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資料

原子力損害賠償制度専門部会報告書

昭和63年12月2日
原子力委員会
原子力損害賠償制度専門部会



昭和63年12月2日

原子力委員会
委員長 伊藤宗一郎 殿

原子力損害賠償制度専門部会
部会長 谷川 久

 本専門部会は、昭和63年8月2日に設置され、賠償措置額の改定等所要の事項について、5回にわたり審議を行い、結果をとりまとめましたのでここに報告いたします。

はじめに

 我が国における原子力損害賠償制度については、昭和36年に原子力損害賠償関係二法(「原子力損害の賠償に関する法律」及び「原子力損害賠償補償契約に関する法律」)が制定されて以来、諸情勢の変化等に対応するという観点から、概ね10年毎に原子力委員会において所要の検討を行い、これに基づいて法改正が行われている。

 昭和54年の法改正以来9年が経過した現在、本専門部会においては、我が国の原子力開発利用の進展、民間損害保険の動向、原子力損害賠償に係る国際動向等、内外の諸情勢の変化に鑑み検討が必要と認められる事項について所要の検討を行った結果、諸点について次のような結論に至った。

1.賠償措置額の引上げ

(1)原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)は、被害者保護等の観点から、原子力損害を与えた原子力事業者の無過失・無限の賠償責任及びいわゆる「責任の集中」を規定しているが、さらに原子力事業者に対し損害賠償措置を講じることを義務付けている。この損害賠償措置は、万一原子力損害が発生した場合に、被害者に対する賠償を迅速かつ確実ならしめるための具体的ファンドとしての重要な役割を担っている。また、原子力事業者にとっても、これにより万一の原子力損害の発生に伴う偶発的支出を経常的な一定の費用に転化することが可能となり、その合理的経営に資するものである。

 この損害賠償措置については、原賠法第7条によりその方法が規定されているが、具体的には全て民間との責任保険契約及びこれを補完する政府補償契約が用いられている。

 賠償措置額は、昭和36年の原賠法制定時には50億円とされ、昭和46年改正時に60億円に、昭和54年改正時に100億円にそれぞれ引き上げられて現在に至っており、いずれの場合においても諸外国の水準を参考としつつ、損害賠償措置の中心である責任保険の引受能力等を踏まえ、賠償措置額を設定してきている。

 前回の法改正時から既に9年を経過している現時点においては、我が国の原子力の開発利用を取り巻く環境は国内的にも国際的にも大きく変化してきており、また責任保険の引受能力も更に拡大されている。今回賠償措置額を相当に引き上げることは、被害者の保護を図るとともに、今後とも国民の理解と協力を得て原子力の開発利用を発展させていくとの観点からも大きな意義を有すると考えられる。

 現時点における主要国の賠償措置額の状況を見ると、アメリカが9千億円程度、西ドイツ及びスイスが350億円程度、スウェーデン、イギリス、フランス等が我が国の現行額と同程度の100億円ないしはそれ以下となっている。この中でアメリカは、我が国と異なり有限責任制度を採用していること、また、損害賠償措置についてもその内容は、責任保険は200億円程度であり、残りの部分は、小規模な原子力事業者が多いため単独の賠償資力には限界があることを背景として、最終的には政府の支援によって裏付けされる「事業者間相互扶助制度」という独自の方法によって措置していること等から、我が国とは一概に比較し難い面がある。

 したがって、現時点において我が国が賠償措置額を引き上げるにあたっては、為替変動等の要因を勘案しつつ、我が国と同様の無限責任制度を採用している西ドイツ及びスイス両国の水準を参考とし、これと遜色のない水準とすることが適当である。


 一方我が国の責任保険の引受能力は、円高等の要因はあるものの、今後の海外再保険、国内保有の双方の引上げを含め、現時点では300億円とされている。

 これらの点を総合勘案すると、今回の法改正に当たって賠償措置額は300億円に引き上げることが適当である。

(2)原賠法の施行令において、原子炉の運転等の種類に応じ法定措置額より低額(20億円又は2億円)の措置額が定められているが、これについても法定措置額の引上げに伴い、国際水準、国内保険引受能力等を参考として相当の引上げを行うことが適当である。

 また、プルトニウムに係るものについては、上記の観点に加えて、今後の取扱い単位量の増大等も勘案して特例額を特記することを考慮することが適当である。

 原子炉の解体については、当面従来どおり「原子炉の運転及びこれに付随してする核燃料物質等の運搬、貯蔵又は廃棄」として取り扱うこととするが、今後の解体に係る技術開発の動向等を見つつ、原賠法における原子炉の解体の位置付けについて更に検討を行うことが適当である。

2. 原賠法第20条における適用期限の延長

 原賠法では、第10条において責任保険を補完するものとして政府補償契約を、第16条において賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合の国会の議決に基づく国の援助を、それぞれ規定している。また、同法第20条は、これらの規定の適用を、昭和64年末までに開始した原子炉の運転等に係る原子力損害に限るものとしている。これは、法律の適用を10年間程度予定し、その後の取扱いは、原子力の開発利用の進展、責任保険の担保範囲の質的、量的拡大等の状況を勘案して、その時点での判断において必要に応じた法改正を行うことを意図したものである。

 このような立法趣旨に鑑み、これらの規定の必要性について検討したところ、まず政府補償契約については、その担保範囲である地震、噴火等による原子力損害を責任保険で担保することは、海外再保険市場での制約等の理由により、現時点においても不可能な状況にある。また、国の援助についても、万一の場合への備えとして本制度の規定は現時点においても意義があると考えられること、諸外国の立法例においても原子力損害に係る国の政済措置が規定されていること、また、被害者保護のために国が援助を行うことを法律で規定することは原子力に対する国民の不安の除去の観点からも引き続き極めて重要であることを指摘することができる。

 これらの状況を踏まえると、被害者の保護と原子力事業の健全な発達のために、昭和65年以降に開始される原子炉の運転等に係る原子力損害についても、政府補償契約に関する規定及び国の援助に関する規定をいずれも存続させる必要がある。

 延長の期間については、特段の事情の変更がなく、また、このような期限の設定が本制度の見直しの一つの契機になり得ること等も考慮して従来と同様10年とし、その後の取扱いについては、今後の原子力の開発利用の進展、責任保険の担保範囲の拡大等を踏まえ、その時点における判断に委ねることとする。

3. その他

(1)国境を越えた原子力損害
① チェルノブイル事故を契機として、原子力事故による越境損害は国際的に関心の高い問題の一つとなっている。我が国の原子力発電所等についていえば、その安全性の水準の高さ等からみて、チェルノブイル事故のような事態は起こるとは考え難いが、今後とも近隣諸国を含めた世界の原子力の開発利用の一層の進展も予想されるので、万一の事態に際しての越境損害への我が国の対応の在り方について検討を行った。

 越境損害に係る国際間の賠償問題を取り扱う条約としては、すでにパリ条約及びウィーン条約が発効しているが、我が国の国内法との整合性の問題があること、近隣諸国が条約を締結していないこと等からみて、現時点では、これらの条約による解決は容易ではない。したがって、現段階においては、基本的には次の方向で対応することが適当である。
i)我が国で原子力事故が発生し、これにより外国で原子力損害が生じた場合の賠償問題については、国際私法の原則により日本法が準拠法となる場合には、我が国の原賠法が適用され、これにより解決が図られることになる。

ii)外国で原子力事故が発生し、これにより我が国で原子力損害が生じた場合にも、私法上の賠償責任の追及は国際私法の原則によって定める準拠法に基づき行われることとなる。

 その際、我が国における被害や相手国の状況等を考慮しつつ適当であると判断される場合には、賠償問題が迅速に処理され、被害者が救済されるよう政府間で相手国政府に働きかけることが考えられる。また、いずれにせよこのような場合には、チェルノブイル事故時の各国の例にみられるように、国内被害救済の観点から、一般救済対策さらに必要な場合には事後立法により解決が図られるべきであると考えられる。
② 越境損害については、当面は上記の方向で対応を図ることとするが、本件に係る国際動向を注視しつつ、越境損害の問題への国際法及び国内法上の対応を含めた今後の我が国の対応の在り方について更に調査検討を行うことが適当である。
(2)避難費用
 原子力施設において異常事態が発生し、周辺住民が避難した場合に生じる避難費用については、米国改正プライス・アンダーソン法においてこれが法律上明示されることになった。我が国の原子力施設においては万全の事故防止対策が講じられているが、万一このような事態が発生した場合の避難費用の取扱いについて検討した結果、次の理由により、基本的には従来どおり現行法の運用により対応することで特に支障はないと考える。
① 原賠法に規定する原子力損害は、核燃料物質等の原子核分裂や放射線等の作用により生じた損害であり、直接損害はもちろんのこと、更に放射線等の作用と相当因果関係がある限り間接損害も含まれるものである。したがって、原子力施設の異常事態により、周辺住民が避難した場合の避難費用についても、具体的事例にもよるが、このような放射線等の作用と相当因果関係のある限り、原子力損害として原賠法が適用される。

② また、具体的事例によっては、避難費用が原賠法の適用を受けるかどうか限界的な場合も生じると考えられる。このような場合には、法第18条に基づく原子力損害賠償紛争審査会において、損害の調査及び評価を行うことにより、賠償の円滑かつ適切な処理を図ることができる。

 なお、実体的には、我が国の原子力発電所等については、万一の事態に備えて、災害対策基本法に基づいて作成された地域防災計画に基づき、市町村長の勧告・指示による周辺住民の集団避難が行われる場合には、そのための輸送手段や避難施設の確保等の対策が用意されている。
(参考)原子力損害賠償制度専門部会構成員及び開催日
(1)構成員
部会長  谷川 久  成蹊大学法学部教授
 安部 浩平  電気事業連合会専務理事
 池田 謙一  日本原子力保険プール専務理事
 伊原 義徳  日本原子力研究所理事長
 岸田純之助  (財)日本総合研究所会長
 下山 俊次  日本原子力発電(株)常務取締役
 堤 佳辰  前(株)日本経済新聞社論説委員
 能見 善久  東京大学法学部教授
 林 政義  動力炉・核燃料開発事業団理事長
 廣部 和也  成蹊大学法学部教授
 森 一久  (社)日本原子力産業会議専務理事
 津野 修  内閣法制局第三部長
 平野 拓也  科学技術庁原子力局長
 村上 健一  科学技術庁原子力安全局長
 藤井 正雄  法務省民事局長
 遠藤 哲也  外務省大臣官房審議官
 小粥 正巳  大蔵省主計局長
 平澤 貞昭  大蔵省銀行局長
 向 準一郎  通商産業省資源エネルギー庁長官官房審議官
 塩田 澄夫  運輸省運輸政策局長

(2)開催日
  第1回会合 昭和63年 9月19日
  第2回会合 昭和63年10月 4日
  第3回会合 昭和63年10月25日
  第4回会合 昭和63年11月 7日
  第5回会合 昭和63年11月29日


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