原子力損害の民事責任に関する
ウィーン条約の第1回常設委員会



1.経緯

(1)「原子力損害の民事責任に関するウィーン条約」(以下「ウィーン条約」という。)は、昭和38年5月19日にオーストリア国、ウィーンにおいて採択された。その際、原子力損害賠償のための国際補償基金または相互保証制度の設立の問題、国際機関の条約への加入の問題および裁判管轄権が2以上の締約国の裁判所に競合する場合の管轄裁判所の決定の問題等については、十分な検討を加える時間的余裕がなかったので、未解決のまま残された。

(2)このため、同採択会議は、同時にこれらの問題について、IAEAの事務局長の諮問に応じて勧告を行なうことを任務として「常設委員会」を設置すべき旨の決議を行なった。
 これに基づき第1回常設委員会が昭和39年4月13日(月)から同17日(金)までウィーンのIAEA本部の理事会室において開催された。
 以下その会議に当ってIAEA事務局長からあらかじめ送付されてきた同委員会における検討事項に対するわが国の態度と会議の結果について略述する。

2.会議に当ってのわが国の態度

(1)地域的適用の範囲について

(説明)
 旧条約案には、第1条Aとして「この条約は、非締約国の領域内において発生した原子力事故またはそれで受けた原子力損害に対しては、適用されないものとする。ただし、施設国の法律において規定する場合は、この限りではない」旨を定めていたが、採択会議においてインド等の反対によって審議の結果削除された。その結果、非締約国に領域内で発生した原子力事故または原子力損害に対するウィーン条約の通用関係が明確でなくなったので、その関係を明確にしたい旨の提案である。

(意見)
 条約の適用範囲を明確にすることは必要であると思われるので、旧条約案第1条Aと同趣旨の規定を設けようとする提案には賛成する。

(2)ウィーン条約と原子力船運航者の責任に関する条約(以下「原子力船条約」という。)との関係について(説明)ウィーン条約第2条第1項(b)(iii)および(c)(iii)は、運営者が原子力船の運航者にその動力源として核物質を引き渡した場合にはその責任を負わない旨を規定している。また、反面、ウィーン条約中には別段の定めがある場合を除くほか運営者以外の者は一切責任を負わないという「責任集中」の規定(第2条第5項)がある。したがって、原子力船の運航者に核物質が引き渡された後には責任を負う主体がなくなるようにも読める。しかし、このような「責任集中」の規定は、本条約が適用対象としていない原子力船の運航者の責任までも免責する趣旨とは解されないが、本条約中にはそれを明確にする規定がない。
 そこで、その運航者の責任までも免責するものではない旨を明確にした「原子力の分野における第3者責任に関する条約」(「以下パリ条約」という。)と同趣旨の規定を設けたい旨の提案である。

(意見)
 この条約は、船舶用原子炉を対象外としているとしても、原子力船運航者について一切の責任の免除をしているとは解されないが、明文の規定によりこの旨を明確にするため、パリ条約の規定と同趣旨の規定を設けることに賛成する。

(3)二以上の裁判所が管轄権を有する場合の時効の延長について

(説明)
 条約第11条によれば、二以上の締約国の裁判所が管轄権を有する場合には、関係締約国間の「合意」により決定される裁判所が管轄権を有することになっている。しかし、その合意に長時間を要する可能性も強いので、関係締約国の1つに対して、時効期間内に被害者が裁判所の決定を要求した場合、または関係締約国の1つの裁判所に対して訴訟を提起した場合には、消滅時効の期間を延長することができるというパリ条約の規定と同趣旨の規定を設けたという提案である。

(意見)
 管轄裁判所の決定に長時間を要したために時効にかかり、訴訟が提起できなくなるのでは被害者保護の見地から妥当でないので、パリ条約と同趣旨の規定を設けることに賛成する。

(4)ウィーン条約と原子力損害の民事責任に関する地域的条約との関係について

(説明)
 ウィーン条約と将来締結される原子力損害の民事責任に関する地域的条約との関係について、地域的条約は、ウィーン条約の補足的な条約であると考え、地域的条約に加入する国は必ずウィーン条約に加入しなければならないという考え方(a案)と、地域的条約は、ウィーン条約から独立している条約と考え、ただ抵触を避けるために必要があれば実質的規定は地域的条約にもくり返して規定しなければならないという考え方(b案)とが示されている。

(意見)
b 案の方が現実に即していると思われる。

(5)国際補償基金または相互保証制度の設置について

(説明)
 条約第7条によれば、条約上の最低責任限度額である500万ドル(18億円)と各国内法に基づく損害賠償措置額との差額は、国家補償することになっているが、施設国の財政能力のいかんにかかわらず、賠償請求額の支払いが早急にできるようにするために各締約国からの拠出金に基づく「国際補償基金」または事故発生の時に拠出金を支払う旨の保証を行なう「相互保証制度」を設けようとする提案である。

(意見)
 被害者保護の見地からも、また核燃料物質の輸送の円滑化を図る見地からも、これらの制度を設置することに賛成する。
 具体的内容の審議にあたっては、わが国の財政的負担をも考慮に入れつつ、本制度の趣旨にそった適切妥当な案ができるよう協力するものとする。

(6)国際機関のウィーン条約への加入について

(説明)
 ウィーン条約は、国が加入することを前提として構成されているが、将来IAEA、ユーラトム、ENEA等の国際機関により原子力施設が運営される場合には、これらの原子力施設に対しても条約が適用できるよう国際機関のウィーン条約への加入について検討を行なおうという提案である。

(意見)
 原子力施設を有する国際機関をウィーン条約に加入できるように検討を加えることに賛成する。
 これに関連する諸問題についての基本的考え方(賠償措置を講ずる義務等)は、原子力船条約の第1回常設委員会におけるわが国の考え方と同様に考えるものとする。

(7)管轄裁判所の決定について

(説明)
(3)で述べたように、二以上の締約国の裁判所が管轄権を有する場合には、関係締約国間の合意により管轄裁判所を決定することになっているが、その合意が得られない場合の取り扱いについては、採択会議では結論を得られなかったので、その解決方法について検討を行ないたいという提案である。

(意見)
 管轄裁判所について関係締約国間の合意が得られない場合の解決方法としては、IAEAに斡旋機関を設けるものとし、その斡旋も成立しなかった場合には、国際司法裁判所長の指定する裁判所とするが、情勢をみて適宜判断するものとする。

(8)少量の核物質に対する条約の適用排除について

(説明)
 ウィーン条約第1条第2項によれば、施設国はIAEA理事会が決定した範囲内であれば、少量の核物質を本条約の適用から除外することができることになっているので、その適用除外の範囲を、輸送のみに限るか、また輸送について一定の目的のものに限るか等について検討を行ないたい旨の提案である。

(意見)

(イ)ウィーン条約第1条第2項の適用除外の規定は、輸送に関しても原子力に関しても適用されるべきであると考える。

(ロ)被害者保護および手続の簡素化の見地からみて適切妥当な適用除外の基準が設けられるよう協力するものとする。(わが国の賠償関係法令でも一定量以下の濃縮ウランの使用および加工並びにそれらに付随してする運搬については、同法令の適用を除外しているので審議の際参考とするものとする。)

3.会議の結果

 A 概説

(1)第1回常設委員会は、アルゼンチンのEnrique Zaldivan 氏が議長となり、15参加国および14オブザーバー(注)の出席のもとに審議を行ない、常設委員会としての一応の結論をまとめた(審議経過およびその結論の概要は後述する)。

(注)参加国(15ヵ国)・・・・・・アルゼンチン、ブラジル、カナダ、チェコスロバキア、フィンランド、フランス、西ドイツ、日本、フィリッピン、ポーランド、ソ連、アラブ連合、イギリス、アメリカ

オブザーバー(3ヵ国、11国際機関)スペイン、スウェーデン、ノルウェー、FAO、IMCO、ILO、ENEA、ユーラトム、IATAほか5国際機関

(日本側出席者)

 在オーストリア大使館参事官 小木曽本雄

 同        1等書記官 川島芳郎

科学技術庁原子力局政策課 野村正幸

(2)次回の会合の時期は、IAEA事務局長に一任し、その議題は、本常設委員会においてインドから提案された2つの問題(基金の配分方法、条約第18条の解釈と意義)を含めIAEAの事務局長から諮問される問題を討議することとなった。

(3)最後にIAEA事務局長代理(Sayersted 法律部長)から、出席国ができるだけ早くウィーン条約の批准を行なうこと、その進捗状況について適宜IAEA事務局長に報告することという要請がなされた。

 B 審議経過および結論の概要

 審議に先立①この常設委員会における結論は、参加国を拘束する解釈とはみなされないこと、②結論のうち条約の改正を要するものについては、条約の発効後時期をみてこれを行なうことが了解された。

 次に個々の問題についての結論と、これに関する若干の説明を加えると、次のとおりである。

(1)地域的適用の範囲について
 ウィーン条約は、国際法の一般席別に従って、締約国にのみ適用され、非締約国に対しては何らの権利義務を生ぜしめないことについて意見の一致をみた。すなわち、締約国および公海で受けた原子力損害については、たとえ事故が非締約国または公海で発生した場合でも条約の適用があり、逆に非締約国において受けた原子力損害については、事故が締約国または公海で発生した場合でも条約の適用がないという結論になった。
 ただ、旧条約第1条の但書にあった「施設国の法律において規定する場合は、この限りではない。」に関して、イギリスから施設国がかかる立法を行なえば適用されるという考えが主張されたが、インド等からこのような規定を設けることが500万円ドルの基金の分配に影響するのではないかという議論がなされ、条約改正会議の際に検討した方がよいということで、結論にふれないこととなった。

(2)ウィーン条約と原子力船条約との関係について
 ウィーン条約の責任集中の規定が原子力船の達航者の責任の免除まで行なうものでないということについて意見の一致をみた。しかしこの条約の規定の表現が不十分であるという意見が多かった。なお、ソ連およびポーランドから単に意見の交換にとどめて具体的な案を明示することはないという意見が述べられた。

(3)二以上の裁判所が管轄権を有する場合の時効の延長についてウィーン条約第11条3(b)に該当するケースで、最初管轄裁判所にもちこまれた訴訟が、後になって他の裁判所も管轄裁判所になったときは、その決定の日から6ヵ月間は時効期間が消滅しないということに意見の一致をみた。ただ、この点についてはソ連およびアメリカは、第6条で解決しうるとのべた。いずれにしても、この問題をとりあげることは時期尚早であるという意見が強かった。

(4)ウィーン条約と原子力損害の民事責任に関する地域的条約との関係についてこの問題について、事務局から地域条約を補完的な場合と相互独立的な場合とにわけて説明があったが、その区別は明確でないとされ、地域的条約を、ウィーン条約と補完的なものとするか、相互独立的なものとするかは、その関係国の決定すべき問題であることを認めた上で、地域的条件が、ウィーン条約と矛盾しないものであるべきであるということに意見の一致をみた。
 しかし、多数意見は、地域的条件がウィーン条約と補完的なものとなる方が好ましいという意見であった。わが国は、賠償措置額が地域的条件によって異なることが現実に生じ得ることを述べ、相互独立的なものであってもよいと述べた。

(5)国際補償基金制度または相互保証制度の設置について各国とも常設委員会において具体的結論を出す見込みのないことを認識し、単にそれぞれの立場を一方的に述べるにとどまった。
 基金の設立に積極的に賛成したのは、アラブ連合、インド、アルゼンチンおよび日本の4ヵ国で、その理由として、アラブ連合は心理的に低開発国によい影響を及ぼすこと、インドは低開発国が条約に加盟する際のイソセンティブとなることをあげていた。わが国は、具体的な提案を行なう雰囲気になかったので、基金的なものの設立に賛成する旨を述べ、詳細な提案は行なわなかった。
 これに対し、イギリスは、相互保証制度ならよいが、議論するのは時期尚早であると述べ、またソ連は、基金の設立に関心が薄いが、設立するとしても、相互保証制度で任意加入とした方がよいと述べた。西ドイツ、フランス、フィリッピン、ポーランド等の諸国は、おおむね、イギリスまたはソ連の考え方に同調した。

(6)国際機関のウィーン条約への加入について
 この問題については、問題点が整理されていたので討議はあまり行なわれず、次のように意見の一致をみた。
 第1に、国際機関が原子力施設の設置者となることは、現在の条約で可能であること。また加入については、国際機関とその施設の設置された施設国との間の関係が主として問題となるに過ぎず、現状では常設委員会として何らのアクションをとる必要はないこと。
 第2に、国際機関が施設国となることは、現在の条約ではできないこと。それについては、原子力船条約の常設委員会も設置されているので、それの議論の進展をみて決めること。

(7)管轄裁判所の決定について
 原子力損害が数ヵ国にまたがる場合の管轄裁判所の決定方法について常設委員会の大勢(イギリス、アメリカ、ソ連、インド等)は、急いで決める必要がないという意見であった。
 わが国は、現段階では、この問題について決定することは困難であるとしても、条約改正会議の際は仲裁または国際法裁判所へ付託するような方向で検討すべきであると述べ、カナダがこれを支持した。ただ、国際司法裁判所に委せるという考え方については、ソ連およびインドが反対した。

(8)少量の核物質に対する条約の適用排除についてIAEA事務局からあらかじめ送付されてきた資料に基づき次のように討議された。
 第1に、適用除外を輸送に限るか、原子炉施設や廃棄物にも及ぼすかについては、オブザーバーとして出席していたIMC(International Maritime Committee)から船舶輸送について、IATA(International Air Trnsport Association)から航空機輸送について少量でも除外されると責任のある運営者がいなくなって困るという意見が述べられた。しかし大勢としては、原子炉施設に適用すると、核物質の量が増減して判定が難しくなる等の理由で輸送のみに適用すべきであるという意見となった。これに関して、わが国から原子炉施設に適用しないのは技術的困難性に基づく面が強いので、技術的に可能かどうかを再考する余地があると考へたが、少数意見にとどまった。ただ、輸送よりも範囲を拡大し、原子炉施設以外の病院などの施設については、少量除外が適用されるべきであるという意見もあった。
 第2に、輸送の各分野に適用するかどうかについては、全分野に適用されることに意見の一致をみた。
 第3に、除外の量を決定する基準については技術的専門的な問題としてほとんど議論されなかった。結局、上記の諸問題については、理事会が技術専門家の意見を聞いて、その除外の最高限度を決めることとなった。