放射線障害防止法の改正について

1.序

 「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」は、昭和32年6月10日に公布され、翌33年4月1日から全面的に施行されている。この法律によって放射性同位元素、放射性同位元素装備機器若しくは放射線発生装置を使用する者、又は放射性同位元素を業として販売する者は許可を受けなければならないこととなっており、この使用者又は販売業者に対しては、使用施設、詰替施設、貯蔵施設又は廃案施設を技術上の基準に適合するよう維持すること、使用、詰替、保管、運搬又は廃棄は技術上の基準に従って行なうこと、被ばく状況等を測定して記録を保存すること、放射線障害予防規定を作成すること、施設立入者に教育訓練を施すこと、放射線障害者に保健上の措置を講ずること、使用、販売その他の事項を記帳し、帳簿を保存すること、放射線取扱主任者を選任すること等の義務が課せられており、また放射性同位元素の譲渡、譲受及び所持も制限されている。

 放射性同位元素は、昭和25年に戦後初めて輸入されて以来、その利用は年々急速に進展し、各種の試験研究機関、病院、工場、事業所等において使用され、トレーサー(追跡子)としての応用、放射線による計測、照射反応等に利用されている。これらの利用の促進に伴って、この法律による規制の対象となっている放射性同位元素等の使用事業所は全国で722件(別に許可後すでに使用を廃止したもの5件)、放射性同位元素の販売は同じく57件に達している。

 しかしながら、この法律はわが国における放射性同位元素の利用がその緒についた当初に制定されたものであり、現在においては、法律制定当時に予想された事態とも若干の相違が生じてきているので、法の不備な点を是正し、また法の規制の方法をより合理的な姿に修正することが要望されてきた。このような情勢に対処するために、今回法施行後の経験に照らして改正を行なうこととなり、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律の一部を改正する法律案」がさる2月24日に34国会に提案され、4月20日に成立し、5月2日法律第78号として公布された。

次に、この改正法の内容の概略と改正の理由を簡単に述べることとする。

2.放射性同位元素と放射性同位元素装備機器との規制の一本化

 改正前の法律では、放射性同位元素と放射性同位元素装備機器とを区別して規制している。「放射性同位元素」とは、0.1ないし10マイクロキュリーをこえる放射線を放出する同位元素(核燃料物質及び核原料物質を除く。)をいい、「放射性同位元素装備機器」とは、1ミリキュリーをこえる放射性同位元素を装備している機器(放射線照射装置、厚み計、液面計等)をいう。これによって、機器に装備されている放射性同位元素は、放射性同位元素装備機器としての規制を受けるが、放射性同位元素としての規制は受けないこととなっている。

 しかしながら、放射性同位元素装備機器の定義は必ずしも明確でなく、実務上この両者を区別することにしばしば困難を感じており、機器に装備してしまえば放射性同位元素でないという概念構成の仕方も社会通念としてはなじみがたく、合理的でない。

 他方、規制内容の面からみれば、放射性同位元素に対しては、使用、販売、所持など使用面および流通面にわたって厳重な規制を行なっているが、放射性同位元素については、使用は許可制のもとに規制しているにもかかわらず、販売業、保管、運搬、譲渡、譲受、所持等はなんらの規制もない。放射性同位元素装備機器は、一般の放射性同位元素よりは安全度は高いといえるが、取扱いのいかんによってはきわめて危険な場合もあり、流通面が全く自由であることは、その規制の仕方がきわめて不徹底であるという感をまぬがれない。

 改正法では、このような矛盾ないし規制の不徹底を是正するため、放射性同位元素装備機器の定義を刺除し、かつ機器に装備されているものおも放射性同位元素の定義に包含し、両者を放射性同位元素という一本の形で同様の規制を行なうこととしている。

 したがって、改正後は、機器に装備されている放射性同位元素についても、譲渡、譲受および所持は制限され、保管、運搬等は技術基準に従うことを要し、これを業として販売する場合には許可を受けて販売業者としての規制を受けなければならないこととなる。また1ミリキュリー以下の放射性同位元素で機器に装備されているものについては、使用についても新たに規制を受けることとなる。

 なお、経過措経として、改正法施行の際に、新たに規制を受けることとなる放射性同位元素を所持し、これを使用または業として販売しようとする者は、1月以内に所要の許可の申請(改正法で届出制となるものは届出)をしなければならない。

3.使用についての届出制の採用

 改正前の法律では、使用は許可制一本となっているが、100ミリキュリー以下の放射性同位元素装備機器の使用については、使用施設としては、さく、なわ張り等を設置することのみを要求しているにすぎない。実際上、密封された放射性同位元素を使用する場合には、通常では汚染による障害の危険がなく、また少量のものであれば、外部照射による障害の発生するおそれも少ない。したがって、こうしたものの使用については、許可制のもとに厳重な規制を受けしめる必要性も低いものと思われる。

 かかる点を考慮して、改正法では、密封された放射性同位元素で一定数量(事業所ごとの総量が100ミリキュリーとする予定)以下のものを使用する場合には、新たに事前届出で足りることとし、手続面の簡素化をはかっている。

 「密封された」とは、放射性同位元素を金属、プラスチック等で被覆し、カプセル状にして溶接してある等簡単な操作では開封できない状態となっており、その放射性同位元素が滲透、漏洩等により散逸して汚染するおそれがないものをいう。

 この届出使用者については、使用施設および廃棄施設を設置することを要しないが、使用、詰替等の基準、放射線障害予防規定の作成、放射線取扱主任者の選任、譲渡、譲受および所持の制限等のその他の規制については許可使用の場合に準じている。

4.廃棄業者に対する新たな規制

 改正前の法律では、使用者または販売業者が行なう廃棄については、廃棄施設の基準、廃棄の基準等で規制しているが、廃棄を業として行なう者を対象とした規定はない。改正前の法律制定当時においては、かかる廃棄業者を予想していなかったのであるが、放射性同位元素の利用が増大するにつれて、放射性廃棄物も増加し、かかる廃棄物のうち各事業所ごとに使用者等が廃棄を行なうことが技術的、経済的にみて困難なものについては、諸外国の事例にならって、これを一括して処理することが要望されてきた。

 このため、各使用者の便宜をはかり、かつ公共における放射線障害の防止に貢献することを目的として、日本放射性同位元素協会が放射性廃棄物の一括処理機関としての業務にあたることとなり、当初においては放射性廃棄物回収、保管のみを行なうこととして、昭和35年度からその業務を開始する運びとなった。

 かかる規状にかんがみて、法の不備を是正し、放射線障害の防止に万全を期するため、改正法では、放射性同位元素または放射性同位元素によって汚染された物を業として廃棄しようとする者は、許可を受けなければならないこととし、この廃棄業者に対しては、使用者および販売業者に対する場合とほぼ同様の規制を行なうこととしている。すなわち、廃棄物詰替施設、廃棄物貯蔵施設および廃棄施設は技術上の基準に適合させること、詰替、保管、運搬および廃棄は技術上の基準に従って行なうこと、放射線障害予防規定を作成すること、放射線取扱主任者を選任すること等の規制を行なうこととしている。

 ここでいう「廃棄」とは、海洋投棄、土中埋没等の単なる廃棄のみでなく、廃棄のための処理(焼却、濃縮、粉砕、圧縮、コンクリート固型化等)、廃棄のための永久保管および廃棄のための回収を含む概念であり、これらの行為の一部を業として行なう者であっても廃棄業者としての許可を受けなければならない。

5.放射線取扱主任者制度の改正

 放射線取扱主任者制度について改正を加えている点は、おおむね次の3点である。

 第1には、放射線取扱主任者免状を第1種および第2種に区分し、比較的安全と考えられる特定の放射性同位元素(1事業所で使用する総量が10キュリー以下の密封された放射性同位元素とする予定)を使用する場合には、第2種放射線取扱主任者免状を有する者のうちから放射線取扱主任者を選任できることとしたことである。

 改正前の法律では、放射線取扱主任者の資格として放射線の管理に関し、各部門にわたる高度の知識を要求しているが、たとえば厚み計、液面計等の密封された放射性同位元素を使用する場合には、外部放射線による被ばくについて管理を行なえばよいわけであり、万一事故のときに汚染することがあっても、少量のものを使用している場合には応急の措置がとれればよいので、生物、化学、物理等についての高度の知識は必要としない。かかる点を考慮して、上述のように免状を2種に区分し、第2種のものについては、生物、化学および物理については、放射線に関する一般的知識を要求する程度にとどめ、放射線取扱主任者の選任に幅をもたせ、放射性同位元素の利用の促進に資することとしたわけである。

 なお、経過規定では、改正前の法律による免状は第1種免状とみなしている(資格認定による免状も同じ)

 第2には、資格認定による免状交付制度を廃止したことである。改正前の法律では、国家試験合格者にのみ免状を交付したのでは、当初における法の施行が円滑に行なけれがたいことを憂慮して、学識経験が豊かな人々に対しては、試験を受けるまでもなく、認定によって免状を交付できることとした。しかし、現在では、認定した者も202名に達し、他方国家試験合格者も664名に達しており、当初の目的は達成されたものと認められるので、この際、認定制度を廃止し、今後は国家試験制度1本にしたものである。

 第3には、歯科医師に放射線取扱主件者になりうる資格を付与したことである。改正前の法律では、放射性同位元素等を診療のために用いるときは医師を、医薬品、医療用具または化粧品の製造所において使用するときは薬剤師を放射線取扱主件者として選件することができることとなっており、他方、現在では放射性同位元素等を歯科診療のために用いることも発達し、歯科医師に対するかかる面の教育も徹底してきている。かかる点を考慮して、医師と同程度の知識を有し並列的地位にある歯科医師についても、この際、放射性同位元素等を歯科診療のために用いるときには、放射線取扱主件者として選件できることとした。

6.その他の改正点

 前述のほか、一定数量(10キュリーとする予定)以下の放射性同位元素を非破壊検査等の特定の目的のため一時的に使用する場合には、使用の場所の変更を事前届出で足りることとしたこと、災害時には放射線障害についての危険がある場合には、使用者等は科学技術庁長官に届け出なければならたいこととしたこと、海上における事故時または危険時には海上保安官に届出または通報をしなければならないこととしたこと等についても若干の改正を加えた。