国連放射線影響科学委員会第7回会議について

 

 国連放射線影響科学委員会第7回会議は1月11日から22日にわたり開かれた。これには15ヵ国(アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、チェッコスロバキア、フランス、インド、日本、メキシコ、スウェーデン、ソ連、アラブ連合、イギリス、アメリカ)の代表が参加し、わが国からは、政府代表として塚本憲甫(放医研所長)および同代表代理として田島英三(立大教授)、檜山義夫(東大教授)、三宅泰雄(東教大教授)の諸氏が出席した。

 この国連科学委員会の任務は放射線が人体とその環境に与える影響を討論し評価することである。同委員会は1958年8月にこの問題についての最初の報告書を国連総会に提出した。これは一般にも公開されている。しかしこの方面の学問研究の歴史が浅いために、同報告書はなお数多くの解決すべき重要な問題を残していた。国連総会もこの点を認め、1958年報告書をさらに完全なものにし、学問研究の進歩とともに内容を常に新しいものとするよう、委員会に要請をしたので、委員会はそれにこたえて1962年に2回目の報告書を提出することを決めた。その具体的な作業に着手したのが、この第7回の委員会である。

 この委員会の中心議題の一つは原水爆実験による放射性fall−outによる影響の問題であって、これを解明するには次の3段階に分けて議論を進めることができる。

(1)原水爆の実験によって、対流圏または成層圏中に放出された放射性物質の物理的性質と地上に降下してくるまでの機構について、(2)地上に降下した放射性物質が、人間に放射線を与えるまでの問題、特に降下した放射性物質が人間の食物循環(food−chain)に入って人体内に入る過程について、(3)放射性物質から人体が放射線をうけた場合にいかなる影響があるかという問題

 第7回委員会でもこれらについて討論が行なわれた。

降下物の物理的、気象学的問題

 委員会の会期中に世界気象機構(WMO)が、委員会の要請にこたえて専門家による討論会を開いた。討論は何人かの招待講演者の発表を中心に進められた。

(1)対流圏こおける放射性塵埃の動き
 対流圏には赤道近くで上昇し、中緯度で下降する空気の流れがあり、このため赤道近くで行なわれた原水爆実験で対流圏に放出された放射性塵埃は、中緯度に多く降下することになる。

 赤道地方では上空3kmまでは南北両半球間の空気の混合は行なわれていないことがわかっている。それ以上の所についてはわかっていないが、あってもあまり重要ではないと思われる。

(2)成層圏における放射性塵埃の動き
 成層圏内では、対流圏に比較して垂直方向の動きは小さい。

 成層圏内の様子は夏と冬とでは異なっており、特に極地方で著るしい。すなわち、冬では極の成層圏の温度は非常に低いが、春になると急に上昇して夏型となる(夏には成層圏の温度が赤道地方より極のほうが高くなる)。この温度の急激な変化が成層圏の空気の上下の移動を促進し、放射性塵埃は圏界面(対流圏と成層圏の境)のギャップに達し、塵埃は対流圏に入る。このことがおそらく、降下量の観測で春に多くなるという季節変化の認められる原因だろうと考えられた。なお、これらの多くの知識は大気上層のオゾンの研究から得られている。

 以上のことから、成層圏に塵填が滞留する期間は、放射性塵埃の放出が赤道近くの場合とではかなり異なることが考えられ、測定の結果では赤道近くの場合には1〜2年、極近くの場合には約半年の滞留期間となっている。なお、1958年の報告では10±5年と考えていた。

 委員会では、これらの点についてはっきりした結論は出さなかった。これは1958年10月以来原水爆実験が行なわれていなかったので(最近サハラ砂漠で行なわれたが)、今後半年間あるいは1年間観測を続けるならば、もっと確かな結論に達することができると考えられたからである。

 なお、Dr.J.Sparが行なった185W の成層圏内での分布についての報告は興味のあるものであった。これは原爆の中にタングステンを加え、爆発の時に中性子との反応で185Wのできることを利用して、185Wを追跡子として利用したものである。報告では、爆発から1年後においても、まだかなりの濃度で存在し、しかも赤道上の圏界面の上面付近で最大の濃度が見い出されており、また南北両半球には非対称に分布している。

(3)90Srの存在量
 世界の各地で測定された1959年の土壌中の90Srの量をもとにして、地上に蓄積した畳の推定が行なわれ、その結果は1959年夏において3.7mcであり、また、90Srの蓄積量は降雨量にほぼ比例するという考えから、降雨量を考慮して行なわれた結果5.1mcとなり、1958年までの蓄積量に1959年に加わった量を加算すると3.8〜4.0mcとなっている。

 また一方、成層圏にある90Srの量はHASP Projectの測定では0.7mc、Ashcan Projectによれば1.1mcであり、対流圏には0.1〜0.3mcの90Srが存在している。したがって、1959年夏においては地上および大気圏に存在する量は4.5〜6.5mcと推定される。

(4)137Csと90Srの比
 地上で採取された試料の中に含まれる二つ以上の適当な核種の比を決定することは、fall−outの性質を推定するのに役だつ、たとえば、89Sr/90Srや140Ba/90Srの比はそのfall−outの年令の指標となる。

(5)粒子の大きさ
 粒子の大きさは人体障害の立場から重要で、Jungeが成層圏における粒子の大きさを測定したところ、その大部分は0.1μ以下であり、またMineapolis、Minesota、Sioux City、South Dakotaにおける測定では、上空15kmから28kmの間で塵埃の量がかえって高さとともに増大しているという結果を得ている。1958年7月の測定によると地上の空気に含まれている塵埃填の全β放射能のうちで、50%は1μより大きい粒子に、40%は0.1〜1μの粒子に、10%が0.1μ以下の粒子に付着していた。

食品の汚染問題

 この問題については、先に委員会が国際食糧農業機構(FAO)に調査研究を依頼していたが、今度の委員会で1959年12月にFAOがローマで開催した会議の報告書 Radioactive Materials in Food and Agriculture(FAO/59/12/9811)が提出され、これと事務局の作成した報告によって議事が進められた。二つの報告書は、ともに食品の汚染を取り扱っているが、特にFAOのものは放射性物質の食品系列中の動きについてや、これらの汚染を少なくする方法に触れており、事務局の報告書は人休に対する障害の推定ということを第1の目的としていた。

 Fall-out中の放射性物質で、人間の障害に最も重要なものは90Srと137Csである。これについては89Sr、131I、239Puなどが問題となる。(14Cについては別の議題で討議される予定となっている。)

 90SrはCaと化学的性質を同じくし、新陳代謝の過程においてもほぼ同じに行動するので、ストロンチウム単位が意味がある。(1μμの90Srが1gのCa中にあるとき1ストロンチウム単位という。)またこのことに関連して人間が摂取するCa源となる食品の種類や、その割合が重要となる。

 欧米各国の国民にとってはCaの摂取を主としてミルクによっているので、ミルクの90Srによる汚染が重要となる。ミルクの汚染は牧草の汚染につながるが、その牧草の汚染の経路について二つが考えられる。その一つは土壌に蓄積した90Srが根を通して汚染する経路と、他の一つは上から降下して90Srが直接に植物に付着する直接汚染の経路とである。ここで、根を通しての汚染経路が重要なら、土壌中の蓄積量が決定因子となるし、直接汚染が重要ならfall−outの降下率が決定因子となる。

 この点について、イギリスのS.Russellが直接汚染が重要であることを主張した。

 これに対して委員会は必ずしも全員一致した意見には達しなかった。なお、1958年の報告では、むしろ蓄積量が重要な役割をしているという見解に立っている。

 Fall-outの問題は最終的には、それらが人体内に入る量が問題となるのだから、各国国民の食事の(汚染の)調査が必要なことが強調された。イギリス、アメリカおよび日本の調査では、1日の食事に含まれる量はストロンチウム単位で、近似的にそれぞれ6(1957)、12(1958)および11〜15(1959)であった。

 人骨中の90Srの実測値はかなり集積されてきたが、それによると0〜4才までの小児の骨の90Sr量は大人のそれに比してかなり高く、また、その値が逐次増加していることも報告された。環境の汚染から将来の骨のなかの90Srの推定については触れなかった。137Csは90Srと異なって土壌中で植物に吸収されるより直接汚染が主であると考えられる。また、一度Csが植物中に取り入れられると、比較的植物の中を移動しうるということも90Srと異なっている。137CsはKとともに第1族に属するが、新陳代謝における両者の行動はまったく異なるものと考えられる。したがって、137Csの濃度を示すのにKの量に関連さして示すのは測定のための便宜上の理由によることが確認された。

 公衆衛生院の山県氏による人骨中の137Csの測定結果が発表され、委員会の注目をあびた。骨中の137Csが90Srに加えて骨髄に線量を与えるかどうかで議論された。137Csの生物学的半減期は短いが、大気中から降下し続けるものと仮定すれば、137Csを無視しえないことが指摘された。なお、1958年の報告では137Csは軟組織にだけ線量を与え、骨には線量の寄与はないものとしていた。

低線量とその効果

 今回は主として身体的影響に関して討論が行なわれた。

 しかし、ここでは低線量とは何かという議論から行なわれるという状況で、この方面の学問が、委員会の望むところから遠いところにあることがわかった。

 討論は事務局で作った報告をもとにして行なわれた。

 急性死と放射線量の関係が直線関係にある場合がしばしば観測されているが、この関係はそう簡単なものでなく、いくつかの要因が組み合わさって偶然的に直線関係が現われたのではないかとみるべき理由があることが指摘された。

 分裂作用の低下は吸収線量の最も鋭敏な指示の一つであって、この方面の研究は大いに進められるべきで、特に細胞以下の単位で、DNAばかりでなくRNA、たんばく合成に関する研究も行なわれなければならない。

 放射線により発生する白血病に関する資料は1958年の報告以後、目新しいものが得られてはいない。一方、日本の広島、長崎の原爆被災者に関する資料が集積されているのに、あまり広く知らされていない。委員会は広島のABCC の報告をうけていないのでアメリカ代表に依頼してアメリカのNational Academyに善処してもらうこととした。

 眼は放射線に対する反応の最も鋭敏な器官の一つであるが、これに関連して東北大学の本川弘一博士の低線量の放射線に対する眼の反応の研究が注目を浴びた。

資料を豊富にするための提案

 第14回国連絵会は1959年11月17日の総会において、カナダ、日本など11カ国による国連科学委員会に関する決議案を満場一致で採択した。委員会ではこの決議で科学委員会に対し要求された事項についても討議した。そのおもなところは、

(a)科学委員会が必要とする資料がどんどん集まるようにするようにはいかなる対策を講じたらよいか。1959年末現在約90編の報告書が事務局に提出されただけで、そのうちの約40編は12月中に到着したものである(おもなものはfall-out関係)。かように低調な原因の一つに委員会の知らせが十分伝達されてない点も指摘され、各国政府が適当な処置をとるよう要望された。

(b)試料の分析に関する国際協力について
 決議では、ある国が科学委員会の活動の線に沿って試料を採取するが、分析ができない場合に、その試料を引き受けて分析に協力しようとする国があれば、その旨を申し出てほしいと要望している。これは現在までの調査資料が、地理的にかたよっているということに関連している。特に欧米諸国と食習慣を異にする民族に関するものが欠けている。

 会議では欠けているデータが重要であることは十分認められたが、資料が科学的検討にたえるようにするためには、試料の採取に関連する問題が分析そのものと同様に重要なことが強調された。

 結局は、事務局がデータの必要上適当と思う国に連絡をとって次の種類のデータを得るように努めることになった。

(1)人骨中の90Srの濃度
(2)食物中の放射性物質の濃度(90Sr、137Csのほかに自然放射性物質の濃度も重要)

 この連絡の場合に分析援助の提供を申し出ている国のあることを十分知らせるようにする。

 なお、文書で分析の協力を申し出たのは、アルゼンチン、カナダ、イタリア、ソ連の各国で、わが国は口頭で協力の意のあることを申し述べた。

 核実験のしばらく停止されているときは、将来の影響を推定するための資料を得るのに非常によい時期であるので、1959年12月までの90Srおよび137Csのデータを1960年8月までに提出するよう要望された。

今後の作業計画

(1)第6回の科学委員会で、おもに人類遺伝学の立場から考えて、国民の“健康および動態調査”についてのシンポジウム開催が決議されているが、これの計画につき話し合われ、1960年6月27日から7月2日までジュネーブにおいて、科学委員会と世界保健機構(WHO)との共催で開かれることになった。

(2)科学委員会の次の会期は1960年9月19日から2週間、ジュネーブで行なわれることとなり、議題は、
(a)遺伝の問題
(b)14C の問題
が主要議題となるが、そのほか総会決議に対する科学委員会の回答、1962年報告の構想、今回討論しつくされなかったfall-outの問題も話題となることと思われる。

(3)議長および副議長の改選が行なわれ、議長にはメキシコのManuel Martinez−Baez博士、副議長にはチェッコスロバキアの Ferdinand Herzik博士が選出された。