立教大学設置原子炉について専門部会の報告


 立教大学が教育用および研究用の目的をもって横須賀市大楠町立教大学原子力研究所に設置する水素化ジルコニウム減速濃縮ウラン固体原子炉の設置について, 5月18日付で高碕原子力委員会委員長から原子炉安全審査専門部会に諮問した結果、 6月16日付で次のごとき報告書の提出があった。


 昭和34年6月16日

 原子力委員会
    委員長 高碕達之助 殿

 原子炉安全審査専門部会長
矢 木   栄

 立教大学の原子炉の安全性について

 当部会は、昭和34年5月18日付34原委第39号をもって審査の結果の報告を求められた標記の件について、別記の審査経過により結論を得たので報告します。

 審査経過

日  時
委員会名
備     考
34.2.17
13.30〜17.00
部会
(第9回)
立教大学設置原子炉施設の許可申請書提出され、この審査のため、第6小委員会を設置,小委員として杉本(主査)内田、山崎各専門委員を選任
34.3.4
13.30〜16.00
小委員会
(第1回)
申請書の審査、申請内容について学校側に数点質問することに決定
34.3.17
10.00〜12.00
小委員会
(第2回)
申請書および前回質問に対する回答の審査、さらに学校側に追加質問することに決定
34.3.17
13.30〜17.00
部会
(第10回)
部会において中間報告
34.3.21
8.00〜16.00
小委員会
(第3回)
設置予定地の現場視察
34.4.1
10.00〜12.00
小委員会
(第4回)
申請書および前回の質問に対する回答の審査
34.4.14
13.30〜17.00
小委員会
(第5回)
報告書作成
34.4.21
11.00〜12.00
小委員会
(第6回)
報告書作成
34.4.21
13.30〜17.00
部会
(第11回)
小委員会の審査結果の報告およびその検討
34.5.19
13.30〜17.00
部会
(第12回)
専門部会報告書の検討
34.6.16
13.30〜17.00
部会
(第13回)
専門部会報告書決定


 審査結果

 立教大学が研究用および教育用の目的をもって、水素化ジルコニウム減速濃縮ウラン固体均質型原子炉(熱出力100kW) 1基を神奈川県横須賀市大楠町立教大学原子力研究所に設置することについて当部会が原子炉設置許可申請書により審査した結果は次のとおりである。

1.立地条件

 原子炉施設の位置は、もと海軍の大楠機関学校跡である。その西側に高さ系約25mの丘があり、南側の海岸までの距離は100m以上、対岸までの距離は1,500m以上である。設置場所周辺でこれに最も近い民家は約200m離れており、半径300m以内の人口は約40名、半径500m以内では約300名である。また原子炉本体と設置地境界との距離は東側約100m、西側約25m,南側約150m、北側約70mあり、東側と北側は将来工場建設が予定されているが、南側は小田和湾、西側は丘陵で、設置地周辺に民家の建設は予定されていない。

 この地方の逆転層などについての記録はないが、この地方の気象はわが国として特に変ったことはないと思われる。この地方の風は1年を通じて北と北東との風(陸から海へ向って吹く風)が多い。

 この記録は、原子炉施設の山向うの大楠中学校における資料であるから、これをそのまま山をへだてた原子炉施設周辺の資料として採用することには多少疑問があるが大差がないものと思われる。

 この付近は埋立てた地域が多く地表の地質は一般に不良であるが、原子炉の据付場所は約4mの深さで凝灰質砂岩に達するので、これを基礎地盤にして炉を建設するように計画されている。

 横須賀市役所の調査によれば、この地が高潮または津波の襲来によって被害を被った記録はなく、 1958年の狩野川台風のときにも、海岸線から約20m陸地へ海水が浸入した程度であるので、原子炉施設の位置が海岸から約100m以上はなれているため、今後も高潮、津波による被害を被る恐れはないものと考えられる。

 関東地震の際には、この地区の地盤は約1.14m上り、水平加速度は1/3g、倒壊家屋は10%であった。原子炉施設は0. 3gの水平加速度、原子炉本体は0. 6gの水平加速度および士0. 3gの垂直加速度に対して設計されている。この設計加速度はこの原子炉の型式および出力からみて適当な値であると考えるが、なおこの地域がわが国としては地震危険度の大きい地域であることを考慮に入れ、今後構造計画および細部設計については特別の注意が必要である。

 以上の原子炉の設置場所に関する立地条件はこの程度の原子炉施設に対し、後述の原子炉の安全な特性等から考えて好条件にあると認められる。

2.原子炉本体

(1)動特性

 TRIGAと呼ばれるこの原子炉は燃料要素としてゼネラルダイナミックス社の独自の開発研究による全く新しい型のものを用いている点に特徴がある。すなわちこれは水素化ジルコニウムと20%濃縮ウランを均質に結合させた棒状固体燃料(重量比ジルコニウム91%、水素1%、ウラン8%)をアルミ管で被覆したものを燃料要素として使用している。

 もともとこの原子炉は固有な安全性の高い原子炉を開発することを目的として、同社が理論的、実験的両面からの基礎研究を積み上げることによって到達した成果であって実際に出力10kW程度のTRIGAI型炉を試作し動特性を調べることによって、きわめて安全性の高い炉であることが立証されている。

 その結果によるとこの型の原子炉は即効性の温度係数が負で、かつその値が大きいため1.6%の超過反応度(これは今回の申請のTRIGA II型炉が最初にもっている全超過反応度に等しい)を急激に入れても出力の上昇は自動的にあるレベルにおさえられて炉は暴走しないのみでなく、燃料棒も溶けない。この際の尖頭出力はMTR型燃料体を用いた原子炉の場合の尖頭出力の数分の1以下に過ぎず、またサージの間において放出される全エネルギーも同じ程度に少ない。

 このようにして自己制御作用の大きいことは、運転の際の誤操作や燃料の不適当な装入ないし炉を用いて行っている実験等から予想される急激な反応度の挿入等があっても、最後のおさえとしてこの自己制御作用が効果を発揮するので、この炉は安全であるといえる。

 さらに同社は他の一連の実験によって、燃料要素自体が高温になっているとき、万一被覆が破損したりした場合のZr-H-U系と水との反応の問題やその際の核分裂生成物の放出の程度をしらべているが、想定される最悪の事故でも水と急激な反応を起したり、水中の放射性物質の濃度が許容値をこえることはないことを確かめている。

(2)遮 蔽

 原子炉本体周囲のガンマ線線量率および中性子束は計算によって推定しているが、一般に遮蔽計算には相当の誤差がともなううえ、研究用原子炉にあっては炉の周辺において実験を行うことが多く、しかも中性子線を実験孔から室内に出すこともあるので計画された遮蔽壁の厚さでは標準の作業条件(1週48時間、出力100kW)では原子炉安全基準部会の答申した「放射線の許容線量及び放射性物質の許容濃度」を満足することは困難であると思われる。

 もちろんこのままでも現行の許容基準を満足でき、また作業時間の調節出力の制限可動遮蔽壁の使用等とによって職員に対する被曝を上記の許容限度以下に保つことは可能であるが、このような管理は原子炉の利用を制限することになるので、あらかじめ原子炉本体のコンクリート遮蔽の厚さまたは密度を増すことが望ましい。

 以上、原子炉の安全性を最も大きく支配する動特性と燃料要素の安全性および遮蔽を中心に検討したが、その他原子炉冷却系統施設、計測制御系統施設等の原子炉本体関係施設については特に問題となる点はない。

3. 放射性廃棄物処理施設

 この原子炉では使用済燃料の取出量はきわめて少なく、しかも原子炉の設置場所では再処理を行わないので廃棄物処理施設の問題は簡単である。気体状の放射性廃棄物については換気による排気を考えればよい。換気は炉室とホットラボを別個に行い、これらの排気は排気筒において合流し放出される。炉室については、正常運転において炉心に近い実験孔等内の空気中に生ずるAr41を考えればよいので、これに対しては十分な施設といえる。

 また、予想される異常状態においても炉室を閉鎖してAr41の時間による減衰を待つことにしているので安全は確保されると認められる。

 廃液処理施設も考えられる廃液の量に対して満足すべきものである。

 すなわち1μc/ml以上の廃液はすべて貯えた後に処理機関に送る。中程度廃液と長寿命廃液はイオン交換塔により弱放射能および短寿命廃液は高速度沈殿装置により処理希釈する計画であり、これらは発生すると考えられる廃液量に対して十分な能力を持つとみることができる。

 またこのように十分な処理を施された廃液は、土中に埋没したポリエチレン管によって海に排出される。排出系路は敷地内に限られ、一般民家からは遠く離れているので安全性は確保されているものと認められる。

 なお、固体廃棄物は一時保管の上、他の処理機関において処理されるが、一時保管にあたってはコンクリート張りドラム缶に入れ、これを丘をくりぬいて作られた旧弾薬庫に保管し、鉄扉をもって立入制限を図る等適切な措置が講ぜられていると認められる。

4.放射線管理施設

 放射線管理施設としては各種のモニターを備えており、エリアおよび個人のモニタリングを満足に行うことができる。

 周辺地域には常時連続モニタリングステーションをおいていないが、この原子炉の持つ安全性と排気筒出口および排水口で行っている排気および排水モニタリングから考えて、その必要がないものと認められる。

5.技術的能力

 この炉の製作、据付および試運転にあたるゼネラルダイナミックス社はすでに1958年5月にジョンジェイホプキンスラボラトリフォアピュアーアンドアプライドサイエンスにTRIGA型原子炉を建設し、これは現在引き続き運転中であり、また1958年9月ジュネーブで開かれた第2回原子力平和利用国際会議の展示場にも米国原子力委員会の指示により同じTRIGA型原子炉を設置して会期の全期間中完全に満足すべき状態で運転を行った。これらの状況から判断すると、同社はこの型の原子炉の据付および運転については十分の技術的能力を持つといえる。

 また原子炉の運転管理は同大学の原子力研究室がこれにあたることになっているが、同大学には理学部および大学院理学研究科があり、これらに属する研究者のうち、原子力に関係する者は教授8名,助教授15名、講師4名および助手7名であってこれらの者が原子炉の運転管理およびその利用に関する技術的背景となっており、その具体的な運転管理の体制も兼担職員を含めて教授5名、助教授2名、講師3名、助手2名その他補助員約11名をもって構成し、それぞれ原子炉運転、保健、ホットラボ管理およびアイソトープ取扱、廃棄物処理等の部門に適切に配置しているので、原子炉の運転管理は適確に行われるものと認められる。

 なお、この炉は米国聖公会がゼネラルダイナミックス社と契約を結び、完成したものを立数大学に寄贈することになっている。しかし建設後の運転管理を十分に行いうるためには大学側も建設の過程において終始建設業者と密接に連絡をとり、この炉および付属設備の構成について十分な理解を持った者が将来の運転と維持の責任者となるよう措置することが望ましい。

6.結論

 当部会は立教大学申請の原子炉施設の安全性について上述のように本施設の位置、構造および設備ならびにその管理について検討した結果、本施設の安全性は十分確保しうるものと認める。

 なお当部会としては原子炉施設の運転、管理をより円滑にするため大学側において次の措置を講じられることを希望する。

(1)原子炉の炉心タンクの周囲の遮蔽を厚くしまたは度密を増すこと。