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JT-60用中性粒子入射加熱装置の開発


-原型ユニットの試験開始-

日本原子力研究所

1. はじめに

 茨城県那珂町にある日本原子力研究所の核融合研究施設に、昨年11月、臨界プラズマ試験装置(JT-60)用の中性粒子入射加熱装置原型ユニットが完成し、性能確認のための総合試験が開始された。本原型ユニットは、14基の入射装置から構成されるJT-60中性粒子入射加熱装置の建設に先立って、あらかじめ1基相当の装置を製作し、その性能の確認試験を行うためのものであり、長パルス(パルス幅10秒)の高速水素ビームを発生できる世界で最初に完成した装置である。本年2月の試験では、目標の75keV、70Aの水素イオンビームを10秒間引き出すことに成功し、世界最高の性能を実証した。

 JT-60などのトカマク装置では、はじめのプラズマ加熱は環状放電電流によるジュール加熱によって行われている。しかし、ジュール加熱のみでは、プラズマの温度を2~3千万度以上に高めることができないことが理論的に判明している。従って、JT-60などの装置による臨界プラズマ条件(核融合反応で発生したエネルギーと、核融合反応を起こさせるために加えたエネルギーがちょうどつり合ったプラズマの条件)の達成に必要な超高温プラズマ(数千万~1億度)の生成、また核融合炉による自己点火条件(外部よりエネルギーを与えることなしに核融合反応が持続する条件)の達成に必要な超高温プラズマ(約2億度)の生成には、別の機構によるプラズマの第二段加熱を行う必要がある。

 現在建設中のJT-60では、プラズマの第二段加熱のために、20MWの中性粒子入射加熱と10MWの高周波加熱を行う予定である。第1図にJT-60の鳥瞰図、主要諸元を第1表に示す。JT-60では、短時間の臨界プラズマ条件の達成だけではなく、数秒間の臨界プラズマ条件持続の間に不純物の増加等の異常現象が起らないことの確認という実質的な意味での臨界プラズマ条件の達成を目標としているため、10秒という長い加熱入力持続時間を設定している。将来の核融合炉においても数十秒間の初期加熱は必要と考えられており、10秒という目標設定は適切な中間ステップと考えられる。

第1図 JT-60 鳥瞰図

第1表 JT-60の主要諸元


2. 中性粒子入射加熱装置の概要と開発目標

2.1 中性粒子入射加熱装置の基本構成

 中性粒子入射加熱装置は、高エネルギーの中性粒子(JT-60では水素原子)を生成し、その中性粒子をトーラス容器内に入射し、プラズマと衝突させることによってイオン化、熱化の過程を経てプラズマの温度を上昇させる装置である。第2図に中性粒子入射加熱装置の基本構成を示す。まず、イオン源から引き出された高エネルギー大電流のイオンビームは、中性化セルを通過する間に中性ビームに変換後、直進してトーラスに入射され、プラズマを加熱する。

 一方、中性化されなかったイオンビームは偏向磁石によって軌道を曲げられた後、ビームダンプに導びかれ除熱される。イオン源や中性化セルから流出する室温の水素ガスは真空タンク内に収納された大容量のクライオポンプ(液体ヘリウム冷却)によって排気され

る。

第2図 中性粒子入射加熱装置の基本構成


2.2 中性粒子入射加熱装置の稼動状況と開発目標

 現在稼動中の代表的な中性粒子入射加熱装置を第2表に示す。MW級の入射加熱装置が稼動しているが、いずれも短パルス(0.05~0.5秒)のもので、長パルスの装置はJT-60用中性粒子入射加熱装置原型ユニットのみである。

 また、現在開発中の大型トカマク装置用中性粒子入射加熱装置の目標性能を第3表に示す。参考までに国際トカマク炉1NTOR用入射加熱装置の目標性能も併記した。

第2表 稼動中の中性粒子入射加熱装置

第3表 大型トカマク装置用中性粒子入射加熱装置の目標性能


3. JT-60用中性粒子入射加熱装置の開発研究

 原研では中性粒子入射加熱装置の開発研究を、昭和49年に開始し、まずJFT-2粒子入射加熱装置用イオン源を開発した。51年には、このイオン源を使用した100kW級のJFT-2粒子入射加熱装置を用いて、我が国最初の中性粒子入射加熱実験に成功した。

 原研では、本開発研究の開始時点から、当面の開発目標を単基容量MW級で長パルスビームのJT-60用中性粒子入射加熱装置に設定しており、上記51年のJFT-2用の100kW級入射加熱装置の成功は、MW級に至る第1ステップと位置づけられる。

 JT-60中性粒子入射加熱装置を14基の入射装置ユニットで構成し、その入射装置ユニットを2個のイオン源を持つ原型ユニットのような構成にする構想がほぼ固まったのは、昭和51年頃であり、以後これをベースに各コンポーネント機器の開発を進めた。

3.1 長パルス装置と短パルス装置の技術的相違

 先に述べたように、JT-60用中性粒子入射加熱装置の特徴は、ビーム引き出し時間が10秒という点にある。

 技術的にみて中性粒子入射加熱装置は,取り扱うビームパルス幅の長短によって大きな相違がある。粒子入射加熱装置の主要コンポーネントであるイオン源やビームダンプなどの受熱機器の熱的時定数が大抵0.5~2秒前後となるので、ビームパルス幅がこれ以下か、以上かによって受熱機器の冷却方式が大幅に異なることになる。すなわち、短パルスビームの場合受熱機器は受熱面の熱容量を利用した慣性冷却方式で対処できるが、長パルスビームになると時々刻々除熱する強制冷却方式を採用する必要がある。このため、長パルスの中性粒子入射加熱装置は、短パルスの装置に比べて格段に難かしくなる。JT-60用中性粒子入射加熱装置の開発では、パルス幅が上述の熱的時定数に比べてはるかに長いため、ビームを連続的に引き出す場合と同等の技術的困難を克服する必要があった。

3.2 JT-60用イオン源の開発研究

 JT-60中性粒子入射加熱装置で必要とされるイオン源は、1台あたり75keV、35A、発散角1度の水素イオンビームを10秒間引き出すことを目標とする2段加速多孔型矩形イオン源である。このイオン源開発目標は51年頃設定され、以後3基のテストスタンドITS-1、2、3を駆使してイオン源の長パルス化を中心とする開発研究を続けた。

 54年には、小型2段加速イオン源で、65keV、4A、30秒の長パルスイオンビームを引き出すことに成功した。この出力は当時の世界最高値であった。また、高エネルギーで長パルスビームを引き出すのに適した原研独自の新型イオン源“ラムダトロン”を開発した。一方、55年には、JT-60用イオン源と同一規模の矩形2段加速イオン源で、75keV、35A、0.1秒のイオンビームを得た。

 これらの研究成果を基に、原型ユニット用イオン源が製作された。第3図に原型ユニットに取付けられた2台のイオン源を示す。本年2月始めの原型ユニットの試験で、75keV、35A、10秒の水素イオンビームを引き出し、所期の目標性能を達成した。この値は、現在世界最高値である。

 原研における一連のイオン源開発研究の推移を第4図に示す。この図では、イオン源の性能を示す指標としてイオン源の出力エネルギー(出力電圧×電流×パルス幅)をとっている。なお、参考までに内外の研究機関のイオン源開発の現状を示した。

第3図 原型ユニットに取付けられた2台のイオン源

3.3 JT-60用中性粒子入射加熱装置原型ユニットの開発

 JT-60用中性粒子入射加熱装置原型ユニットは、JT-60中性粒子入射加熱装置実機の設計と並行して52年度から該細設計を進め、54年度からその製作に着手した。約1年半の建設期間を経て、56年11月中旬に全システムが完成した。

 完成した原型ユニットの写真を第5図に、その断面図を第6図に示す。図中主排気タンクと書かれた部分が、JT-60中性粒子入射加熱装置実機の1基の入射装置に相当する部分である。原型ユニットには、これらの機器のほか、イオン源用電源、クライオポンプを冷却する液体ヘリウムと液体窒素を循環させる冷媒循系、純水冷却設備などを含んでいる。第4表に原型ユニットの主要性能を示す。

 原型ユニットは、世界で最初にトータルシステムとして完成した長パルス大容量の中性粒子入射加熱装置であり、イオン源用電源、大口径金属シールゲート弁等の各コンポーネント機器についても原研のこれまでの研究開発の成果及び産業界の自主技術開発の成果が集大成されている。

 原型ユニット完成後、ただちに出力上昇と性能確認のための試験を開始した。原型ユニットにおける試験の主な項目は、

① イオン源の性能確認と信頼性の向上
② クライオポンプの排気性能の確認と冷媒循環系のシステム安定性の確認
③ 偏向磁石、ビームダンプ、カロリメータ等ビームライン機器の性能と信頼性の確認
④ トーラス模擬容器への入射パワーと低温中性粒子の流入量の測定

などである。これらの試験結果は、57年度に開始予定のJT-60中性粒子入射加熱装置実機の製作に反映される。

第4図 原研におけるイオン源開発研究の推移

第4表 原型ユニットの主要性能

第5図 完成したJT-60中性粒子入射加熱装置原型ユニット(下のタンクが主排気タンク)

第6図 JT-60粒子入射加熱装置原型ユニット断面図


4. まとめ

 原研では中性粒子入射加熱装置の開発に着手して、8年を経過したが、今回完成したJT-60用中性粒子入射加熱装置原型ユニットの総合試験において、世界に先駆けて、長パルス定格運転に成功した意義は大きく、次期装置へ向けての加熱装置の開発は、今後高エネルギー化、高効率化に重点が置かれることとなろう。

 しかしながら、57年度から製作を開始するJT-60用中性粒子入射加熱装置実機では,より高い信頼性を要求されており、今後原型ユニットの試験をくりかえすことによって、その目的を達成せねばならない。

 本開発研究の遂行にあたり、官界、学界、産業界から多くの御指導、御協力を得た。感謝の意を表したい。



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