4-2 核セキュリティ
核セキュリティとは、「核物質、その他の放射性物質、その関連施設及びその輸送を含む関連活動を対象にした犯罪行為又は故意の違反行為の防止、探知及び対応」のことをいいます [16] 。
我が国は、「核物質及び原子力施設の防護に関する条約」の義務を遵守しており、原子炉等規制法により原子力施設に対する妨害破壊行為や核物質の輸送や貯蔵、原子力施設での使用等の各段階における核物質の盗取を防止するための対策を原子力事業者等に義務付けています。国は、原子力事業者等が講じる防護措置の実効性を定期的に確認しています。
なお、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降、放射性物質の発散装置(いわゆる「汚い爆弾」)の脅威も懸念されるようになり、核爆発装置に用いられる核燃料物質だけでなく、あらゆる放射性物質が防護の対象となってきました。従来は、核物質の不法移転及び原子力施設や核物質輸送への妨害破壊行為に対する防護対策であったものが、放射性物質の盗取及び関連施設又は輸送への妨害破壊行為、更に規制管理外の核物質やその他の放射性物質にまで、防護の対象が広がっています。
(1)核セキュリティに関する枠組み・体制
① 核セキュリティ・サミット
米国同時多発テロ(2001年9月11日)以降、国際社会は新たな緊急性を持ってテロ対策を見直し、取組を強化してきました。2009年4月、オバマ米大統領(当時)がプラハ(チェコ)において演説を行い、核テロは地球規模の安全保障に対する最も緊急かつ最大の脅威とした上で、核セキュリティ・サミットを提唱しました。サミットは4回にわたり開催され、第1回のサミットは2010年4月、我が国を含む47か国と3国際機関から首脳等が参加し、米国・ワシントンで開催されました。米国は「米国が開催したサミットとしては、第二次世界大戦後における国連設立以来最大のもの」と評しました。第2回のサミットは、2012年3月に韓国・ソウルで開催されました。世界53か国と4国際機関等から首脳級36名を含む代表が参加し、各国の基本的姿勢や具体的取組、国家間の協力協調分野などについて議論を行いました。第3回サミットは、2014年3月にオランダ・ハーグにて開催され、31か国からの首脳を含む53か国4機関が出席しました。第3回では議長国オランダが示した架空のシナリオに基づいて各国首脳が核テロ対策について議論を行う「政策シミュレーション」、首脳同士が少人数で核セキュリティ・サミットの将来について討議する「首脳リトリート」が行われ、双方向の議論を重視する議長国によるイニシアティブが際立ったサミットになりました。最終回となる第4回サミットは2016年3月31日、4月1日に米国・ワシントンで開催され、サミット終了後の核セキュリティ強化の取組に向けた行動計画等が採択されました [17] 。コラム ~核セキュリティ・サミットにおける我が国の貢献~
米国オバマ大統領(当時)の提唱により核セキュリティ・サミットが2010年より4回開催されました。核セキュリティ・サミットを通じて、核テロへの認識を高めるとともに、各国における核物質の最小化や防護強化を含め、核セキュリティ強化に向けた世界の取組が促進されました。また、核物質防護条約の改正の重要性を強調する等により、102か国が同条約改正を締結し、2016年5月8日に発効に至りました。
第1回サミット(2010年米国・ワシントン)では、オバマ大統領(当時)が掲げた「全ての脆弱な核物質の管理を4年以内に徹底する」との目標を共有し、今後取り組むべき措置を示した「コミュニケ」及びそれを具体化した「作業計画」が採択されました。
第2回サミット(2012年韓国・ソウル)では、実効的な取組を促進する観点から、リード国が中心となって有志国を取りまとめて具体的な取組を実施する「バスケット提案方式」が採用されました。我が国は、輸送セキュリティに関するバスケット提案をリードしました。
第3回サミット(2014年オランダ・ハーグ)では、これまでの政策的成果を評価し、課題を明らかにした上で、今後の取組強化を謳う「ハーグ・コミュニケ」が採択されました。
最終回となる第4回サミット(2016年米国・ワシントン)において、我が国は、前回サミットで約束した高速炉臨界実験装置(FCA 5 )の核燃料の全量撤去を日米で緊密に連携し完了したこと、京都大学臨界集合体実験装置(KUCA 6 )の高濃縮ウラン(HEU 7 )燃料を低濃縮ウラン(LEU)燃料に転換し、全てのHEU燃料の米国への撤去を行うことを決定したことについて、日米共同声明の形にまとめて国際社会に対するメッセージとして発出しました。また、核セキュリティ・サミット終了後も、引き続き、核セキュリティの強化に取り組むため、国際機関・枠組みにおける5つの行動計画(国連、IAEA、国際刑事警察機構(INTERPOL 8 )、大量破壊兵器及び物質の拡散に対するグローバル・パートナーシップ(GP 9 )、及び核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ(GICNT 10 ))が採択されました。第4回核セキュリティ・サミットに参加する安倍総理
② 国際的な核セキュリティに関する枠組み
2001年9月に起きた米国同時多発テロを受けた国際社会全体でのテロ対策の流れの中で、核物質や放射性物質を使用したテロ活動(いわゆる「核テロ活動」)の防止を中心とした「核セキュリティ」について国際的な取組を強化する動きが高まっています。IAEAは、核物質や放射性物質の悪用の想定される脅威を以下の4種類に分類しています(図4-4)。
A)核兵器の盗取
B)盗取された核物質を用いて製造される核爆発装置
C)その他の放射性物質の発散装置(いわゆる「汚い爆弾」)
D)原子力施設や放射性物質の輸送等に対する妨害破壊行為図 4-4 IAEAが想定する核テロリズム
(出典)外務省「核セキュリティ」 12
我が国は、テロ対策のための国際的な取組に積極的に参画しており、国連その他の国際機関で採択された13のテロ防止関連諸条約を締結しています。核物質及び原子力施設の防護に関する条約(以下「改正核物質防護条約」という。)をはじめとするこれらの条約は、国際的なテロ行為の容疑者を最終的にいずれかの国で処罰し得るように、国際的な協力の枠組みを構築することを目的としています。
また、IAEAは、各国が原子力施設等の防護措置を定める際の指針となる文書(IAEA核セキュリティ・シリーズ文書)について体系的な整備を実施しています。最上位文書としての基本文書(2013年2月発刊の「国の核セキュリティ体制の基本:目的及び不可欠な要素」)、及び3つの勧告文書(2011年1月に発行された「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告改訂第5版」(以下「INFCIRC/225/Rev.5」という。)、「放射性物質及び関連施設に関する核セキュリティ勧告」、並びに「規制上の管理を外れた核物質及びその他の放射性物質に関する核セキュリティ勧告」)に加えて、実施指針14冊、技術指針8冊の計26冊が刊行されています(2018年2月末時点) [18] 。さらに、IAEAが加盟各国の核セキュリティ体制強化のための支援サービスとして主導する国際核物質防護諮問サービス(IPPAS 13 )も、核物質防護条約等の枠組みへの準拠と措置の実効性の向上を図る上で重要な取組の一つです。
③ 国内の核セキュリティ体制
1)核物質及び原子力施設の防護
我が国では、原子炉等規制法により原子力施設に対する妨害破壊行為、核物質の輸送や貯蔵、原子力施設での使用等に際して核物質の盗取を防止するための対策を原子力事業者等に義務付けています。原子力事業者等は、原子力施設において核物質防護のための区域を定め、当該施設を鉄筋コンクリート造りの障壁等によって区画しています。さらに、出入管理、監視装置や巡視、情報管理等を行っています。また、核物質防護管理者を選任して、核物質防護に関する業務を統一的に管理しています(図4-5)。
国は、原子力事業者等が講じる防護措置の実効性を核物質防護規定の遵守状況の検査(核物質防護検査)において、定期的に確認しています。
現在、原子力施設の核物質防護対策は、原子炉等規制法に基づき、図4-6に示す体系で行われています。図 4-5 原子力施設における核物質防護(措置の例)
(出典)第1回核セキュリティに関する検討会 資料第4号 原子力規制委員会「核セキュリティに関する検討会」(2013年)
図 4- 6 原子力施設における核物質防護の仕組み
(出典)原子力規制委員会作成
2)輸送における核セキュリティ
表4-4に示すように、輸送時の核セキュリティは、輸送の種類によって所管する規制行政機関及び治安当局が異なります。特定核燃料物質 14 の輸送の際の要件は、陸上輸送に関しては原子炉等規制法で、海上輸送に関しては「船舶安全法」(昭和8年法律第11号)で定められています。
表 4-4 特定核燃料物質の輸送を所管する関係省庁 輸送物
輸送方法
輸送経路・日時
陸上輸送
原子力規制委員会
【所外輸送】
国土交通省
【所内輸送】
原子力規制委員会都道府県公安委員会
海上輸送
国土交通省
国土交通省
海上保安庁
※特定核燃料物質の航空輸送は実施されない。
(出典)第2回核セキュリティに関する検討会 資料第4号 国土交通省・原子力規制庁「輸送における核セキュリティの検討について」(2013年)
(2)核セキュリティ対策の強化
① 原子力規制委員会における取組
原子力規制委員会は2012年12月、核セキュリティの当面の課題に対応する「核セキュリティに関する検討会」を設置しました。また、2013年1月には同検討会の検討事項に対応する個別課題の抽出、関係省庁等における実施状況の把握のために、原子力規制庁を事務局とする核セキュリティ関係省庁会議が設置されました。
2013年7月以降、核セキュリティに関する検討会では、個人の信頼性確認制度、輸送時の核セキュリティ対策、並びに放射性物質及び関連施設の核セキュリティ等の課題についてそれぞれ、ワーキンググループを設置し、検討が行われています。その中で、内部脅威対策の一つである個人の信頼性確認制度の導入については、2015年10月の原子力規制委員会において制度の方向性が決定され、2016年9月には導入に必要な関連規則の改正と運用ガイド等が制定され、一定の範囲の原子力施設について同制度が導入されました。
また、放射性同位元素に係る核セキュリティについては、「放射性同位元素使用施設等の規制の見直しに関する中間取りまとめ」(2016年11月放射性同位元素使用施設等の規制の見直しに関する検討チーム)を踏まえ、テロ対策の充実・強化を目的とした「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」(昭和32年法律第167号。以下「放射線障害防止法」という。)等の改正法案が第193回国会に提出され、2017年4月に成立、公布されました。これによって特定放射性同位元素を取り扱う事業者には、防護措置(監視カメラの設置、警備員の配置、管理者の選任等の防護措置等)が義務付けられることになりました [19] 。また、サイバーセキュリティ対策の強化の必要性に係る国際的な認識が一層強まる中、原子力規制庁自身と原子力事業者等双方におけるサイバーセキュリティ対策の更なる強化と、原子力規制庁における専門人材の確保、育成を図るため、2017年2月、原子力規制庁内にサイバーセキュリティ対策チームが設置されました [20] 。
このほか、原子力事業者等との間では、原子力規制委員が経営層との面談等を通じてセキュリティに対する関与意識の強化を図っています。さらに、原子力規制庁は、原子炉等規制法に基づき、特定核燃料物質の防護のために事業者とその従業員が守るべき核物質防護規定の認可、同規定の遵守状況の検査を毎年行っています。② 文部科学省における取組
我が国は2010年の核セキュリティ・サミットにおいて、主にアジアの国々の核セキュリティ強化を支援するためのセンターの設立を表明し、同年12月に原子力機構の下に「核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(ISCN 15 )」を設立しました。ISCNは核不拡散(保障措置)及び核セキュリティ分野の技術開発及び人材育成支援を中心に積極的に活動を展開しています。人材育成支援では、アジア諸国等の専門家を対象に、原子力平和利用に関するセミナーや核セキュリティに関するトレーニング等を数多く実施してきました。ISCNのトレーニングでは、バーチャルリアリティ(VR)技術や核物質防護のための資機材を導入したトレーニング施設を活用してトレーニング効果を高めており、各国から高い評価を受けています。ISCNによるこうしたトレーニング等の受講者は、2010年の設立以来、合計3,700名以上に上ります。さらに、ISCNでは、核不拡散を支える保障措置のための国内体制の整備や実務家育成のトレーニングをアジア諸国等にも提供し、アジア地域の核不拡散体制強化に貢献しています。また、IAEAによる保障措置検認活動を支援するため、IAEA査察官のために原子力機構の施設を活用した我が国でしか実施できないトレーニングも提供しており、IAEAから高く評価されています。
技術開発では、原子力機構の先進的な基盤技術力を生かし、欧米との協力の下、核鑑識、核検知等の技術開発を進めています。核鑑識は、捜査当局によって押収・採取された核物質を分析し、その物質の出所、履歴等を割り出す基盤的技術で、我が国としても技術を確立し、高度化していく必要があります。核検知技術開発では、核物質の我が国への違法な持ち込みを食い止めるため、コンテナ等に隠ぺいされた核物質を非破壊で検知し、性状を確認するための技術開発を進めています。さらに、施設破壊工作等の様々なケースを検討し、核物質の魅力度(いわゆる「汚い爆弾」(核物質を混ぜ込んだ爆弾)等への転用のしやすさ)を評価するための研究も進めています。加えて、核不拡散分野では、外部からの中性子照射等で試料に働きかけるアクティブ法と呼ばれる高度な非破壊分析技術開発等を、欧米との協力の下で進めています。アクティブ法は化学処理を行う破壊分析法より精度が劣るものの、より高速で網羅的な核物質検認技術で、対象物からの放射線による影響があっても適用できるという利点があり、高い放射線レベルの試料中の核物質測定、使用済燃料等への適用が期待されています。③ 国際的取組への対応
我が国は2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた核テロ対策強化について、IAEAと協力することで合意しており、大規模国際行事の核テロ対策を強化していく考えです。我が国は2018年2月15日に、IAEAとの間で「東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の機会における核セキュリティ措置の実施支援分野における日IAEA間の実施取決め」に署名しました [21] 。また、2017年6月には我が国の主催により開催された「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ」(GICNT)の第10回全体会合に合わせて、原子力機構のISCNが、核セキュリティを支える技術開発に焦点を当てた国際シンポジウムを開催し、国内の核セキュリティへの理解増進を図りました [22] 。
このほか、2015年にIAEAのIPPASミッションを受け入れた際、「日本の核セキュリティ体制、原子力施設及び核物質の防護措置の実施状況は、全体として、強固で持続可能なものであり、また近年顕著に向上している」とされたものの、継続的改善のための勧告事項や助言事項が示されました。これまでに、関係する規制の改正等継続的な改善に取り組んでいることから、原子力規制委員会は、2018年秋をめどに、IPPASフォローアップミッションを受け入れる方針を示しています。IPPASフォローアップミッションは、過去にIPPASミッションを受け入れたIAEA加盟国からの要望に基づき、3~5年後をめどに、要望を行った加盟国を改めて訪れ、勧告事項や助言事項に対する対応状況のレビュー等を行うものです [23] 。
- Fast Critical Assembly
- Kyoto University Critical Assembly
- High Enriched Uranium
- International Criminal Police Organization
- Global Partnership Against the Spread of Weapons and Materials of Mass Destruction
- Global Initiative to Combat Nuclear Terrorism
- http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page3_001642.html
- http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page22_000968.html
- IPPAS: International Physical Protection Advisory Service
- プルトニウム(プルトニウム238の同位体濃度が100分の80を超えるものを除く)、ウラン233、ウラン235の ウラン238に対する比率が天然の混合率を超えるウランその他の政令で定める核燃料物質です(原子炉等規制法第 2条第6項)。
- Integrated Support Center for Nuclear Nonproliferation and Nuclear Security
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