昭和31年度原子力平和利用研究のうち、株式会社科学研究所(中根良平)の実施した「B10の分離の研究」(委託金額3,478千円)、同じく科学研究所(伊藤伍郎)の実施した「原子炉材料としてのアルミニウム及びその合金の耐蝕性に関する研究」(委託金額5,373千円)ならびに東洋濾紙株式会社の実施した「放射線障害防止機具用濾材に関する研究」(補助金額2,370千円)の三つをえらんで紹介する。 B10 の 分 離 目 的 原子力材料はその機能に応じてそれぞれに通した物質を要求するが、そのときある同位元素(isotope)核特性のみが目的に合致し、共存する他の同位元素が有用でないときには同位元素分離の操作が要求される。たとえばB10は中性子遮蔽材または中性子計測材として使用するには適当な物質であるが、天然の硼素中に共存するB11の核特性はそれに対して不適当であるからB10の分離が求められるのである。すなわち原子炉における低速中性子の遮蔽材の場合を考えると、まず中性子吸収断面積が大きいことが望ましいが、中性子を吸収した結果γ線を発生するならば、またそれに対する遮蔽材も必要となるから、透過力のきわめて弱いα線を発生する(nα)反応を行い、しかも吸収断面積の大きい物質が最も有利と考えられる。また中性子計測器の場合中性子のイオン能力は小さいので、通常パラフィン等で減速後(nα)反応によって発生したα線の強度を測定するが、この場合にも同様の特性が要求されることはいうまでもない。さて以上の条件を最もよくみたす元素は硼素であり、しかもその中でもB11なる同位元素のみであることはよく知られた事実である。しかし天然におけるB10の存在比は約19%にすぎないから、もしこれをB11から分離することができたならば、もとの元素と比較したとき、さきの目的に対する能率が約5倍に増大した原子力材料を獲得したことになるであろう。この理由のため原子力材料として利用すべくB10分離なる同位元素分離の操作が現在広く要求され、英米ソ等では原子力工業の一部分として操業されつつあるのである。 以上の目的のため、B10の分離を科学研究所(中根良平主任研究員)に委託し、研究を行った結果を以下に紹介する。 世界におけるB10分離の現況 現在英米ソ等ではB10は大量に分離されB10F3としておもに中性子計測器用材料に利用されているが、最近までいかなる工業的方法によってそれを分離しつつあるかということは完全に秘密にされていた。のみならず他の同位元素ではその分離のための研究成果が多かれ少なかれ学問的な報告として公表されていたが、B10については基礎的な研究すらほとんど発表されず、むしろ大量分離への発展という見地からは問題外と見られる報告が2、3見出されたにすぎなかった。ただ1955年のジュネーブ会議において、アメリカではBF3・CH3OCH3の分留によりB10を分離しているということが述べられたが、詳細については全く不明であったし、またその信頼性についても当時疑問が持たれていた。ところが1957年になってからにわかに各国からB10分離についての研究成果が報告されるきざしがあらわれ、4月に開催されるアムステルダムのシンポジウムにおいて英国その他から発表されると予告された。そして2月正式にアメリカではBF3・CH3OCH3の分留によって大量生産していることが公表され、その詳細がシンポジウムにおいて示された。またイギリスではBF3・C2H5OC2H5の分留およびBF3の低温分留を用いていることが同時に報告されたのである。 B10分離の諸方法およびその比較 まずシンポジウムにおいて発表されたB10分離に関する諸方法について述べよう。それらはおもに分留あるいは液相気相間の化学交換反応によるものであって、それらの分離係数の値も発表されたからそれをまとめて下表に示す。
研究計画 原子力平和利用委託研究として1956年10月からB10分離の研究を開始したが、当時の状況は前述のとおりであって、学問的な資料すらも全く不明であったため、まず基礎実験から出発することを余儀なくされた。しかしアメリカではBF3・CH3OCH3の分留を用いているらしいことが推察されたから、かかる物質の分留によりB10を分離する可能性ありや否やをまず検討することにした。ただBF3・C2H5OC2H5についても当法同様の可能性が予測されたのであるが、不可逆的な二次分解の点も考慮して前者を選んだのである。そしてもしB10の濃縮が可能であることが判明したならば、ある程度たとえば50atomic%にまでに濃縮して後それをBCl3に変換し、既設のものをBCl3用に改造したカルトロンを用いて電磁気的に100%分離することの計画をたてた。 BF3・CH3OCH3の分留 径2.0cm、塔長130cmの真空断熱保温式の硝子製充填塔を用いて分留を行った。そして塔底には二重加熱の方式により蒸発速度を調節する煮沸器を装置し、塔頂には−10℃の冷却器を付着して塔底から上昇する気体を液体に凝縮して復還流させた。なお充填物として100メッシュのステンレス製のディクソン型を使用し、能率を良くする予備溢注装置、圧力一定装置、真空ポンプ保護トラップ等も付着して、有限リザーバーの閉鎖系におけるBF3・CH3OCH3分留によるB10濃縮の可能性をまず検討した。その結果、塔頂圧90mmHg、through put 0.045mol/minの条件において、実験開始後12時間経過した時塔頂付近から採取した少量のBF3・CH3OCH3中のB10濃度を質量分析計を用いて測定するとB11/B10=5.87すなわち14.57atomic%B10と得られた。天然のB10濃度も同時に測定したところ、B11/B10=4.27すなわち18.97atomic%B10と得られたから、BF3・CH3OCH3 を分留することによって比較的容易にB10の存在比を変えることが可能であることを確認した。 塔頂圧 20mmHg であった。その結果実験を開始してから5時間後に塔底付近から採取したBF3・CH3OCH3中のB10存在比を質量分析計により測定したらB11/B10=2.24±0.01すなわち 30.9atomic%B10となり40時間後には B11/B10=0.434±0.001 なる結果が得られた。結局BF3・CH3OCH3を低圧において分留することにより、B10の存在比を18.98atomic%から69.7atomic%まで濃縮することに成功したわけである。この実験結果から、さらに長時間連続操作を行えばより高濃度のB10を得ることが可能であることが推測された。 電磁気的分離法 B10濃縮の一方法として電磁気的分離法も並行して行った。既存のカルトロンをB10濃縮用として改良したのであるが、それには次のようなことが問題となった。すなわち硼素をBCl3の形として使用するが、ハロゲンによる装置の腐蝕および真空系の障害を防止すること。次いでイオン収束部でのB10の収率を上げるための改造を行うこと。さらに強力なイオン発生部の製作が必要であること等である。まず第一の問題の対策として高真空側のハロゲン除去のためコールドトラップを改造、低真空側の水蒸気をとるため五酸化燐トラップを製作し、それらの改造にともなう配管の布設替、コールドトラップ部に凝結したハロゲン化物除去のための空気送風装置の取付け等を行った。次いで第二の問題対策として強力なイオン電流を受けるに適するよう冷却を完全にし、受器の形に工夫をほどこした。第三の問題の対策のため、今までわれわれのカルトロンは電子流に平行にイオンを引き出す型のイオン源を用いていたが、他の形式に変更しかつ電極の形状および配置を変えて最適のものを製造した。以上のように改造した後、分留によってある程度B10の存在比を変えることができたBF3をBCl3に変換し、それを用いてB10の完全分離を試みた。 結 論 試験研究が完了した結果BF3・CH3OCH3の分留はB10分離にとって当初の予期以上に有利な方法であることが判明したので、ステンレス製の充填塔を製造し、その断熱保温を十分完全にして、さらに常に少量の液体BF3・CH3OCHをその内部に貯蔵し、しかも厳密にその量を一定に保つような煮沸器を設計するならば、電磁気的方法を併用せずとも十分に90atomic%B10以上のBF3を工業的に製造しうる見通しをたてることができた。 原子炉材料としてのアルミニウムおよびその合金の高温水に対する耐蝕性の研究 1. 緒 論 アルミニウムは原子核的性質が良く、安価で加工も容易なため比較的低温の水冷原子炉には広く用いられている。しかし温度が高くなるにつれて水に対する耐蝕性が劣化するので、その使用は200℃以下に限られると従来から考えられていたが、適当な成分を添加することにより耐蝕性を向上させる外国の報告もみられる。また国産1号炉やCP−5型炉の建設のうえには100℃くらいまでの比較的低温の耐蝕性を確かめ、またその腐蝕挙動を知ることがぜひ必要である。 2. 研究方法 国産1号炉あるいはCP−5型炉などを目標とすれば水の温度は80℃から高くとも100℃以下であって、それ以上の高温の場合は全くない。しかし動力炉のことを考えると300℃近くまでの試験もしなければならないので、100℃以下と以上とは区別して考えてよいと思われる。そこで以後前者を低温、後者を高温と称することとする。 3. 研究結果 100℃までの低温試験ではpHが1〜2の場合を除いてアルミニウムおよびその合金はいずれも重量が増加する。その時間率は浸漬初期には大きいが、24〜48時間後には一定の低い割合に落ちつく。その定常状態の腐蝕率で比較すると、高純度(99.99%)アルミニウムだけが特に耐蝕性が悪いが、その他の純アルミニウムでは同様であり、市販合金では相互間にはほとんど差がないが純アルミニウムよりはよい。温度についていうといずれも常温(21℃)の腐蝕率はほとんど零であるが、40〜60℃の方が80〜100℃よりも腐蝕率は大きく、40〜60℃で99.99%Alは0.002〜0.03ミル/年、その他の純Alで0.0004〜0.004ミル/年の程度である。 4. 結果に対する考察 外国の文献に高温純水中で高純度アルミニウムが激しい腐蝕をおこすと述べてあることがわかって以来、これは高温度のための影響で、ある臨界温度以下であれば今までの常識のようにアルミニウムは純度がよいほど腐蝕性がよくなると考えられていた。しかしこの実験によると、高純度アルミニウムは低温でもやはり耐蝕性は不良で、しかも高温で腐蝕のひどいことも外国の文献に示されているとおりであった。しかし高温で悪いものが必ず低温で悪いとは限らない。たとえば3S、52Sなどは300℃付近ではごく短時間で激しい腐蝕をおこすが、200℃以下での腐蝕率はきわめて低いのである。このような結果は200℃以上と以下では腐蝕機構に差があるためと考えるのが妥当であろう。 5. 総 括 (1)100℃までの高温純水中でのアルミニウムの腐蝕は、浸漬初期には大きいが、すぐ一定の低い率に落ちつく。その値は40〜80℃では、2Sで0.0004〜0.0016ミル/年くらいであり、52S,61Sなどでは0.0002〜0.0012ミル/年くらいできわめて少ない。腐蝕は被膜形成型であって点蝕はおこらない。 放射線障害防止機具用濾材に関する研究 1. 目 的 本研究は、放射能を有する微粒子を濾過し去って生物に対する被害を少なくするため有効な濾材を研究することを目的とするものである。 2.研究計画樹立の大要 上記の目的を達成せんとするに当って、この試験研究に関連する従来の研究実績と対応、比較する必要がある。 第1表 既製空気濾紙の性能
エアロゾル濾過において最も濾過の困難な粒子のサイズ範囲は0.3〜0.5μである。これより大きなサイズものは、ストークス落下法則に示される原理により、これより小さなサイズのものは粒子のブラウン運動によって、粒子と濾材の衝突回数の公算が大きいために、濾過効率が向上するものと内外の文献に示されている。 3. 濾材性能測定法の検討 新しい濾紙の試作にさきだち、あるいは並行して、濾過機構の解明を企て、試作濾紙の解析、評価に便ならしめた。従来の文献に多数の理論的取扱いはあったが、多種類の濾紙についての直接な実験的根拠にもとづかなければ全般の見通しがつかなかったからである。 (1)流速と抵抗 R=aVn (R:抵抗 V:流速 aおよびn:常数) により、流速が増加するに従って抵抗が増加する。抵抗の小なる濾紙では曲線であるが、抵抗の大きいものは直線となる。nの値は1〜2であって、放射能塵の99.9%以上を濾止するいわゆるAbsolute filter級ではn=1とみなしてよく、以下の理論的誘導式はこの立場で取り扱っている。 (2)抵抗と厚さ 第2図に各種濾紙の厚さと抵抗との関係を示した。関係式 R=aNn (R:抵抗、N:厚さ、aおよびn:濾紙によってきまる定数) において、(1)の場合と同じように抵抗の大きい濾紙にあっては直線関係となり、抵抗の少ないほど曲率が大きくなっている。
(3)抵抗と密度および抵抗と叩解度 紙の密度(重量/容積)が増加するに従って抵抗が著しく増加すべきことは一般によく理解されているが、密度よりもさらに製紙における叩解度(濾水度または水和度)が抵抗に影響することが第3図によって示される。 (4)効率と厚さ 効率の測定法は最も多数の文献に示され、歴史的に進歩の跡が見られる。(セーフティダイジェスト 1956年12月 Air filter の効率測定法) 単位厚さの濾紙を透過した粒子のパーセントがさらに次の濾層によって保留されるから、効率は厚さを増すとともに急激に上昇する。 T=(1−p')n (T:透過率、p':1枚当りの保留率、n:厚さ) 第3図 抵抗と密度および抵抗と叩解度との関係 (5)効率と能率 粒子を濾紙上に保留する割合、いわゆる効率(透過率の値で示すこともある) を向上することが濾紙改良の第一段目標であるが、作業上濾紙を使用する場合は常に濾過抵抗を可及的に小さくせねばならない。効率と抵抗とをあわせて同時に評価する濾過の能率は研究遂行上便利な数値である。 E=−log(1−P)/R (E:濾過能率、P:保留率) より求めたEを下記にしばしば用いる。 4. 濾紙の試作 既製の内外濾紙はほとんど綿繊維で作られているが、1μの微粒子を保留するためには、綿繊維より直径の小さい繊維を採用する必要がある。各種合成繊維、ガラス、石綿繊維が着目される。 第4図 綿繊維の叩解度と濾過能率
前者はわが国で現存するものでは工業的の能率を挙げ得なかったが、後者によって所期の目的を達した。
表7図 抄紙の際の圧搾度の影響
濾材に揆水性を与えることは寿命を長びかせるために必要である。市販品の各種揆水剤をテストしたがヨドソール250が効果的であった。 5. 試作濾紙の性能
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