東海大学原子炉の設置に関する松前議員の質問と答弁


 東海大学における原子炉の設置に関して、原子力委員会原子炉安全審査専門部会から前項のような報告が原子力委員会によせられたが、これに対して衆議院議員松前重義氏から次のような質問書が提出された。

東海大学における原子炉の設置に関する質問主意書

 東海大学における原子炉の設置計画は、わが国における民間原子炉の、また教育用原子炉の最初のものであった。これが許可されるか否かの問題は、その安全性の認定とともにわが国の原子力研究の将来に対して、重要なる意義を持つものである。

 かつて電気がわが国に導入されたとき、電気に対する大衆の反対運動はまことに熾烈であった。そしてジャーナリズムはまたこれを支援した。当時、電気試験所に一電気技師として勤めており、のち、東京大学の工学部長となり、名古屋大学総長になった渋沢元治先生は当時の電気事業に対する国民的な妨害と反対運動についてしみじみ述懐していた。

 鉄道がわが国にしかれようとしたとき、田舎の都市においては町をあげて鉄道の敷設に反対をした。これがために、ほとんど地方の古い都市においては、停車場は都心を離れたはるか田舎にあって、今にしてすこぶる不便を感じている姿をみるのである。

 北里柴三郎先生が北里伝染病研究所を設立せんとしたとき、伝染病を恐れた人々は北里先生の家に反対運動に押しかけ、投石して北里先生の事業の阻止に努力した。しかし伝染病研究所は、今日わが医学界が世界に誇る業績を残してなんらの危険をも与えていないことはいうまでもない。

 原子力の研究に関する最初の問題を提起した東海大学の試みは、同じような意味においていま歴史前進の苦悶の中にある。東海大学が苦しんでいるばかりではない。日本の歴史が苦悶していると私は思う。このような意味において原子力の平和的研究のごときは、なおいくたの苦悶の障壁を乗り越えなければならないと考えるが、これに対して原子力委員会は今後における原子力行政の推進に対して、具体的にいかなる政策を持って臨もうとしているかを伺いたい。

 これらの大原則の上に立って、今回の東海大学の原子炉を審査した原子炉安全審査部会なるものの答申、内容について科学的な立場からこれを究明し、後世にその記録を残すことこそ原子力研究の将来の歴史の扉を開くものであると信ずる。したがって私は東海大学から請願せられたる次の諸点について、具体的なしかも数字をもって、量的な科学性ある委員会の答弁を要求するものである。

1.原子力委員会安全審査専門部会は、東海大学が設置認可申請をしたノースアメリカン株式会社製L-77型小型教育用原子炉の審査に際し、次の三つの意見を具して、安全であるとはいえないと原子力委員会に答申したとのことである。

(1)東海大学の原子炉は民家から25m、校舎から7mの場所に設置されることになっており、下水が開溝であることが望ましくない。

(2)運転主任技術者としての該当者はいるから法律的には満足であるが、主任教授が空白であることと運転補助員の資格がはっきりしない。

(3)原子炉の安全性についての技術上の問題はない。

2.およそ原子炉の設置はすべての原子炉について慎重であるべきはもちろんであるが、あくまでも数字的、量的な科学的根拠によって、これが検討をなすべきである。特に本学の原子炉はその設置認可申請にもとづくわが国最初の原子炉であり、反対運動などの政治的動きによって科学的な立地条件をも含めた安全性に関する認定が動かされてはならないのである。このことは今後のわが国における原子力平和利用の研究に対して影響するところすこぶる大であるからである。

3.原子力委員会は原子炉設置に関する諸条件に対して、その具体的な安全性に関する設置認可の基準を決めておられることと思うが、教育用、研究用、発電用等の大中小各種の出力と目的に対してのそれぞれの立地、施設、技術陣等の諸条件をいかに充足すれば設置可能であるかを知りたいと思うので、具体的かつ科学的にこの基準を明示されたい。

4.本学は原子炉によって生産される放射性同位元素の廃棄物処理の基準も通常の放射性同位元素利用機関(病院、研究所等を含む)において使用される放射性同位元素の廃棄物処理基準とは公衆衛生上同一に取り扱われるべきであり、もしこの廃棄物処理が法律的規準内において行われる限り下水が開溝であるか否かは科学的見地から問題の生ずる余地がないと考えているが、これに関して下水が開溝であるゆえをもって安全であるとは認められないとの意見に対する科学的な根拠を量的に数字をもって説明されたい。

 なお、現行法は原子炉設置認可に対しては適用しないのか、それとも他の法律を適用するのか。

5.本学は安全審査部会が民家から25m、校舎から7mの地下にこの原子炉を置き、完全な防御施設内にこれを収容しても、なおかつ安全であるとは認められないとの結論を出した科学的な、数字的根拠を説明されたい。

 わが国において現在検討中のコールダーホール型原子炉は昨年イギリスにおいて発生した事故によると、半径30km以内は放射能により汚染され、その範囲からの牛乳の飲用が禁止された。この原子炉が日本におかれる場合は、当然十分の防御施設をほどこしても、なおかつ校舎から7m、民家から25mでは危険であるとの結論であるとするならば、コールダーホール型では日本においては全く設置不可能と考えられるが、政府の見解を伺いたい。

 民家から25m、校舎から7mという距離が問題だとされているが、本学としてはこの距離が0mでも普通人に対する被害がない施設を行うのになにゆえこの距離が問題になるのか、具体的な数量的な根拠を示されたい。

 右質問する。

 これに対して内閣においては次のような答弁書を12月9日開催の閣議において決定した。

衆議院議員松前重義提出東海大学における

原子炉の設置に関する質問に対する答弁書

 原子力の研究、開発および利用の促進が、今後の人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに資する役割の重要性については、あらためて今日申し上げるまでもないところでありまして、政府といたしましても、昭和30年以来、原子力委員会を設けてその施策の計画的遂行と原子力行政の民主的な運営を図るとともに、日本原子力研究所および原子燃料公社の指導、原子力予算の確保等に多大の努力を払い、国会における原子力開発利用のための超党派的支持、民間における献身的努力とあいまって、着々と成果をあげつつあるところであります。これに対応して、大学等においても大いに原子力の平和利用に関する研究教育の強化拡充を図ることが、今後とも必要であると考えております。

 しかしながら、原子力の平和利用に際しては、不慮の原子炉災害や放射線障害が人類に与える被害の甚大となる可能性のあることを十分に考慮しなければなりますまし、。再三にわたって核爆発による被害を経験し、原子力災害の問題に強い関心を有しているわが国民は、原子力の平和利用の成果を期待するとともに、災害問題の解決面における科学技術の進歩を特に渇望しているのでおります。ここにおいて、政府といたしましては、原子力災害を防止し公共の安全を確保するための十分なる措置を講ずる責務を有するものと信じて疑いません。核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第24条が、原子炉の設置の条件として、特に原子炉施設の位置、構造と設備が災害の防止上支障がないことと、その運転に際してはもちろん、その設置に際しても必要な技術的能力があることを求め、内閣総理大臣は、これらの条件に適合すると認める場合でなければ設置を許可してはならないと定めておりますのも、またこの点を明らかにしたものでありましょう。

 原子力委員会としては、原子炉問題に関するわが国最高の科学技術陣各20有余名がら成る原子炉安全審査専門部会および原子炉安全基準専門部会を設けておりますが、本年4月東海大学から原子炉設置の許可申請がなされましたので、その安全性についての検討を原子炉安全審査専門部会に求めたのであります。この専門部会は、以来約半歳にわたり、慎重かつ詳細な検討を進め、この間東海大学におかれても数度にわたり許可申請書を書き改める等、不明の点を明らかにする努力は、申請書側および審査者側の両者によって重ねられたのであります。そしてその結果、さる11月11日付をもって、別紙(注、本誌2ページ参照)のとおり原子力委員会に対して答申がなされました。安全審査専門部会においては、特に日本にあっては設置例も運転例も少ないときであるので、その設置についてはきわめて慎重に取り扱うべきであるとの観点から検討されたのでありまして、現段階におけるこの科学技術陣の判断は十分尊重すべきものと考えますが、現在これについて原子力委員会と原子力局とにおいて、慎重に審査を進めている状況であります。いずれ、結論を得次第、適当な方法によって政府の見解を明らかにしたいと考えております。

 次に原子炉の設置にあたっての技術的、定量的基準を定めることについては、御存知のとおり、一般に、研究施設、産業施設の安全基準を定量的に定めることはきわめて困難なことでありまして、すでにその技術が長い経験のもとに開発され確立されている電気施設、高圧ガス施設、火薬施設等におきましても、法令によってその技術的基準を定めることとなっていながら、定量的基準をもって示されている範囲はきわめて特殊な部分に限られているのであります。いまさら申すまでもなく、原子力関係の技術はいまだ開発日浅く、ことに日本においては、その技術は近々数年の経験しか有しないのが偽らざる現状であります。ここにおいて、当局といたしましては、原子力委員会に原子炉安全基準専門部会を設け、安全基準の確立について、鋭意努力を払っているものではありますが、原子炉の設置について、位置、施設、技術的能力が具備すべき基準を定めるにあたっては、各種の原子炉施設について、その立地条件、型式、出力、技術的能力を十分勘案した上定める必要がありますし、かつ、安全性の確保のためには、位置、施設、技術的能力の三者は互に相関関係をもって論ぜられるべきものと考えられますので、現在の日本の原子力技術として、一般的定量的基準を早急に確立することは不可能と思料されるのであります。このことは原子力技術の豊富な経験を持ち、わが国より格段の進歩を見ている欧米諸国においても、原子炉設置についての定量的基準は定めておらず、わが国と同様に、個々の場合に応じて安全性の評価を行っている点から見ましても御了解いただけるものと存じます。

 なお、コールダーホール改良型原子炉については、現在、原子炉安全審査専門部会において予備審査を行っておりますが、この炉は御指摘のような事故を起したことはなく、事故を起したウィンズケール原子炉とは冷却方式も根本的に異なっております。この炉につきましても、正式に設置許可申請が提出された場合には、慎重に審査の上処理したいと考えるものであります。