日立原子炉設置に関する委員会の答申

 

35原委第41号
昭和35年4月27日

 内閣総理大臣 岸 信介 殿

原子力委員会委員長
    中曽根 康弘

株式会社日立製作所の原子炉の設置について(答申)

 昭和35年3月25日付35原第711号をもって諮問のあった株式会社日立製作所の原子炉の設置について審議した結果、下記のとおり答申する。


 株式会社日立製作所が研究用および教育訓練用の目的をもって、神奈川県川崎市王禅寺字大門に設置する濃縮ウラン、軽水減速冷却、不均質型(付属プール付タンク型)熱出力100kWの原子炉1基の設置許可申請は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第24条第1項各号に規定する許可の基準に適合しているものと認める。

 なお、各号の基準の適用に関する意見は、次のとおりである。
○核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第24条第1項各号の許可基準の適用に関する意見

 (平和利用
1.この原子炉は、株式会社日立製作所が研究用および教育訓練用の目的をもって使用するものであって、平和の目的以外に利用されるおそれがないものと認める。

 (計画的開発利用
2.株式会社日立製作所が、この原子炉を設置し、同社の中央研究所原子炉分室を中心に研究用および教育訓練用に利用することについては、(1)その使用目的が適切であって、原子炉の型式、性能もその使用目的に合致している。(2)必要とする燃料は、少量でその入手に支障がない。(3)原子炉利用に関する技術陣容および運転資金も十分で、その利用効果は確保しうる。(4)なお、この原子炉の試作研究については、昭和33年、昭和34年の両年度にわたり科学技術庁から原子力平和利用研究費補助金の交付を受けている。したがって、この原子炉の設置、運転は、わが国の原子力開発および利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないものと認める。

 (経理的基礎
3.原子炉の設置に要する資金は、関係付帯経費を含め、総額約3億円であり、その調達にあたっては、そのうち土地、建物、付属設備費1億8千万円は、株式会社東京原子力産業研究所の協力にまつことになっており、残額の1億2千万円については、株式会社日立製作所の昭和34年度設備資金152億円のうちに原子炉施設費(原子力平和利用研究費補助金的2,100万円を含め1億2千万円)として計上されており、同社の資金調達計画の内容等からみて、その調達は可能と考えられるので、原子炉を設置するに必要な経理的基礎があるものと認める。

 (技術的能力
4.この原子炉の設置計画は、株式会社日立製作所の日立工場原子力開発部が中心となり、同社中央研究所の協力のもとに進められているが、同社は、わが国における原子力研究開始以来、日本原子力研究所の原子炉施設の設計、製作を分担する等、原子炉等の設計、製作に関し、研究と経験を重ねており、またこの設置計画の実施にあたっては、株式会社東京原子力産業研究所の協力を得て、その設計、製作に万全を期しているので、この原子炉を設置するために必要な技術的能力があると認める。

 また、原子炉の運転管理は、同社の中央研究所原子炉分室が担当し、中堅技術者10数名をもって構成している。これら構成員中、外国において原子炉の運転訓練を受けた者2名、原子炉主任技術者筆記試験合格者4名、放射線取扱主任者1名がおり、それぞれ運転管理、放射線管理、実験研究指導の各部門に適切に配置されているので、原子炉の運転管理を適確に遂行するに足りる技術的能力があると認める。

災害防止
5.原子炉施設の位置、構造および設備については、別添の原子炉安全審査専門部会のこの原子炉の安全性に関する審査結果のとおり、核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物または原子炉による災害の防止上支障がないものと認める。

損害賠償措置
6.この原子炉に関する損害賠償措置としては、原子力保険事業の免許を受けた損害保険会社と普通保険約款および風水害拡張担保特約による保険契約を締結することとなっており、その保険金額は1億円、保険契約の締結期間は、原子炉施設に核燃料物質を搬入する時からすべての核燃料物質を搬出する時までとされているので、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令第5条の3の基準に適合するものと認める。

(別添)

昭和35年4月19日

原子力委員会委員長
  中曽根 康弘 殿

原子炉安全審査専門部会部会長
矢木  栄

株式会社日立製作所原子炉の安全性について

 当部会は、昭和35年3月28日付をもって審査の結果の報告を求められた標記の件について、別記の審査経過により結論を得たので報告します。

I 審査結果

 株式会社日立製作所が、研究用および教育訓練用の目的をもって、神奈川県川崎市王禅寺字大門に設置する濃縮ウラン、軽水減速冷却、不均質型(付属プール付タンク型)熱出力100kWの原子炉1基について原子炉設置許可申請書に基づいて審査した結果、この原子炉の安全性は十分確保しうると認める。

II 審査内容

1.原子炉の特性
 スイミングプール型原子炉は、比較的大きな負の温度効果をもつうえ、出力が増加して水の沸騰が起こると出力の異常上昇を抑えるので、本質的に固有の安全性をもっている。特に本原子炉の燃料は酸化ウランを用いているから、その温度上昇をかなりの程度まで許すことができ、また、その温度効果による負の反応度が大きくなって固有の安全性に寄与するという利点をもっている。

 この原子炉は、熱出力定格100kWで強制循環冷却方式を採用し、定常運転時、燃料付近のプール水温度は約40℃である。この温度上昇や、キセノン、サマリウムあるいは実験用の反応度を見込み、この原子炉の全超過反応度は、約1.25%を予定しているが、制御棒は制御できる反応度として約4%の安全・シム棒および同じく約0.9%の調整棒を備え、十分の停止余裕をもっている。

 さて、この原子炉では0.5%以上の超過反応度が挿入されないよう計画されているが、臨界試験前後に全超過反応度が瞬時に原子炉に加えられるという苛酷な反応度事故を想定しても、解析の結果燃料被覆の溶融を起こさないことが示されている。

 また、出力100kW程度のこの種原子炉では、自然循環で冷却する例が多く、ポンプの事故や停電などによって循環系に故障を生じても、原子炉を停止し、自然循環による冷却を行なうことによって崩壊熱を十分除去しうると認める。

2.原子炉の保護系
 この原子炉は、次のような保護系をもって安全性の確保を計っているが、この方針は、おおむね適切と思う。

 すなわち、フェイル・セイフな安全系統があり、緊急停止の条件としては、中性子束上昇、原子炉周期減少、プール水位低下、冷却材流量減少、原子炉室の放射線レベル上昇、地震等がある。このうち、中性子束上昇の検出は、「2 out of 3」方式により、動作の確実を期している。

 また、インターロックによってすべての制御棒が挿入されていなければ起動を行なうことができず、引き抜き時には途中で2度止まるようにしてあり、同時に2本以上を引き抜くことができない。したがって0.5%以上の超過反応度が急激に炉内に挿入されることはないようになっている。さらに安全上必要な設備に対しては、緊急電源も準備されている。

 また、冷却水の出口管はタンク内で炉心より高く上げてからポンプに入るようになっており、立上り管の最高所に小口径の弁がある。したがって水面が弁の位置まで低下すれば、立上り管のサイフォン作用が破壊されるので、これ以上の水位の低下により、炉心部が露出することはない。

3.燃料要素
 この原子炉の燃料要素は、U-235を10%に濃縮した酸化ウランを、直径8mm、高さ8mmのペレットとし、ヘリウムポンドを介してアルミニウム被覆管内に封入した棒4本を一つの集合体とした構造で、炉内に55組装入される。

 この燃料ペレットは、日本政府から借り受けた原料粉末を、日立製作所が混合、顆粒、加圧成型、焙焼および焼結の工程を経て研削加工し、厳重な検査を行なったのち、アルミニウム被覆管内に装入するものであり、この工程に関しては、すでに試作研究を行なっている。また、ペレットを被覆管に装入し、端栓を溶接する工程およびペレット装入後に適用される種々の検査法は、JRR-3燃料要素国産化の研究におけるものと同種で、試作経験をもっている。平常運転時における燃料中心温度は約110℃、燃料表面温度は約90℃、アルミニウム被覆管の表面温度は約60℃であり、燃焼率は低いから、熱的に燃料および被覆管が破損することはほとんど考えられない。また、被覆管は内部の温度上昇および分裂生成ガスの蓄積による圧力上昇に対しても十分の強度をもっている。燃料要素は長期にわたる使用が考えられているので、被覆管の腐食が問題となるが、被覆管の2Sアルミニウムは、この炉の定常状態では十分に耐食的である。比較的腐食しやすいと思われる炉心中央の温度の高い部分においても、腐食率は0.29mg/dm2/日という値であり、腐食が直線的に進行するとしても、被覆管の厚みは0.8mmであるから、長期にわたって密閉性を確保するものと考える。

 以上の点からみて、この燃料要素の設計については、安全上支障はないものと認める。

4.放射線障害対策

(1)放射線遮蔽
 平常時におけるγ線および中性子線に対する遮蔽は、炉心直上を除いては、プール水表面およびプール外壁近くに従業員が1週48時間いたとしても、その被ばく線量は年間5レムの3分の1をはるかに下まわるよう計画されており、現行法規および1958年ICRP勧告のいずれをも満足している。

 また、炉心直上における管理された作業に対しても、十分余裕があり、安全である。強制冷却系統の熱交換器その他を収容した補器室内は、原子炉運転中最高3レム/時の高線量率になるが、運転中は立入りが管理されており、また、室の壁を約1mのコンクリートにして、壁外面での線量率を0.2ミリレム/時に保っているから問題はないと考える。炉を停止すれば、補器室内の放射能は2分以内で立ち入り可能な程度に減衰するから、補器の維持手入れにも支障はない。以上のように、この原子炉の遮蔽設計は、十分安全であると認める。

(2)放射性廃棄物処理

i)気  体
 放射孔および気送管から放出されるAr-41は、量も少なく換気も十分であるから、全く問題にならないものと考える。他の気体廃棄物は半減期も短かく、安全上問題にならない。
ii)液  体
 放射性廃水は原子炉自体から出るものはきわめてわずかであるから、放射性同位元素の実験等を含め、問題になるものはないように管理することが可能である。強制冷却方式をとっている炉心プール水については、そのものの汚染濃度がきわめて低いうえに、その一部を十分能力のある浄化回路を通して浄化する計画になっているので、安全上問題はないものと考える。
iii)気体廃棄施設
 気体廃棄系統についての系統計画および諸施設の計画は、保安管理上よく準備されているものと考える。放出濃度は最大許容濃度の10分の1を十分下回っているので、問題はない。
iv)液体廃棄施設
 液体廃棄物の処理系統についての計画は保安管理上十分に配慮されている。放出排水は最大許容濃度の10分の1(Sr-90については100分の1)以下として、歌川に放出するように計画されている。

 この歌川にはすでに設置を許可された五島育英会原子炉からの排水も放出されることになっており、この川水は、付近の水田への濯漑に利用されるが、両原子炉からの排水を考えても、これらの水田から収穫される米を常食とする場合の人体に対する放射性物質の影響およびこの川水の地下水に対する影響は、問題にならないと認める。原子炉プールおよび各集液槽内の沈積汚染については、その全キュリー数からみて問題はないと考える。

 高濃度汚染水と固体廃棄物とは、全部厳重に保管して、これを中央処理機関に委託する計画になっているのは、妥当なものと考える。

(3)放射線管理
 放射線管理区域の設定および出入管理の計画は妥当なものと考える。室内および周辺に対するスミヤー・サンプリング等による日常の汚染監視は慎重に行なう必要がある。特に、周辺地区の事情からみて漏水汚染管理に重点を置き、その安全性を常に確認しておくことが望ましい。

5.立地条件

(1)一般環境
 この原子炉施設は東京の西南、溝ノロの西南西約8kmにあり、目下建設中の五島育英会教育用原子炉(水素化ジルコニウム減速、濃縮ウラン、固体均質型熱出力100kW)の東北約250mの地点にある。

 敷地は鶴見川上流の小支谷に囲まれた周辺からの高さ25m程度の丘陵を占めていて、原子炉棟および付属棟は丘陵の上部を削平して建設される。敷地の全面積は約2.8ヘクタールで、原子炉棟から敷地境界までの最短距離は50m以上に計画されているから、敷地としては十分の広さを持つものと考えられる。

 付近一帯の丘陵地は大部分山林で、丘陵にはさまれた狭隘な谷が耕地となっている。すなわち、敷地を中心とした半径500m以内の地域では山林がその大部分77%を占め、耕地その他は23%となっている。またこの範囲内の人口は現在12人に過ぎず、最も近い人家までの距離は用地から約250mである。

 用地付近には生産工場もきわめて少なく、最も近いものも2km以上離れている。ただ特別施設として北東3.1kmの丘陵上に東京都と川崎市の水道源である長沢浄水場があるが、原子炉用地との間は多数の支谷によって地質的に絶縁されているから、水道源に対する汚染水の懸念は全然なく、また緊急事故時の空気汚染に対しても問題はない。

 以上を要するに、この施設の一般環境にはこの原子炉の出力、特性等からみて安全上の障害となるものはない。

(2)地  盤
 この施設は前述のように丘陵頂部を削平整理して建設される予定であるが、この場合建物の基礎は第3紀層のシルト質泥岸層上に据えられるものとみられるので、地耐力の点で問題はない。また、盛土により造成される敷地は土留め擁壁等により保護されることとなっているから、これまた問題はない。

(3)地  震
 この原子炉の設置箇所である多摩地帯の地震危険度は全般的に見て低いものではない。しかし、この原子炉の設置される敷地地盤が非常に良好であるから、原子炉の型式、使用目的からみて、申請書に記載された設計震度(原子炉水平震度0.6、垂直震度0.3、建家水平震度0.3)は十分余裕のある値と考える。

(4)用水および水理
 敷地付近には上水道および工業用水道施設がないので、この原子炉およびこれを含む研究所で使用する上水ならびに空気調整冷却用水は、地下水を利用するよう計画され、地下水量が不十分な場合も予想して、冷却塔や十分な容量の貯水槽を設置して、冷却水、稀釈水等に不足を生じないよう考慮されている。

 敷地丘陵の周辺谷合部では、崖際からの浸透水または浅井戸を用いて一般用水あるいは飲料水としている。申請書においてはこれらの水が表土と第3紀層との間、あるいは第3紀層中の亀裂を浸透する水であることも予想して、廃液貯蔵槽等から漏水のおそれがないようその構造に十分注意している。

 敷地丘陵を挟む歌川とその小支流は主として灌漑用として使用されているが、その流量はきわめて少なく、常時敷地の東麓部でせきとめられ貯水されている。申請書においては、このような事情も考慮し、排水をできうるかぎり稀釈浄化して排出する計画となっている。

 以上を要するに、排水の問題に関しては、原子炉の安全上支障のない計画となっていると判断する。

(5)気  象
 この敷地周辺の気象条件には、原子炉設置上特に問題となることはない。

6.事故時の安全性

(1)考えうる事故の種類
 この原子炉の考えうる事故の種類を分類整理すれば次のとおりである。

i)反応度事故(起動時事故、制御棒引き抜き事故、燃料の誤挿入、実験孔の事故)
ii)冷却系事故(循環ポンプの故障、熱交換器の故障、排水管事故、プール破損)
iii)地震および火災

 以上の事故を順次検討した結果、前述の各項でも述べたように、この原子炉は固有の安全性が高く、十分な安全保護系が装備されているから、この程度の出力および最大超過反応度では、通常の事故に対しては燃料被覆の溶融が起こることはないと認める。しかし、最悪事故として、機械的破壊または運転上の過失によって冷却水が完全になくなり、燃料被覆が溶融する場合を想定して解析する。

(2)災害の評価
 冷却水が失なわれれば、原子炉は停止する。燃料の崩壊熱は、冷却水がなくとも、周囲の空気による自然冷却によって除去され被覆溶融に至らないと考えられるが、かりに空気による自然冷却を考えないとすれば、1ないし2時間後にはアルミニウム被覆が溶融することが考えられる。たとえ全燃料要素の被覆に溶融が起こるというきわめて苛酷な条件を想定しても、放出されるガス状分裂生成物の量は、ヨウ素-131で0.2キュリー程度であり、拡散を無視した厳しい条件のもとにおいても、原子炉から70mはなれた敷地境界での甲状腺被ばくは、英国医学研究会議勧告の緊急時線量を十分下まわる。なおこの場合外部被ばくは問題にならない。また、この場合付近の農作物に対する影響は問題にならないと考える。

 したがって実際には起こりえないと思われるこのような最悪事故においても、この原子炉の安全性は十分確保されると認める。

7.技術的能力

 この原子炉の設置計画は、株式会社日立製作所の日立工場原子力開発部が中心となり、同社中央研究所の協力のもとに推進されているが、同社は、わが国における原子力研究開始以来、各種原子炉の設計研究に参加するとともに、日本原子力研究所の原子炉施設の設計製作を分担する等、原子炉の設計、製作に関し、研究と経験を重ねてきたが、特に原子炉燃料の製作および原子炉計測装置については、昭和31年以降、科学技術庁からの補助金を受けて研究を続けてきている。

 また、この設置計画の実施にあたっては、東京原子力産業研究所の協力を得て、その設計製作に万全を期しているのでこの原子炉を設置するために必要な技術的能力があると認める。

 また、原子炉の運転管理は、同社の中央研究所原子炉分室が担当し、室長は同研究所副所長が兼ね、中堅技術者10数名をもって構成されている。これら構成員中、外国において原子炉の運転訓練を受けた者2名、原子炉主任技術者筆記試験合格者4名、放射線取扱主任者1名がおり、それぞれ運転管理、放射線管理、実験研究指導の各部門に適切に配置されているので、原子炉の運転管理を適格に遂行するに足りる技術的能力があると認める。