原子力平和利用研究の紹介


 昭和33年度原子力平和利用研究費補助金による原子力平和利用研究のうち、原子炉炉心用改良型ステンレス鋼の製造に関する研究(日本冶金工業)を以下に紹介する。

原子炉炉心用改良型ステンレス鋼の製造に関する研究

日本冶金工業株式会社

1.緒 言

 原子炉構造材ステンレス鋼としては、18-8ステンレス鋼(A.I.S.I. Type 304、304L)および特に含ニオビウムステンレス鋼(A.I.S.I. Type 347)がそのすぐれた耐熱性のために圧力容器、配管、燃料被覆管等各種の用途に使用されつつある。しかしながら現在内外において化学工業、航空機その他に使用されているこの種オーステナイトステンレス鋼をそのまま原子炉炉心部構造材として使用することは原子炉工学的に若干の問題がある。

 すなわちニッケル原料中に含有されるコバルト、ニオビウムの添加により導入されるタンタルおよび一般のステンレス鋼に必要な合金元素のマンガン等はいずれも中性子捕獲断面積が大であるために中性子経済上好ましくないばかりでなく、これら元素はまた中性子照射によって誘導放射化して半減期の長い強烈なγ線を放出する同位元素に変化する。これが腐食生成物として熱媒体中へ混入する場合や、燃料交換時の取扱および高圧容器操作上等の原子炉保守上危険な障害となることが十分予測される。

 18-8系オーステナイトステンレス鋼(A.I.S.I,Type 304、304L)をはじめとして含ニオビウムステンレス鋼(A.I.S.I. Type 347)はすでに早くから国産化されて十分一般的用途を満たしているが、これら鋼種のすぐれた特性をそこなうことなく、しかもなお原子炉工学上からみた諸条件を満足した新しい改良型ステンレス鋼の製造に関する研究は、動力炉建設を急がれているわが国の原子力の開発上緊急を要することである。英国においてはコールダーホール型動力炉に使用する鋼についてはコバルト含有量を極端に制限したものを要求したことが報告されており、米国においても原子炉炉心用としてこの改良型ステンレス鋼として1955年タンタルを制限したType 348がA.I.S.I.規格に制定され、1957年にはコバルトおよびタンタルを制限したType349が検討されている。

 本研究はこれら諸外国の研究段階よりも一歩進んでコバルト、タンタルおよびマンガンを制限した改良型ステンレス鋼を試作し、原子炉炉心用としての用途に対する適合性を確かめることを目的とした。

2.研究の概要

 本試験研究は(1)試験室規模による試作研究、(2)現場規模における試作研究の2方法に大別して行なった。

(1)試験室規模による試作研究は大気溶解炉をはじめとして各種の試験装置を用いたほか新たに改造した真空溶解炉を加えて総計633kgの試験溶解を行ない、次の項目について試験研究を実施した。
 (a)低コバルトにするための原料選択方法
 (b)低マンガンのステンレス鋼を溶精する方法
 (c)低マンガンにした場合に諸性質に及ぼす影響
 (d)低マンガンにした場合に熱間加工性が悪くなるがその解決方法

 以上の試験室規模による試作研究においてコバルトを制限するためには溶解原料を限定すべきこと、マンガンを制限して熱間加工性を良好にするためには特定な溶解方法を取らなければならないことを解明して、次の現場規模における試作研究に移った。

(2)現場規模における試作研究

 (a)製造研究
 試験室規模における試作研究において、低マンガン、低コバルト、低タンタルの改良型ステンレス鋼を溶解する最適条件が得られたので特に特定処理方法の有効性を確認するため、誘導炉を使用して特定処理溶解と普通溶解とを1チャージずつそれぞれ500kgの鋼塊を造り鍛造性試験を実施して特定処理方法の有効性を確認した。

 次いでアーク炉を使用してマンガンを制限したステンレス鋼の溶解条件を確立するために、アーク炉でなければ有効に実施しえない酸素吹精を行ない、酸素吹精条件を検討し、最後に以上の諸結果を総合してアーク炉において最終目的である低マンガン、低タンタル、低コバルトの改良型ステンレス鋼1チャージを溶解し6,480kgの鋼塊の製造に成功した。次いで本鋼塊の一部を鍛造圧延棒および厚板薄板に製造し、現場規模で本改良型鋼種を大規模な生産態勢に適用することが可能となった。

 (b)性能試験
 上記アーク炉により溶製した圧延棒および圧延板にした材料を用いで隆能試験を行なった。性能試験は耐食性、耐熱性、機械的性質等の一般性能試験を各種試験装置により実施するとともに、原子炉構造鋼としての特殊性能試験すなわち厚板および薄板の溶接試験、新たな構想によって新設した加圧水循環装置および高圧オートクレープを用いて静的および動的な高温高圧水を腐食条件とした特殊腐食試験および炉心部,熱交換器部を対象とした400℃以下の中間温度におけるクリープラプチャー試験を特殊設計によるラブチャー試験験装置により実施した。

3.研究成果

 原子炉炉心用構造材料として最適な改良型ステンレス鋼としてコバルト、タンタルおよびマンガンを極度に制限した鋼種を製造する研究を行なったが、コバルト、タンタルを制限することは添加するニッケルおよびニオビウムの原料を選択することによって可能となった。すなわちコバルト含有量を極度に制限したフェロニッケルあるいは純ニッケルは国内ニッケルメーカーにて生産研究が進み比較的容易に入手でき、またタソタル含有量を極度に制限したフェロニオビウムはドイツから輸入も可能であるが国内でも生産されはじめその入手が容易になりつつある。

 オーステナイトステンレス鋼中のマンガンは特に熱間加工性を良好にするために1〜2%を合金元素として添加している。この研究においての主体は熱間加工性を阻害しないでマンガン量を制限することに主眼をおいた。前記のごとくステンレス鋼溶解中にある特定処理を施すことによって、熱間加工性を害さない改良型ステンレス鋼を試験室的規模によってまず解明し真空溶解も含めて特定処理による介在物の挙動も合わせて追究し、この特定処理の理論的解明も試みた。引き続き試験室規模の成果を現場規模溶解に応用し、本改良型ステンレス鋼種の量産研究に成功した。本研究により開発した鋼種の実例を第1表にA.I.S.I.347, 348, 349と比較して中性子吸収断面積の低減効果を示す。

第1表

 表に示すように中性子吸収断面積は本改良型鋼種がA.I.S.I.349型よりも少なく、かつまた誘導放射化しやすいマンガン含有量は1/3〜1/10程度に極度に減少せしめたわけである。性能試験研究においてはアーク炉で溶解した本改良型標準鋼種を棒および板の形状にて標準のA.I.S.I.347鋼種と各種耐食性、耐熱性、溶接性、高温機械的性質を含む一般機械的性質について比較した。その結果これらの性質はA.I.S.I.347型と同等と認められた。今一例を第2表に示す。

第2表

 独自の設計による高温水腐食試験を使用しての加圧水循環による腐食試験においてもまた特に400℃以下の中間温度におけるクリープラブチャー試験においてもA.I.S.I.347鋼に比し、同等の性質を有していることが明白となった。

 以上のごとく本改良型鋼種は原子炉構造材として最適なものであって、今後この鋼種を用いて原子炉炉心部に用いられる燃料被覆管、一般配管、圧力容器に使用する上には工学的な試作研究を経て実用化を促進しなければならない。この試作研究は引き続き実施して現在論議されているジルカロイ等の他の原子炉構造材料との経済的比較の結論をつけなければならない。本改良型鋼種を用いた燃料被覆管や圧力容器用のクラッド鋼板を国産する態勢を整えて、中性子経済上また原子炉保守上最も有利かつ安全で、しかも最も廉価な構造材料として国産原子炉の建設に寄与せしめなければならない。