原子力委員会

原子力損害民事責任に関する政府間会議および
原子力船運航者の責任に関するブラッセル会議の報告

原子力損害民事責任に関する政府間会議

一 原子力損害民事責任に関する政府間会議(条約起草委員会)は、昭和36年5月3日午前10時から5月13日正午まで、ウィーンの IAEA 理事会室において行なわれた。

 会議は、アルゼンチン、カナダ、チェコスロバキア、フィンランド、フランス、西ドイツ、インド、日本、ソ連、アラブ連合、イギリスおよびアメリカの12ヵ国の代表30名をもって構成され、フィンランドの代表 Dr.Tauno Suontausta が議長をつとめた。そのほか、オーストリア、イタリア、スエーデンの3ヵ国および OEEC 等の4国際機関の代表がオブザーバーとして出席した。また、4日目の5月8日からは、以上の本会議と並行して、アメリカ、フランス、インド、アラブ連合、イギリス、ソ連の6ヵ国をもって構成する Drafting Committee が組織された。

 出席者は過去3回にわたるパネルの構成員であった者が多く、その関係もあって、会議は全体として、政府間会議というよりはむしろ専門家会議のような型式で運営された。しかし、内容的には、従来のパネルの結果に基づくIAEA原案は、昨年調印されたパリ条約(OEEC原子力責任条約)および前月ブラッセルで審議された原子力船責任条約案等の関係もあって、かなり修正された。

 各国代表については、アメリカおよびイギリスを除いては、なお国内的な検討不足の面が多く、そのため、多くの重要な点においてかなりの留保が行なわれた。

二 討議の結果は、一応、15条の条約案にまとめられたが、さらにこれに対しても若干の修正が加えられることとなった。前文および最終条項は、今回はとりあげられなかった。内容のうち主な問題点は次のとおりである。

1.従業員損害について
 従業員損害は、パリ条約およびブラッセル条約におけると同じように、一応、原子力損害に含められることとなった(第1条第10項)。当方は、従業員損害を含めるかどうかは国内法の定めるところによることとする IAEA 原案を主張し、留保を行なった。なお、事務局の説明によれば、一応原子力損害に含めつつ、給付は他の制度によることとして、賠償措置から行なわないことは可能であるとのことである。

2.核危険物質の輸送責任について
 発送人および受取人間の責任移転の時点は、両当事者間の契約によるものとし、契約がない場合は、核危険物質の take in cbarge があった時とされた(第2条第1項)。しかし take in chargeの意味については、なお、明確な結論が出なかった。当方は輸送責任の所在を客観的に定めるべきであると主張した。なお、当方として、国内輸送については、責任移転時点を国内法で定めうる加盟国の権利を確認した。

3.責任の最高限度額について
 金額については多くの国が態度を留保したが、結局1事故当り500百万ドル(18億円)、1施設1年当り1,500百万ドルとする案と、限度額を空白にしておく案との両案が、今回の一応の結論となる模様である。当方も、最低を1億円とする複数段階方式を主張し、態度を留保した。

4.核危険物質の国内通過について
 他の締約国の核危険物質が、輸送の過程において自国内を通過する際は、その核危険物質に係る責任限度額を、自国の限度額まで引き上げることを要求することができる旨の規定が追加された。

(第4条第2項)

5.求償権について
 IAEA 原案の(A)案、(B)案のそれぞれについて強力な主張が行なわれて、結局、原案の形のままに止まった。当方は(A)案をとりつつ関係者以外の一般の第三者については、幅を拡げる修正案を出した。

三 今後の取扱いとしては、この会議での結果は、次の6月の理事会に提出される予定であるが、今回の結論のとりまとめが完全に行なわれないままに終了したので、直ちに理事会において実際に討議されることとなるかどうかは、必ずしも予断を許さない。

 また、その後の計画については、直ちに総会に提案するか、あるいは再び検討を行なうかどうか、また、それらの時期についても、結論を得ていない。

原子力船運航者の責任に関するブラッセル会議

1.1961年海事法外交会議は、54ヵ国の参加のもとに、1961年4月17日午前10時から4月29日午後6時まで、ブラッセルのエグモン宮殿において行なわれ、ベルギー代表アルバート・リラーが議長をつとめた。このうち、原子力船運航者の責任に関する条約案は、18日午後から、委員会において審議がなされ、28日午後および29日の総会において委員会作成案の検討が行なわれた。

2.各国代表のうちでは、アメリカが条約の成立に最も積極的であり、西欧諸国はおおむねこれに同調した。イギリスおよびスカンジナビヤ諸国は在来海運業の利益を強く主張した。また、審議の基礎となる原案は、国際海法令会案(リエカ案)およびIAEA案の二つがあったが、従来の国際海法令と海事法外交会議との関係からリエカ案が主として討議され、かつ、リエカ案の線の支持が多かった。

3.審議は約2週間にわたって行なわれたが、結局、この会議において署名のために開放される条約案を採択することは困難であり、かつ、時期尚早であるとする結論が出され、一応の条約草案の確認に止まった。さらにその中でも、裁判管轄および最終条項については討議することも困難であるとして、問題を白紙の状態で残した。そこで、できるだけ早い機会において次の外交会議を開催すべきことが確認され、また、その準備として、少数国で Standing Committee を設置すべきことが採択され、わが国を含む13ヵ国がその構成国として指名された。今後の実質的作業はこの委員会が行なうものと考えられ、最初の作業は本年秋頃と予想される。

4.以上のように、この会議では、原子力船運航者の責任問題についての最終的結論は出されなかったのであるが、一応多数をもって確認された内容のうち、主なものは次のとおりである。

(1)軍艦にもこの条約を適用する(第1条第1項)。
(2)原子力船の積荷に対しても、この条約を適用する(第1条第8項)。
(3)求償権の範囲は、故意および特約のある場合に限る(第2条第5項)。
(4)運航者の責任は1億ドルを限度とする。ただし、許可を受けていない原子力船についてはこの限りではない(第3条第1項、第15条)。
(5)損害賠償措置は許可国が定めるものとし、許可国は賠償措置額をこえ責任限度額までの部分について補償を行なう。許可を受けていない原子力船については、船籍国が補償の義務を負う(第15条)。
(6)時効は10年および3年とする(第5条)。
(7)裁判管轄権は単一国に集中するようにする。