022年4月から9月にかけて実施された原子力事業者経営層との意見交換の結果を踏まえて、2022年9月に審査の進め方を見直しました(図 1-17)。具体的には、できる限り手戻りがなくなるよう、事業者の対応方針を確認するための審査会合を頻度高く開催すること、原子力規制庁からの指摘が申請者に正確に理解されていることを確認する場を設け、必要に応じ文書化を行うこと等の取組を行うこととしており、原子力規制庁はこの方針に従って審査を進めています。
図 1-17 電力会社経営層との意見交換において、事業者から示された提案
(出典)第37回原子力規制委員会資料2「電力会社経営層との意見交換を踏まえた新規制基準適合性に係る審査の進め方」(2022年)を基に内閣府作成
原子力規制検査の運用に関しては、確認された課題や検査の実施状況等を踏まえた改善策等を検討するため、「検査制度に関する意見交換会合」が実施されています。2023年度は3回開催され、原子力規制検査の実施状況や運用の改善、ガイド類の見直し、核燃料施設等の重要度評価手法等について、外部有識者や事業者等を交えた幅広い意見交換が行われました。
また、原子力規制委員会における規制基準の継続的改善の一環として、東電福島第一原発事故の分析から得られた知見の規制への取り入れが行われています。2021年3月の中間取りまとめまでに得られた知見の規制への取り入れについては、水素防護、ベント機能、減圧機能の3つに分類した上で検討が進められています(表 1-7)。このうち、水素防護に関する知見については、同年12月、2022年5月、8月に検討状況の中間報告が行われました。その後、原子炉格納容器ベントの沸騰水型軽水炉(BWR52)における原子炉建屋の水素防護対策としての位置付けを明確化するため、2023年2月に「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」等が改正されました。また、原子力エネルギー協議会53(ATENA54)は、東電福島第一原発事故の調査・分析から得られた知見への対応として、2022年11月に水素防護対策に係るアクションプランを公表し、2023年6月に改訂しています(図 1-18)。このアクションプランでは短期的対応と中期的対応に分けて検討を進めることとしています。短期的に進めてきた課題の検討結果については、原子力規制庁が開催する「東京電力福島第一原子力発電所事故に関する知見の規制への取り入れに関する作業チーム事業者意見聴取会合」において、事業者やATENAが対応状況を説明しています。
表 1-7 「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ」
から得られた知見等の分類表分類 得られた知見等 水素防護 ・水素爆発時の映像及び損傷状況から、原子炉建屋の破損の主要因は、原子炉建屋内に滞留した水素の爆燃(水素濃度8%程度)によって生じた圧力によることを示唆している ・3号機のベント成功回数は2回。このベントによって4号機原子炉建屋内に水素が流入し、40時間にわたって水素が滞留した後、爆発に至った ベント機能 ・耐圧強化ベントラインの非常用ガス処理系配管への接続により、自号機非常用ガス処理系及び原子炉建屋内へのベントガスの逆流、汚染及び水素流入による原子炉建屋の破損リスクの拡大が生じた ・1/2号機共用排気筒の内部に排気筒頂部までの排気配管がなく、排気筒内にベントガスが滞留、排気筒下部の高い汚染の原因となった ・サプレッションチェンバ・スクラビング注3 において、炉心溶融後のベント時には真空破壊弁の故障によりドライウェル注4 中の気体がスクラビングを経由せずに原子炉格納容器外に放出される可能性がある 減圧機能 ・主蒸気逃がし安全弁の逃がし弁機能の不安定動作(中途開閉状態の継続と開信号解除の不成立)が確認された ・主蒸気逃がし安全弁の安全弁機能の作動開始圧力の低下が確認された ・自動減圧系が設計意図と異なる条件の成立(サプレッションチェンバ圧力の上昇による低圧注水系ポンプの背圧上昇を誤検知すること)で作動したことにより原子炉格納容器圧力がラプチャーディスクの破壊圧力に達し、ベントが成立した (注1)原子炉格納容器内の圧力を降下させるため内部の気体の排出(ベント)に使用する放出口までの配管
(注2)原子炉格納容器内の圧力が設定値以上に上昇した際に圧力差によりラプチャーディスクが破壊され内部の気体を排出して圧力を下げる
(注3)サプレッションチェンバ(圧力抑制室)保有水中に原子炉格納容器内発生蒸気を吐出して凝縮させるが、その際、水中にエアロゾル状やガス状の放射性物質が捕獲される
(注4)原子炉格納容器のうち原子炉圧力容器等を格納する部分であってサプレッションチェンバ以外の部分
(出典)第25回原子力規制委員会資料7-1「第48回技術情報検討会の結果概要」(2021年)を基に内閣府作成
図 1-18 沸騰水型軽水炉における原子炉建屋の水素防護対策に係るアクションプラン
(出典)第4回東京電力福島第一原子力発電所事故に関する知見の規制への取り入れに関する作業チーム事業者意見聴取会合資料4-1「水素防護対策の取組状況について」(2023年)
② 原子力安全研究
原子力規制委員会では、「原子力規制委員会における安全研究の基本方針」(2016年7月原子力規制委員会決定、2019年5月改正)に基づき、「今後推進すべき安全研究の分野及びその実施方針」を原則として毎年度策定し、安全研究を実施しています。2023年7月に策定した同実施方針では、横断的原子力安全、原子炉施設、核燃料サイクル・廃棄物、原子力災害対策・放射線防護等、技術基盤の構築・維持の五つのカテゴリーについて、今後推進すべき安全研究の分野(表 1-8)を選定し、2024年度以降の安全研究プロジェクトの概要を示しています。
表 1-8 「今後推進すべき安全研究の分野及びその実施方針」
(令和6年度以降の安全研究に向けて)において示された分野カテゴリー 分野 安全研究プロジェクト 横断的
原子力安全外部事象
(地震、津波、火山等)地震動評価の精度向上に関する研究
断層の活動性評価手法に関する研究
津波評価手法及び既往津波の波源推定に関する研究
外部事象に係る施設・設備のフラジリティ評価手法の高度化に関する研究火災防護 火災防護に係る影響評価に関する研究(フェーズ2) 原子炉施設 レベル1 PRA 原子力規制検査のためのレベル1 PRAに関する研究 シビアアクシデント
(レベル2 PRAを含む)重大事故進展を踏まえた水素挙動等に関する研究
重大事故時における重要物理化学現象の不確実さ低減に係る実験熱流動・炉物理 核特性解析における最適評価手法及び不確かさ評価手法に関する研究 新型炉 (2025年度以降に安全研究プロジェクトを企画予定) 核燃料 事故耐性燃料等の事故時挙動研究 材料・構造 実機材料等を活用した経年劣化評価・検証に係る研究 特定原子力施設 福島第一原子力発電所燃料デブリの臨界評価手法の整備 核燃料サイクル
・廃棄物核燃料サイクル施設 再処理施設及びMOX燃料加工施設における重大事故等の事象進展に係る研究 放射性廃棄物埋設施設 廃棄物埋設における長期性能評価に関する研究 廃止措置・クリアランス 放射性廃棄物の放射能濃度等の定量評価技術に関する研究 原子力災害対策
・放射線防護等原子力災害対策
(レベル3 PRAを含む)特定重大事故等対処施設等を考慮した緊急時活動レベル(EAL)見直しに関する研究 放射線防護 放射線防護のための線量及び健康リスク評価の精度向上に関する研究 保障措置・核物質防護 - 技術基盤の構築・維持 - - (出典)原子力規制委員会「今後推進すべき安全研究の分野及びその実施方針(令和6年度以降の安全研究に向けて)」(2023年)を基に内閣府作成
また、IAEAやOECD/NEA等の国際機関、米国のNRCやフランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN55)等の諸外国の規制関係機関との連携を積極的に推進し、安全研究の国際動向や我が国の課題との共通性等を踏まえた上で、共同研究に積極的に参加しています。
経済産業省では、東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ、更なる安全性向上に向けた取組を加速させていくことを目的に、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」(2015年6月自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ決定、2017年3月改訂)において優先度が高いとされた課題の解決等に向けて「原子力の安全性向上に資する技術開発事業」を推進しています。
文部科学省では、「原子力システム研究開発事業」において、原子力分野の基盤技術開発の1つとしてプラント安全分野(核特性解析、核データ評価、熱水力解析、構造・機械解析、プラント安全解析等)を挙げ、照射試験による評価など従来の専門的なアプローチに加えて、計算科学技術を活用した知識統合・技術統合を進めています。
原子力機構や国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研)では、原子力規制委員会等と連携し、それぞれの専門領域に応じた安全研究を実施しています。
一般財団法人電力中央研究所の原子力リスク研究センター(NRRC56)は、原子力事業者等の安全性向上に向けた取組を支援するため、確率論的リスク評価(PRA57)手法やリスクマネジメント手法に関する研究を実施しています。また、地震、津波、竜巻、火山噴火等の外部事象に対する原子力施設のフラジリティ58評価手法の開発も進めています。なお、過酷事故に関する各機関の安全研究については、第1章1-3(2)「過酷事故に関する原子力安全研究」にまとめています。③ リスク情報の活用
東電福島第一原発事故以前は、発生頻度の低い事象の取扱いに関しては対応が十分ではありませんでした。原子力事業者等は、事故の教訓を踏まえ、このような災害のリスクを見逃さず安全性を更に向上させるため、PRAを活用した安全対策の検討に取り組んでいます(図 1-19)。
図 1-19 原子力事業者等によるリスク低減の取組
(出典)第5回原子力委員会資料第1-1号 電気事業連合会「原子力発電の安全性向上におけるリスク情報の活用について」(2018年)
PRAは、原子力発電所等の施設で起こり得る事故のシナリオを網羅的に抽出し、その発生頻度と影響の大きさを定量的に評価することで、原子力発電所の脆弱箇所を見つけ出すための手法です(図 1-20)。PRA手法及びリスクマネジメント手法に係る研究開発の中核はNRRCが担っており、原子力事業者等はNRRCとの連携を通じてPRAの高度化に取り組んでいます。
図 1-20 確率論的リスク評価(PRA)の評価手法と評価の範囲
(出典)第14回 総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会資料3 資源エネルギー庁「原子力の自主的な安全性の向上について」(2018年)
また、原子力発電事業者は、発電所の取組を適切に評価し、より効果的にリスクを低減し安全性を向上させる仕組みとして、PRA等から得られるリスク情報を活用した意思決定(RIDM59)を発電所のリスクマネジメントに導入する(図 1-21)こととし、その基本方針・アクションプランなどを「リスク情報活用の実現に向けた戦略プラン及びアクションプラン」として取りまとめ、取組の進捗に応じて逐次改訂を行っています。これを着実に遂行することで、規制の枠に留まらない自律的な発電所の安全性向上の実現を目指すこととしています。
図 1-21 リスク情報を活用した意思決定(RIDM)の導入により目指す姿
(出典)日本原子力文化財団「原子力総合パンフレット 2023年度版」(2024年)
④ 原子力事業者等による自主的安全性向上
1) 原子力安全推進協会(JANSI)における取組
2012年に設置された原子力事業者の自主規制組織である一般社団法人原子力安全推進協会(JANSI60)は、事業者の安全性向上の活動を評価するとともに、提言や支援を行うことにより事業者の安全性及び信頼性を高める活動を牽引する役割を担っています。
JANSIは「日本の原子力業界における世界最高水準の安全性の追求(~たゆまぬエクセレンスの追求~)」をミッションに掲げ、事業者に対する安全性向上対策や原子力施設等の評価や支援を行っています。評価や支援の過程における提言や勧告の策定に当たっては、外部専門家や海外機関によるレビューを受けることで、客観性を担保しています。
JANSIと事業者は、原子力産業界における自主規制の目指す姿の実現に向けて、「共同体」として取り組むとしています(図 1-22)。
図 1-22 原子力産業界における自主規制の目指す姿 ~役割と責任~
(出典)一般社団法人原子力安全推進協会パンフレット(2022年)
2021年3月には、東電福島第一原発事故の教訓の一層の活用を促進するために、関連する教訓や事例を整理した「福島第一事故の教訓集」を策定しました。教訓集では、政府事故調の委員長所感を踏まえて整理された8つの知見に基づき、23の教訓、71の教訓細目とその解説が示されています。
また、JANSIは、活動成果を報告するとともに、活動をより実効性のあるものとするため、国内外の有識者等と意見交換を行う年次会合を開催しています。2024年3月に開催された「JANSI Annual Conference 2024」では、約100名の協会会員や国内外の有識者等が会場参加し、約400名がオンライン視聴により参加しました。同会合では、パネルディスカッションで「Continuous Improvement~日本でどう展開していくか~」をテーマに、討論を実施しました。
2) 原子力エネルギー協議会(ATENA)における取組
原子力産業界による自律的かつ継続的な安全性向上の取組を定着させていくために、原子力産業界全体の知見・リソースを効果的に活用し、規制当局等とも対話を行いながら、効果ある安全対策を立案し、原子力事業者の現場への導入を促す組織として、2018年にATENAが設立されました(図 1-23)。
図 1-23 原子力エネルギー協議会(ATENA)の役割
(出典)原子力エネルギー協議会ウェブサイト「ATENAについて」
ATENAは、原子力発電所の安全性を更に高い水準へ引き上げることをミッションとしており、原子力の安全に関する共通的な技術課題として、新知見・新技術の積極活用、外的事象への備え、自主的安全性向上の取組を促進する仕組みの3点を自ら特定し、課題解決に取り組んでいます(図 1-24)。さらに、JANSIを含む原子力産業界全体で連携し、国内外の最新の知見や規制当局による検討会等の状況等を踏まえた上で、共通的な技術課題に対して優先的に取り組むテーマを特定しています。特定されたテーマリストについては、ATENAの取組姿勢である「自ら一歩先んじて」「改善余地がないか常に問い直す」に従い、再評価及び更新が毎年行われています。2023年度は、新たに「PWR611次系ステンレス鋼配管粒界割れ、超音波探傷試験による亀裂性状把握手法の向上策」及び「BWRの原子炉建屋の水素防護対策に係るアクシデントマネジメントガイド(AMG62)改定等ガイドライン」が策定され、「原子力規制検査において活用する安全実績指標(PI63)に関するガイドライン」及び「設計の経年化評価ガイドライン」を改定しました。
図 1-24 原子力産業界として取り組むべき共通的な技術課題の抽出
(出典)原子力エネルギー協議会ウェブサイト「原子力産業界の共通課題の特定・検討」
また、安全性向上という共通の目的の下、規制当局と対話を行うこともATENAの重要な役割の1つです。原子力規制委員会が開催する「主要原子力施設設置者の原子力部門の責任者との意見交換会」(CNO64会議)では、原子力発電の課題や事業者等の取組等について議論が行われています。2023年度は10月及び3月にCNO会議が開催され、ATENAや事業者の取組、規制当局の関心事項、革新軽水炉に関する取組、PRAに用いる機器故障確率のためのデータ収集等についても意見交換が行われました。
このようにATENAは規制当局との対話も踏まえて、原子力発電所の安全性を更に高い水準へ引き上げる取組を行っています。ATENAは、原子力産業界の関係者が取り組むべき今後の課題を共有する機会として、毎年フォーラムを開催しています。2024年2月に開催された「ATENAフォーラム2024」では、「リスク情報の活用による原子力の安全性向上」をテーマとしたパネルディスカッション等が実施されました。
(3) 安全神話からの脱却と安全文化の醸成
① 国民性を踏まえた安全文化の確立
IAEAでは、安全文化を「全てに優先して原子力施設等の安全と防護の問題が取り扱われ、その重要性にふさわしい注意が確実に払われるようになっている組織、個人の備えるべき特性及び態度が組み合わさったもの」としています。2016年にOECD/NEAが取りまとめた規制機関の安全文化に関する報告書においても、安全文化に国民性が影響を及ぼすという指摘があるように、国民性は価値観や社会構造に組み込まれており、個人の仕事の仕方や組織の活動にも影響を及ぼすと考えられます。我が国においては、特有の思い込み(マインドセット)やグループシンク(集団思考や集団浅慮)、同調圧力、現状維持志向が強いことが課題の1つとして考えられます。
国や原子力関係事業者等の原子力関連機関の関係者は、国民や地方公共団体等のステークホルダーの声に耳を傾け、従来の日本的組織や国民性の良いところは生かしつつ、一方で上記のような弱点を克服した安全文化を確立していくことが不可欠です。
② 原子力規制委員会における取組
原子力規制委員会は、2015年に決定した「原子力安全文化に関する宣言」(図 1 25)に基づき、IAEA総合規制評価サービス(IRRS65)による指摘等を踏まえながら、マネジメントシステムの継続的改善と原子力安全文化の育成・維持に取り組んでいます。2020年7月には、「マネジメントシステム及び原子力安全文化に関する行動計画」を策定しました。同行動計画では、マネジメントシステムの継続的改善について、全ての業務のプロセスとしての整理や、全ての主要プロセスのマニュアル作成等を段階的に進める計画が示されています。
また、原子力規制委員会の原子力安全文化の育成・維持に関しては、原子力安全文化に係るPDCAサイクルの実践や、原子力安全文化の「理解」及び自己の役割の「認識」の深化等に段階的に取り組むとしています。2024年3月に決定された「令和6年度原子力規制委員会年度業務計画」においても、原子力安全文化の育成・維持について取り組むこと等が示されています。
図 1-25 原子力規制委員会の「原子力安全文化に関する宣言」に示された行動指針
(出典)原子力規制委員会「原子力安全文化に関する宣言」(2015年)を基に内閣府作成
原子力発電所の安全規制に関する原子力規制庁と資源エネルギー庁との面談を契機として、2023年1月、原子力規制委員会はその透明性を確保するため、「原子力規制委員会の業務運営の透明性の確保のための方針」を改正しました。この改正により、被規制者等との面談と同様に、原子力規制委員又は原子力規制庁職員がノーリターンルール対象組織等66と面談する際は不開示情報を除き日程・参加者、議事要旨、資料を公開することが決定されました。
③ 原子力事業者等における取組
原子力発電所においては、原子炉等規制法と一般社団法人日本電気協会「原子力安全のためのマネジメントシステム規程67」に基づき、安全文化醸成の活動が行われています。同規程は、事業者の自主的な改善努力によるパフォーマンスの向上に重点を置いたものとして、2021年5月に改定版が発刊されました。
また、JANSIは、安全文化に関して7原則を掲げていましたが、2021年度からはこれに替え、IAEAが作業文書として発行した“Harmonized Safety Culture Model”に示されている10の安全文化の特性(Traits)を準拠モデルとして使用しています(図 1-26)。さらに、JANSIでは、原子力安全の向上を図るため、会員組織の経営者、管理者等の各層を対象に、安全文化に関するセミナー等の活動を行っています。
図 1-26 10の安全文化の特性(Traits)
(出典)IAEA「A Harmonized Safety Culture Model」(2020年)を基に内閣府作成
1-3 過酷事故の発生防止とその影響低減に関する取組
国民の安全を確保する上で、多量の放射性物質が環境中に放出される事態を招くおそれのある過酷事故の発生を防止すること及び万一発生した場合の影響を低減することは非常に重要です。現在、原子力事業者等は、新規制基準を踏まえた過酷事故対策を講じるとともに、国や研究開発機関を含む原子力関係機関は、過酷事故に対する理解を深め、更なる安全対策に生かすための研究開発を進めています。今後も、深層防護の考えを徹底し、継続的に過酷事故の発生防止及び万一発生した場合の対策の実行性を向上していくことが必要です。
(1)過酷事故対策
東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ、原子力事業者等は、新規制基準への適合性を含め、過酷事故の発生を防止するための対策や、万一事故が発生した場合でも事故の影響を低減するための対策を新たに講じています(図 1 27)。
図 1-27 福島第一原子力発電所事故の進展を踏まえた新規制基準の対策
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2024年)
津波への対策として、発電所敷地内への津波の浸入を防ぐための防波壁や防潮堤を設置するとともに、それらを超える高さの津波による敷地内の浸水を想定し建物内の重要な機器やエリアの浸水を防止するための防水壁や水密扉を設置しています(図 1 28左・中央)。
また、地震による送電鉄塔の倒壊や津波による発電所内非常用電源の浸水を想定し、敷地内の高台に配備された発電機や電源車を配備する等、電源設備の多様化や分散配置も行っています(図 1 28右)。さらに、地震や津波などで複数の冷却設備が失われた場合でも原子炉や使用済燃料プールを冷却し続けるための多様な注水設備や手段を確保しています。予備タンクや貯水池、海水等を水源とし、ポンプ車や可搬型ポンプにより、原子炉や使用済燃料プールの冷却・注水を行うことができます。
図 1-28 津波や地震への対策
(出典)電気事業連合会ウェブサイト「原子力発電所の安全対策」を基に内閣府作成
炉心を冷却し続けることができず、燃料が損傷に至った場合を想定した対策も講じられています(図 1 29、図 1 30)。格納容器や原子炉建屋内での水素爆発を防止するため、水素と酸素を結合させて水にする静的触媒式水素再結合装置や、短時間のうちに多量の水素を燃焼し除去できる電気式水素燃焼装置、原子炉建屋上部から水素を排出する設備を設置しています。また、格納容器の過圧による破損を防止するため、格納容器内の気体を排出し圧力を下げるフィルタ・ベント設備を設置しています。気体に含まれる放射性物質はフィルタで除去されるため、放出に伴う周辺環境の土壌汚染リスクを低減します。さらに、原子炉建屋や格納容器が破損した場合でも、屋外に配備した放水設備から破損箇所に向けて大量の水を放出することで放射性物質の大気への拡散を抑制します。
図1-29 過酷事故への対策例(BWRの事例)
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2024年)
図1-30 過酷事故への対策例(PWRの事例)
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2024年)
意図的な航空機の衝突等のテロリズムによって原子炉を冷却する機能が喪失し、炉心が著しく損傷するおそれがある場合又は損傷した場合に備えて、原子炉格納容器の破損を防止し放射性物質の異常な放出を抑制するための機能を有する特定重大事故等対処施設の設置も進められており、2024年3月時点で再稼働中の全ての原子炉で運用されています68(図 1 31)。同施設は、原子炉建屋とは離れた場所に設置され、炉心や格納容器内への注水設備、電源設備、通信連絡設備を格納するものです。また、これらの設備を制御するための緊急時制御室も備えています。
図1-31 テロへの対策
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2024年)
(2)過酷事故に関する原子力安全研究
① 原子力規制委員会における過酷事故に関する安全研究
原子力規制委員会は、過酷事故研究を通じて、新規制基準に基づき原子力事業者等が策定した過酷事故対策の妥当性を審査する際に必要となる技術的知見や評価手法を整備し、関連する規格基準類に反映しています。
過酷事故時に発生する物理化学現象の中には、予測や評価に大きな不確実性を伴う現象が存在します。原子力規制委員会は、これらの重要な現象を解明し、最新の知見を拡充するための研究に取り組んでいます。特に、過酷事故時の格納容器内における水素等の気体の挙動、格納容器内に落下した溶融炉心がコンクリートを侵食する反応、溶融炉心の冷却性等について、関係機関と協力し、国内外の施設を用いた実験を行っています。実験で得られた知見は、過酷事故時の安全性を評価するための解析コードの開発や精度向上、PRA手法の高度化に活用しています。
また、OECD/NEAが行う国際共同プロジェクトに参加し、国内外の専門家から最新の情報を収集しています69。
② 経済産業省における過酷事故に関する安全研究
経済産業省は、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」の中で優先度が高いとされた課題の解決に向けた技術開発を支援70しています。過酷事故が発生した場合でも事故対応のための猶予期間を確保するため、過酷事故条件下でも損傷しにくい新型燃料の部材開発と照射試験等に取り組んでいます。また、高経年化対策に必要な実機試験片を用いた強度試験等、既存軽水炉の更なる安全性向上に係る技術開発に加え、将来の革新的軽水炉開発に資する炉内流動試験等、原子力の安全性向上に資する技術開発にも取り組んでいます。
③ 文部科学省・原子力機構における過酷事故に関する安全研究
文部科学省は、原子力機構が所有する研究施設を活用し、過酷事故を回避するために必要となる安全評価用データの取得等に取り組んでいます。原子力機構では、安全研究センター、廃炉環境国際共同研究センター(CLADS71)等が過酷事故研究に取り組んでいます。
安全研究センターは、原子炉安全性研究炉(NSRR72)等の多様な施設を活用した実験を通じて、原子力規制委員会への技術的支援や長期的視点から先導的・先進的な安全研究を実施しており、過酷事故の防止や影響緩和に関する評価、放射性物質の環境への放出とその影響に関する研究について重点的に取り組んでいます。
CLADSは、東電福島第一原発の廃炉に向けた研究の一環として、事故進展解析による炉内状況の把握、燃料の破損・溶融挙動の解明、溶融炉心とコンクリートの反応による生成物の特性把握、セシウム等の放射性物質の化学的挙動に関する知見の取得に取り組んでいます。これらの成果の一部は、現行の過酷事故用解析コードの高度化や事故対策の高度化等、将来の安全研究に役立てることとなっています。
④ 電力中央研究所における過酷事故に関する安全研究
電力中央研究所では、NRRCが、過酷事故状況下における運転員による機器操作等の信頼性評価や過酷事故時に放出される放射性物質による公衆や環境への影響の評価に関する技術開発に取り組んでいます。2023年度には、成果をまとめた報告書(表1-9)を公表しています。
表1-9 電力中央研究所NRRCの2023年度の報告書(一部) タイトル 発行年月 内的事象レベル1マルチユニットPRA手法の開発 2023年4月 確率論的リスク評価(PRA)のための機器信頼性データ収集実施ガイド 2023年5月 火災モデルFDSおよびBRI2-CRIEPIの上下複数区画火災への適用性評価 2023年4月 叙事知を重視した人間信頼性解析(HRA)定性分析のためのインタビューハンドブック 2023年8月 (出典)電力中央研究所NRRCウェブサイト「活動実績 研究報告書・論文」を基に内閣府作成
1-4 健康影響の低減に重点を置いた防災・減災の推進
万一、原子力災害が発生した場合には、原子力施設周辺住民や環境等に対する放射線影響を最小限に留めるため、その対策を的確かつ迅速に実施することが不可欠です。東電福島第一原発事故の教訓を踏まえて、原子力災害対策に関する枠組み及び原子力防災体制が見直され、緊急時の体制や機能の強化とともに、平時においては、防災計画の策定や訓練を始めとした緊急時対応能力の維持・向上が図られています。
また、防災・減災の推進に当たっては、放射線被ばくリスクと避難等に伴うその他の健康上のリスクを比較した上で必要な対策を行う等の柔軟な視点も重要となります。
(1)原子力災害対策及び原子力防災の枠組み
東電福島第一原発事故後、各事故調査報告書の提言等を基に、我が国の原子力災害対策に関する枠組みが2012年に抜本的に見直されました。緊急時の対応は「原子力災害対策特別措置法」(原災法)に基づく原子力災害対策本部が、平時の対応は「原子力基本法」に基づく原子力防災会議が、それぞれ総合調整を担う体制となっています(図 1-32)。
図1-32 平時及び緊急時における原子力防災体制
(出典)原子力規制庁パンフレット(2022年)を基に内閣府作成
(2)緊急時の原子力災害対策の充実に向けた取組
① 「原子力災害対策指針」の策定
原子力災害対策を円滑に実施するため、各種事故調査報告書の提言やIAEA安全基準を踏まえ、2012年10月に原子力規制委員会が「原子力災害対策指針」を策定しました。
また、同指針は、新たに得られた知見や防災訓練の結果等を踏まえ継続的な改定が行われています。2023年度は11月に緊急事態区分を判断する基準等に係る改正が行われました。
② 「原子力災害時の屋内避難の運用に関する検討チーム」の設置
女川地域で2024年1月に開催された地元自治体との意見交換を踏まえて、第64回原子力規制委員会(2024年2月)では放射線防護措置の一つである屋内退避を効果的に運用するための論点が討議され、検討チームを設置して検討を開始することとしました。その後の第73回原子力規制委員会(2024年3月)で「原子力災害時の屋内退避の運用に関する検討チーム」の設置が了承されました。同検討チームは、屋内退避の対象範囲及び実施期間の検討に当たって想定する事態進展の形、屋内退避の対象範囲及び実施期間並びに屋内退避の解除又は避難・一時移転への切替えを判断するに当たって考慮する事項について議論を行っていく予定で、2024年度中を目処に検討結果を取りまとめることを目指しています。
③ 緊急時の放射線モニタリングの充実
緊急時には、原子力災害対策指針に基づき、国の指揮の下で、地方公共団体、原子力事業者及び関係機関が連携して緊急時モニタリングを実施します。また、避難や一時移転等の防護措置の実施を判断する基準(運用上の介入レベル)が導入されており、国及び地方公共団体は、緊急時モニタリングの実測値をこの基準に照らして、必要な措置を行うこととされています(図 1-33、図1 34)。さらに、原子力規制庁は、「緊急時モニタリングについて(原子力災害対策指針補足参考資料)」を公表するなど、緊急時モニタリングの体制の整備及び充実・強化を図っています。なお、図1-34の運用上の介入レベル(OIL73)は、福島第一原子力発電所事故での経験等を踏まえて実行可能性も考慮してより効果的に防護措置が行えるように設定されたものです。
図1-33 防護措置実行の意思決定の枠組み
(出典)第1回安定ヨウ素剤の服用等に関する検討チーム資料1-1 原子力規制庁「原子力災害対策指針の概要」(2018年)
④ 原子力事業者等による緊急時対応の強化
原子力災害対策指針では、原子力事業者が原子力災害対策について大きな責務を有すると明記されています。原子力事業者は、原子力発電所における事故を収束させるために必要な設備等を発電所敷地内に配備するとともに、自治体との協働等を通じて敷地外からの支援を行うための組織・体制も構築しています。
図1-34 原子力災害対策指針のOIL比較
(出典)原子力規制委員会「原子力災害対策指針」(2023年)及び原子力規制庁「包括的判断基準(CG)及び運用上の介入レベル(OIL)について」(2018年)を基に内閣府作成
(3)原子力防災の充実に向けた平時からの取組
① 地域防災計画・避難計画に関する取組
原子力災害対策重点区域74を設定する道府県及び市町村は、防災基本計画及び原子力災害対策指針に基づく情報提供や防護措置の準備を含めた必要な対応策を地域防災計画(原子力災害対策編)にあらかじめ定めておく必要があります。
本計画の策定に当たっては、内閣府が設置する地域原子力防災協議会が、関係地方公共団体の地域防災計画・避難計画の具体化・充実化を支援するとともに、地域の避難計画を含む緊急時対応が原子力災害対策指針等に照らし具体的かつ合理的なものであることを確認しています(図 1 35)。また、内閣府は、協議会における確認結果について、了承を求めるため原子力防災会議に報告しています。緊急時対応の確認を行った地域については、PDCAサイクルに基づき、原子力防災対策の更なる充実、強化を図っています。2023年12月には女川地域で2回目の緊急時対応の改定がされています。
図1-35 地域防災計画・避難計画の策定と支援体制
(出典)内閣府「地域防災計画・避難計画の策定と支援体制」
さらに、原子力災害時に避難経路となる道路の整備等、原子力災害時における避難の円滑化は、地域住民の安全・安心の観点からも重要です。関係自治体や関係省庁が参加する地域原子力防災協議会等も活用し、地域の声を聞きながら、避難経路となる道路の整備が促進されるよう、関係省庁の連携により継続的な取組が行われています。
② 原子力総合防災訓練の実施
原子力災害発生時の対応体制を検証すること等を目的として、原災法に基づき、原子力緊急事態を想定して、国、地方公共団体、原子力事業者等が合同で原子力総合防災訓練を実施しています。2023年度は、10月に東京電力柏崎刈羽原子力発電所を対象とし、国、地方公共団体、原子力事業者等の参加の下で実施されました。同訓練は、国、地方公共団体及び原子力事業者における防災体制や関係機関における協力体制の実効性の確認、原子力緊急事態における中央と現地の体制やマニュアルに定められた手順の確認、地域防災計画等の検証及び緊急時対応等の検討、訓練結果を踏まえた教訓事項の抽出、原子力災害対策に係る要員の技能の習熟及び原子力防災に関する住民理解の促進を目的として実施されました(図 1-36)。
図1-36 柏崎刈羽地域の原子力災害対策重点区域
(出典)内閣府「令和5年度原子力総合防災訓練の概要」(2023年)を基に内閣府作成
③ 各自治体における原子力防災に係る取組
茨城県では、1999年9月の株式会社ジェー・シー・オー(JCO)臨界事故を踏まえ、2000年度から原子力施設において事故・故障等が発生した場合における迅速かつ的確な初期対応及び通報連絡の確保を図ることを目的として、原子力安全協定を締結している全原子力事業所を対象に、抜き打ちによる通報連絡訓練を実施しています。この通報連絡訓練は、訓練日時及び発災想定施設について原子力事業所に対して事前に通知せず、訓練当日、県の通告により抜き打ちで実施する実践的な訓練です。
また、鹿児島県では、原子力災害時の住民避難をより円滑なものとするために、2022年4月よりスマートフォンアプリ「鹿児島県原子力防災アプリ」の運用を開始するなど、スマートフォンを活用した原子力防災の取組が進められています。
さらに、内閣府では、道府県が実施する原子力防災訓練において、民間企業が提供するサービス・アプリを活用した住民への情報提供を取り入れていただくなど、より分かりやすく充実した情報提供を行うための取組を推進しています(図 1-37)。
図1-37 民間のサービスを活用した情報提供例
(出典)柏崎市「令和5年度新潟県原子力防災訓練 実施結果」(2023年)
④ 平常時の環境放射線モニタリングに関する取組
「大気汚染防止法」及び「水質汚濁防止法」に基づき、環境省は、放射性物質による大気汚染・水質汚濁の状況を常時監視し、「放射性物質の常時監視75」にて公開しています。また、環境放射能水準調査等の各種調査が関係省庁、地方公共団体等の関係機関によって実施されており、それらにより得られた結果は、原子力規制委員会のウェブサイト「東日本大震災以降の環境放射線モニタリング情報」や「日本の環境放射能と放射線76」等に公開されています。
1) 原子力施設周辺等の環境モニタリング
原子力規制委員会は、原子力施設の周辺地域等における放射線の影響や全国の放射能水準を調査するため、全国47都道府県における環境放射能水準調査、原子力発電所等周辺海域等(全16海域)における海水等の放射能分析、原子力発電施設等の立地・隣接道府県(24道府県)が実施する放射能調査及び環境放射能水準調査として各都道府県が設置し実施しているモニタリングポストの空間線量率の測定結果を取りまとめ、原子力規制委員会の「東日本大震災以降の環境放射線モニタリング情報」で公表しています。
また、環境省は、2001年1月から、環境放射線等モニタリング調査として、離島等(全国10か所)において、空間線量率及び大気浮遊じんの全α、全β放射能濃度の連続自動モニタリング並びに測定所周辺で採取した環境試料(大気浮遊じん、土壌、陸水等)の放射性核種分析を実施しています。これらの調査で得られたデータは、環境省のウェブサイト「環境放射線等モニタリングデータ公開システム77」で公開されています。
2) 国外における原子力関係事象の発生に伴うモニタリングの強化
「国外における原子力関係事象発生時の対応要領」(2005年2月放射能対策連絡会議決定)では、国外で発生する原子力関係事象についてモニタリングの強化等の必要な対応を図ることとしています。原子力規制庁は、国外において原子力関係事象が発生した場合に空間放射線量率の状況をきめ細かく把握できるよう、モニタリングポストの整備等を行っています。
3) 原子力艦の寄港に伴う放射能調査
米国原子力艦の寄港に伴う放射能調査は、海上保安庁、水産庁、関係地方公共団体等の協力を得て、原子力規制委員会が実施しています。2023年4月から2024年3月末までに横須賀港(神奈川県)、佐世保港(長崎県)、金武中城港(沖縄県)において実施された調査結果では、放射能による周辺環境への影響はありませんでした。
4) モニタリング技術の改良
緊急時及び平常時のモニタリングを適切に実施するためには、継続的にモニタリングの技術基盤の整備、実施方法の見直し、技能の維持を図ることが重要です。そのため、原子力規制委員会は、環境放射線モニタリング技術検討チームを開催して、モニタリングに係る技術検討を進めています。2023年10月には同チーム等における技術的な検討結果を踏まえ、放射能測定法シリーズ78「No.9トリチウム分析法」及び「No.15緊急時における放射性ヨウ素測定法」が制定されました。また、2024年3月に、緊急時モニタリングの基本方針を示した「緊急時モニタリングについて(原子力災害対策指針補足参考資料)」に、「無人機を用いた航空機モニタリング」に関する記載が追加されました。
⑤ 原子力事業者による防災の取組強化
原災法第3条には、原子力災害の拡大の防止及び復旧に対する原子力事業者の責務が明記されています。原子力事業者は、原災法に基づき、原子力事業者防災業務計画を原子力規制委員会に提出79するとともに、防災訓練を実施し、その結果を原子力規制委員会へ報告しています。
原子力規制委員会は、「原子力事業者防災訓練報告会」を開催し、各事業者が実施した訓練の評価結果の説明や良好事例の紹介を行い、2023年度には訓練評価指標の見直しを検討するなど、防災訓練の改善を図っています。また、同報告会の下で開催してきた「訓練シナリオ開発ワーキンググループ」の運営主体を2023年度から事業者に移行し、訓練で得られた良好事例や気付き事項について、事業者間での展開を効果的に継続する方法を検討し、改善を図っていくとしています。原子力規制庁は、同ワーキンググループに陪席し、事業者の取組状況を確認していきます。
(4) 令和6年能登半島地震への対応等
2024年1月1日16時10分、北陸電力株式会社志賀原子力発電所1、2号機は停止中のところ、石川県能登地方で地震(志賀町:震度7、1号機原子炉建屋地下2階:震度5強、志賀町沿岸を含む津波予報区:大津波警報発表)が発生しました。外的な事象による原子力施設への影響を考慮し「警戒事態」に至ったことから、政府は同日16時19分に原子力規制委員会・内閣府原子力事故合同警戒本部を設置しました。使用済燃料プールのスロッシングによる溢水、一部の変圧器故障による油漏れ等が発生しましたが、使用済燃料の冷却や電源など必要とされる安全機能は確保されていることや、敷地内及び敷地近傍のモニタリングポスト指示値に異常は認められておらず、放射性物質の漏洩など発電所の安全確保に影響のある問題が生じていないことを同本部は確認しました。
脚注
- Advanced Liquid Processing System
- 国会法附則第11項の規定において、国会への報告書を当分の間毎年提出することが義務付けられている
- International Atomic Energy Agency
- Organisation for Economic Co-operation and Development/Nuclear Energy Agency
- Analysis of Information from Reactor Building and Containment Vessels of Fukushima Daiichi Nuclear Power Station
- Preparatory Study on Analysis of Fuel Debris
- Benchmark Study of the Accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station
- Fukushima Daiichi Nuclear Power Station Accident Information Collection and Evaluation
- Thermodynamic Characterisation of Fuel Debris and Fission Products Based on Scenario Analysis of Severe Accident Progression at Fukushima Daiichi Nuclear Power Station
- 2017年5月の福島復興再生特別措置法の改正により創設
- 2022年6月に葛尾村と大熊町、同年8月に双葉町、2023年3月に浪江町、同年4月に富岡町の一部、同年5月に飯舘村、同年11月に富岡町の未解除部の避難指示を解除
- 2023年5月には飯舘村の特定復興再生拠点区域外の公園用地の避難指示を解除
- 消費者の健康の保護等を目的として設置された、食品の国際規格等を作成する国際的な政府間機関
- 青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、埼玉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、静岡県
- 田村市、南相馬市、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村及び川俣町(旧山木屋村)
- 1950年2月1日時点の市町村
- 詳しいデータは厚生労働省ウェブサイト「流通食品での調査(マーケットバスケット調査)」を参照https://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/market_basket_leaf.pdf
- European Free Trade Association
- EU、アイスランド、ノルウェーは2023年8月3日に、スイス、リヒテンシュタインは同年8月15日に撤廃
- 2023年8月24日に海洋放出を開始
- 中国、香港、マカオは2023年8月24日以降、ロシアは10月16日以降停止
- 第1章1-1(2)⑤3)「風評払拭・リスクコミュニケーションの強化」を参照
- https://www.meti.go.jp/press/2023/09/20230905001/20230905001-1.pdf
- 「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議の中間取りまとめを踏まえた環境省における当面の施策の方向性」(2015年2月)
- United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation
- 第3章3-1(1)③「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」を参照
- https://radioactivity.nra.go.jp/ja/
- 楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村及び飯舘村の全域並びに南相馬市、川俣町及び川内村の区域のうち警戒区域及び計画的避難区域であった区域。2022年3月31日に田村市において汚染廃棄物対策地域の指定を解除
- 放射能濃度基準の対象核種は放射性セシウム(セシウム134(Cs-134)及びセシウム137(Cs-137))
- 2017年11月に搬入開始、特定廃棄物の搬入は2023年10月末に終了。双葉郡8町村の生活ごみの搬入は今後も継続
- 2023年6月に搬入開始
- 岩手県、宮城県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県
- 市町村から聞き取った情報(2023年4月1日時点の住民登録数)を基に、内閣府原子力被災者生活支援チームが集計
- 特定復興再生拠点区域の避難指示解除と特定帰還居住区域復興再生計画の認定の状況については、第1章1-1(2)②1)「避難指示区域の状況」を参照
- Fukushima Institute for Research, Education and Innovation
- https://www.youtube.com/watch?v=6HjcnNT3QZo
- 2021年に改訂(2022年一部修正)し、最新の状況を踏まえた時点更新や復興が進展している被災地の姿の紹介(ALPS処理水に関する記載の追記等)を行うなど内容を充実
- ALPS処理水の海洋放出に関する理解醸成に向けた取組については第5章5-2(4)「東電福島第一原発の廃炉に関する情報発信やコミュニケーション活動」を、ALPS処理水の海洋放出に関しては第6章6-1(2)⑥「処理水対策」を参照
- Nuclear Damage Compensation and Decommissioning Facilitation Corporation
- 除染等費用を含む。損害賠償に引き当てる交付国債の発行限度額は、2023年12月に約13兆2,000億円に約1兆3,000億円引き上げられた
- Nuclear Regulatory Commission
- IAEA Fundamental Safety Principles, IAEA Safety Standards Series No. SF-1,IAEA, Vienna(2006)
- 原子力事業者との意見交換は第1章1-2(2)④2)「原子力エネルギー協議会(ATENA)における取組」、地元関係者との意見交換は第5章5-2(2)「国による情報発信やコミュニケーション活動」を参照
- 深層防護とは、一連の独立した防護層の組み合わせにより実装され、ある層の対策が機能しなくなった場合、後続の層の対策により防護するという概念
- 第1章1-2(2)④「原子力事業者等による自主的安全性向上」を参照
- 第1章1-3(1)「過酷事故対策」を参照
- 実用発電用原子炉及びその附属施設における発電用原子炉施設保安規定の審査基準の一部改正について
- Green Transformation:産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換すること
- 第2章2-2「原子力のエネルギー利用を進めていくための取組」を参照
- 第2章2-1(2)「我が国の原子力発電の状況」を参照
- なお、その後の審査会合において審査資料の誤りが多数確認されたため、2023年4月に原子力規制委員会は、日本原子力発電に対して、設置変更許可申請書の補正を同年8月31日までに求める指導文書を発出。日本原子力発電は同年8月に原子力規制委員会に対して補正申請書を提出し、同年9月に、原子力規制委員会は敦賀発電所2号機の新規制基準適合性審査を再開
- Boiling Water Reactor
- 原子力エネルギー協議会の詳細は、第1章1-2(2)④2)「原子力エネルギー協議会(ATENA)における取組」を参照
- Atomic Energy Association
- Institut de radioprotection et de sûreté nucléaire
- Nuclear Risk Research Center
- Probabilistic Risk Assessment
- 機器や建物・構築物等の損傷確率
- Risk-Informed Decision-Making
- Japan Nuclear Safety Institute
- Pressurized Water Reactor
- Accident Management Guideline
- Performance Indicator
- Chief Nuclear Officer
- Integrated Regulatory Review Service
- 原子力利用の推進に係る事務を所掌する行政組織等。具体的には、経済産業省、文部科学省、内閣府のうち、当該事務を実施する組織等。
- 一般社団法人日本電気協会原子力規格委員会が制定した民間規格。規格番号はJEAC4111-2021
- 第1章1-2(1)④1)「実用発電用原子炉施設における新規制基準への適合」を参照
- 第1章1-1(1)②「事故原因の解明に向けた取組」を参照
- 第1章1-2(2)②「原子力安全研究」を参照
- Collaborative Laboratories for Advanced Decommissioning Science
- Nuclear Safety Research Reactor
- Operational Intervention Level
- 住民等に対する被ばくの防護措置を短期間で効率的に行うために、重点的に原子力災害に特有な対策が講じられる区域のこと
- https://www.env.go.jp/air/rmcm/index.html
- https://www.kankyo-hoshano.go.jp/
- https://housyasen.env.go.jp/
- https://www.kankyo-hoshano.go.jp/library/series/
- https://www.nra.go.jp/activity/bousai/measure/emergency_action_plan/index.html
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