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第7章 放射線・放射性同位元素の利用の展開

7-1 放射線利用に関する基本的考え方と全体概要

 放射線・放射性同位元素(RI1)の利用(放射線利用)は、原子力のエネルギー利用と共通の科学的基盤を持ち、工業、医療、農業を始めとした幅広い分野において社会を支える重要な技術となっています。
 放射線には、アルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線)、エックス線(X線)、中性子線、重粒子線等の様々な種類があり、それぞれ異なる性質を持ちます。また、放射線を発生する装置や物質には、RI、原子炉、加速器等があります。医療機関、研究機関、教育機関、民間企業等では、目的や手段に応じてこれらを適切に使い分けています。
 放射線利用の範囲は、放射線発生装置等の研究開発の進展により広がりをみせており、分野間連携を促進し、国や大学、研究機関、民間企業が連携するオールジャパン体制にて取り組んでいくことが求められます。


(1) 放射線利用に関する基本的考え方

 放射線は、生体組織に対して過度に照射すると有害な影響をもたらしますが、図 7-1に示すような特性を有しています。これらの特性を産業や医療、学術研究等に幅広く活用することにより、国民生活の水準向上等に大きく貢献します。原子力委員会の「原子力利用に関する基本的考え方」では、放射線・RIが幅広い分野で活用されており社会基盤を支える重要な技術となっていること、今後も更に国民の福祉や生活の質の向上、社会基盤の維持向上とともに、環境問題や食糧問題等の地球規模の課題の解決に資するため、より一層推進していくことが示されています。また、2021年6月に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」では、最先端技術の研究開発を加速するため、試験研究炉等を使用したRIの製造に取り組むことが示されました。


放射線の特性

図 7-1 放射線の特性

(出典)内閣府作成


(2) 放射線の種類

 放射線は、電離放射線と非電離放射線の二つに分類されます。電離放射線は、原子や分子から電子を引き離しイオン化(電離)する能力を持ちます。電離放射線は、α線やβ線、陽子線など電荷を持った粒子線、中性子線のような電荷を持たない粒子線、X線やγ線などの電磁波を指します。一方、非電離放射線は、電離能力が弱い可視光線やマイクロ波等を指します。一般には、電離放射線を放射線と称しています(図 7-2)。
 多くの放射線(電離放射線)は、物質に当たるときや物質中を透過するとき、物質の原子や分子と相互作用します。その相互作用は放射線の種類によって異なり、例えば、X線は物質を透過する能力が高く、α線は物質内部で止まる際に局所的・集中的にエネルギーを与えるといった特徴があります。このような特徴を生かし、様々な放射線利用が行われています。


放射線の種類

図 7-2 放射線の種類

(出典)環境省「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(令和5年度版)」(2024年)等を基に内閣府作成


(3) 放射線源とその利用、供給

 放射線を発生する装置や物質には、RI、原子炉、加速器等があり、それらから得られる放射線の種類にも様々な特徴があります。これらを目的や手段に応じて利用しています。

① 放射性同位元素(RI)

 RIは、それ自体が放射線源となります。RIは原子核が不安定であるため、より安定な状態に移行しようとして別の原子に変わる放射性崩壊を起こし、その際に放出される放射線(α線、β線、γ線、中性子線)が利用されています。
 原子炉でのRI製造は、原子核の核分裂反応あるいは中性子を吸収する反応により行われます。現在、我が国でRI製造・供給を行うことのできる原子炉(研究炉)は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(原子力機構)のJRR-32、京都大学研究用原子炉(KUR3)の2基です。新規制基準への適合を行い、KURは2017年に、JRR-3は2021年2月にそれぞれ運転再開し、JRR-3では、モリブデン99(Mo-99)製造試験が実施されています。また、2023年度において、小線源治療に使われる金198(Au-198)グレイン4について国内需要の約3割、イリジウム192(Ir-192)線源5について国内需要の全数を製造出荷した実績があります。原子力機構の高速実験炉「常陽」についても、運転再開後のRI製造への利用に向けた取組が、「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」(2022年5月原子力委員会決定)で示されています。
 我が国では、主要なRI医薬品のテクネチウム99m(Tc-99m)の原料であるMo-99の全量を海外から輸入しています。しかし、製造に用いられる原子炉の老朽化や故障、供給元からの輸送トラブル等の課題を抱えており、製品供給が不安定な状況です(図 7-3)。そのため、Mo-99の国内製造に向けた取組が進められています。「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」においては、重要RIの国内原子炉や加速器等を活用した製造や研究開発の取組の強化が示されています。


Mo-99のサプライチェーン

図 7-3 Mo-99のサプライチェーン

(出典)第16回原子力委員会資料第1号(修正版) 畑澤 順、北岡 麻美「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン進捗状況概要」(2023年)


 医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」では、今後10年間に実現すべき四つの目標として、「Mo-99/Tc-99mの一部国産化による安定的な核医学診断体制の構築」、「国産RIによる核医学治療の患者への提供」、「核医学治療の医療現場での普及」、「核医学分野を中心としたラジオアイソトープ関連分野を我が国の『強み』へ」を挙げて、それに向けた具体的なアクションプランが提示されています。原子力委員会では、おおむね1年ごとに関係省庁から報告を受けてアクションプランの進捗状況をフォローアップすることとしており、2023年度に1回目となるフォローアップを実施しています。
 また、経済産業省の原子力産業基盤強化事業では、例えば日本原燃株式会社が、ウラン濃縮事業で培った遠心分離技術を、がん診断に用いる医療用RIの原料を分離することなどに活用することを検討しています。

コラム 医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプランのフォローアップ

 原子力委員会では、2023年5月から6月にかけて、定例会議で「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」の具体的な進捗状況についてフォローアップを行い、以下のとおり関係省庁や関係機関等で着実に作業が進められていることを確認しました。

アクションプラン・2023年度の主なフォローアップ結果

(出典)(出典)第23回原子力委員会定例会(2023年)議事録及び配布資料「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」の進捗状況について(書面フォローアップの報告)を基に内閣府作成



 加速器でのRI製造は、加速された荷電粒子(陽子、α線等)をいろいろな試料に照射して行います。国立研究開発法人理化学研究所(理化学研究所)のRIビームファクトリーでは、様々な加速器を用いたRI製造が行われており、公益社団法人日本アイソトープ協会を通じて国内の大学等や研究機関に頒布されています。
 供給されるRIの形態には、容器に密封されたRI(密封RI)と、密封されていないRI(非密封RI)の二つがあります。密封RIは民間企業への供給量が特に多く、非破壊検査や計測等の装置、医療機器や衛生材料の滅菌等に使用されています。また、非密封RIは教育機関を中心に供給されており、生態科学や地球環境化学等の研究分野において、動植物等の生体内における元素の移動現象や地表の物質の移動現象を追跡できる感度の高いトレーサーとして利用されています。
 RIを使用する事業所は2023年3月末時点で7,471か所あり、機関別に見ると、民間企業が4,573か所、医療機関が1,148か所、研究機関が316か所、教育機関が461か所、その他の機関が973か所です(図 7-4)。民間企業では、化学工業、パルプ・紙製造業、鉄鋼業、電気機器製造業を始めとして、幅広い業種において使用されています(図 7-5)。


RIを使用する事業所数の推移

図 7-4 RIを使用する事業所数の推移

(出典)原子力規制委員会 規制の現状 表2「機関別使用事業所数の推移」を基に内閣府作成



RIを使用する民間企業の業種別事業所数(2019年3月末時点)

図 7-5 RIを使用する民間企業の業種別事業所数(2019年3月末時点)

(出典)公益社団法人日本アイソトープ協会「放射線利用統計2019(第3版)」(2021年)を基に内閣府作成


② 原子炉

 研究用原子炉では、核分裂の際に放出される中性子を利用し、学術研究や産業利用に関わる幅広い研究のほか、RI製造、医療にも利用されています。原子力機構のJRR-3では中性子照射による医療用RIの製造等を行っています。また、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT6)は中性子を利用した治療方法ですが、京都大学のKUR、原子力機構のJRR-3、JRR-2、JRR-4、東京都市大学のMITRR7などにBNCT用照射施設が付設され、臨床試験が実施されていました。しかし、治療装置としての原子炉を薬事申請することが困難であるため、一般臨床に進展できないという課題がありました。現在は、病院にも併設可能な小型の加速器を利用したBNCTの治験等が行われています。


③ 加速器

 加速器は、RI製造以外にも、電子、陽子、炭素原子核等の粒子を光の速度近くまで加速して、エネルギーの高い電子線、陽子線、重粒子線の状態で取り出すことができます。粒子を直線的に加速する線形加速器と、円軌道を描かせながら次第に加速する円形加速器の2種類に大別されます(図 7-7)。円形加速器では、電子を加速し、様々な波長の電磁波が含まれる放射光を発生させることができます。放射光から、目的に応じて特定の波長の電磁波を取り出し、タンパク質の構造解析等に利用されています。
 「放射性同位元素等の規制に関する法律」(放射性同位元素等規制法8)の許可を受けて使用されている加速器(放射線発生装置)は、2019年3月末時点で1,747台です(図 7-6)。このうち1,310台は医療機関に設置され、がん治療等に利用されています。また、教育機関、研究機関、民間企業等でも利用されています。そのほか、放射性同位元素等規制法の規制対象とならない低エネルギー電子加速器、イオン注入装置等も民間企業等に多数導入され、コーティング、殺菌・滅菌や半導体製造等幅広く利用されています。
 なお、中性子源として用いる加速器の大半は大規模で持ち運び不可能ですが、X線や電子線を発生する加速器は小型化・軽量化が進められ、非破壊検査等、利用対象が広がっています。
 中性子源として用いる小型加速器は主に医療分野で用いられています。KURでは、2007年から、核燃料を使用せず、電源を切れば放射線が出ない加速器を用いたBNCTシステムの開発を住友重機械工業株式会社と進め、臨床研究が行われてきました。2020年4月には、同社、ステラファーマ株式会社らと共同で、サイクロトロン方式によるBNCTを実現しました。2020年6月から、大阪医科薬科大学、総合南東北病院の二つの医療機関において、小型加速器による一部の腫瘍9に対するBNCTの保険診療が開始され、KURを使用したBNCTの臨床試験は終了しました。現在では、国立がん研究センター等3つの医療機関で治験が開始されています。


放射線発生装置の使用許可台数(2019年3月末時点)

図 7-6 放射線発生装置の使用許可台数(2019年3月末時点)

(出典)公益社団法人日本アイソトープ協会「放射線利用統計2019(第3版)」(2021年)を基に内閣府作成



加速器のエネルギーと種類

図 7-7 加速器のエネルギーと種類

(出典)丸善出版 上坂充「放射線生物学」(2022年)


④ その他(X線発生装置、レーザー発振器)

 X線発生装置では、陰極と陽極の間に高電圧をかけ、陰極から出た熱電子が高速で陽極とぶつかったときにX線が発生します。X線は、レントゲンや非破壊検査等に利用されています。
 レーザー発振器は、気体や固体の原子の電子エネルギーを変化させて取り出した光を増幅し、ほぼ単一の波長の電磁波であるレーザー光として発振します。指向性が優れている、エネルギー密度が高いなどの理由から、レーザー溶接や歯の治療等に利用されています。


7-2 様々な分野における放射線利用

 放射線は、その特性を生かして先端的な科学技術、農業、医療、環境保全、核セキュリティ、工業等の様々な分野で利用され、国民の福祉や生活水準向上等に大きく貢献しています。物質の構造解析や機能理解、新元素の探索、重粒子線やα線放出RI等による腫瘍治療を始めとして、今後ますます発展していくことが見込まれます。国や大学、研究機関、民間企業が連携して、先端的な利用技術の研究開発や、そのための装置の開発が進められています。


(1) 放射線の利用分野の概要

 放射線は、私たちの身近なところから社会の様々な分野で広く利用されています(図 7-9)。我が国における2015年度の放射線利用(工業分野、医療・医学分野、農業分野)の経済規模は約4兆3,700億円と評価されています(図 7-8)。この経済規模は、放射線を利用したサービスの価格や放射線照射の寄与割合を考慮した製品の市場価格等から推計したもので、放射線が国民の生活にどの程度貢献しているかを示す指標の一つと捉えることができます。
 国際原子力機関(IAEA10)が2023年9月に公表した原子力関連技術の動向に関する報告書「Nuclear Technology Review 2023」においても、放射線利用の技術動向が紹介されています。食品の安全性を高め、品質を維持し、賞味期限を延長するために、現在約70か国で少なくとも1種類の食品に放射線が照射されており、低エネルギービーム(軟電子線又は軟X線)を用いた機械線源照射の利用が拡大しています。医療分野では、PET11-CT12検査等の進歩により、臨床医が利用可能な新たな放射性同位元素が必要とされています。テルビウム放射性同位元素のような、幅広い診断用単一光子放射断層撮影や治療(β線及びα線治療)に応用するための新たな放射性同位元素ペアが研究されています。


我が国における放射線利用の経済規模の推移

図 7-8 我が国における放射線利用の経済規模の推移

(出典)内閣府作成



我が国における放射線利用の経済規模の推移

図 7-9 様々な分野における放射線利用の具体例

(出典)原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方 参考資料」(2023年)等を基に内閣府作成


(2) 工業分野での利用

① 材料加工

 放射線の照射により、強度、耐熱性、耐摩耗性等の機能性向上のための材料改質が行われています。例えば、自動車用タイヤの製造では、加硫工程の前にゴムに電子線架橋することにより、部分的に加硫して強度を増しつつ、形状を保持しながら高品質なラジアルタイヤが製造されています。半導体加工においても、X線、電子線や中性子線等を照射することにより、特性の向上が行われています。また、宝石にγ線等を照射し色合いを変える改質処理も実施されています。


② 測定・検査

 部材や製品の厚さ、密度、水分含有量等の精密な測定や非破壊検査等において、放射線が利用されています。例えば、老朽化した社会インフラの保全において、コンクリート構造物の内部損傷や劣化状態を調べるため、放射線を用いた非破壊検査が行われています。製造工程管理、プラントの設備診断、エンジンの摩耗検査、航空機等の溶接部検査等にも広く利用されています。このような測定や検査に用いられるRI装備機器は、2019年3月時点で、厚さ計が2,357台、レベル計が1,235台、非破壊検査装置が971台設置されています。


③ 滅菌

 製品や材料にγ線や電子線を照射することにより、残留物や副生成物を残すことなく、確実に滅菌を行うことができます。そのため、注射針等の医療機器、マスク等の衛生用品、化粧品の原料や容器、ペットボトル等の滅菌に広く利用されています。


(3) 農業分野での利用

① 品種改良

 植物にγ線等を照射することにより多様な突然変異体を作り出し、その中から有用な性質を持つものを選抜することにより、効率的に品種改良を行うことができます(図 7-10)。これまでに、大粒で日本酒醸造に適した米、黒斑病に強いナシ、斑点落葉病に強いリンゴ、花の色や形が多彩なキクやバラ、冬でも枯れにくい芝等、多数の新品種が作り出されてきました。新品種は、農薬使用量の低減により環境負荷の低減や農業関係者の負担軽減につながるとともに、消費者の多様なニーズに合った商品開発にも貢献しています。


放射線照射による品種改良のイメージ

図 7-10 放射線照射による品種改良のイメージ

(出典)バイオステーションウェブサイト「さまざまな品種改良の方法」及び国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構ウェブサイト「放射線育種場」を基に内閣府作成


 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構では、放射線育種場において、外部からの依頼による農作物等への照射も行っていましたが、2022年度で照射業務を終了し、2022年12月に外部からの依頼受付を終了しました。また、理化学研究所では、重イオンビームの照射による突然変異誘発技術を用いて、バイオ燃料の原料であるミドリムシの遊泳不全株の作出、マグロ仔魚の餌となるワムシの大型化、温州みかんの品種改良等、品種改良ユーザーと連携した新品種育成や遺伝子の機能解析等を行っています。


② 食品照射

 食品や農畜産物にγ線や電子線等を照射することにより、発芽防止、殺菌、殺虫等の効果が得られ、食品の保存期間を延長することが可能です。我が国では、ジャガイモの発芽防止のための照射が実施されていましたが、照射件数は年々減少傾向にあり、2022年度で照射は終了しました。また、日本ではジャガイモ以外の照射が認められていませんが、海外では、香辛料、生鮮物等の滅菌に放射線が利用されています。


③ 害虫防除

 害虫駆除の例として、不妊虫放飼法があります。これは、γ線照射によって不妊化した害虫を大量に野外に放つことにより、交尾しても子孫が生まれない確率を上げ、数世代かけて害虫の数を減少させ最終的に根絶させるという方法です。放飼法を実施している地域と実施していない地域との間で対象となる害虫の行き来がないこと等、成功させるための条件もありますが、殺虫剤で駆除しきれない場合にも駆除が可能となるという優れた特徴を持ちます。我が国では、沖縄県と奄美群島において、キュウリやゴーヤ等のウリ類に寄生するウリミバエの根絶が行われました。また、2022年には沖縄県でサツマイモの害虫であるアリモドキゾウムシの不妊虫放飼法による根絶が報告され、この成果は世界初の甲虫類の広域的な根絶事例となりました。


(4) 医療分野での利用

 医療分野では、診断と治療の両方に放射線が活用されています。診断では、レントゲン検査、X線CT検査、PET検査や骨シンチグラフィ等の核医学検査(RI検査)等が広く実施されています。治療では、高エネルギーX線・電子線治療、陽子線治療、重粒子線治療、BNCT、小線源治療、核医学治療(RI内用療法)等、腫瘍の効果的な治療に利用されており、今後の更なる進展が期待される領域の1つです。また、特に放射線治療分野では、医学、薬学、生物学、物理学、放射化学、工学等の多数の専門領域が関与しており、医師、診療放射線技師、看護師、医学物理士13等がそれぞれの専門性を生かして密接に連携しています。


① 放射性同位元素(RI)による核医学検査・核医学治療

 核医学検査(RI検査)とは、対象となる臓器や組織に集まりやすい性質を持つ化合物にRIを組み合わせた医薬品を、経口や静脈注射により投与し、放出されるγ線をガンマカメラやPETカメラを用いて体外から検出し、画像化する検査方法です。γ線の分布や集積量等の情報から、病巣部の位置、大きさ、臓器の変化状態等を精度よく知り、様々な病態や機能を診断することができます。核医学検査では、内部被ばく線量を極力抑えるために、表 7-1に示すような半減期の短いRIが選択されます。MRIやCT検査と異なり、血流を見ることのできるSPECT検査では、より精巧な認知症診断が可能となり、近年開発された認知症治療薬との相乗効果が期待されます。
 核医学治療(RI内用療法、標的アイソトープ治療)とは、対象となる腫瘍組織に集まりやすい性質を持つ化合物にα線やβ線を放出するRIを組み合わせた医薬品を、経口や静脈注射により投与し、体内で放射線を直接照射して腫瘍を治療する方法(図 7-11)です。核医学治療では、周囲の正常な細胞に影響を与えないようにするために、粒子線の飛ぶ距離が短いRIが選択されます。表 7-1に示す国内承認済みの治療用RIを用いた医薬品は保険診療に用いることが可能14となっており、その実績は増加傾向にあります(図 7-12)。また、アクチニウム225(Ac-225)やアスタチン211(At-211)のようなα線放出RIを用いたがん治療の研究も進められています。
 「第4期がん対策推進基本計画」(2023年3月閣議決定)では、粒子線治療や核医学治療等の放射線療法に係る安全な提供体制の在り方について検討するとしています。また、同計画には、「医療用等ラジオアイソトープアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」に示された事項等も明記されており、RIを用いた核医学検査・核医学治療の重要性が増してきています。


α線放出RIによる治療例

図 7-11 α線放出RIによる治療例

(出典)第1回医療用等ラジオアイソトープ製造・利用専門部会資料3 内閣府原子力政策担当室「医療用等ラジオアイソトープ(RI)製造・利用促進の検討について(案)」(2021年)


表 7-11 代表的な核医学用RIと種類

代表的な核医学用RIと種類

(出典)エヌ・ティー・エス 佐久間一郎、秋吉一成、津本浩平「医用工学ハンドブック」(2022年)


非密封RIを用いた核医学治療件数(年間)の推移

図 7-12 非密封RIを用いた核医学治療件数(年間)の推移

(出典)公益社団法人日本アイソトープ協会「第9回全国核医学診療実態調査報告書」(2023年)を基に内閣府作成


② 中性子線ビームを利用したホウ素中性子捕捉療法(BNCT)

 BNCTは、中性子線を利用して腫瘍を治療する方法です(図 7-13)。BNCTではまず、中性子と核反応(捕獲)しやすいホウ素を含み悪性腫瘍に集まる性質を持つ医薬品を、点滴により投与します。その後、患部にエネルギーの低い中性子線を照射すると、中性子は医薬品の集積していない正常な細胞を透過しますが、医薬品の集積した悪性腫瘍の細胞では医薬品中のホウ素により中性子が捕獲されます。中性子を捕獲したホウ素は分裂してリチウム7(Li-7)とα線を放出し、これらが悪性腫瘍の細胞を攻撃します。Li-7とα線が飛ぶ距離はごく短く、一般的な細胞の直径を超えないため、悪性腫瘍の細胞のみを選択的に破壊することができます。
 以前は中性子源を原子炉に依存していたため普及に制限がありました。現在では、病院内に設置できる加速器を用いた小型BNCTシステムの開発が進められ、医療機器として実用化されています(図 7-14)。臨床試験も数多く実施されており、2020年6月には、一部の腫瘍を対象として保険適用が開始されました。


BNCTのイメージ

図 7-13 BNCTのイメージ

(出典)内閣府作成


BNCT治療システム (南東北BNCT研究センターの例)

図 7-14 BNCT治療システム (南東北BNCT研究センターの例)

(出典)総合南東北病院 広報誌SOUTHERN CROSS Vol.87「究極のがん治療 ホウ素中性子補足療法(BNCT)」


③ 粒子線治療(陽子線治療、重粒子線治療)

 粒子線の照射による腫瘍の治療として、水素原子核を加速した陽子線を利用する陽子線治療と、ヘリウムよりも重い原子核(一般に治療に利用されているのは炭素原子核)を加速した重粒子線を利用する重粒子線治療が行われています。照射された粒子線は、体内組織にあまりエネルギーを与えず高速で駆け抜け、ある深さで急に速度を落とし、停止する直前に周囲へ与えるエネルギーがピークになる性質があります。そのため、エネルギーがピークになる深さをコントロールすることにより、がん細胞を集中的に攻撃することができます。
 また、重粒子線には生物効果(殺細胞効果)や直進性が高いという優れた特性がありますが、治療装置は大型です。このため、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研)では「量子メス15」と呼ばれる小型治療装置の研究開発が進められており、2022年5月に量子メスを構成する主要装置の1つである、マルチイオン源16、2023年8月にはレーザー駆動イオン加速入射部の原型機の開発に世界で初めて成功したとの発表がありました(図 7-15)。また、世界初となるマルチイオンを用いた重粒子線がん治療が特定臨床研究として開始され、1例目となる治療が2023年11月、12月に実施されました。
 陽子線治療及び重粒子線治療は、一部17保険適用対象となっており、また、先進医療として実施されているものもあります。2022年度、2024年度には粒子線治療の保険適用範囲が拡大されました。粒子線治療を実施している医療機関は、図 7-16のとおりです。


量子メスの構想図

図 7-15 量子メスの構想図

(出典)量研ウェブサイト「次世代重粒子線治療研究プロジェクト」


我が国において粒子線治療を実施している医療機関(2024年3月1日時点)

図 7-16 我が国において粒子線治療を実施している医療機関(2024年3月1日時点)

(出典)厚生労働省「先進医療を実施している医療機関の一覧」を基に内閣府作成


(5) 科学技術分野での利用

 科学技術分野では、構造解析、材料開発、追跡解析、年代測定等に放射線が利用されており、物質科学、宇宙科学、地球科学、考古学、環境科学、生命科学等とも接点があり、これらの境界領域や融合領域の発展が期待されます。また、高エネルギー物理、原子核物理、中性子科学等における新たな発見のためにも、放射線(特に量子ビーム)が利用されています。量子ビームは、電子、中性子、陽子、重粒子、光子、ミュオン、陽電子等を細くて強いビームに整えたものの総称です。それぞれの線源と物質との相互作用の特徴を生かして、物質の構造や反応のメカニズムの解析等が行われています。これにより物質科学や生命科学が発展し、様々な分野へ応用やイノベーションを生み出しています。量子ビームを取り出すことができる加速器施設や原子炉施設(量子ビーム施設)は、図 7-17のとおりです。


我が国の主な量子ビーム施設

図 7-17 我が国の主な量子ビーム施設

(出典)文部科学省提供資料


 また、文部科学省の量子ビーム利用推進小委員会は、2023年度に計5回の会議が開催され、大型放射光施設SPring-818-Ⅱ整備・ユーザー利用環境の高度化や大強度陽子加速器施設(J-PARC19)中間評価結果の報告、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuの今後の共用ビームラインの整備等についての議論がなされました。


① 中性子ビームの利用

 大強度パルス中性子源20を使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF21)があります。
 J-PARCでは、加速器で加速した陽子ビームを用いて大強度のパルス中性子を生成し、電気的に中性であり物質を透過しやすい性質、自転による磁石の性質を持つことなどや、大強度・短パルスであることを利用した実験が行われています。ここでは、物質の結晶・構造解析、磁気的な性質などを調べ、物質・材料科学などの分野における学理から産業応用まで貢献しています。世界最高クラスの中性子実験施設として知られており、国内に限らず海外からの研究者にも利用されています。
 MLFを利用した研究として、中性子やミュオンのビームを用いて電解質中のイオンの動きを正確に把握することによって、リチウムイオン電池の研究開発を実施する事例があります。電池の大容量化、劣化、安全性に関する研究開発は、電気自動車や再生可能エネルギーの普及のために重要な役割を果たします。
 MLFには、中性子線を利用する装置だけでなく、ミュオンを取り出して利用する装置もあります。ミュオンは電子と同じ仲間の素粒子で、電磁的な相互作用をします。ミュオンの特性を利用した研究手法22は、物質の磁気的な性質や物質中に存在する微量の水素原子の存在状態の探索等の研究において非常に有効なツールとなっています(図 7-18)。


J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の実験装置配置概要

図 7-18 J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の実験装置配置概要

(出典)J-PARCセンター提供資料


 原子炉中性子を利用した実験が可能な代表的施設にJRR-3があります。JRR-3は2021年2月の運転再開以降、継続的・安定的な運用を達成しており、原子炉から得られる中性子ビームを利用した様々な試験装置が学術研究のみならず医療、産業分野等に幅広く利用されています。
 また、「もんじゅ」サイトを活用し、中性子ビームを利用できる新たな試験研究炉の検討が進められています。2022年12月には、新たな試験研究炉計画の詳細設計段階以降における実施主体として原子力機構が選定されました。2023年5月、原子力機構は国立大学法人京都大学及び国立大学法人福井大学との連携を目的とした「新試験研究炉の設置に係る関係機関間の協力協定」を締結しました。


コラム ~宇宙線による半導体デバイスへの影響~

 宇宙線には宇宙から直接大気に衝突する一次宇宙線と、大気に衝突して核反応等により生じる二次宇宙線があります注1。一次宇宙線は、水素原子核やヘリウム原子核(α線)で構成されていますが、地上で観測されるのは、主として高エネルギーの宇宙線の衝突によって生じた二次宇宙線です。その成分は、ミュオン、ニュートリノ、中性子、γ線等で構成されています。このうち特に中性子は遮へいが困難ということもあり、半導体デバイスへの影響が大きく、ソフトエラーと呼ばれる現象を引き起こすことがわかっています。
 中性子が半導体デバイスを形成するシリコン(ケイ素)に到達した際に、時折、シリコンの原子核反応を起こし、荷電粒子が生成されます。この荷電粒子が半導体の持つ電気的な情報(ビット情報)を書き換えてしまうことがあり、ソフトエラーと呼ばれています。実例としては、飛行機内や加速器付近におけるデジタルカメラや携帯電話の誤作動があります。現代社会は多数の情報通信機器・デバイスに支えられており、社会の安全・安心の観点からも、これら機器等の高信頼性の確保がますます重要になっています。
 ソフトエラーの発生は核反応による確率的な事象として生じます。また、中性子の遮へいは困難なため、半導体チップの設計においては、ソフトエラーが発生する頻度の把握が不可欠となります。従来であれば我が国に1つ(世界でも5つ)しかない特殊な中性子源を用いる方法でしかソフトエラー率を求めることができませんでしたが、国立研究開発法人科学技術振興機構の委託事業OPERAの2017年度採択拠点「量子アプリ共創コンソーシアム」注2では、任意の中性子源においてソフトエラー発生確率を評価することができるシミュレーション技術を開発しました。また、日本電信電話株式会社(NTT)は北海道大学と共同で、これまで解明されていなかった低エネルギー領域におけるソフトエラー発生率の検出に成功しました。海外においても、宇宙線による影響について議論されており、欧州のRADECS注3や米国電気電子学会(IEEE)NSREC注4などの国際会議の場で取り上げられています。
 近年では技術の進歩により、半導体の集積化、微細化、低電圧化が進み、宇宙線によるソフトエラーのリスクはますます高まることが予想されます。特にこれまで報告事例が少なかったミュオンによるソフトエラー発生についても可能性が指摘されています。半導体デバイスを用いた電子機器の設計においては、ソフトエラーの影響も考慮された設計による高信頼性の確保が今後より一層求められます。

ソフトエラー評価技術による貢献

ソフトエラー評価技術による貢献

(出典)京都大学プレスリリース「電子機器の信頼性評価の迅速化に光明~様々な中性子施設で半導体ソフトエラー評価を可能にする技術を開発~」(2023年)

注1:1次宇宙線、2次宇宙線の区別の仕方はいくつかある
注2:当該拠点への支援は2021年度に終了
注3:Radiation and its Effects on Components and Systems
注4:Institute of Electrical and Electronics Engineers―Nuclear and Space Radiant Effects Conference



② 放射光の利用

 大型放射光施設SPring-8は、微細な物質の構造や状態の解析が可能な放射光施設であり、生命科学、環境・エネルギーから新材料開発まで広範な分野において、先端的・革新的な研究開発に貢献しています。SPring-8の研究成果に、X線ナノビームを用いた磁石の結晶構造解析があります。中国等に資源が偏在する貴重な希土類元素を用いない高性能永久磁石の開発に向けて成果を上げています。また、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故後の復興や廃炉作業においても利用されています。粘土鉱物へのセシウム取り込み過程を追跡する福島環境回復研究にはX線吸収微細構造(XAFS23)が利用され、燃料デブリの形成過程の解明にも放射光が利用されています。なお、世界では放射光施設の第4世代への高度化が進められており、第3世代放射光施設であるSPring-8を現状の100倍以上の輝度を実現する第4世代施設「SPring-8-II」へとアップグレードさせ、国際競争力を維持発展させるため、2024年度は蓄積リングの設計の評価と効率的な組立調整技術の確立を行う予定です。
 X線自由電子レーザー24(XFEL25)施設SACLA26は、非常に幅の狭いパルス光を利用できるため、X線による試料損傷の影響の低減が期待できるとともに、物質を原子レベルの大きさで、かつ非常に速く変化する様子をコマ送りのように観察することが可能です。SACLAの研究成果として、光合成による水分解反応を触媒とする光化学系Ⅱ複合体(PSII27)の構造解明研究があります。この研究成果は人工光合成開発への糸口となるもので、エネルギー、環境、食糧問題解決への貢献が期待されています。
 さらに、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuは高輝度な軟X線を用いて、物質の機能に影響を与える電子状態の可視化が可能な施設であり(図 7-20)、学術研究だけでなく産業利用も含めた広範な分野での利用が期待されています。2019年4月から建設が開始され、2023年5月には基本建屋が竣工、同年12月にはファーストビームを達成しました。同施設は、触媒化学や生命科学、磁性・スピントロニクス、高分子科学などの分野において、機能可視化により新材料・デバイスの創出や研究開発の加速などにつながるなど、日本の競争力の強化に大いに期待されています。


3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu

図 7-19 3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu

(出典)量子科学技術研究開発機構提供資料



NanoTerasuとSPring-8の位置づけ

図 7-20 NanoTerasuとSPring-8の位置づけ

(出典)文部科学省提供資料


③ RIビームの利用

 RIビーム利用実験が可能な代表的な施設に、理化学研究所のRIビームファクトリーがあります。これは、水素からウランまでの全元素のRIを、世界最大の強度でビームとして発生させる加速器施設です(図 7-21)。宇宙における元素の起源や生成、素粒子の振る舞いの解明等の学術的、基礎的な研究から、植物の遺伝子解析による品種改良技術への適用、RI製造技術の高度化研究等の応用・開発研究まで、幅広い領域での活用が進められています。本施設を利用した大きな研究成果として、新元素「ニホニウム」が理化学研究所を中心とするグループにより発見されました。


RIビームファクトリー

図 7-21 RIビームファクトリー

(出典)第24回原子力委員会資料第2号 櫻井博儀「理化学研究所でのRI製造の取り組み」(2021年)


7-3 放射線利用環境の整備

 放射線・RIを安全かつ適切に利用するために、廃棄物の処理・処分を含め、様々な規則が定められています。これらの規則は、国際的に合意された放射線防護体系の考え方を取り入れており、科学的知見に基づき策定される国際基準等に照らし、必要な改正が行われます。今般原子力委員会が改定した「原子力利用に関する基本的考え方」では、核医学・放射線診療分野におけるラジオアイソトープ等の利用拡大に備えて、早期に医療用放射性廃棄物の処理・処分の規定を整備することを、重点的取組の1つとしています。
 また、放射線防護や線量評価等を実施する際に根拠となるデータを得るための調査・研究や、原子力災害に備えた専門的な被ばく医療人材の育成も進められています。


(1) 放射線利用に関する規則

 放射性同位元素等規制法は、RIや放射線発生装置の使用等を規制することにより、放射線障害を防止し、特に危険性の高いRI(特定RI)を防護することによって、公共の安全を確保することを目的としています。ほかにも、放射線利用は、放射線障害等から労働者を保護する「労働安全衛生法」、放射線やRI等を診断や治療の目的で用いる際の基準等を定める「医療法」、医薬品等の安全性等の確保のために必要な規制を行う「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」等に基づいて、厳格な安全管理体制の下で進められています。我が国の放射線利用に関する規則は、国際的に合意された放射線防護体系(図 7-22)の考え方を尊重し取り入れています。


放射線防護体系

図 7-22 放射線防護体系

(出典)環境省「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(令和5年度版)」(2024年)


 医療機関において使用される放射性医薬品のうち、一部の未承認放射性医薬品は医療法と放射性同位元素等規制法による二重規制を受ける状況となっていました。この二重規制を改善するため、2022年11月には、放射性同位元素等規制法施行令が改正されました。改正後の政令及び告示28は2024年1月に施行されました。
 放射線利用を進める上では、それに伴い発生する放射性廃棄物を適切に取り扱うことも重要です。研究開発施設等から発生するRI廃棄物の処理・処分については、放射性同位元素等規制法における廃棄に係る特例により、原子炉等規制法と放射性同位元素等規制法との間で処理・処分の合理化が図られました29。また、医療機関等から発生する医療用RI廃棄物についても、処理・処分の合理化を図るための検討が進められています。「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」においても、廃棄物の処理・処分に係る仕組みの検討が挙げられています。


(2) 放射線防護に関する研究と原子力災害医療体制の整備

 原子力規制委員会では、放射線源規制・放射線防護による安全確保のための根拠となる調査・研究を推進するため、2017年度から2021年度までの間、「放射線安全規制研究戦略的推進事業」が実施されており、原子力規制委員会が実施する規制活動におけるニーズ、国内外の動向や放射線審議会等の動向を踏まえたテーマに沿って研究が実施されていました。
 2022年度からは、「放射線防護のための線量及び健康リスク評価の精度向上に関する研究」が開始され、2026年度まで実施される予定です。本研究は、放射線規制関連法令等への反映を目的とし、放射性物質を体の中に取り込んだときの被ばく線量を適正に評価するための「内部被ばく線量評価コード」の開発(図 7-23)と、放射線被ばくによる健康リスクを適正に評価するための「放射線健康リスク評価コード」(図 7-24)の開発を行っています。


被ばく線量評価コードの開発の概要

図 7-23 被ばく線量評価コードの開発の概要

(出典)原子力規制委員会ウェブサイト「放射線防護のための線量及び健康リスク評価の精度向上に関する研究(令和4年度~令和8年度)」



放射線健康リスク評価コード開発の概要

図 7-24 放射線健康リスク評価コード開発の概要

(出典)原子力規制委員会ウェブサイト「放射線防護のための線量及び健康リスク評価の精度向上に関する研究(令和4年度~令和8年度)」


 原子力規制委員会は、従来の緊急被ばく医療体制を十分に活用しつつ、救急医療及び災害医療体制が原子力災害時にも有効に機能するよう「原子力災害拠点病院等の役割及び施設要件」(2022年4月全部改正)を定め、この施設要件に基づいて原子力災害拠点病院、原子力災害医療協力機関、原子力災害医療・総合支援センター、高度被ばく医療支援センター及び基幹高度被ばく医療支援センターが、国又は原子力災害対策重点区域内の道府県により指定又は登録されてきました。
 2023年3月開催の第81回原子力規制委員会にて、福井大学が2023年4月1日付けで新たに高度被ばく医療支援センターに指定されることが決定しました。これにより、2023年度末時点で弘前大学、福島県立医科大学、量研、福井大学、広島大学、長崎大学の6機関が高度被ばく医療支援センターに指定されています(図 7-25)。
 量研は、原子力災害時の医療体制で高度専門的な被ばく医療を行う高度被ばく医療支援センターにおいて中心的、先導的な役割を担う「基幹高度被ばく医療支援センター」の指定を2019年4月に受け、内部被ばくの個人線量評価、高度被ばく医療支援センター及び原子力災害医療・総合支援センターの医療従事者や専門技術者等を対象とした高度専門的な教育研修、原子力災害医療に関する研修情報等の一元管理等を行っています。2021年5月には、「高度被ばく医療線量評価棟」が完成し、最新の計測機器や分析装置が導入されました。
 原子力機構は、外部被ばくや内部被ばくの線量評価に関する研究や関連する基礎データの整備等を進めており、核医学検査・治療に伴う患者の被ばく線量評価のための米国核医学会の線量計算用放射性核種データ集の改訂に貢献する等の成果も上げています。また、近年では建物を考慮した放射性物質の拡散に係る線量評価も実現し、そのシステム30を無償で公開しています。


原子力災害医療の実施体制(2023年4月1日現在)

図 7-25 原子力災害医療の実施体制(2023年4月1日現在)

(出典)原子力規制委員会ウェブサイト「原子力災害対策指針が定める原子力災害医療の実施体制」



脚注

  1. Radioisotope
  2. Japan Research Reactor No.3
  3. Kyoto University Research Reactor
  4. 体内に永久的に挿入して治療を行う診療用放射線照射器具。舌がん等の頭頸部がんの治療に用いる
  5. 病巣部に一時的に挿入して治療を行う診療用放射線照射器具。舌がん等の頭頸部がんの治療に用いる
  6. Boron Neutron Capture Therapy
  7. Musashi Institute of Technology Research Reactor.設置当時の大学名は武蔵工業大学
  8. 2017年4月14日、特に危険性の高いRI(特定RI)の防護対策が法の目的に追加されることとなるため、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」から改名された
  9. 切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌
  10. International Atomic Energy Agency
  11. Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)
  12. Computed Tomography(コンピュータ断層撮影)
  13. 放射線医学における物理的及び技術的課題の解決に先導的役割を担う者。一般財団法人医学物理士認定機構による認定資格
  14. ヨウ素131(I-131)、イットリウム90(Y-90)、ラジウム233(Ra-223)、ルテチウム177(Lu-177)を用いた医薬品は、医療機関等で保険診療に用いられる医療用医薬品として、薬価基準に収載されている品目リスト(2024年4月1日時点)に掲載。なお、ストロンチウム89(Sr-89)を用いた医薬品「メタストロン注」については、2007年に薬価基準に収載されたものの、製造販売終了に伴い2020年4月1日以降は除外
  15. https://www.qst.go.jp/site/qst-kakushin/39695.html
  16. 現在の炭素イオンビームを用いた重粒子線治療を高度化して、ネオン、酸素、ヘリウムといった複数のイオンによるマルチイオン治療を可能とするマルチイオン源。量子メスでは、腫瘍の悪性度に応じて最適な種類のイオンビームを組み合わせて用いるマルチイオン治療により、細胞殺傷効果を更に高めつつも副作用を低減することが期待されている。
  17. 2024年度における保険適用の範囲は以下のとおり。
    重粒子線治療:手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)、手術による根治的な治療法が困難である肝細胞癌(長径4センチメートル以上のものに限る。)、手術による根治的な治療法が困難である肝内胆管癌、手術による根治的な治療法が困難である局所進行性膵癌、手術による根治的な治療法が困難である局所大腸癌(手術後に再発したものに限る。)、手術による根治的な治療法が困難である局所進行性子宮頸部腺癌又は限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く。)に対して根治的な治療法として行った場合。
    陽子線治療:小児腫瘍(限局性の固形悪性腫瘍に限る。)、手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)、手術による根治的な治療法が困難である肝細胞癌(長径4センチメートル以上のものに限る。)、手術による根治的な治療法が困難である肝内胆管癌、手術による根治的な治療法が困難である局所進行性膵癌、手術による根治的な治療法が困難である局所大腸癌(手術後に再発したものに限る。)又は限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く。)に対して根治的な治療法として行った場合。
  18. Super Photon ring-8 GeV
  19. Japan Proton Accelerator Research Complex
  20. 100万分の1秒等の短い時間(パルス)に極めて大きなエネルギーを持った(大強度)中性子を繰り返し発生させる装置
  21. Materials and Life Science Experimental Facility
  22. ミュオンスピン回転・緩和・共鳴法(µSR)
  23. X-ray Absorption Fine Structure
  24. X線レーザーを作る方式の一つ。従来の物質中での発光現象を使う方式ではなく、電子を高エネルギー加速器の中で制御して運動させ、それから出る光を利用する方式で、原子からはぎ取られた自由な電子を用いてX線レーザーを作ることがX線自由電子レーザーと呼ばれる由来
  25. X-ray Free Electron Laser
  26. SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser
  27. Photosystem II
  28. 放射性同位元素等の規制に関する法律施行令第一条第二号の規定に基づき原子力規制員会が指定する放射性同位元素等の規制に関する法律の適用を受けないものを定める告示
  29. 第6章6-3(3)④「低レベル放射性廃棄物処分の規制」を参照
  30. 局所域高分解能大気拡散・線量評価システム LHADDAS: Local-scale High-resolution Atmospheric Dispersion and Dose Assessment System
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