原子力船専門部会、報告書を提出

 原子力船専門部会は36年4月12日設置され、原子力船建造の基本方針の検討を諮問されたが、同年9月19日基本的な考え方について中間報告書を提出した。その後、第1船特別委員会および開発機構特別委員会を設けて、詳細な審議を行なった結果、最終的な報告をとりまとめ原子力委員会に提出した。

以下に全文を掲載する。

昭和37年6月15日

原子力委員会委員長

   三木 武夫 殿

原子力委員会原子力船専門部会

部会長 大屋  敦

 昭和36年4月12日付をもって原子力委員会から諮問のありました原子力船建造の基本方針についてはさきに同年9月15日中間報告を行ないましたが、その後さらに審議の結果、次のとおり結論を得ましたので報告いたします。

 原子力委員会、原子力船専門部会構成

部会長 大屋  敦 (日本原子力産業会議副会長)

      稲生 光吉 (三菱原子力工業(株)副社長)

      岡田 俊雄 (大阪商船(株)社長)

      金子  鋭 ((株)富士銀行頭取)

      倉田 主税 ((株)日立製作所会長)

      児玉 忠康 (日本郵船(株)社長)

      佐藤  尚 (三菱造船(株)社長)

      桜井 俊記 (三菱日本重工(株)会長)

      進藤 孝二 (三井船舶(株)社長)

      瀬藤 象二 (日本原子力事業(株)社長)

      田中 繁松 (三井造船(株)社長)

      辻  章男 (運輸省海運局長)

      中山 素平 (日本興業銀行頭取)

      平田敬一郎 (日本開発銀行副総裁)

      広瀬 真一 (運輸省官房長)

      藤野  淳 (運輸省船舶局長)

      俣野 健輔 (飯野海運(株)社長)

      松原与三松 (日立造船(株)社長)

      山県 昌夫 (日本海事協会会長)

      和田 恒輔 (富士電槻製造(株)会長)

      脇村義太郎 (東京大学名誉教授)

 なお本報告作成のための作業には、運輸省係官社団法人日本原子力船研究協会第1船小委員会構成者が参加した。

 1. まえがき

 わが国における原子力船の研究は、関係各方面の協力のもとにここ数年来積極的に進められ、その結果、本専門部会が発足した頃には、(1)原子力船が将来の大型あるいは高速商船の本命であること、(2)しかしながらここしばらくはなお研究開発段階にあって特殊なものを除けば経済的な商船としては在来船と競争できないこと、および(3)原子力船の開発を有効に総合的に進めるには、実験目的の原子力船を建造し、運航することが最良の方法であることについて、すでに大方の意見が一致していた。

 本専門部会は、内外における原子力船の研究開発状況原子力に関する技術の現状と将来、原子力船の経済性の見通し等について調査審議した結果、あらためて上記の結論を確認した後、さらに実験目的で建造される原子力船の船種と規模、開発に要する資金の額とその調達方法、原子力船の建造と運航を関係各方面の協力のもとに実施する機関の形態等を検討した。

 2.第1船の船種

 原子力船の開発を総合的かつ効果的に進める最善の方法は、実験目的の原子力船を実際に建造し、その過程において研究開発を積み重ねていくことであると考える。もちろん実験目的とはいっても建造後何んらかの実用目的に使われるものでなくてはならないし、その実用目的も原子力船の特色を生かしたものであることが望ましい。

 このような意味から、原子力第1船の船種を大型油送船、高速貨物船等原子力の特徴を生かした商船型とすることも検討されたが、何分にも原子力技術は未だ進歩発展の過程にあって、100億円近い資金を必要とするこれらの船を実験的性格の強い第1船として建造することは、経済的危険性の度合からみても適当とは考えられないし、国際的な原子力船の受入れ体制の整備状況如何によっては、完成後の商業的活動が著しく減殺されることにもなりかねない。

 このような見地から、所要資金も比較的少なくて済み周囲の受入れ体制によってその活動を制限されることの少ない非商業目的の実用船が第1船として適当であると考える。非商業目的の実用船としては、海上保安庁所属の巡視船、海洋観測船等、航海訓練所所属の練習船、気象庁所属の気象観測船、水産庁あるいは水産大学所属の調査船等があるが、南極観測に使用された宗谷をのぞくと大部分が原子力船としては小型に過ぎるものである。

 しかしながら日本原子力船研究協会が、昭和36年度に設計研究を実施するにあたって、安全上許容される最小の原子力船の大きさと将来の海洋観測船の性能について調査したところによれば、前者については、①コンテナーおよびその防護に必要な構造を含めた所要船幅、②これに対応する船の長さ、および③2区画可浸制を満足させる船内区画法をパラメータとして検討した結果、若干の余裕をみて総トン数5,000トン程度の船ということであり、また後者については、使用者としての海洋学者の意見を求めたところ、①居住性のよいこと、②十分な電力、清水が得られること、③騒音の少ないこと、④強力なウインチを有すること、⑤動揺の少ないこと、⑥耐水性のあること、⑦研究室、倉庫が十分広いこと、⑧採水等の関係からなるべく乾舷が低いこと等が要望された。これらのうち、①から⑦までは船が大型であることによって満たされるものであり、海洋調査の対象が、太平洋、印度洋、北極海あるいは南極海へと拡がる必然性とともに大型観測船の必要性を正当化するものである。

 このような理由から、当専門部会は、日本原子力船研究協会が科学技術庁の委託を受けて実施した6,500総トン型海洋観測船の設計研究により得られた資料を基礎として検討した結果、原子力第1船の開発は、概略以下の計画によって進めるのが適当であると考える。

 3.第1船開発計画の概要

 計画は、①第1船の設計と建造、②建造に伴う研究開発、③乗組員の養成訓練、④第1船による完成後の諸試験、⑤必要な付帯設備の建設からなる。これらの各々についての概要と所要経費および計画のタイムスケジュールは下記のとおりである。

(1)第1船の設計と建造

 第1船の設計と建造は、搭載する炉も含めて国内技術によって建造されることを前提とし、これは別記の資金と工期をもって可能であると考える。

 第1船は総トン数6,350トン、主機出力100,000馬力、最大速力17 3/4ノットで下記の特徴を有する。

(イ) 本船は原子力実験船としての実験航海に必要な設備、海洋観測に必要な設備および乗組員の養成訓練に必要な設備を備えるほか、各種補給輸送のための若干の載貸能力と耐水構造を有する。

(ロ) 本船の大きさは、原子力船として可能な最小の大きさに若干の余裕をもって決定したものであることは既述のとおりである。

(ハ) 主機および補機に蒸気を供給する原子炉系は軽水冷却型で熱出力33~35MWである。原子炉系の大部分の装置は国内で設計し製作される。

(ニ) 原子力による主推進装置のほか、在来動力源による補助推進装置を有する。

(ホ) 安全性については、国際海上人命安全条約、ロイド船級協会規則をはじめ公表されたすべての安全規則に適合するように設計される。

(ヘ) 本船の最大搭載人員は、乗組員75名、実験員50名、計125名である。

 第1船の設計から原子炉の臨界まで4年半を要し、船価は30~35億円(うち原子炉設備15~17億円)と推定される。

(2)建造に必要な研究開発

 本船の設計と建造自体が原子力船の総合的な研究開発そのものであると考えるが、原子炉をはじめとする原子力プラントの設計と製作にあたって、下記の研究開発をあわせ行なうことが必要である。

(イ) 炉心の設計のための臨界実験

(ロ) 制御特性に関するシミュレータによる実験

(ハ) 遮蔽設計のためのJRR-4による遮蔽実験

(ニ) 格納容器内機器配置および施工手順に関するモックアップ実験

 以上のうち(イ)については日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)に付設される臨界実験装置の利用が可能であり、(ロ)については完成後、乗組員の養成訓練に兼用することができる。

 これらの研究開発に必要な経費として船価の1割(約3.5億円)を見込んだ。

(3)乗組員の養成訓練

 第1船の乗組員は75名であるが、養成訓練の対象となるのは、甲板部士官5名、同属員15名、機関部士官13名、同属員15名、計48名である。これらを対象とする訓練計画は、職種によって異なるが、①日本原子力研究所、放射線医学総合研究所等における基礎課程の講習、②サバンナ号による乗船実習、③制御盤のシミュレータによる運転実習、および④建造過程における工場実習からなるものとし、これに必要な経費は、養成期間中の乗組員の給与も含めて約1億円と推定した。

(4)第1船による実験

 第1船の建造に伴う研究開発とともに、第1船完成後の各種試験および実験が、本計画の重要な目的であって、このために必要な計測室、実験室、実験員のための設備等を有する。

 実験は、臨界前試験、臨界試験、低出力試験、出力運転試験、海上試運転および実験航海中の諸試験からなる。臨界前試験から海上試運転までは、在来船の場合の検査、試運転等、造船所側が責任をもって行なう部分に相当するものであるが、第1船の性格からみて多分に実験的意味の強いものである。海上試験運転の終了後、乗組員による慣熱運転を行ない、乗組員が船の運転に十分慣れてから、本格的な実験航海を実施する。実験航海においては、すでに実施された諸試験を実際の航海条件下で反覆して行なうほか、振動、動揺下における原子炉の特性試験、船体への作用外力の測定試験、中性子束の時間的変化の測定等を行ない、設計条件の妥当性、設計性能と試験結果の比較等を検討し、舶用炉の性能改善のための資料を得ることを目的とする。

(5)付帯設備

 原子炉施設に付随する燃料交換用の設備および機器は、原子力船のような船内容積をなるべく広くとる必要がある場合には、別に設備した方が経済的であると考えられている。これらの主なものは、使用済燃料、制御棒の貯蔵槽、その浄化および冷却系、移送設備(クレーン、キャスク等)およびマニピュレーター、シールカッター等の機構である。

 これらの設備について、3つの方式が可能であると考えられた。すなわち、①これらの設備を陸上(既存造船所)の設ける方法、②専用の作業船を建造する方法、および③本船に設ける方法である。これらの方法のうち、最適のものを決定するには、経済上、安全上および技術上の検討が必要であって、一応3方式について所要経費の積算を行なったが、不確定要素もあり、今後さらに詳細な検討を要する。

(6)タイムスケジュール

 船体、機関、原子炉の設計と製作、臨界前後の諸試験等は、必要な研究開発事業も含めて、別表に掲げるタイムスケジュールで実施することが可能であると考えられる。これらのタイムスケジュールは、サバンナ号の場合の実例を参酌して作成したもので、ある程度余裕をもったものである。

 原子炉系の基本設計の開始から、原子炉の臨界まで4年半を要し、船体、機関の工期はこれに見合うよう作成した。したがって、原子炉系の工程如何によって全体のスケジュールはある程度変動する可能性がある。

原子力第1船開発スケジュール

(7)計画に必要な経費

 第1船の設計、建造、研究開発、運航実験に必要な経費は、総額約54億~60億円であって、その内訳は下記のとおりである。

                 (単位:億円)

 建 設 費          39.0~44.4

 総 船 価          30.7~34.7

 付帯設備費          4.3~5.7

 研究開発および実験設備費  4.0

 養成訓練費            1.0

 運営費および運航費  (単位:億円/年)

 開発機構運営費         0.9

 (計画の初年度から発生)

 実験運航費           3.0~3.5

 (船の引渡し後)

 4.原子力第1船の開発機構について

(1)開発機構設置の必要性

 原子力第1船の開発機構の決定は、船種、船型の選定とともに第1船の建造を具体化するための前提条件であり、その形態は、第1船の船種、所要資金の調達方法などと密接な関連を有するものである。

 原子力第1船は将来の原子力船の開発に備え、建造技術の開発、運航技術の修得、乗組員の養成訓練等の技術開発を目的として建造されるものであるが、原子力船の将来性からみて、これが早期開発を推進することは国家的要請であるといってよい。

 しかも、第1船開発には経済的に多額の資金を要するにもかかわらず、その内容は研究投資性格が強く、さらに、この開発に直接関連を有する海運界、造船界の現状からみて、第1船の開発を純民間ベースで進めることはきわめて困難な実情にある。このような点を考え合わせれば、現状においては国が中心となってこの計画を推進することは、当を得た方策であると考えられる。

 また、第1船の建造、運航から得られる諸経験が海運界、造船界を始めとする原子力産業界の技術水準向上に大きく寄与するようはかられなければならないことは当然である。

 このため第1船の建造による詩経験は官民を問わず広く公開され、十分に活用されるよう配慮する必要がある。

 したがって、第1船開発のための機構は、国を中心として、これに民間が積極的に協力する場を提供するものであることが望ましい。具体的には、資金について、国家資金を根幹とし、民間は負担能力に応じた資金協力をするほか、さらに技術と経験の活用という見地から、技術者、乗組員の出向協力、実験、試験に対する協力等を可能とするような体制が望ましい。

 以上の諸点を考慮すれば開発機構としては、既存の行政機関またはその所属になる国立研究所あるいは単なる民間会社でなく、国と民間とが資金の共同負担をし、具体的な開発計画の推進に関して有機的な連けいを強力に行ないうるような組織が確立される必要があると考えられる。

(2)開発機構の概要

 開発機構の具体案策定に当っては、上記の趣旨からまず次の点を基礎とした。

(イ) 第1船開発に要する総所要資金は、国家資金を根幹とし、これに民間の負担能力に応じた資金協力を考える。

(ロ) 第1船建造の越旨から、これが建造、運航によって獲得される成果が広く関連する民間業界によって活用しうるよう配慮する。このため民間は技術者の派遣をはじめ、開発機構の運営面への実質的な参加を積極的に図るものとする。

 これらの点を前提とした開発機構としてはおおむね次の内容を有するものが妥当と考える。

① 開発機構の性格としては政府、民間共同出資になる特殊法人とする。

② 開発機構の業務は原則として第1船開発のための業務とする。具体的には次のとおりである。

(イ) 研究開発

 第1船の建造、運航に必要な研究開発の企画、指導を行なう。

(ロ) 建 造

 建造に係る業務として次のものを行なう。

   基本設計
   仕様書作成
   発   生
   工事監督
   試 運 転

(ハ) 実験・運航

 第1船完成後、将来の原子力船開発に備え所要の実験、試験およびこれに要する運航を行なう。

(ニ) 乗組員の養成訓練

 第1船の実験運航のための乗組員のほか将来の運航に要する乗組員を養成訓練する。

(ホ) そ の 他

 業務に係る成果の普及、原子力船に関する調査資料の収集等を行なう。

③ 開発機構の資金

(イ) 資金負担の割合

 本計画に要する所要資金は、国と民間産業界とにより共同して負担することとするが、その負担割合は次の原則的な考え方によるのが適当であろう。

 すなわち、第1船の船種からみた将来の用途および実用段階になっての政府への所有移管の可能性等にかんがみ第1船の建造費その他の設備的支出は政府負担とし、一方民間産業界は建造、実験運航過程に開発機構を通じ参画することにより技術、経験を獲得しうるという点から、機構運営費をはじめとする運転的経費を負担するのが妥当と考えられる。ただし、この場合、その経費が多額でありしかも長期に要するものであること、さらにそれが研究投資的性格を持つものであることなどを考慮し、民間負担額決定に際してはその資金負担能力を勘案することが必要である。

 なお本船完成後の実験運航は、試運転、その後の政府の管理(直接または間接の)のもとに行なわれる実用運航等と密接な関連を有しているので、これに要する経費については、特にその運航形態、国と民間との受益の内容に応じ負担が決定されるべきものと考えられる。

(ロ) 政府、民間の資金負担の時間

 開発機構設立から、本計画の終了時までの期間にわたって、各年度の支出額を総所要資金についての政府、民間の負担割合に応じて負担するのが妥当と考えられる。

(ハ) 民間の資金負担者の範囲

 民間の資金負担者の範囲については原則的な考え方をすれば第1船の建造、運航に関連を有する業界あるいは第1船の建造、運航経験の獲得によって受益する業界に期待することとなろう。

 これを例示すれば造船業界、海運業界、原子炉メーカー、関連工業界等と考えられる。

(ニ) 資金の回収

 第1船の船種からみて、資金の回収は政府、民間負担分のいずれも不可能と考えられる。

(3)開発機構の職員

 開発機構の業務を行なうのに要する技術者、船員、その他の職員は、第1船の建造、運航による諸経験を活用するという見地から、極力民間からの出向、派遣によるのが望ましい。具体的には主として出資会社に期待することとなろう。ただし、派遣期間中の扱いは機構の職員とすることが望ましい。

(4)第1船発注の形態

 発注の形態として主として問題となるのは、一括発注か分割発注か(特に原子炉について)であるが、これは開発機構が発注する際の諸条件の検討によって決められるべきものと考える。

 ただ、第1船の趣旨から、建造、実験運航等に際しては、広く関連業界が参加しうるような形を確保すべきであり、場合によっては共同研究、共同受注等も考慮する必要があろう。

(5)付帯設備

 燃料、交換施設を主内容とする付帯設備の設置は第1船の建造、運航に欠くことのできないものであり、また将来の原子力船開発に対するその意義からみて、それが研究、開発も含めて開発機構が行なうのが適当であると考える。

 しかし、その設置の方式(主要部分を第1船に設置するか、陸上-主として造船所におくか、あるいは艀を利用するか)およびその設置時期等については、さらに検討を要する。

(6)第1船の処置

 第1船は、所要の実験終了後は、海洋観測乗組員の養成訓練、極地輸送等の実用目的に供されることになろうが、これらの業務は、いずれも行政機関の所掌する所であり、しかも、その実用運航に要する経費の比較からみても、第1船は、実験終了後、原則として実用目的を所掌する行政機関に移譲することが、妥当であろう。

(7)開発機構の将来の存続

 開発機構は、所要の第1船開発業務終了後は、第1船を初めとする諸設備を政府へ移譲し、原則として解散するものとするが、さらに他の業務(たとえば、燃料交換業務、将来の原子力船の研究開発等)を行なう必要があれば、諸事情を勘案し、その存続についてあらためて検討するのが適当である。

 なお開発機構の形態としては前記特殊法人形態によるのが現状において最も望ましいと考えられるが客観的情勢がその設立を許さないような場合も予想されないではない。その際考えられる第1船建造形態は、第1船の船種からみて、既存行政機関による発注あるいは委託等の方式であるが、かりにこのような形態を取る場合においても、第1船建造の技術開発としての趣旨を十分に活かすために、官民の緊密な協力の下に、第1船建造、運航経験が広く活用しうるような方途を講ずべきものと考えられる。

 そのためには、たとえば関連する民間産業界を網羅する共同研究機関をもって開発機構とすることも必要であると考えられる。