原子力船開発研究に関する原子力船専門部会の答申


 原子力船専門部会は昭和33年12月10日、原子力委員会から諮問を受けた下記の件につき審議を行なってきたが、このほどその結果を取りまとめ9月11日付で原子力委員会に答申を行なった。答申にほぼう大な資料が添付されているので、本文およびおもなる表を以下に掲載する。

昭和34年9月11日

原子力委員長 中曽根康弘 殿

            原子力船専門部会     
            部会長 山県 昌夫

原子力船開発研究の対象とLて適当な船種、船型および炉の選定について(答申)

 

昭和33年12月10日付をもって諮問のあった標記の件について次のとおり答申します。

1.審議経過

 諮問の主旨とする原子力船の開発研究は造船技術のみならず、原子炉に関する研究あるいは運航に際して考慮すべき問題も少なくなく、またわが国内で行なわれている原子力船の試設計もきわめて多種多様にわたっているので、これらの検討を進めるにあたっては、その問題によってそれぞれ小委員会において調査審議するのが効果的であると考え、「船種船型」、「船用炉」および「研究計画」の3小委員会を設置した。船種船型小委員会においては研究の対象となるべき船舶の備えるべき条件等を考慮して「貨客船」、「油槽船」および「小型船」の3作業斑を設けて15回に及ぶ検討の結果、別添のごとき資料を作成した。舶用炉小委員会の検討事項としては商船用原子炉に関する資料がきわめて少ない現在、その製造に関する技術、将来の見通し等に関して詳細な検討を行なうことはきわめて困難であるので、外国文献を参考として舶用炉の全般的趨勢の検討に止めた。また研究計画については、原子力船開発に必要と考えられる研究題目を設計から建造運航に及ぶ全分野にわたって検討し、これを当面研究に着手すべきものと、比較的長期にわたって考慮されるべきものならびに実船(原子力船)により、実験研究を行なうべきものとに分類し、これらの研究を行なうに適した船舶の選定のための参考資料(第1表-削除)とした。

2.研究の対象とする船種・船型

 原子力を船舶の推進に応用する場合、応用さるべき船舶は原子力の特質からみて大型高速船となることは当然予想されるところであり、さらに潜水船のごとくまったく新しい型の船舶を実用化することも可能であろう。

 当専門部会においては、当面原子力船の研究開発を促進するためには、単に試設計、模型による実験研究等の対象としてのみでなく場合によっては基本設計から着手し、将来実用化さるべき原子力船に備えて詳細設計、建造の経験を得るとともに、完成した原子力船としての各種の海上実験、さらに要員の養成訓練につながる一連の目的をも達成しうる船舶を取り上げるべきであるとの結論に達した。

 かかる見地から当専門部会は油槽船、貨客船ならびに小型船の3船種5船型について検討したが、これらの設計概要ならびに計画の趣旨は第2表および第3表(削除)のとおりである。なお、上記3船種5船型の試設計にあたっては、わが国における舶用炉の研究がまだその緒についたばかりで利用しうる資料がほとんどないので、原子炉については海外において開発された舶用炉の資料に準拠した。

 ここで、原子力船の開発研究の対象となる船舶の選定にあたって主として技術的見地から適用されるべき基準としては次のごときものが考慮さるべきである。

(1)本来船舶の仕様は、その用途によって定まってくるものであるが、ここで取り上げるものは「研究の対象」ということが使用目的であり、かつ原子力船としての特殊性の解明が主目的である。

(2)原子力船は、その技術的経済的特徴から見て、まず高速大型の船舶に応用されることと思われるが、研究の対象としては将来実用化される原子力船の原型となりうるものを選ぶべきであり、かつ経済的にも最も効果的なものを選ぶべきである。その大きさは各種の海上実験、要員の訓練等のため大洋に出航し、非常の気象海象下においても安全に航行しうる必要があるので、少なくとも排水量5,000トン以上であることが望ましい。

(3)しかし、研究遂行を主体として舶用原子炉および原子炉を搭載した舶船としての安全性の確保に慎重な考慮が払われなくてはならないことはいうまでもなく、最初の原子力船であるので遮蔽、炉の支持設備、耐衝撃構造等に十分な余裕をみて、高度の安全性をもたせることが望ましく、このため若干の積載能力の減少、速力の低下等船舶としての性能を犠牲にすることもやむをえない。また原子力船として問題の解明を図ることが目的であるから、船舶そのものとしての技術的困難を伴う船舶を考えるべきでなく、船舶としては技術的に安易なものを選定すべきである。

(4)なお、本船の目的からみて各種の海上実験、要員の訓練のための設備を特設する必要があり、同時に経済的な見地からみて一応の実験終了後は要員の養成訓練を兼ねて他の目的にも使用することを考慮して簡単なる改造を行ない転用しうるようあらかじめ計画しておくべきである。

3.舶用炉

(1)舶用炉の型式

 原子炉を船舶推進用として利用する場合には、特に重量、容積、振動,動揺等の問題から陸上用炉とは異なった特性が要求される点を検討する必要がある。舶用炉に関する技術は急速な発展の途上にあり、利用しうる資料も制限されているので、今日の段階では技術的ならびに経済的な問題の検討を行なって将来最良と思われる型式を推定することはきわめて困難である。

 当専門部会においては当面の研究対象として一応加圧水型、沸騰水型、黒鉛減速ガス冷却型および有機減速型の4型式を取り上げ、舶用炉として要求される特性を中心として経済的考察を加味して舶用炉としての適性を検討した。

 有機減速型は運転圧力が低いこと、構造材の腐食が少ないこと、有機材の誘導放射能が低いこと等によって技術的経済的にすぐれた可能性を有しているが、なお未解決の問題も多く、動力炉としての運転実積のない現在ではこの型式の炉をわが国の舶用炉開発研究の対象として選定することは時期尚早と考えられる。

黒鉛減速ガス冷却型は現在の設計では容積、重量ともに他の型式よりも大型であることが舶用炉としての大きな制約になっており、開発対象に取り上げるにはさらに今後の技術的発展にまつ必要がある。

 加圧水型、沸騰水型についてみれば、動力炉としてすでに相当の運転実績を有しており、舶用炉としては出力密度が比較的大きく、負荷特性、振動、動揺に対する安定性等要求される特性に関しても問題の検討が進み、一応の見通しを得ている。したがって原子力船の開発を早期に進めるものとすれば、当面の研究開発の目標となる炉型式としては加圧水型および沸騰水型を選定することが適当と考えられる。

(2)舶用炉の出力

 商船の高速、大型化は世界的にみられる傾向である。

 出力の増加を軸数によって期待する場合には、建造費の上昇が大きいと考えられるので、特殊なものを除き、可能な限り1軸にするのが望ましいが、さらにプロペラ、主機等の製作技術上の制約から舶用炉の出力には限界が生じてくるので、原子力船の主機出力の単位となる限界としては一応2万〜3万馬力が考えられる。

 しかしながら原子力船のように飽和蒸気を用いる場合はさらに出力がおさえられる点が考えられ、また、最近における傾向では2万馬力前後の商船の建造が比較的多数計画されていることからみて、 2万馬力程度の舶用炉を当面の開発の対象と考えることが適当と思われる。

 小型船に搭載する舶用炉として、 5000馬力程度のものについても検討したが、 5000馬力炉の経験はそれだけに止まる部分があり、大型原子力船開発のためには他の手段の併用を要するのでなるべく大型の炉の経験が必要と考えられる。

4.経済性

2にのべた5種の船舶についてその船価ならびに運航採算について試算した。(第4表、第5表)

 船価のうち船体部、機関部ならびに電気部については在来船建造の資料に原子力船の特殊性を加味して試算した。原子炉部については海外において発表された概略価格を基礎として試算したが、なお検討すべき問題が多く残されていることはいうまでもない。

 運航採算についても、船価のみならず運賃収入の見通し、燃料費の見積り等、現段階においては不明確な要素が多いので一応の試算を行なったにすぎない。しかし、今後の技術の発展に伴ってもたらされる原子炉価格、燃料費等の低減によって将来経済採算にのりうる可能性をもつ原子力船が登場するものと思われる。

 原子力船の経済性については、今後上記問題点の検討を進めるとともに、在来船との経済比較を行ない、原子力商船の発展見通しを立てることが必要である。

5.むすび

 開発研究の対象とする船種、船型および炉の選定にあたっては、以上述べた技術的経済的検討のみでなく、開発の時期、体制あるいは船舶の保有の形態等国の政策的配慮による面も大きいので、当専門部会としてはその検討に必要と考えられる資料の作成に止めた。

しかし、原子力船の研究開発はわが国ならびに世界の原子力船開発の進展状況からみて、早急に推進されるべきであると考えられるので、原子力委員会において当部会において検討した資料を参考として早急に開発研究の対象となる船舶および炉を選定し、その選定に従ってまず詳細な設計研究に着手するとともに、研究体制の確立ならびに研究開発方針を明確化することが切望される。

 なお、海上諸法規、災害対策ならびに補償等原子力船就航に伴う諸問題の検討も以上の事項と並行して研究されるべき問題であると思われる。


 第  2  表    設   計   概   要


 第  4  表     船  価  試  算



第  5  表      運 航 採 算 試 算