前頁 |目次 |次頁

軽水炉の非常用炉心冷却設備の
性能に関する原子力委員会委員長談話



 当委員会は去る6月1日にアイダホ原子炉実験所における非常用炉心冷却設備の実験に関する委員長談話を発表し、既設原子炉の運転停止を必要とするような問題ではないとの見解を明らかにするとともに、米国に調査団を派遣する等により慎重な検討を進めてきた。

 調査団は、6月8日から20日間にわたり米国原子力委員会等においてアイダホ原子炉実験所における実験内容、これに関連して、米国原子力委員会のとった措置等の実情を調査してきた。アイダホ原子炉実験所の実験はごく小規模なモデル実験であり、実用炉を十分に模擬したものではないが、この実験結果から非常用炉心冷却設備について当初期待されていていた性能の一部が有効でないかもしれないという懸念が生れた。その実験結果が実用炉にそのまま当てはまるものではないが、米国原子力委員会は安全性を重視する立場から、最近出された暫定指針においてその懸念が実験その他により十分解消されるまでその性能の一部がないと仮定するきびしい条件を用いて安全性を確認することとしている。

 調査団は、この暫定指針について詳細な調査をしてきたが、わが国に設置されているものと同型の原子炉についてすでに米国において暫定指針を用いた検討が行なわれ、炉の停止または出力制限をする必要がないと判断されていることを確認した。

 わが国の安全評価においては、当委員会が定めた原子炉の安全審査のための指針にもとづき万一の冷却材哀矢事故を仮定してきわめて過酷な条件のもとに事故評価を行なっており、これに適合しているものについては、今回の米国の暫定指針に照らしても炉の停止または出力制限をする必要がないと考える。

 わが国の原子炉の安全性の確保のためには、従来からたえず新しい研究成果や実験結果を取り入れ対処してきているが今後とも当委員会および原子炉安全専門審査会において引きつづき調査研究をつづけ、更にその万全を期する所存である。


軽水炉の非常用炉心冷却設備の
性能に関する原子力委員会委員長談話について


 米国アイダホ実験所において行なわれた実験結果の発表を契機として、軽水炉の非常用炉心冷却設備の性能の一部について当初予想されていた程安全性の余裕が大きくないのではないかということが種々報道されたが、原子力委員会は、昭和46年7月1日に、別添資料のとおり、わが国の原子炉について運転を停止したり出力制限をしたりする必要のないことを委員長談話として発表した。

 今回の委員長談話発表までの経緯については別添「軽水炉の非常用炉心冷却設備について(経緯)」で述べているので、ここではアイダホ実験所における実験の背景および実験内容、非常用炉心冷却設備とは何か等について解説を行ない、理解の一助とすることとした。

(1)アイダホ原子炉実験所での実験
 米国では、原子炉の将来の高出力密度化、大容量化等にそなえて安全研究を強化しており、その一環としてアイダホにおけるLOFT(Loss of Fluid Test 冷却機そう失試験)計画がある。今回問題となった実験はLOFT計画そのものではなく、その予備として行なわれたモデル実験のひとつである。このモデル実験について小型原子炉を用いたとか、非常用炉心冷却設備が作動に失敗したとか種々報道されたがいずれも事実を正しく伝えるものはない。
 この実験は、プレLOFT(セミスケールブローダウンテスト)800シリーズと呼ばれており、破断孔から蒸気が噴出する(これを通例ブローダウンという)ときの現象を電子計算機によって解析するための計算手法を開発することを目的としたものであって、非常用炉心冷却設備の作動状況を確めることを直接の目的としたものではない。
 この実験では一部のコンポーネントは加圧水型炉を模擬したものではあるが、炉心に相当する部分は、体積にして約1/1000 の電熱装置を用い、その他の寸法構造も実用炉とは大きく違っている。すなわち、その主なものは、まず、実験では1ループのみで、他に破断のない健全なループがないのに対し、実用炉では2~4ループがあること、また、実験装置の炉容器に相当する部分は底が浅く、またブローダウン中の蒸気の流路、回路の抵抗は実用炉に比し、100倍以上大きな値で、注水が外に出やすい構造になっていること等が指摘される。
 しかし、この実験結果と電子計算機による解析手法とを総合的に検討した結果、ブローダウン中の非常用炉心冷却装置の性能がこれまで予想されていた程十分に発揮されないのではないかとの懸念が生れた。この実験の結果は、そのまま実用炉に当てはまらないことは明らかなのであるが、安全性を重視する立場から、実用炉に近い模擬をした実験によってまたはより精度の高い解析方法によってこの懸念が解消されるまでの間、できるだけ安全サイドで処理すべきであるとの考えから別項に述べる暫定指針が出された。なお新しい型の実用炉では、ループの破断事故が起った場合、ブローダウンが終った後でも非常用炉心冷却設備が余力を有しており、炉心の冷却は十分行なわれるようになっている。

(2)非常用炉心冷却設備
 原子炉の安全評価においては、炉の寿命期間中まず起り得ないような事故を想定しても安全であることを確認することとしている。そのような想定される事故のひとつに冷却機そう失事故がある。非常用炉心冷却設備とは、このような冷却機そう失事故が起ったときのバックアップ安全装置として緊急に炉心に冷却水を送り込む装置である。したがって、この装置は、幾重にも設けられている原子炉の安全装置の1つであり、炉の寿命期間中まず使用されないものであるが安全上は、重要な役割をはたすものである。実用炉の非常用炉心冷却装置として、沸とう水型炉には、炉心スプレー、高圧注水系および低圧注水系の3種類があり、加圧水型炉には蓄圧注水系、高圧注水系および低圧注水系の3種類がある。
 なお、このほか、冷却機そう失事故時の安全防護施設としては、格納容器およびそのスプレー系、非常用フィルター等がある。

(3)米国原子力委員会暫定指針
 米国原子力委員会は、これまでの一連の安全研究の成果(この中には、上述のアイダホでの実験結果も含まれている)をもとに、6月19日、非常用炉心冷却設備に関する暫定指針(行政指導指針のようなもの)を出した。この指針の要点は、冷却機そう矢事故時には非常用炉心冷却設備が作動はするが、一定の時間、能力がないというきびしい条件を想定した場合に、燃料の被覆温度が一定の限度以上には上昇しないことを要件としたものである。たとえば、加圧水型炉の場合には蓄圧注入系から注入された水は、ブローダウン中有効でないと仮定している。
 この基準を適用した場合の影響について、米国で検討した結果によると1968年1月1日以前に運転を開始した炉は若干の改造を必要とするが、それ以降の新しい炉は、設備の改造または出力制限の必要はないとしている。
 派米調査団は、この暫定指針の内容について詳細に調査してきているが、この調査団の報告および米国原子力委員会の声明によると、わが国の既設炉と同型の米国炉については、このきびしい暫定指針を適用した場合にも十分合格し、炉の停止は勿論のこと、設備の改造をしたり出力を制限したりする必要がないことが明らかとなっている。

(4)わが国の原子炉の安全審査のための指針
 わが国原子力委員会は、原子炉の安全性審査の指針として、原子炉立地審査指針、原子炉設計指針等を定めている。
 これらの指針は、技術的に考えられ得る最悪の事故としての重大事故および更にこれをこえ技術的には起るとは考えられない仮想事故を考えてこれらの場合にもなお公衆に害を与えない事を確認することにしている。その一つとして冷却機そう失事故等を想定した非常にきびしい条件での審査が行なわれている。

(5)わが国の調査研究
 これまでも軽水炉の安全性については、日本原子力研究所、原子炉メーカー等で種々行なわれてきている。軽水炉は、国際的に広く採用されている炉型であり、本来、研究の分野においても国際協力の比重がかなり高いので、今後は、この国際協力を一層強力にすすめるとともに、安全性を重視する観点から国内での調査研究をさらに充実させていくこととしている。

別添

軽水炉の非常用炉心冷却設備について(経緯)


(1)本年5月6日ニュークレオニックスウィーク誌は、アメリカ原子力委員会が原子炉の安全性に関する研究の一環としてかねてよりアイダホ原子炉実験所において実施していた原子炉非常用炉心冷却設備の実験で同設備は当初予想していた程安全余裕が大きくないという結果がでたという記事を掲載し、また同月26日ワシントンポスト紙が、同様の主旨を掲載した。

(2)5月27日、わが国の各紙も、同記事を原子炉の安全性の問題として取り上げた。同日わが国原子力委員会は、アメリカ原子力委員会に対して本件に関する同委員会の正式の見解を照会するとともに、より詳細な資料の送付を要請した。

(3)一方、アメリカ原子力委員会は、本件に関し、5月27日、今回の非常用炉心冷却設備の実験は、小型のモデル実験であり、現在稼動中の実際の炉を十分に模擬したものではなく、運転中の炉の停止を必要とするような問題ではないとの見解を発表した。

(4)6月1日、わが国原子力委員会は、既設原子炉の運転停止を必要とするような問題でないこと、本問題の重要性にかんがみ、原子力委員会、原子炉安全専門審査会においてさらに慎重に検討を進めることおよび専門家からなる調査団を早急にアメリカ原子力委員会、アイダホ原子炉実験所その他関係機関に派遣し、調査することを委員長談話として発表した。

(5)6月3日、わが国原子力委員会は、原子炉安全専門審査会に本件に関する依頼をした。同審査会は、これを受けて6月9日から検討会を設けて検討を始めている。

(6)5月31日から6月4日にかけて、原子力発電所の所在している地方公共団体等から政府の見解等を求める要望が出され、それぞれ科学技術庁から、6月7日の原子力委員長談話の主旨に沿った回答がなされた。

(7)5名の専門家からなる派米調査団は、6月8日に出発し、6月28日に帰国した。同月29日、原子力委員会および原子炉安全専門審査会に、①アイダホでの実験は、そのままでは実用炉にあてはめられないが、性能の1部に有効でないものがある懸念を生じ、米国では、その懸念を実験その他により解消するまでの間は、安全評価上その部分の性能がないという厳しい仮定をして安全を確認するという指針を出したこと。②日本に設置されているものと同型の炉については、米国で新しい暫定指針に基づき検討し、十分に安全であると判断している。旨を報告した。

(8)7月1日、わが国原子力委員会は、調査団の報告およびこれまでの検討結果を参しゃくして、次のような委員長談話を発表した。

①わが国に設置されている炉については、米国の新基準に照しても、炉の停止および出力制限の必要がない。

②今後とも調査研究を続けて万全を期する。


前頁 |目次 |次頁