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原子力船研究開発専門部会報告書


昭和54年12月

-原子力船研究開発専門部会-

昭和54年12月20日
原子力委員会委員長
   長田裕二殿
原子力船研究開発専門部会
部会長 安藤 良夫

 当部会は、昭和54年2月2日付原子力委員会決定に基づき、原子力船研究開発の進め方について鋭意審議を進めてきましたが、このほど別添のとおりとりまとめましたので、ご報告いたします。

 第1章 原子力船技術の必要性

1 原子力商船実用化の要請

(1) エネルギー供給多様化の必要性

 石油資源の量的な限界の存在は、既に内外において一般的に認められるところとなっており、石油の需給は、将来ますます逼迫していくものと予想される。このため、近年の石油価格高騰の傾向は今後も長期にわたって続くものと考えられ、さらに、これに加えて我が国が必要とする石油の絶対量の安定的確保もますます困難なものになっていくものと考えられる。エネルギー資源に乏しく、エネルギー供給の大部分を輸入石油に依存している我が国にとっては、このような事態に対処するため原子力をはじめとする石油代替エネルギーを開発、導入することにより、エネルギー供給の多様化及び石油依存度の低下を図ることは喫緊の国家的要請であり、このための代替エネルギー技術開発の推進には、今後一層の努力が求められることとなろう。

 年間2千数百万キロリットルもの石油を燃料油として消費している我が国の海運界も、我が国のエネルギー供給の多業化を図る努力の一環として船舶推進用エネルギーに石油代替エネルギーを導入するための努力を払うことが要請されている。

 船舶に導入し得る石油代替エネルギーとしては、原子力をはじめとして、石炭の活用や水素エネルギーの導入などが考えられており、エネルギー供給の多様化を図るためには、それぞれの技術について実用化をめざした研究開発を進めていくことが必要となろう。このなかでも、原子力船は、少量の核燃料で長期間にわたって運航でき、高出力船としては在来船に勝る性能が期待できることから、高出力船の分野における石油代替エネルギーの本命として早くからその実用化が期待されてきたものである。前述のように、安価な石油を大量に、かつ、安定して入手することが可能であった時代が既に過去のものとなっている今日においては、原子力商船の実用化に対する期待は、一段と高まっていくものと考えられる。

(2) 造船・海運強化の必要性

 資源に乏しい我が国が将来にわたって発展を続けていくためには、今後とも貿易立国の道を歩まざるを得ないと考えられる。このため、四方海に囲まれた我が国は、海運業における輸送サービスの高度化、安定化に努め、貿易の振興を図っていく必要がある。

 我が国の海運業は、国際的に重要な地位を占めてきたが、近年においては燃料油の価格高騰及び供給不安などによって、日本船による低廉で安定した海運の確保は次第に困難になりつつある。このような問題を抱える我が国の海運業が原子力商船の運航技術を取得してその商船隊に原子力商船を加えることは、海運業に対するエネルギー供給面からの制約の緩和、商船の高速化などに寄与し、我が国の貿易の安定した拡大を図るために望ましい効果を及ぼすと考えられる。特に、原子力商船導入の効果としては、海運業の石油依存度の低下に加えて、一旦核燃料を装荷すれば長期間の連続航行が可能であるという原子力船の特長が、今後予想される石油供給の不安定化という状況の中で輸送サービスの安定化に寄与するという点も見逃すことはできない。

 さらに、我が国は、これからもエネルギー供給の制約や新興工業国の追い上げ等種々の困難な問題に直面することが予想されるが、将来においても、世界有数の工業国として貿易を拡大し、発展を続けていくためには、産業構造を一層技術集約型、知識集約型のものに転換させていくことにより国際競争力の維持、強化を図らねばならない。このため、これまで我が国の基幹産業として、また、貿易を担う海運業をバックアップするものとして重要な役割を担ってきた造船業においても、新技術の開発に努め、付加価値の高い高性能の船舶を建造し得る能力を養うことによって新しい分野を開拓していくことが重要である。このような努力の一環として原子力船の設計、建造技術の取得に努めることは、造船業の原子力船分野への進出、技術水準の向上を可能とし、国際競争力の強化に大きく寄与するものと考えられる。また、我が国における原子力船技術を確立することにより、海運における原子力商船の運航を技術的にバックアップし、我が国における原子力商船の定着化を図るという観点からも、我が国の造船業が原子力船技術を取得することは重要と考えられる。

2 原子力船技術の波及効果

 以上は、原子力船の通常の商船としての応用の可能性に視点をおいて原子力船技術の必要性について検討を行ったものである。このほか、ソ連において既に実際に就航しており、カナダにおいてもその建造につき検討が進められている原子力砕氷船のような例に見るごとく、特殊な分野において在来船には期待できないような高性能を発揮できるという面も持っており、砕氷船のほかにも、発電船、氷海でも運航可能な潜水タンカーや砕氷貨物船などへの原子力船活用の可能性が指摘されている。また、原子力船技術には、離島や開発途上国用の小型原子力発電プラント、海上原子力発電プラントなどの分野にも生かせる技術が多く含まれていると考えられるので、このような波及効果についても考慮する必要がある。

 このように原子力船技術の確立は、通常の原子力商船以外の分野にも大きく貢献する可能性が考えられる。

 第2章 原子力船技術の現状と見通し

1 内外の原子力船技術の現状

(1) 諸外国における原子力船技術の現状

 原子力船の研究開発は、戦後まもなく、米国において軍事用の原子力潜水艦の開発をめざした研究が開始されたことに端を発している。軍事目的の原子力船は、昭和29年に米国において世界最初の原子力潜水艦ノーラチス号が就航して以来、今日までに米国、ソ連、英国及びフランスにおいて300隻近くが就航するまでになっている。このような状況をみると、軍事目的の原子力船は、既に実用の域に達していると言い得よう。

 平和目的の原子力船については、燃料を補給することなく、長期間にわたって高出力運転を維持できるという原子力船の特長を生かして、ソ連では、原子力砕氷船が実用化されている。ソ連は昭和34年に世界最初の平和目的の原子力船である原子力砕氷船レーニン号を完成し、その運航によって、燃料補給基地の有無に関係なく高緯度海域を航行できることなどの原子力砕氷船の有用性を実証して以来、昭和49年にアルクチカ号、昭和52年にシビリー号の合計3隻の砕氷船を完成し、就航させている。このように、ソ連においては、原子力砕氷船も既に実用の域に達していると考えられる。

 また、カナダにおいても、沿岸警備隊が原子力砕氷船の建造について検討を進めており、現在、そのための設計作業が行われているところである。

 高出力機関として潜在的に優れた特性を有している原子力を商船に応用することは、船舶における原子力平和利用の本命として早くからその可能性が指摘されてきた。このため、米国及び西ドイツは、それぞれ実験的な目的で原子力貨客船サバンナ号(昭和37年完成)及び原子力鉱石運搬船オット・ハーン号(昭和43年完成)を建造し、それぞれ約10年間にわたって運航することにより、原子力商船の技術的可能性を確認した。さらに、米国及び西ドイツは、これらの実験船の運航経験を踏まえて、実用に供し得るように改良した商船用舶用炉の開発を進め、現在は、設計をほぼ固めた段階にまで達している。フランスにおいても、原子力軍艦の運航経験を踏まえて、商船用船舶用炉の開発が進められており、現在は米国及び西ドイツと同様、設計をほぼ固めた段階にある。

 このように、先進諸国において進められている商船用舶用炉の開発はまだ設計段階に留まっており、それを搭載した原子力船を商業ベースで建造し、運航するまでには至っていない。このため、これら先進諸国においても、原子力商船実用化のためには、商船用舶用炉の製造コストの確認、安全性、信頼性、稼動率等の諸性能の実証などの原子力船特有の技術的課題についてなお一層の研究開発が必要と考えられるが、最近は、この分野における研究開発の大きな進展は伝えられていない。その背景には、米国、西ドイツ、フランス及び英国のような先進諸国においては、
① 実験船の建造・運航により原子力商船の技術的可能性の確認及び原子力船についての基礎的な技術・経験の取得が完了していること(米国、西ドイツ)
② 実用をめざした商船用舶用炉の設計がほぼ固まる段階にまで研究開発が進んでいること(米国、西ドイツ、フランス)
③ 軍事目的の原子力船技術が既に確立されており、その技術は商船用としてもかなり応用できると考えられること(米国、フランス、英国)

などにより、原子力商船の実用化に必要な基礎的技術基盤が既に確立されているにもかかわらず、原子力商船の経済性の問題、造船・海運業の世界的な不況などのために、原子力商船実用化の時期が当初考えられていた時期より遅れる見込みであり、その兼ね合いから原子力商船の実用化をめざした研究開発を次の段階に進めるべき時期にはないという事情があるものと考えられる。

 このように、これら先進諸国では既に原子力商船の実用化に必要な基礎的技術基盤が確立されており、現在は、原子力商船実用化の見通しがより具体化する時期を待っている状態にあるものとみられる。

(2) 我が国における原子力船技術の現状

 我が国においても、昭和30年代の初めより原子力商船の実用化をめざして原子力船に関する研究開発が進められてきたが、(1)に述べたような技術水準にまで達している先進諸国に比べると、まだ、自主技術による原子力商船実用化に必要な基礎的技術基盤さえ確立されていない我が国の状況は、かなり遅れた段階にあると言わざるを得ない。

 我が国における原子力船研究開発は、これまで、日本原子力船開発事業団における原子力第1船「むつ」の開発を中心に進められてきた。「むつ」以降原子力商船実用化までをめざした研究開発については、従来は、同事業団における「むつ」建造、運航の経験、運輸省船舶技術研究所における基礎的な研究成果、民間企業に対する政府からの委託研究の成果等を効果的に組み合わせて関係機関の協力のもとに民間企業の技術開発力を発揮しつつ推進する(昭和47年6月1日付け原子力委員会決定の原子力開発利用長期計画)との方針であった。しかし、これまでの経緯をみると

① 「むつ」開発は、当初の計画に比べて大幅に遅延しており、このため大部分国産技術によって実施された「むつ」の設計及び建造の成果の確認並びに運航経験の取得がまだできないでいること。

② 「むつ」以降原子力船実用化までをめざした研究開発については、運輸省船舶技術研究所において基礎的な研究が進められるとともに、政府委託によっても(社)日本造船研究協会を中心に一体型舶用炉の概念設計などが実施されているが、このほかには技術開発力の発揮を期待されていた民間企業においては欧米先進諸国との間で技術提携による技術情報の入手などが行われているに過ぎないこと。

 などのため、我が国の原子力船研究開発は、当初の期待に反して極めて不十分な進展しかみられず、我が国の技術は、陸上炉に関する豊富な実績を考慮しても、欧米先進諸国に比べて相当程度、少なくとも5ないし10年間程度は遅れていると考えられる。当専門部会としては、このような我が国の原子力船研究開発の経緯及び技術の現状を見ると、このままの研究開発体制では、原子力商船の実用化時期までに我が国がこの遅れを取り戻すことは、非常に困難と考えざるを得ない。

2 原子力商船実用化の見通し

(1) 経済的側面

 原子力商船の経済性については、当専門部会の下に設置された研究開発計画ワーキンググループが評価を行っている。

 原子力船は、高出力を要し、かつ、高稼動率が期待できるような船種の商船に応用された場合に、その真価が発揮されるものと考えられる。同ワーキンググループでは、そのような船種の代表例として大型・高速コンテナ船及び大型タンカーを取り上げ、それぞれについて、原子力船の場合と在来船の場合について単位貨物量当りの輸送コストを試算し、原子力船の在来船に対する相対的経済性を評価している。

 その結論をみると、原子力船の在来船に対する相対的な経済性は、船種や運航形態、航路によって変動するが、最も決定的な要因となるのは舶用燃料油価格であり、舶用燃料油の実質価格が現在の価格の1.5倍程度にまで上昇すれば7万馬力程度以上、3倍程度にまで上昇すれば3万馬力程度以上の出力の領域において原子力船の方が在来船に比べて経済的に有利になる可能性が高いとしている。

 この経済性の評価は、舶用炉価格、核燃料サイクルコスト、稼動率等の種々の不確定要素について一定の仮定を置くとともに、(2)で述べる実用に供しうる原子力商船の技術が確立されており、かつ、(3)で述べる原子力商船の国際的自由航行制度の確立などの社会的問題が解決済みであることを前提として実施されたものであるが、一般的な傾向としては、最近のような石油価格高騰の傾向が今後も続けば、21世紀に入る頃には、3万馬力程度以上の出力の商船の分野で原子力船の方が在来船に比べて経済的に有利になっている可能性は十分あると判断される。

(2) 技術的側面

 原子力船研究開発の中心的課題は、経済的な舶用炉の開発である。舶用炉は、陸上炉と異なり、船内に設置されることから寸法及び重量に制約があるほか、運航に伴う振動、動揺、負荷変動等の厳しい条件下で定安した運転性能を示し、十分に安全、かつ、信頼できるものでなければならない。加圧水型軽水炉は、このような技術的要請に適合する最も有望な舶用炉として、これまで、米国、西ドイツ等において2隻の実験船をはじめとする多くの原子力船に搭載され、実際に運航に用いられてきた。この実績を踏まえ、これらの諸国は、実用に供し得る商船用舶用炉の開発を進めてきたが、前述のとおり、その開発はまだ設計段階に留まっており、現在までのところ、技術的に完成し、かつ、経済的に引きあうことが実証された商船用舶用炉が現われるまでには至っていない。欧米先進諸国が原子力商船を経済的なものとして実用化するためには、今後、原子力商船技術、特にまだ設計段階に留まっている商船用舶用炉技術の完成、その製造コストの確認、安全性、信頼性、稼動率等の諸性能の実証などの残された技術的課題に取り組んでいく必要があろう。しかし、欧米先進諸国における原子力商船に関する技術は、多数の原子力船の運航経験の蓄積、これまでの商船用舶用炉についての研究開発の成果などにより相当の水準に達しているものとみられるので、今後の研究開発の推進により商船用舶用炉を完成させ、他の関連分野の研究開発の成果と併せて原子力商船を実用化することは、技術的には十分に可能と考えられる。

 我が国は、前述のとおり、これら先進諸国に比べて技術的に相当遅れた段階にあるが、

① 陸上炉について豊富な経験を有していること。

② 「むつ」を完成し、実験航海を実施することにより、近い将来、我が国においても、原子力船運航の経験が得られ、国産技術による原子力船の設計及び建造の成果が確認できる見通しであること。

などを考慮すると、今後、原子力船についての研究開発を積極的、かつ、効率的に推進すれば、今世紀末頃までには我が国において原子力商船に関する技術を概ね確立し、欧米先進諸国に伍していくことは可能と考えられる。

(3) 社会的側面

 原子力商船を経済的なものとして実用化するにあたっては、研究開発の推進により上記のような技術的問題を解決していくことのほかにも、陸上支援施設の整備、関連産業の確立、国内的合意の確保、国際的自由航行制度の確立などの原子力商船を取り巻く社会的な環境の整備が必要であり、我が国においても関係者の努力が期待されるところである。ただ、このような問題を解決していくためには、やはり技術的な基盤が整備されていることが非常に重要であると考えられるので、今後の原子力船研究開発の進展により原子力船の有用性が技術的により具体的に示され、その必要性が国民に認められるようになることが問題解決の前提として求められよう。

(4) 実用化時期の見通し

 以上、原子力商船実用化の見通しについて三つの側面から検討を行った。

 欧米先進諸国においては、原子力商船実用化のための基礎的技術基盤が既に確立されているとみられるので、これらの三つの要因のうち、原子力商船の在来型商船に対する相対的な経済性が原子力商船実用化の時期を決定する最大の要因になると考えられる。この問題は舶用燃料油の価格に大きく依存するものであり、将来の価格の動向は非常に予測し難いものであるため、現時点において原子力商船実用化の時期に関し確たる見通しを得ることは困難と言わざるを得ない。しかしながら、これまでの経済的側面、技術的側面、社会的側面についての検討の結果を考慮して総合的に判断すれば、今後最近のような石油価格高騰の傾向が続いた場合、21世紀に入る頃には、欧米先進諸国において原子力商船の導入が相当進んでいる可能性があると考えられる。注)

注)このような原子力商船実用化時期に関する将来予測の他の例としては、昭和52年に科学技術庁の委託により(社)日本造船研究協会が実施した「原子力船開発の技術予測に関する試験研究」がある。同研究においては、関係各界の技術者、研究者等に対して実施されたアンケート調査の結果に基づき、世界で最初の商業用原子力船が出現する時期を1987年~1994年と予測している。


 第3章 原子力船研究開発の課題

1 原子力商船実用化をめざした研究開発の推進

 以上のような検討の結果、当専門部会は、我が国の将来に備えるという観点から原子力船技術の確立をめざした研究開発を今後とも積極的に推進する必要があると判断するに至った。さらに、原子力船技術が最新の科学技術を駆使した高度の技術を集積したものであることを考えると、将来において安全性を確保しつつ、原子力船の広汎な活用を実現するためには、原子力船技術が我が国において真に定着したものとなることが必要である。このため、原子力船研究開発の推進にあたっては、先進諸国との間で技術情報の交換等による国際交流を図り、研究開発の効率的な推進に努めつつも、自主技術の確立をめざして自主的な研究開発を積み重ねていくことが極めて重要であり、この点に留意した研究開発推進方策がとられるべきである。

 我が国における原子力船研究開発の推進にあたっては、欧米先進諸国における原子力商船の本格的実用化の時期が一応21世紀に入る頃と考えられるので、この頃までに高出力船はもとより、広い範囲の需要が見込まれる軸出力3~5万馬力程度までの原子力商船を量産し、安全に運航できる技術を確立し、この点において先進諸国に遅れをとらないようにすることを長期目標として認定したうえで、当面の研究開発計画を策定することが妥当と考えられる。この長期目標を達成するためには、前述の出力範囲の原子力商船の信頼性の実証、安全性の確立、基準の整備等をこれに先立って終了している必要があるので、当面、我が国としては、次のような研究開発課題に取り組む必要があるとの結論に至った。

(1) 「むつ」開発の推進

 原子力船研究開発の過程では、何らかの形で実際に原子力船を建造、運航し、その経験を通じて振動、動揺、負荷変動等の船舶特有の条件における原子炉の挙動についてのデータの蓄積を図ることが不可欠である。このことは、米国、ソ連、西ドイツ、フランス等の先進国では例外なく実験船や原子力軍艦という形で早い時期に原子力船の建造、運航の経験を積んでいることからも明らかである。これらの諸国では、このような経験を通じて原子力商船を実用化するために必要な基礎的技術基盤を確立しているにもかかわらず、我が国では、未だに原子力船の運航経験すら得られていない状態にある。このような我が国にとって、大部分国産技術によって設計及び建造を行ってきた原子力第1船「むつ」の存在は貴重であり、これを完成させて実験航海を実施することにより国産技術による原子力船設計、建造、運航に関する貴重なデータ及び経験の蓄積を図るなど、「むつ」を実験船として活用することの意義は、今後の我が国における原子力船研究開発にとって極めて大きいと考えられる。

 「むつ」は、遮蔽の不備による放射線漏れの発生などにより、当初の計画に比べて大幅にその開発が遅延しているとはいえ、適当な改善によって「むつ」を完成させることは十分に可能との見通しが、放射線漏れ以降これまでに開催されてきた各種委員会等の検討の場において得られている。従って、「むつ」については、引き続きその開発を進めることによってできる限り早期に完成し、実験船として最大限の活用を図ることが最適である。

 このため、「むつ」については、まず、遮蔽改修工事及び安全性総点検を慎重に実施したうえで、建造をできる限り早期に完了し、実験航海等を実施することにより、原子炉プラントの性能及び安全性の確認、操船の慣熟、出入港の経験の取得等を行い、当初「むつ」開発に課せられた目的を達成することが適当である。

 また、これと並行して、「むつ」の炉心その他について改良研究を進め、その成果を現在装荷されている1次炉心燃焼後の「むつ」に適用することによってより一層有益なデータを得るように努めることが「むつ」の最大限の活用を図るという観点から非常に効果的と考えられる。この計画の推進にあたっては、後述する改良舶用炉プラント等に関する研究開発との連携が十分に保たれるよう配慮することが肝要と考えられる。

 以上のような研究開発の遂行により、原子力船特有の課題の多くについてかなりの技術的知見と経験が得られるものと期待される。

 なお、「むつ」が実験船としての使命を十分に全うするためには、その解役に至るまでの全生涯について一貫してその状態、性能をフォローすることが技術開発の観点から非常に重要と考えられるので、今後の「むつ」開発の推進にあたっては、その点についても特に配慮する必要があろう。

(2) 改良舶用炉プラント等に関する研究開発の推進

 前述のように、「むつ」開発の遂行により、原子力船特有の問題についてかなりの技術的知見と経験が得られるものと考えられるが、「むつ」は、経済性に力点を置いて設計、建造されたものではないので、「むつ」開発のみでは経済的な商船としての原子力船の信頼性の実証、安全性の確立などの目標を達成するためには不十分である。さらに、軸出力3~5万馬力に相当する熱出力100~150メガワットの、十分に安全で、かつ、信頼でき、経済的にも実用に供し得る改良舶用炉プラントの開発をめざした研究を中心とする新たな研究開発プロジェクト(改良舶用炉プラント等に関する研究開発計画)を、「むつ」開発の成果をできる限り反映させながら進めることが必要と考えられる。この場合、「むつ」を実験船として積極的に活用するなど、本プロジェクトを「むつ」開発と密接な連携を保ちつつ進めることが重要と考えられる。

(イ) 第1段階

 当面は、このプロジェクトの第1段階として、近い将来に原子力商船用として実用化の可能性があるとみられる加圧水型軽水炉プラントの炉心、一次系機器、遮蔽構造等のいくつかのタイプについて船体、陸上支援施設を含めた試設計を実施し、それぞれの試設計について比較評価、総合評価を詳細に実施することをその内容とする改良舶用炉プラント等設計評価研究を進め、軸出力3~5万馬力の原子力商船用として実用化し得る最適な改良舶用炉プラント等の概念の確立を図ることが必要と考えられる。

 この研究の結果とりまとめられた改良舶用炉プラント等の概念については、関係各界の識者の参加を得てチェックアンドレビューを実施し、その妥当性を確認したうえで次段階以降の研究開発計画を具体的に策定するものとする。

(ロ) 第2段階及び第3段階

 上記の設計評価研究の結果確立されると期待される改良舶用炉プラントの概念は、その経済性についてかなりの改善をめざしている。この舶用炉プラントに必要な技術は、従来のサバンナ号、オット・ハーン号及び「むつ」のような実験船に搭載されてきた舶用炉や陸上炉に用いられてきた技術に加えて、我が国にとっては未経験の新しい技術を取り入れたものとなる可能性が強いと考えられる。このような新しい技術を取り入れた改良舶用炉プラントについて、信頼性の実証、安全性の確立などを図るためには、海上における船体の振動、動揺などを模擬した状態で個々の機器の特性試験を徹底的に実施し、炉心、関連機器の設計条件を把握するとともに、その総合的な性能を確認するため、改良舶用原型炉の設計、建設、運転という形で個々の機器の開発成果を集約する段階が必要であると考えられる。

 このため、プロジェクトの第2段階の研究開発の内容は、この改良舶用原型炉の基本設計及びこれに伴う種々の特性解析と炉心及び関連機器の特性試験等が中心になると考えられる。

 当専門部会としては、この段階の研究開発の成果がとりまとめられた段階において再度関係各界の識者の参加を得てチェックアンドレビューを実施することにより開発を進めようとする舶用炉プラントに関し、その時点までの技術の進展、社会情勢の変動等を踏まえた総合的な評価を行い、その実用化の見通しを具体的に明らかにしたうえで、第3段階の改良舶用原型炉の建設、運転試験に進むことが適当と考える。

 以上のような「むつ」開発及び改良舶用炉プラント等に関する研究開発の積極的、かつ、効率的な推進により原子力商船実用化時代の到来時期に先立って高出力船はもとより3~5万馬力程度までの原子力商船の信頼性の実証、安全性の確立等を終了するという目標は、大部分達成されると期待できる。

(3) 安全規制研究

 以上のような「むつ」開発及び改良舶用炉プラント等に関する研究開発は、専ら原子力商船実用化の推進という観点から進められる性質のものであって、その成果は最終的には、我が国の造船・海運界等において活用されることをめざしているものである。しかし、原子力商船の実用化が実現されるためには、国において技術の蓄積により裏打ちされた信頼される安全規制体制が確立されていることが必須の要件である。このような観点から原子力商船の実用化に対応し得る安全規制体制の確立をめざして基準の整備等を図るための研究(安全規制研究)が、(1)及び(2)のプロジェクトの成果を最大限に活用し、互いに整合性をとりつつ、独立して進められる必要がある。

2 基礎的・先導的研究の実施

 以上のような研究開発は、21世紀に入る頃に到来すると予想される原子力商船実用化時代を欧米先進諸国に遅れをとることなく迎えようという明確な目標のある研究開発であるが、このような研究のほかにも、さらに、我が国全体の基礎的な技術ポテンシャルの向上を図り、将来の技術革新の芽を育てるための広範な基礎的・先導的研究の推進も、将来の原子力船の可能性を一層広げるという観点からおろそかにはできず、地道に続けていくことが必要と考えられる。

第4章 研究開発体制のあり方

1 政府及び民間の役割

 エネルギー資源に乏しく、エネルギー供給源の多様化に迫られている我が国にとって、原子力船研究開発の推進は国家的要請であると言っても過言ではない。このことは、我が国の重要な基幹産業である造船・海運業の将来に備えるという観点からも同様である。しかし、原子力船の研究開発は、その成果が実を結ぶまで相当長期間を要し、その間多額の研究投資を必要とするものであるので、民間企業の自主的な研究開発に期待することは極めて困難と考えられる。従って、このような国家的要請に基づく研究開発を遂行するためには、国が中心となって推進する必要があると考えられる。

2 研究開発体制のあり方

(1) 日本原子力船開発事業団の改組
 1で述べたように、原子力船研究開発は、国が中心となって推進する必要がある。この中でも、改良舶用炉プラント等に関する研究開発については、前述のように「むつ」開発と密接な連携を保ちつつ進められるべきプロジェクトであるため、これまで「むつ」開発のみをその業務としてきた日本原子力船開発事業団においてこのプロジェクトをも実施させることとし、これらのプロジェクトが一元的な責任体制の下で総合的に実施されるようにすることが妥当であると考えられる。しかし、

① これらのプロジェクトは、その遂行に長時間を要するものであり、かつ、その成果並びにプロジェクト遂行の過程で蓄積された技術及びノウハウは、将来の実用原子力船の設計、建造、運航に継承されて最大限有効に活用されるべきものであること。

② また、「むつ」開発そのものについても、「むつ」の解役に至るまでの全生涯について一貫してフォローすることが重要であること。

などを考慮すると、これらのプロジェクトの実施主体の性格としては、

① 高い技術能力を持って長期にわたって一貫した体制で研究開発を遂行できる組織であること。このため、核となる人材については、組織に固定させ、長期にわたって一貫した責任をもって研究開発を担当させられる機関であること。

② 自ら主体的に研究開発を実施することにより、その組織が身をもって技術及びノウハウを習得し、それを将来の実用原子力商船の設計、建造、運航に有効に継承することのできる組織であること。

などの要件に適合したものであることが求められよう。

 このため、当専門部会としては、この機会に、限時的な特殊法人として「むつ」開発のみをその業務としてきた日本原子力船開発事業団を発展的に改組して研究開発機関とすることが妥当であると考えるに至った。すなわち、同事業団の研究開発機能を強化して主体的に研究開発を統轄、実施する研究開発機関とし、かつ、その限時的性格を取り除いて人材の定着化を図り、長期にわたって一貫した体制で研究開発を遂行し得る高い技術能力をもった組織とすることが妥当である。

 この場合、この新研究開発機関においては、運輸省船舶技術研究所、日本原子力研究所等の既存研究機関や民間企業の協力を得てその施設、設備及び研究開発能力を極力活用することなどにより研究開発の効率的な推進を図るとともに、経験ある研究者の組織化に努め、早期に研究開発活動が軌道に乗るようにすることが期待される。

 また、関係諸機関、民間企業等においても、この新研究開発機関に対して積極的な支援を行い、その研究開発活動が一刻も早く軌道に乗るように協力することが期待される。

(2) 運輸省船舶技術研究所及び日本原子力研究所の役割
 運輸省船舶技術研究所及び日本原子力研究所は、それぞれ船舶技術及び原子力利用に関する国立又はそれに準ずる総合研究機関として、原子力船研究開発に貢献することが期待される。すなわち、原子力船研究開発のうち、
① その成果は国において活用されるべき性質のものであるため本来国が主体的に進めるべき安全規制研究
② その成果が実際に活用されるようになるまでには非常に長期間を要し、かつ、我が国全体の基礎的な技術ポテンシャルの向上に貢献するなどの公共的性格が強い基礎的・先導的研究

については、国が責任をもって、これらの研究機関において、それぞれが実施している船舶技術及び原子力利用に関する総合的な研究の一環として分担実施させることが適当である。

 また、研究協力、研究者の派遣等により、上記新研究開発機関を支援することも、両研究機関に期待される役割と考えられる。

1 原子力船研究開発専門部会構成員

(部会長)安藤 良夫 東京大学教授
飯田 国広 東京大学教授
石原 健彦 原子力環境整備センター理事
伊藤 達郎 運輸省船舶技術研究所所長
今井 清 日本海事協会常務理事
木下 昌雄 日立造船㈱社長
倉本 昌昭 日本原子力船開発事業団専務理事
黒川 正典 元日本郵船㈱常務取締役
末永聡一郎 三菱重工業㈱副社長
竹村 数男 東京商船大学教授
地田 知平 一橋大学教授
福永 博 日本原子力研究所理事
牧野 昇 三菱総合研究所副社長
宮永 一郎 日本原子力研究所大洗研究所所長

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