昭和37年度放射線医学総合研究所業務計画

 放医研は32年7月発足以来5ヵ年を経過し、当初予定された計画のうち施設の建設・整備を除き組織・人員についてはいまだ十分な研究体制を整えたとはいい難い。しかし37年度は新たに薬学研究部を加えて9研究部となり、人員も67名増の計361名となった。また、実験動植物棟の増設が予定されている。予算的には459,436千円でこのほか放射能調査費として23,481千円計上される。

 研究業務は人員の増加にともない従来の研究を一層充実、促進させるとともに、ヒューマンカウンター、アルファ線棟等、施設の整備により新たに内部被曝の研究の進展をはかる。

 また医用原子炉の設置についての調査研究、および昨年末、整備を完了した東海支所における研究を強化する。

 養成訓練業務については、防護課程と医学課程を実施する予定である。

 他方、全国的に実施されている放射能調査は、その一部を従来から研究部が分担してきたが、これを次第に担当部課に移行できるよう体制を整備し、集中実施を図るものである。

 以上の業務を実施する一方、本年は研究体制、養成訓練業務など、研究所全般のあり方等について、過去の実績を省みつつあわせて内外の事情を勘案し、研究業務などに十分検討を加えた上、放医研整備5ヵ年計画を作成する予定である。

I 研   究

 研究課題については、12の研究目標

  1.放射線障害の臨床的疫学的研究
  2.放射線による機能障害に関する研究
  3.放射線による晩発効果に関する研究
  4.放射線による突然変異に関する研究
  5.細胞に対する放射線の影響の基礎的研究
  6.線量評価に関する研究
  7.環境および人体における放射性核種の動向に関する研究
  8.放射線障害の防護に関する研究
  9.RIの利用による診断・治療の研究
  10.高エネルギー放射線による治療の研究
  11.緊急時対策に関する研究
  12.医用原子炉の設置に関する研究

のもとに区分した。すなわち、人体に対する放射線障害の本質を研究するにあたっては、人体における放射線障害そのものを究明する一方、放射線による細胞単位等における変化を捉え、さらにはこの研究に密接な関係を有する部門(線量効果関係、障害防護軽減、生活環境からの影響)および放射線の医学利用面の研究ならびに当面する問題を網羅したのである。

 この各目標を目指して、各部がそれぞれ分担、協力する体制を整え、重点的かつ能率的に実施するため、目標ごとの研究会などを頻繁に開催し、内外知見の交流を促進し、一方、適宜研究状況を把握し適切なる措置をはかる方針である。

 本年からは新たに内部照射関係、中性子関係、アルファ線関係の研究、またヒューマンカウンター、ベータトロン、わが国はじめての医療用リニアアクセレレータ(6MeV)利用による研究をすることになった。 これらの研究予算として機器に98,130千円、消耗品費25,405千円、共同実験室機器に20,031千円が計上されている。

 以下研究課題を示せば次のごとくである。

昭和37年研究題目

1.放射線障害の臨床的疫学的研究

 1)原爆被曝者、ビキニ被災者の臨床的研究

(臨1)(継続)

 2)放射線障害における血球の形態および代謝の研究

(臨2)(継続)

 3)放射線従事者、Radium dial Painterの臨床的検索

(臨1)(新規)

 4)大量照射の中枢神経組織に及ぼす障害に関する研究

(病1)(新規)

 5)急性放射線障害の診断および治療法の研究、特に臓器移植の基礎的研究

(臨2)(継続)

2.放射線による機能障害に関する研究

 1)消化管におよぼす放射線の影響とセロトニンとの関連に関する研究

(障3)(継続)

 2)胎児および幼若動物の神経系に及ぼす放射線の影響に関する研究

(障3)(継続)

 3)放射線感受性と生理学的性質の差異に関する研究

(障2.3)(新規)

 4)脊椎動物の脳下垂体作用におよぼす放射線の影響の基礎的研究

(生1)(新規)

 5)副腎皮質における Corticoidogenesisに対する放射線の影響に関する研究

(生理)(継続)

 6)放射線障害発現に関する脂質過酸化物の役割についての研究

(障1)(新規)

 7)放射線影響下の内分泌腺の生化学的研究

(薬学2)(新規)

3.放射線による晩発効果に関する研究

 1)放射線による白血病誘発機構の細胞学的研究

(臨1)(継続)

 2)内部放射線の被曝による晩発性影響に関する実験的研究

(障4)(新規)

 3)放射線による卵巣の腫瘍化に関する研究

(生理、病1)(継続)

4.放射線による突然変異に関する研究

 1)放射線誘発突然変異発生におよぼす栄養等各種要因の研究

(遺1)(継続)

 2)放射線誘発致死突然変異の研究

(遺1)(継続)

 3)Radiomimetic substanceによる突然変異発生機構の研究および放射線誘発突然変異との特性比較

(遺1.2)(継続)

 4)集団に対する放射線の遺伝的作用についての理論的および実験的研究

(遺2)(継続)

5.細胞に対する放射線の影響の基礎的研究

 1)放射線による発生分化異常および細胞に対する放射線障害の代謝面からの研究

(生2)(継続)

 2)放射線による染色体異常、致死の発生機構および放射線耐性の研究

(遺1)(継続一部新規)

 3)形質発現機構の放射線による抑制について

(化1.2)(継続)

 4)抗体産生機構に対する放射線の影響について

(化2)(継続)

 5)DNAに対する放射線の化学作用に関する研究

(化2)(継続)

 6)コロイド系の界面化学的性質に対する放射線の作用

(化1)(継続)

 7)細胞の生理的機能に対する放射線の作用

(生2)(継続)

 8)ラジカルと生物学的効果との関係の研究

(生2)(継続)

 9)照射による正常および腫瘍組織の物質代謝攪乱の病理学的研究一組織培養的方法

(病2)(新規)

6.線量評価に関する研究

 1)ヒューマンカウンターによる体内放射能の定量測定法の研究

(物1)(継続)

 2)微量放射性物質に関するエネルギー分析法の研究

(物1)(新規)

 3)中性子線の生体内エネルギースペクトル分布の測定法の研究

(物1.2.3.医用原子炉研究室)(継続)

 4)高エネルギーX線照射に伴う2次電子の分布ならびに電子の阻止能に関する研究

(物2)(継続)

 5)高エネルギーX、β線および中性子線の吸収線量に関する基礎的研究

(物2)(継続)

 6)人体臓器の被曝有意線量に関する研究

(物3)(継続)

 7)広島および長崎の原爆による被曝線量の推定

(物3)(新規)

 8)混合被曝による放射線の身体的影響の評価に関する調査研究

(障2)(新規)

7.環境および人体における放射性核種の動向に関する研究

 1)気相および液相における14C、3Hの測定研究

(環1)(継続)

 2)14Cの生物学的影響に関する研究

(環1)(継続)

 3)放射性粉塵の発生に関する研究

(環2)(継続)

 4)大気中の放射能測定に関する研究

(環2)(継続)

 5)放射性降下物、原子力施設放出物(緊急時廃棄物等)などの食物連鎖における動向に関する研究

(環3)(継続)

 6)幼若者における放射性核種(特にSr、Csなど)代謝の特質に関する研究

(環3)(継続)

 7)人体臓器中の成分元素の分析に関する研究

(化3)(継続)

 8)放射性核種の分析法に関する研究

(化3)(継続)

 9)Fallout中の137Cs、90Srその他の放射性核種の消長に関する研究

(化3)(継続)

 10)人骨中のα−放射体の測定に関する研究

(環1.2.3.4)(継続)

8.放射線障害の防護に関する研究

 a)物理的防護

 1)低エネルギーX(γ)線のエネルギースペクトル分布の測定法の研究

(物1.3)(継続)

 2)高エネルギーX、β線および中性子線の遮蔽方式の基礎的研究

(物3)(継続)

 b)化学的防護

 1)放射線障害予防剤の細胞学的薬理研究

(薬1)(新規)

 2)放射線障害予防に役立つ含窒、含硫多環化合物の研究

(薬1)(継続)

9.RIの利用による診断・治療の研究

 1)RIによる血液、甲状腺、循環器、肝腎臓疾患等の診断に関する研究

(臨3)(継続)

 2)甲状腺ホルモンの放射線感受性増強機構について

(臨3)(新規)

 3)循環系、特に脂質代謝と動脈硬化との関係

(臨3)(新規)

 4)ヒューマンカウンター、プロフィルスキャナー等の臨床的利用に関する研究

(臨3)(継続)

 5)放射線急性障害時の循環変動とその形態学

(病1.2.)(継続)

 6)悪性腫瘍および放射線治療患者の蛋白代謝について

(臨3)(新規)

10.高エネルギー放射線による治療の研究

 1)悪性腫瘍の放射線と外科的方法との併用療法の研究

(臨4)(新規)

 2)各種放射線による体内線量分布に関する研究

(臨4、物2)(新規)

11.緊急時対策に関する研究

 1)放射性核種の土壌、河川泥土、海洋沈積物中における動向に関する研究

(環4)(新規)

 2)地表に蓄積したγ線放射体の迅速測定法ならびに外部被曝線量算出に関する研究

(環4)(新規)

 3)核分裂生成物中の131I、106Ruなどの迅速分離

(化3)(継続)

 4)骨髄保存に関する研究

(臨1)(新規)

 5)放射線障害治療薬に関する基礎研究

(薬2)(継続)

 6)生体内放射性物質除去および沈着防止に有効なる薬剤の研究

(薬1)(継続)

12.医用原子炉の設置に関する調査研究

 1)医用原子炉に関する調査研究

(医用原子炉研究室)(新規)

II 養成訓練

 本年度は放射線防護課程2回と放射線利用医学短期課程2回計4課程を実施するために8,402千円の予算が計上された。放射線防護課程は、前年度と同様研修期間8週間、人員30名とし、放射線利用医学短期課程も同様6週間、人員16名とする。

 実施期間については次のとおりとする。

放射線防護課程
  昭和37年   5月7日〜6月30日   (第6回)
  昭和38年   1月下旬〜3月中旬   (第7回)

放射線利用医学短期課程
  昭和37年   9月上旬〜10月中旬   (第2回)
   〃
  11月上旬〜12月中旬   (第3回)

 なお、放射線利用医学短期課程のために、IAEAの交流計画(Exchange Program)によって外国人講師1名の来日が予定されている。

III 放射能調査

 原水爆実験の再開以来、放射能調査の重要性がますます認識され、昭和37年度は技術部放射能検査課の専任職員が増員され放射能調査費も23,481千円が計上され、次の項目について調査を行なうとともに、全国的な技術センターとしての体制の整備を推進する。

1)飲料水中のSr、Cs等の分析

 放射能調査について委託を受ける24都道府県衛生研究所から送付される試料約300について90Sr、137Cs等の分析調査を行なう。

2)人骨中の90Sr等の分析

 地方衛生研究所から送られる試料および放医研で採取した試料約200件について、90Sr等の分析調査を行なう。

3)人尿中の137Csの分析

 北海道、石川、大阪、福岡の各県衛生研究所から年2回延200試料の送付を受け、137Csの分析調査を行なう。

4)生活環境中の14C、3Hの調査

 放医研において採取する(気体および液体)約60試料について14C、3Hを分析調査する。

5)食品中の131I等の分析

 必要に応じ、牛乳中の131I等の機器分析ならびに化学分析を行なう。

6)人体内の放射性核種の測定

 ヒューマンカウンターによって、体内の137Cs、106Ru、40K、226Ra等の核種を測定調査する。

7)食品中の90Sr、187Csの分析

 24都道府県衛生研究所から送られる野菜、牛乳および肉、果物について、分析化学研究所に分析を委託し、90Sr、137Csの調査を行なう。

8)原子力施設の検査試料の分析

 原子力施設、アイソトープ使用施設等の検査試料(廃水など)につき、放射性核種(90Sr、181I、Uなど)の分析を行なう。

IV 技術部

 本年度は次の業務に重点をおく。

(1)実験動植物の十分な管理を期するため、現在の実験動植物棟488m2および37年度に建設する792m2計1,280m2の整備を目標とし、必要な人員の充足、業務の拡充を行ない、あわせて管理技術の向上を図る。

(2)ヒューマンカウンターの運用については、特に多くの利用が考えられるので十分な活動が確保されるように配慮する。

またバンデグラフ、ベータトロン、リニアアクセレレータ等、高エネルギー放射線発生装置の十分な整備をはかる。

(3)放射線安全管理については、昭和36年度に作成した放射線障害予防規定の実施を確保するとともに、当研究所における放射線施設の規模、特に適合する管理技術の改善を図る。

V 病院部

 病院部は、当研究所の研究目的にそって、

1.放射線障害者の診断治療

2.RIをトレーサーとして利用する疾病の診断や臓器の機能検査、ラジオアイソトープ投与による治療

3.放射線、特に高エネルギー放射線によるガンの治療に適合する患者を診療する。

診療する患者は原則として入院させ、1日平均85名外来患者は新患および退院後の経過観察者を主とし、1日平均約30名を予定する。

 新たに、頭頸部腫瘍の治療に利用する気送式近距離60Co(50キュリー)による照射を4月から、リニアアクセレレータ(6MeV)およびベータトロン(31MeV)による照射を8月から開始する予定である。

VI 東海支所

 東海支所は昨年12月、内部設備等の整備を完了し、本格的な業務を開始するにいたった。本年度は研究員を常駐、ないしは常時派遣し、

1.放射線による発生分化異常および細胞に対する放射線障害の代謝面からの研究(継続)

2.広島および長崎の原爆による被曝線量の推定(新規)

3.人体臓器中の成分元素の分析に関する研究(継続)

の各課題について、原子炉等原研施設を利用する研究を行なうものである。

 以上の業務を実施するに際して東海支所の管理運営のための経費として、6,931千円(内、試験研究費5,650千円)を計上する。

 なお、かねてから要望のあった所外研究機関の施設利用についてもその便を提供する。

VII 建設

 本年度施設費のうち建物としては、動物舎および宿舎の増設、雑工事としてはバンデグラフ棟のエアコン設備等がある。

 なお、36年度建設計画のうち、アルファ線棟、リニアアクセレレータ棟は設計等に不測の日時を要したので予算を繰越し、本年度内に竣工の予定である。

(別表参照)

昭和37年度放射線医学総合研究所営繕実施計画