原子力平和利用研究の紹介


 原子力平和利用研究費補助金を交付されて行われた研究のうち①共沈法によるリン鉱石中のウランの抽出(ラサ工業)②函型光電子増倍管の試作研究(東京芝浦電気)③低速中性子用シンチレータの試作研究(東京芝浦電気)の3件を以下に紹介する。

共沈法によるリン鉱石中のウランの抽出

ラサ工業(株)

1.緒言

 リン鉱石中には平均0.01%のウランが含有されており、他のウラン鉱に比し粉砕、分解が容易で湿式リン酸製造時の副産物として採取しうる等の利点がある。リン酸液中のウランの捕捉法としては有機溶剤抽出法、イオン交換樹脂法、有機沈殿剤法等があるが、ここではトンあたり数万円の低廉な硫酸チタンを用いてウランを捕捉した。

2.概要

 リン鉱石と硫酸から従来の方法によって湿式リン酸を製造し、これに硫酸チタンを加えると徐々にゲル状のリン酸チタンが生成し、18~20時間後には液全体がゼラチン状にゲル化し、ウランの全部、鉄、アルミニウムの一部がリン酸チタンと共沈する。これを濾過し、リン酸液を回収し、得られたリン酸チタンの沈殿を希硫酸で洗浄すれば共沈したウラン、鉄、アルミニウム等が溶出する。リン酸チタンは酸に安定で溶液中には移行しない。同一洗浄液で操り返し新しく生成せるリン酸チタンの洗浄を行い、抽出液中のウランの濃度を増加する。このウランの希硫酸溶液を還元して中和硫化ソーダを加え、ウラン、鉄等を硫化物の沈殿とする。この沈殿を硝酸に溶解、酸化し炭酸ソーダにてウランを溶液中に移行せしめ鉄と分離する。この溶液から炭酸ガスを追い出しアンモニアにて重ウラン酸アンモンの沈殿を得る。

3.ウラン共沈条件の決定

(1)原料リン酸液は希薄なほうがよい結果が得られるがウラン抽出後のリン酸液があまり希薄であると濃縮に費用を要するので20%P2O5液程度を最適とする。

(2)添加する硫酸チタン溶液の硫酸濃度は低いほうがよく、チタン濃度は高いほど良い。

(3)ゲル化に対する硫酸チタン必要量は2H3PO4+TiOSO4→TiP2O7+H2SO4+2H20の反応式による理論値の25%程度(原料リン酸液のP2O5濃度により変動する)でよい。

(4)ゲル生成のための放置時間は20時間程度でよく、それ以上放置すれば解膠する。温度は低いほどよく室温が高いときはすみやかに解膠する。

(5)湿式リン酸中に含まれておるケイフッ化水素酸は共沈率を低下させるため、リン酸ソーダを添加してケイフッ化ソーダとして除去することによりウラン共沈率は50%から90%へ上昇した。

(6)リン酸原液中の遊離硫酸の共存は共沈を妨害する。これは理論量の石灰の添加により定量的に除去しうる。

共沈に関する操業成績

4.リン酸チタンゲルの濾過について

 リン酸チタンゲルの濾過は当初から最も困難を予想された工程である。この濾過に対し葉状濾過機を使用し濾布にはカネカロン♯304を用いて良好な成績を得た。

(1)葉状濾過機による濾過は比較的成績よく、減圧度760mmにおいて濾液量8~9l/m2hr、ケーキ6~7kg/m2hrである。

(2)吸引時間は1時間程度が適当と思われる。

(3)1時間の吸引により濾葉上に得られるケーキの厚さは約10mmである。またケーキの水分は約60%である。

(4)ケーキ中からウランの希硫酸による抽出は容易で抽出率も95%以上得られる。

(5)10%硫酸による抽出液の濾過速度はゲルの濾過速度の約2倍となる。

(6)濾過後のリン酸チタンゲル中にリン酸が残留する事はリン酸の回収率を低下せしめて経済的に不利のみならず精製工程における妨害となるから、水洗によってリン酸の除去を試みたところ、洗浄により残留リン酸の約60%が除去されるが溶出リン酸液が希薄なため好ましくない。


(7)水洗により沈殿中のウランが水洗液中へかなり溶出して損失となる。よって水洗は行わずゲルを固く搾る事を考慮するほうがよいと思われる。

5.ウラン抽出条件の決定

(1)ウラン抽出用希硫酸濃度を種々変化させ抽出率を求めた。

 上記結果から抽出用希硫酸濃度を10wt% と決定した。また抽出時特に加熱は行わず室温において試験を行った。

(2)繰り返し抽出回数と抽出液中のウラン濃度の変化について


 上記成績から操り返し2回を適当とする。

6.ウラン精製関係

 リン酸チタンから希硫酸で抽出した液中には、いっしょに共沈したFe、Al、P2O5等がふたたび溶出し不純物として溶存している。これらの不純物を次にしるす工程に従い順次除去し、最後にウランを重ウラン酸アンモンの沈殿として得た。

ウラン希硫酸抽出液


 希硫酸抽出液中のウランは空気酸化を受けて一部(場合によっては相当部分)六価の状態にある事が予想されるウラン硫化物の溶解度はUIV・・・・・・UO2S sls.
UIV・・・・・・US223at11°9at63°UIII・・・・・・U2S3 insol.
 よってこれを完全に還元するためダライ粉を用い硫化物として沈殿せしめた。AlはpH11においてはアルミン酸ソーダとして溶解し除去されうる。ここに得た沈殿を硝酸に溶解すればイオウは遊離し除去されうる。この溶液を過マンガン酸カリで完全酸化し炭酸ソーダで中和すれば、ウランは炭酸ウラニルとして溶存し鉄の沈殿と分離しうる。硫酸酸性とし加熱、炭酸ガスを駆除後アンモニアを添加すれば重ウラン酸アンモンの黄色沈殿が得られる。

7.ウランの定量について
 ウランの含有量が低いのでいずれの場合にも比色法によることとした。なお比色法としては共存イオンの影響の最も少ない過酸化水素法を採用した。また前処理の方法としては(1)妨害元素を逐次分離除去していく方法と(2)ウランのみを抽出分離する方法とがあるが、後者を採用し抽出溶媒としてはエーテルを使用した。

8.共沈用チタンの回収利用について
 ウランを抽出した残査のTiP2O7はこのまま乾燥、粉砕して琺瑯釉薬等への利用の道も考えうるが、次のような反応によりこれを硫酸チタンまたは可溶性リン酸チタンに復元せしめ副生するリン酸ソーダをリン酸原液の脱フッ用に使用するのも合理化の一策である。

(1)TiO2P2O5+4NaOH+H2O→2Na2HPO4+Ti(OH)4

(2)TiO2P2O5+6NaOH→2Na3PO4+Ti(OH)4+H2O

(3)TiO2P2O5+4NaOH→Na4P2O7+Ti(OH)4

(4)Ti(OH)4+H2SO4→TiOSO4+3H2O

(5)Ti(OH)4+2HaPO4→TiP2O7l )+5H2O

 ここにリン酸チタンTiP2O7の酸に対する溶解度の問題であるが、共沈の場合に生成するTiP2O7はおそらく TiO2・nP2O5 の多リン酸型のものであって濃酸にも不溶であるものと思われる。これに対してTi(OH)4をリン酸に溶解して得られるTiP2O7はTiPO4またはTi3(PO44型であって酸に可溶である。
 したがってこの溶液をそのままU共沈用Ti原料として使用する事が可能であり、しかもこの場合には硫酸を副生しないから誠に好都合である。ただし(5)式の反応による場合リン酸濃度はTiP2O7の溶解度に影響が深い。

9.特許関係

 本法は日本特許権を有し(特許第238776号)特許範囲は「リン鉱石を硫酸で処理するか、その他の含ウラン鉱石をリン酸にて処理して得たる抽出液にチタン、ジルコニウムまたはスズの水溶性塩を加えこれを放置してゲル化せしめ搾液後残査を希硫酸にて処理しウラン、希土類元素等を含む溶液を得る事を特徴とし以下公知のごとく処理しウラン、バナジン、トリウム、稀土類元素を分離収得する含ウラン鉱石よりウラン、希土類元素等の取得方法」である。


函型光電子増倍管の試作研究

東京芝浦電気(株)

研究の目的

 東芝ではさきに昭和30年度原子力平和利用研究委託を受けてRCA-5819相当管を目標に試作研究を行い、その後発表されたこれの改良型であるRCA-6655相当管として7306の試作研究を完了したが、RCAのほかDuMont,EMIなどで種々特色のある進歩したものが開発されている世界の情勢におくれず国内のさらに高度化する要望に応じて優秀な光電子増倍管を国内で自給するためには2"型についてもさらに研究が必要であった。本研究はこのような状況において現在世界的に評判のよいDuMont6292を参考として試作研究を行い、シンチレーション・スペクトロメータ用として30年度の成果に加えてさらに性能を向上するための研究を行うことを目的としたものである。

研究実績の概要

(1)二次電子面の研究

 二次電子増倍面は光電面とともに光電子増倍管の性能を左右する重要な因子であるので、これについて実用的見地から研究を行った。現在実用可能の二次電子


第1図 函型光電子増倍管(試作管)の外観

増倍面はRCA,EMIなどで実用しているSb-Cs面とDuMont,RCAなどで実用しているAg-Mgとがあり、それぞれに長所も短所も考えられる。最近のシンチレーション・カウンタ用ヘッドオン型光電子増倍管では Ag-Mg面が多く用いられており本研究で参考としたDuMont6292 もAg-Mg面を用いているが、われわれはSb-Csの長所もすてがたく、この二つの面について比較検討を行った。

 Sb-Cs面を用いて試作した球は面の取扱や処理などで非常に異なる結果を示すが一般的にみて30年度の試作管に比較して安定に使用できる電圧が高く250V程度向上して最高1,500Vまでとなり、Sb-Cs面も比較的使用電圧の高い用途にも十分使用できることがわかった。この球はRCL社製のSpectrogammeometerの仕様いっぱいに動作させることができる感度と安定性を持っている。

第2図 陽極および暗電流特性

 Ag-Mg面は管外で活性化したものを用いて球に組み立てるのであるが、以後の取扱において二次電子放出比を低下させない注意が必要である。このような
 注意のもとに試作した球の試験結果は、たいして二次電子放出比の低下もなくそのまま増倍度として利用できて目標の感度に達することができた。この球の安定度は非常に良好で安定に使用できる電圧がDuMont6292と同じ2,000Vまで向上した。次いでSb-Cs面の高感度とAg-Mg面の安定性を得る目的で光電面に近い数段はSb-Cs面を用い、電流密度が増して不安定の原因となりやすい陽極に近い数段にAg-Mg面を用いた実験管を作って試験したが種々製作上の問題も多いが、このような利用も可能性のあることがわかった。

 第2図に Sb-Cs,Ag-Mgそれぞれを用いた光電子増倍管(7309,7310)の陽極供給電圧対感度、暗電流の関係を用いて、これら両二次電子面の特色を示してある。30年度の7306も比較のため併記した。Sb-Cs二次電子面を用いた球はAg-Mg二次電子面を用いた球より一般に高い陽極供給電圧において暗電流が急激に増加して不安定になりやすい傾向がある。

第3図 電極構造比較図


(2)球の構造および製作技術の研究
 電極構造として函型(第3図:電極構造比較図参照)を用いることとし、手細工部品による試作を行って、構造寸法などについて検討した。その結果によって部品の最終設計を決定し、型類ならびにプレス部品の手配を行った。手細工部品による試作は引き続いて行い製作技術上の検討を行った。完成部品の入手後は精度のよい組立が可能となり、部品に原因する不良が減少し特性の検討が容易になった。最初心配したマイカスペーサーも案外じょうぶな状態で使用できることがわかったが、絶縁の上からはやはり十分とはいえなかった。
 いっぽうこのことを予想してガラスやステアタイトのスペーサーとしての性能を試験する目的で、これの窄孔加工をするための超音波加工機を購入し、取扱加工条件などの試験についで球の試作用スペーサーの窄孔加工を行った。ところが量的に実用加工を行ってみると窄孔加工の技術的問題も多く組立に使用できるスペーサーを得るまでには多大の努力を要した。
 問題点のおもなものは、ツールの摩耗が案外に早く、折れ、曲りなどの事故も加わって精度が出ないこと、試料の欠け、割れの防止のために行う裏張り接着、取外し洗浄などに案外手数を要すること、また孔数が多いために一つのスペーサーを仕上げるまでの加工時問も多いことおよび不良が生じやすいことなどである。ツールの摩耗の多いこと、加工時間を要することはステアタイトを加工する場合に著しい。
 しかし得られたスペーサーを用いて試作した球は、いずれも排気の処理も簡単であり、でき上った球の特性は一段と安定であることが確かめられた。

(3)球の寿命試験
 試験は5819のMILに準じた条件で特性の変化を記録電流計で記録させ、この結果によって検討を行った。Sb-Cs面とAg-Mg面および両者を組み合わせた試作管においてそれぞれの特色が見られ、特に動作の初期において著しい。Ag-Mg面は電流密度にも耐え、安定なよい二次電子面であることが認められる。シンチレーションの条件で行った試験結果から平均電流が小さい場合にも疲労が大きい点が認められ、パルスのピーク電流の影響が案外大きいことが考えられる。

(4)試験装置の改良

a)球の改良とともに各特性の測定値もオーダが低くなり普通のメータでは測定に困難が生じたのでμμアンメータを製作し整備した。

b)記録電流計もまたオーダの小さいものが必要となりこれも輸入によって整備した。

c)寿命試験装置の電源、光源ならびに静特性試験装置等の電源安定化をはかるために光電放出管を用いた特殊な安定電源装置を計画し整備した。その特性は非常に優秀で電圧はもちろん、周波数、波形の変化にも影響されることがなく、各種測定において電圧変動 の心配を解消した。

d)静特性ならびにこれに関連した特性を精度よく安定に測定できるように静特性試験装置を改良整備した。光源補正装置(照度および色温度)を補足し、光源部、暗函部、受光部等各部の改装を行った。暗函部その他の遮光ならびに被測定管の保持、移動など機械 精度上から設計上の苦心があり、一部は途中で変更のやむなきにいたり予算の変更もともなって予定の期日より大部おくれたが、総合整備後は各種測定が容易となり、精度も向上した。

e)動作特性試験のため電圧加減型と電圧固定型のシンチレーションプローブを試作し、前者は特性試験用として、後者は主として寿命試験用として使用した。

f)シンチレーションプローブ用高圧電源も整備した。

g)シンチレーションクリスタルを数個輸入して半値幅に対するクリスタルの影響を検討した。

収めた成果

 以上各試験研究項目について試験を完了した結果、二次電子面としてそれぞれSb-Cs, Ag-Mgを用いた2種額の試作管(7309,7310)を完成した。また初段を含む数段にSb-Cs、終段を含む残りの数段にAg-Mgを用いた実験管(7311)によって、両二次電子面の組み 合わされた中間的な特性も得られることがわかった。
  7309、7310はいずれも30年度の試作管(7306)に比して高電圧においても安定であり使いやすいものである。両二次電子面の特徴からいずれかといえば7309は感度においてまさり、7310は高電圧における安定度においてすぐれている。普通たいていの用途は7309で十分安定に使用できる見込である。
 球の構造および製作技術研究から、陰極、集束電極、第一増倍電極相互間の構造が30年度試作管(7306)に比して陰極からの光電子の集束効果を著しく高め、光電面位置による陽極感度の均一性も改良された。また安定性も改良されて使用電圧範囲も改良されて高くなった。

 これらの総合結果は静特性の良好なことはもちろん動作特性においても30年度の試作管を上回る良好な半値幅(平均10%、最良6.3%、30年度は平均12%)が得られ、Noiseも良好(ノイズカウント10cpmのノイズエネルギーが30KeV以下)となりシンチレーションスペクトロメータ用として世界一流レベルの優秀な性能が得られ、その特性の一覧は第1表のとおりである。寿命試験の結果も良好であって試験研究の目的を達成し、試験研究を終了した。

第1表  函型光電子増倍管の試作管(7309、7310、7311)一覧



低速中性子用シンチレータの試作研究

東京芝浦電気(株)

1.緒言

 低速中性子用シンチレータは次に示すような原子核反応によって生ずるα粒子の刺激による螢光体の発光作用を利用する。

 Li6+n →H3+α     (1)

 B10+n →Li7+α     (2)

したがって、LiおよびBを多量に含む螢光体がシンチレータとして使用せられる。
 低速中性子用シンチレータとして従来実用されあるいは研究されているシンチレータの代表的なものは次のようなものである。
 LiI/Sn(あるいはEu)は、LiIが融点が低く大型透明結晶を作りやすいので一般に実用化されているが、吸湿性で化学的にも不安定であり、効率も比較的低く、かつIを含むのでγ線に対して感度が高く、γ線の背影の強いところでは使用困難である。
 Li2CaSiO4/CeおよびLi2Si2O5/TiはOak Ridge国立研究所で研究され、特にTiで活性化したケイ酸リチウムは低速中性子に対して40%の高い計数効率をもっているが、その残光の減衰定数は200μsec程度で、実用上不便である。いっぽうCeで活性化したケイ酸リチウム・カルシウム螢光体は20%程度の高い計数効率をもち、残光の減衰定数は0.2μsecで、実用上非常に有望である。これらの螢光体は非常に安定な化合物であるが融点が高く、大型の透明結晶を作ることには成功していない。
 ZnS/Ag螢光体をホウ素を多量に含むボロン・プラスチック中に分散埋没せしめて作ったプラスチック・シンチレータは、熱中性子に対する計数効率約20%で、かつ比較的安定であり、残光の減衰定数は0.05μsec程度でγ線に対する感度も低く、広く実用されている。
 本研究は、以上のシンチレータのうちで、ボロン・プラスチック・シンチレータおよびセリウムで活性化したケイ酸リチウム・カルシウム螢光体の大型透明板を試作し、従来欧米で市販されているシンチレータに劣らない特性をもったシンチレータの国産化をはかる目的で行われた。

2.螢光体の試作

 本研究に使用した螢光体およびボロン・プラスチック等の材料はすべて合成した。

(1)粉末螢光体の試作
 ボロン・プラスチック中に各種の粉末螢光体を分散埋没させて、その特性を比較するために種々の螢光体を合成した。
 硫化亜鉛(銀)螢光体は、十分精製した硫化亜鉛に活性体として硝酸銀および融剤として塩化ナトリウムを適当量添加し、窒素および亜硫酸ガス気圏中で1,000~1,200℃の温度で焼成して合成した。
 タングステン酸カルシウム螢光体は硝酸カルシウムとバラタングステン酸アンモンとの適当量の混合物を1,000~1,100℃で焼成して合成した。ホウ酸カルシウム(タングステン)螢光体は、硝酸カルシウムとホウ酸アンモンとの混合物に、活性体としてタングステン酸アンモンを、融剤あるいは増感剤としてフッ化リチウムあるいは鉛塩を加え1,000~1,100℃で焼成して合成した。
 ケイ酸マグネシウム・カルシウム(セリウム)螢光体は炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムおよび無水ケイ酸の混合物に活性体としてセリウム化合物を添加し、窒素および水素の混合気流中で還元焼成して合成した。
 リン酸カルシウム(銅)螢光体は、正リン酸カルシウムの組成に相当する炭酸カルシウムとリン酸第2カルシウムとの混合物に活性体として硫酸銅を加えたものを窒素と水素との混合気流中で還元焼成して合成した。

(2)大型結晶
 ケイ酸リチウム・カルシウム(セリウム)螢光体の大型透明板を作る目的で、無水ケイ酸、炭酸リチウム、炭酸カルシウムおよびセリウム化合物の種々の組成の混合物を窒素と水素の混合気流中で1,100~1,250℃の温度で還元焼成した。この温度では螢光体は溶融されない。
 したがって融点を1,250℃以下に下げる目的で酸化アルミニウムおよび炭酸ナトリウムの適当量を添加した。この混合物を1,250℃に耐える耐熱ステンレス鋼製燃焼箱の中でマッフル炉を用いて上記の還元気流中で溶融させ、これを再び2重炉中で約10時間の長時間加熱溶融させ、14時間程度の時間をかけて徐冷する。
 試作した結晶の寸法は直径70mm、厚さ3mmぐらいである。冷却方法により多結晶半透明のものとガラス状の透明なものとが得られる。

3.螢光体の特性
 合成した螢光体はシンチレータに組み立てる前に、あらかじめ螢光体としての特性すなわち螢光スペクトル、残光の減衰特性、相対効率等の測定を行った。

(1)螢光スペクトル
 これらの螢光体の螢光スペクトルは放射線で刺激した場合と紫外線で刺激した場合とで変化しないと考えられるので、螢光スペクトルの測定はHg2, 537ÅおよびHg3, 650Åの紫外線刺激を用いて行った。 測定結果を第1図および第2図に示す。これらの螢光体はいずれも4,800Å以下の波長領域にピークをもつ青色の螢光を発し、二次電子増倍光電管の分光特性によく適合したスペクトルを与える。


第1図 試作した螢光体の螢光スペクトル
Hg 3,65Å 刺激


第2図 試作した螢光体の螢光スペクトル
Hg 2,537Å 刺激

(2)残光の減衰特性
 螢光体を加速電圧5~8kV、パルス幅約0.7/μsec、繰返し周波数3,000c/secの陰極線矩形パルスおよびPoα線で刺激したときの残光の減衰特性を測定した。測定にはHewlet Packard 212A パルス発生器(上昇時定数0.02μsec)、Hewlet Packard 460A 広帯域増幅器(40db、上昇時定数0.0026μsec)およびTektronix545オシロスコープ(上昇時定数0.01μsec)を使用した。測定結果を第1表に示す。

第1表 試作した各種の螢光体の残光の減衰定数の測定結果

4.シンチレータの組立

 ボロン・プラスチック・シンチレータを作るためまずボロン・プラスチックを合成した。グリセリン20gを沸点近くまで加熱して、120gのホウ酸を徐々に攪拌しながら添加し、完全に縮合させてボロン・プラスチックを合成した。使用したホウ酸は天然産のホウ素から成るものおよびB10(92%)を含むホウ素から成るホウ酸の2種類である。
 ボロン・プラスチック10gを約160℃に加熱溶融したものの中へ、あらかじめ160℃に加熱しておいた20gの硫化亜鉛螢光体を混合し、1分間以内に攪拌して均一に分散させる。この加熱したままの混合物をあらかじめ用意した溝型ライトパイプ中に充填する。このときの平均の厚さは1.25mmにする。また平均1.25mmの平板状に成型した板状シンチレータをも試作した。これらのシンチレータは、アルミニウム・シールドケース中にマグネシヤ反射剤をつけて樹脂で密封する。これらの組立完了したシンチレータの構造を第3図に示す。


第3図 低速中性子用ボロン・プラスチック・シンチレータ


5.シンチレータの特性

(1)定常電流測定法
 組立完了したシンチレータの低速中性子に対する相対効率を測定するために、25cmのパラフィンで減速したRa+Be中性子(8.85mg)をシンチレータにあて、その螢光をRCA5819型二次電子増倍光電管に受け、その出力をBrown記録電位計で測定した。測定はパラフィンで減速した中性子による測定値と、さらにパラフィンとシンチレータとの間に1mmのカドミウム板を挿入したときの測定値との差をもって、低速中性子に対するシンチレータの螢光効率の測定値とした。
 この測定にはNational Radiac製 NBS-1 ボロン・プラスチック・シンチレータを標準品として使用し、幾何学的寸法を考慮して相対効率を求めた。同じく Harshow Chemical Co.製 LiI/Eu 6AG2型シンチレータも比較試験したが、γ線に対する感度が非常に大きいため、この方法では測定が困難であった。このたび試作したボロン・プラスチック・シンチレータは、硫化亜鉛(銀)螢光体を使用したものではNational Radiac製品に比較して1.13~5.0倍の高い効率を示した。硫化亜鉛以外の上記螢光体を使用した場合には、硫化亜鉛螢光体を使用したものの数分の1以下の効率しか得られなかった。
 またケイ酸リチウム・カルシウム(セリウム)螢光体の透明板の螢光効率は低速中性子およびγ線のいずれに対しても硫化亜鉛ボロン・プラスチック・シンチレータの1/10ぐらいであった。(ただしこの場合の計数効率は必ずしも小さくない)天然産のB元素を使用したボロン・プラスチック・シンチレータの効率に比してB10を使用したシンチレータの効率が大きいという結果は得られなかった。これは、天然産のホウ素を使用したプラスチック・シンチレータの試作品の効率が非常に高いもの が得られたことと、このようなシンチレータの効率はボロン・プラスチックと螢光体を混合してシンチレータを組み立てるときの操作の良否によってその効率が著しく左右されるためであると考えられる。


第4図 低速中性子用ボロン・プラスチック・シンチレータの積分バイアス曲線


(2)計数測定法
 RCL Recording Gammeospectrometer,Model 1を使用して計数効率の測定を行った。

 8.85mg Ra+Be中性子源を用い、20cmパラフィンで減速して、その低速中性子による積分バイアス曲線を測定した。次に3mg Raγ線源を同じ幾何学的位置におき、γ線に対する積分バイアス曲線を測定し、その計数を3倍して、9mg Raγ線に対する背影を求めた。
 その測定結果の一例を第4図に示す。本測定における試作品はNational Radiac 製品の2.5倍の面積をもっているので、その面積比を考慮に入れて試作品(SNA-4-1. No.5)はNational Radiac製品の2.7倍の計数効率をもっていることがわかる。この試作品を前記の定常電流法で測定した相対効率はNational Radiac製品の2.43倍であった。したがって両者の測定法はたがいによく一致した結果を与える。National Radiac製品は熱中性子に対する計数効率が20%であると公称されている。したがって今回試作したシンチレータのすぐれたものは、50%以上の計数効率をもっているものと考えられる。
 ケイ酸リチウム・カルシウム透明板の計数効率は使用したγ線源が小さくて、γ線に対する計数特性が測定できないため、測定できなかったが、その計数効率は20~30%程度であろうと推測される。
 以上の研究によって減衰定数が0.1μsecよりも短く、かつ計数効率の大きい低速中性子用シンチレータの試作を完成した。