原子力局

原子力平和利用研究の紹介


 昭和31年度原子力平和利用研究のうち、(財)日本学術振興会(東京工業大学武田栄一)の実施した「拡散法による同位元素濃縮の基礎研究」(委託金額2,525,800円)の概略を以下に紹介する。

拡散法による同位元素濃縮の基礎研究

1.緒  言
 同位元素の分離濃縮の問題が原子力の発展に大きな関連をもつことは当然のことであるが、今日まで同位元素の分離法として多くの方法が研究され、また現在もなお新しい方法があいついで開発されつつある。それらの方法について概略的にいえることは、比較的軽い元素の同位体の分離には化学的な方法が良好な成績をあげるのに対して、重い元素の同位体の分離には物理的な方法が好結果を示すことである。化学的方法というのは同位体の質量差から導かれる複雑な化学的性質のちがいが分離に導く方法であり、分別蒸留法、化学交換法、電解法がこれに属する。一方物理的方法というのは同位体間の質量あるいは質量差が直接分離にあずかるもので、電磁的分離法、気体拡散法、遠心分離法がそれに属する。ここにとりあげた方法は気体拡散法であり、この方法は比較的軽い元素同位体の分離にも利用できるが、その大きな特徴は重元素の分離にまで適用できることである。

2.気体拡散法の概要
 気体拡散による同位体の分離法は、気体分子が多孔質隔膜を通して流れるとき質量の小さな分子ほど早く拡散する現象を利用したものである。この同位体の分離法は1919年LindemannとAstonによって最初に考えられ、ネオン同位体の濃縮に試みられた後、Hertzは1932年拡散分離を自動的に多段に行う有力な方法を発明した。この方法は拡散分離と水銀拡散ポンプとの結び合わせたものであるために、操作圧力2mmHgのていどであり、分離量はあまり多くないが、Hertzおよびその第子たちはNe20、Ne22、H1、D2の完全な分離に成功し、またCapron,HemptinneはC13の濃縮に成功した。そのほかAr36、N15、O18等の濃縮もこの方法で行われている。
 その後戦時となり原子爆弾製造の目的で気体拡散法が米国において大規模に試みられることとなったが、これはだいたい常圧付近で重複して拡散を行わせるという点で目新しいものであった。
 気体拡散法の理論についてはCohenの著書にくわしく述べられているほか、Stephens編Nuclear Fission and Atomic EnergyのW.E.Meyerhofの記述が参考になる。
 1枚の隔膜を通しての流れによる分離係数α0 は、流れが純粋に拡散的である場合、分子量の平方根の逆比となる。


六弗化ウランの分離についていえば、これは


と計算される。隔膜の片側に分離しようとするガスをある圧力P1である容積だけ入れ、圧力を一定に保ちながらその容積が1/2になるまで隔膜を通すときには、その分離係数は

α= 1 + (α0 - 1) ln 2

となる。ここにα0は分離の初期における分離係数である。α0を1.0043ととると、上の場合α=1.0030と求められる。拡散法による分離は多くの段数を必要とし、各段で同位体組成濃度が異なるために、それら各段を自動的に組み合わせ、かつ最も能率よく分離させる目的で理想化した多段分離装置(Ideal Cascade)が考えられる。実際にはそれを整数個の段数と整数個の分離単位とで近似させることになる。


第1図

 Ideal cascadeを濃縮部と回収部とに分け、その中間に濃度λ0の原料物質を毎日Fモルずつ供給し、濃縮部の先端から濃度λpの生成物を毎日Pモル、回収部の端末から濃度λwの廃棄物を毎日Wモルずつ取り出すものとする。

 分離が平衡状態に達したとき、分離装置内の供給物質の保存と各同位体量の保存とから

の関係が求められる。
 次にideal cascadeの理論から濃縮部のS段目における気体の流量Lsは

で与えられる。ここにε=α−1、λsはS段目の濃度である。次に1段ごとの濃度変化はdλs/ds=ελs(1−λs)で与えられることを考慮して濃縮部の全流量LEを求めると


となる。ここにRiはλi/(1−λi)である。
 同様にして回収部の全流量LWは


と求められる。
 したがって、濃縮部および回収部を含めた

cascadeの全流量L(=LE+Lw)は


となる。
 また所要の濃度を得るための分離段数Sは分離係数の定義から


で与えられることが容易に知られる。

3.ウランの濃縮とコストの分析

 前節で求めた数式を用い、U235の濃縮について計算を行った結果を次に示す。

(1)λpおよびλwによる全流量の変化
 いま濃度λpの濃縮ウラン中のU235が1モル/日ずつ得られるような cascade全体の流量をL*とすれば L*はL*=L/λp の関係で前節のLから容易に求められる。その結果を第1表に示す。

第1表 L*



(2)濃縮部および回収部の分離段数

(2式に従い濃縮部および回収部の分離段数をそれぞれ2 式に従い濃縮部および回収部の分離段数をそれぞれλpおよびλwの函数として求めると第2図に示すようである。


第2図 分離段数

(3)ウラン濃縮の生産コストの分析

 濃縮ウランのコストは、原料費、分離のための動力費、施設の償却費、人件費等によって定められるであろう。

(イ)建設費:米国Oak RidgeのK−25、27、29、31、33、PaducahのC−33、35、Portsmouthの工場ならびにEuratomの計画等について拡散工場の建設費、所要電力、従業者数のデータが発表されている。それによると、使用電力1MW当りの建設費はPaducahでだいたい100万ドル、Portsmouthで45万ドル、Euratomの計画で約56万ドルのていどである。所要電力とU235 生産量とのだいたいの比例性からU235 生産容量1モル/日当りの建設費を推定するとEuratomの場合には約1,000万ドル、Portsmouthの場合800万ドル、Paducahの場合1,500万ドルとなる。いまU235 1モル/日の生産量をあげるための工場建設費を107ドルと仮定し、その資本の償却と利子を含めて年10%とみれば、生産されるU235 1g 当りの資本関係費は11.6ドルとなる。

(ロ)原料費:天然ウラン1g当りの値段をαドル/g、濃縮λpのU235 1g当りの原料費をCmドル/g とし、廃棄ウランの値段を無視すれば


と与えられる。この式からλwを小さくするほどCは安くなること、λwが十分小さいときCはλpに無関係になることがわかる。

(ハ)動力費:分離に要する動力費のおもな部分を占める拡散気体の循環ポンプの動力費を計算する。1モルの気体を等温圧縮するに要する仕事wは


で与えられる。P1=1気圧、P2=0.気圧、気体温度を100℃と仮定すれば、w=7.14×103Watt・sec/モルとなる。cascadeの全流量L(またはL*)はすでに(1)式で求めてあるので、所要動力Pは


として計算できる。ここにηはポンプ効率である。したがって動力単価を k ドル/kWhとすれば、U235 1g当りの動力費Cpは


となる。

(ニ)人件費:分離工場の従業者数は工場規模によってまちまちであるが、U235 1モル/日の生産容量に対して40人から1,800人にわたる。
 いまこれを100人と仮定し、1人当り年間給料を40万円と仮定すれば、生産されるU235 1g当り1.3ドルの人件費を要することになる。

(ホ)以上各種目のU235 生産費の内訳が概略ながら推定されたのであるが、その特徴を拾いあげてみると、分離工場の建設には莫大な建設費を要し、したがって生産費の中で占める資本費の割合は大きいこと、人件費は大勢に影響のないこと、原料費と動力費はλwの変化に対して増減の傾向が逆であること等が知られる。いま政治的な理由であるかも知れないが、資本費および人件費を考慮から除き、原料費と動力費とのみで生産費が与えられるものとすれば、生産コストは廃棄ウラン濃度λwのある値に対して最小値を与え、もし電力単価を0.006ドル/kWh、ポンプ効率を10%、天然ウラン価格を0.020ドル/gと仮定すれば、λw=0.004の付近で最小となり、λp=0.2に対して約25ドル/gU235 の価格となる。
 なお米国AECで発表した値段に合わせるためにはポンプ効率を20%、電力単価を0.0032ドル/kWh、天然ウラン価格を0.036ドル/gととるとだいたいの一致を得る。(第3図参照)


第3図 濃縮ウランの価格

4.気体拡散用多孔質隔膜の製造に関する研究−I
  (東京工大窯業研究所 河島千尋氏担当)

 1気圧の常温の気体分子の衝突の平均自由行程は10〜100ミリミクロンのていどである。気体拡散用の多孔質隔膜としてはをのていどの大きさの細孔をきわめて多数用意されたものであることが望ましい。さきにも述べたようにHertzの拡散ポンプでは操作圧力が低く1mmHgのていどであるので平均自由行程も1,000倍くらい大きく、10〜100ミクロンていどの細孔でも十分使用に耐えるものであった。Hertzはこの目的のためにA−G製の“Q5−Masse”(Steatite Magnesia)を材料とし、長さ30cm、内径5mm、壁の厚さ1mmの素焼管を用いたことが報告されている。
 この研究では、これまでに東京工大窯業研究所で行った粘土質多孔質電解隔膜、珪藻土質細菌炉過用隔膜、水素漏度探知器用多孔質隔膜などの研究を基礎にし、また UF6に対する化学的耐食性をも考慮して次の3種類のものを試みた。それは(イ)高アルミナ質素地(石膏型流込成型品)(ロ)高アルミナ質素地(金型プレス成型品)

(ハ)カオリン−珪石系素地(石膏型流込成型品)である。隔膜の厚さは各組成について2.5mm(特定の組成のものだけ6、8、10、15、20mmのものも製作)、大きさは直径約10cmの円板状のものとした。
 流込成型のアルミナ質隔膜の製作条件は第2表に示すとおりである。

第2表

 またプレス成型品はこの表に掲げた組成のうちNo.3素地について成型湿分10%、成型圧力50、100、150、200、250、300kg/cm2で金型プレスしたのち600℃から1,200℃まで100℃おきの各温度で焼成した。
 これら各種隔膜について吸水率、気孔率、見掛比重、機械的強度(曲げ強さ)および見掛の通気率を測定した。をれらの結果の詳細は省略するが、結論的にいえば曲げ強さは1,000℃までは比較的もろいが、焼成温度の上昇とともに1,100〜1,200℃で急激に強度を増大し、またその焼成濃度では成型圧力をますと強さが急に増大することが知られた。
 しかしまた一方では気孔率、吸水率、焼成収縮は1,000℃付近から急速に低下し、毛細気孔の平均気孔径は大きくなり、これらのことから気孔径のきわめて微小なことを必要条件とする拡散用隔膜の焼成温度は1,000℃付近以下であることが好ましいということになる。
 以上の研究から気体拡散用隔膜の最も妥当な製作条件として次の結論が得られた。(イ)気体拡散用隔膜の調製はプレス成型よりも流込成型が好ましい(ロ)隔膜原料の粒度は5μ以下70〜80%以上のていどになるべく微粉砕することが必要である(ハ)焼成温度は気孔径の微細であるためには機械的強度をも考慮して800〜1,000℃ていどであることが望まれ(ニ)さらに弗素化合物などの腐食を考えると珪酸質素地またはアルミナ質素地が粘土質のものよりはるかにすぐれている。
 なお隔膜の気孔について、その平均気孔径および気孔数を知ることは通気率、透水率、電気抵抗の測定から行われる。この研究で製作した流込成型アルミナ質隔膜についての計算結果を第3表に示す。この結果は所期の目的に十分というわけにはいかないけれども、従来製作された各種多孔質隔膜にくらべ平均気孔径においても、気孔数においても一段とすぐれたものであることを示している。

第3表

5.多孔質隔膜の製造に関する研究−II
  (東京工大資源化学研究所 岩倉研究室担当)

 前節には主としてアルミナ系多孔質隔膜について述べたが、この節では四弗化エチレンまたは三弗化塩化エチレンの成型粉末を素材とする耐食性のさらに強い拡散膜の成型製造の可能性の検討とその試作についての経験を述べる。
 四弗化エチレンまたは三弗化塩化エチレンの成型粉末と平均直径10ミクロンていどに微粉砕した食塩とを食塩の混合割合が30%から70%の範囲で混合したのち、金型に入れてガス抜きをしばしば繰り返しながらきわめて徐々に圧力を加え240〜350kg/cm2に至らしめて加圧成型し、その材料を金型から取り出し、マッフル炉中で四弗化エチレンの場合は335〜370℃の温度で約30分焼結させる。三弗化塩化エチレンの場合はマッフル炉を用いず加圧成型機付属の熱板で230℃まで上げて加熱成型した。焼結させた試料は冷却後熱湯の流れの中に約24時間つけて食塩を溶解し去る。食塩が完全に除かれたかどうかは乾燥後の秤量によった。その結果によると食塩の混合割合が40%以上では脱食塩が比較的容易であったが、それ以下では相当困難であり、食塩30%では数日間温湯につけたていどでは完全には脱食塩を行うことができなかった。また一方食塩が70%ていどになると成型品は非常に脆弱となり、隔膜としての使用が困難になる。
 以上の方法で大阪金属(株)製ポリ四弗化エチレンを成型原料とし、食塩割合を0.6%から70.5%までの範囲で変えた試料を9枚試作したほか、日本パルカー(株)製のミクロンていどに微粉砕したポリ四弗化エチレンを成型原料とする試料を2枚試作した。またポリ三弗化塩化エチレンについては金型不備のため1枚成型し得たのみであった。以上の合計13枚の試作膜について密度、有孔率等を測定した。

6.気体拡散の基礎実験
  
(東京工大進藤益男氏担当)

 4節に述べた高アルミナ質隔膜は1ないし1.5ミクロンの平均気孔径をもつものであった。一方気体分子の平均自由行程は0.1〜0.01ミクロンのていどであるので、この種の拡散膜を通しての流は純粋の拡散流とならず、粘性流も混合してくることが当然予想される。両者の相違は拡散流による移動量が膜の両側の圧力差のみに関係するのに対して、粘性流による移動量は圧力差および平均圧力に比例することである。
 いま単位面積当り単位時間に移動するガスのモル数をN、圧力差をP1−P2、平均圧力をP'、濃度をT、粘性率をη、分子量をMとすれば

の関係が成り立つ。ここにa、bは定数である。
 第4節で得た拡散膜1L、1H、3H等を用いてH2、CO2、N2、O2ガスについて行った単一ガスの拡散実験の結果は第お ガスについて行った単一ガスの拡散実験の結果は第4図に示すように、それぞれよく直線にのり、上式のよく成立することが確められた。これから常温における各種ガスについてのbおよびaの値を求めると第4表のとおりで、それぞれ隔膜によって定まり、ガスの種類にほとんど無関係なことが知られる。


第4図
第4表

 また拡散に対する温度の影響についても実験したが、だいたい上式の満足されていることが認められた。
 次に水素と窒素との混合ガスについて1枚の隔膜を通過させての分離実験を行った。用いた隔膜の面積は68.3cm2、厚さは0.5cmであり、温度20℃において第5表に示すような結果を得た。
 この結果は拡散流のほかに粘性流が混合して起ると仮定した計算と比較されるが、上表に示すようにだいたいのところ一致すると見ることができる。
 以上この節に記述した諸実験から次のことが結論される。第4図から平均気孔径4ミクロンていどの隔膜3Hでは粘性流より拡散流が大部分を占めることが知られ、平均気孔径10ミクロンでいどの隔膜1Hでは1気圧ていどの平均圧力のとき粘性流と拡散流は同ていどのものとなることが認められる。このことは気体分子の平均自由行程0.1ミクロンよりかなり大きい約1ミクロンの平均気孔径でも粘性流は無視できることを示すものと考えられる。一方混合気体の分離についての実験から、1段の分離係数は3H、1H、1Lと気孔径の大きくなるにしたがって悪化していくことが知られる。しかし計算によると、3Hのていどの隔膜でも耐食性の問題を除けばUF6の分離に使用できないことはないようである。

第5表