原子力平和利用研究の紹介

 昭和31年度原子力平和利用研究のうち、株式会社科学研究所(中根良平)の実施した「B10の分離の研究」(委託金額3,478千円)、同じく科学研究所(伊藤伍郎)の実施した「原子炉材料としてのアルミニウム及びその合金の耐蝕性に関する研究」(委託金額5,373千円)ならびに東洋濾紙株式会社の実施した「放射線障害防止機具用濾材に関する研究」(補助金額2,370千円)の三つをえらんで紹介する。

B10 の 分 離

 目 的

 原子力材料はその機能に応じてそれぞれに通した物質を要求するが、そのときある同位元素(isotope)核特性のみが目的に合致し、共存する他の同位元素が有用でないときには同位元素分離の操作が要求される。たとえばB10は中性子遮蔽材または中性子計測材として使用するには適当な物質であるが、天然の硼素中に共存するB11の核特性はそれに対して不適当であるからB10の分離が求められるのである。すなわち原子炉における低速中性子の遮蔽材の場合を考えると、まず中性子吸収断面積が大きいことが望ましいが、中性子を吸収した結果γ線を発生するならば、またそれに対する遮蔽材も必要となるから、透過力のきわめて弱いα線を発生する(nα)反応を行い、しかも吸収断面積の大きい物質が最も有利と考えられる。また中性子計測器の場合中性子のイオン能力は小さいので、通常パラフィン等で減速後(nα)反応によって発生したα線の強度を測定するが、この場合にも同様の特性が要求されることはいうまでもない。さて以上の条件を最もよくみたす元素は硼素であり、しかもその中でもB11なる同位元素のみであることはよく知られた事実である。しかし天然におけるB10の存在比は約19%にすぎないから、もしこれをB11から分離することができたならば、もとの元素と比較したとき、さきの目的に対する能率が約5倍に増大した原子力材料を獲得したことになるであろう。この理由のため原子力材料として利用すべくB10分離なる同位元素分離の操作が現在広く要求され、英米ソ等では原子力工業の一部分として操業されつつあるのである。

 以上の目的のため、B10の分離を科学研究所(中根良平主任研究員)に委託し、研究を行った結果を以下に紹介する。

 世界におけるB10分離の現況

 現在英米ソ等ではB10は大量に分離されB10F3としておもに中性子計測器用材料に利用されているが、最近までいかなる工業的方法によってそれを分離しつつあるかということは完全に秘密にされていた。のみならず他の同位元素ではその分離のための研究成果が多かれ少なかれ学問的な報告として公表されていたが、B10については基礎的な研究すらほとんど発表されず、むしろ大量分離への発展という見地からは問題外と見られる報告が2、3見出されたにすぎなかった。ただ1955年のジュネーブ会議において、アメリカではBF3・CH3OCH3の分留によりB10を分離しているということが述べられたが、詳細については全く不明であったし、またその信頼性についても当時疑問が持たれていた。ところが1957年になってからにわかに各国からB10分離についての研究成果が報告されるきざしがあらわれ、4月に開催されるアムステルダムのシンポジウムにおいて英国その他から発表されると予告された。そして2月正式にアメリカではBF3・CH3OCH3の分留によって大量生産していることが公表され、その詳細がシンポジウムにおいて示された。またイギリスではBF3・C2H5OC2H5の分留およびBF3の低温分留を用いていることが同時に報告されたのである。

 B10分離の諸方法およびその比較

 まずシンポジウムにおいて発表されたB10分離に関する諸方法について述べよう。それらはおもに分留あるいは液相気相間の化学交換反応によるものであって、それらの分離係数の値も発表されたからそれをまとめて下表に示す。
 さて以上のような種々の分離過程があることが発見されているが、これらのうちのいずれかを用いてB10分離を行うためには、分離係数の最も大きい過程にまず注目すべきことはいうまでもない。しかし現実の分離問題においてはそのほか生産量とか、腐蝕の問題、機構の問題等種々の因子が加わるため、すべての条件を比較して、その結果最も有利と見られる分離過程が選択されるべきである。現在実際に B10分離のために応用されているのはBF3・CH3OCH3,BF3・C2H5OC2H5およびBF3の分留であって、そのほかはまだ可能性が見出されたにすぎないか、あるいは単なる平衡恒数を求める実験結果の報告にとどまっているのである。BF3・CH3OCH3とBF3・C2H5OC2H5の分留について比較してみるとそれらの1気圧における沸点はいずれも126°Cであり、沸点以下における蒸気圧もほとんど変らない。しかしこれらの複合化合物は蒸気の状態において一部各単体に分解し、温度の上昇とともに分解度も増大するが、その度合はBF3・C2H5OC2H5 の方が大きい。さらにBF3・C2H5OC2H5を92℃以上に加熱すると不可逆的な二次分解が起り、ついには炭化も生ずるが、BF3・CH3OCH3は126℃になっても二次分解は起さないといわれる。両者の分留いずれが良いかは十分に検討する必要があろう。しかしいずれも蒸気圧が低いため、低圧でしかも常温より高温において分留を行う必要があるが、BF3の低温蒸留は−100℃付近で行われるから操作が困難でしかも分離係数が小という欠点をもつにもかかわらず、1気圧あるいはさらに高圧下で操作しうるのでB10の大量生産にとって有利である。計測器に要求される程度のB10F3を生産するためには、英米でもイーセレイトの分留のみで十分需要に応じられるらしいが、最近高速炉の制御材として非常に大量のB10を要求される英国では、リズレー研究所でBF3の低温蒸留を大規模に行いつつあるといわれる。


 研究計画

 原子力平和利用委託研究として1956年10月からB10分離の研究を開始したが、当時の状況は前述のとおりであって、学問的な資料すらも全く不明であったため、まず基礎実験から出発することを余儀なくされた。しかしアメリカではBF3・CH3OCH3の分留を用いているらしいことが推察されたから、かかる物質の分留によりB10を分離する可能性ありや否やをまず検討することにした。ただBF3・C2H5OC2H5についても当法同様の可能性が予測されたのであるが、不可逆的な二次分解の点も考慮して前者を選んだのである。そしてもしB10の濃縮が可能であることが判明したならば、ある程度たとえば50atomic%にまでに濃縮して後それをBCl3に変換し、既設のものをBCl3用に改造したカルトロンを用いて電磁気的に100%分離することの計画をたてた。

 BF3・CH3OCH3の分留

 径2.0cm、塔長130cmの真空断熱保温式の硝子製充填塔を用いて分留を行った。そして塔底には二重加熱の方式により蒸発速度を調節する煮沸器を装置し、塔頂には−10℃の冷却器を付着して塔底から上昇する気体を液体に凝縮して復還流させた。なお充填物として100メッシュのステンレス製のディクソン型を使用し、能率を良くする予備溢注装置、圧力一定装置、真空ポンプ保護トラップ等も付着して、有限リザーバーの閉鎖系におけるBF3・CH3OCH3分留によるB10濃縮の可能性をまず検討した。その結果、塔頂圧90mmHg、through put 0.045mol/minの条件において、実験開始後12時間経過した時塔頂付近から採取した少量のBF3・CH3OCH3中のB10濃度を質量分析計を用いて測定するとB11/B10=5.87すなわち14.57atomic%B10と得られた。天然のB10濃度も同時に測定したところ、B11/B10=4.27すなわち18.97atomic%B10と得られたから、BF3・CH3OCH3 を分留することによって比較的容易にB10の存在比を変えることが可能であることを確認した。
 以上の予備実験をもとにして、長時間連続操作を行ってB10の存在比を大きく変化させうる分留塔を設計した。充填塔の部分はただ塔径を2.5cmとし、塔長を500cmと長大にしたのみで、形状、充填物および付属物等は予備実験の場合とほとんど同一形式とした。しかし予備実験の形式では塔頂にB11が濃縮されるにすぎないので、塔頂に無限大のリザーバーを付着、すなわち絶えず新しいBF3・CH3OCH3を注入し、塔底には還流の役目を果すにすぎないところの一定ではあるが小容量の煮沸器を装置した。この煮沸器内に貯蔵されるBF3・CH3OCH3が一定であることは、この際の分留にとって最も必要な条件であるが、それを可能ならしめる上に最も簡単と考えうる液体の容量が零の方式、すなわち乾燥した銅製の過熱式閃煮沸器を採用した。この時充填塔から落下した液体はただちに気体に蒸発し、液体としては存在しないから圧力さえ一定であれば、塔底付属物内のホールドアップは常に一定となってB10の濃縮は安定に行われるはずである。なお塔長等は圧力、落差等の測定結果から導いた値である。この装置を用いて長時間連続的に分留を行った。その時の操作条件はFeed 0.0035mol/min through put 断熱が十分完全ではなかったため、充填塔の上部と下部においてその速度が異なり、一定にならなかった。

 塔頂圧   20mmHg
 塔頂温度  30℃
 塔底温度  90±2℃

であった。その結果実験を開始してから5時間後に塔底付近から採取したBF3・CH3OCH3中のB10存在比を質量分析計により測定したらB11/B10=2.24±0.01すなわち 30.9atomic%B10となり40時間後には B11/B10=0.434±0.001 なる結果が得られた。結局BF3・CH3OCH3を低圧において分留することにより、B10の存在比を18.98atomic%から69.7atomic%まで濃縮することに成功したわけである。この実験結果から、さらに長時間連続操作を行えばより高濃度のB10を得ることが可能であることが推測された。

 電磁気的分離法

 B10濃縮の一方法として電磁気的分離法も並行して行った。既存のカルトロンをB10濃縮用として改良したのであるが、それには次のようなことが問題となった。すなわち硼素をBCl3の形として使用するが、ハロゲンによる装置の腐蝕および真空系の障害を防止すること。次いでイオン収束部でのB10の収率を上げるための改造を行うこと。さらに強力なイオン発生部の製作が必要であること等である。まず第一の問題の対策として高真空側のハロゲン除去のためコールドトラップを改造、低真空側の水蒸気をとるため五酸化燐トラップを製作し、それらの改造にともなう配管の布設替、コールドトラップ部に凝結したハロゲン化物除去のための空気送風装置の取付け等を行った。次いで第二の問題対策として強力なイオン電流を受けるに適するよう冷却を完全にし、受器の形に工夫をほどこした。第三の問題の対策のため、今までわれわれのカルトロンは電子流に平行にイオンを引き出す型のイオン源を用いていたが、他の形式に変更しかつ電極の形状および配置を変えて最適のものを製造した。以上のように改造した後、分留によってある程度B10の存在比を変えることができたBF3をBCl3に変換し、それを用いてB10の完全分離を試みた。

 結 論

 試験研究が完了した結果BF3・CH3OCH3の分留はB10分離にとって当初の予期以上に有利な方法であることが判明したので、ステンレス製の充填塔を製造し、その断熱保温を十分完全にして、さらに常に少量の液体BF3・CH3OCHをその内部に貯蔵し、しかも厳密にその量を一定に保つような煮沸器を設計するならば、電磁気的方法を併用せずとも十分に90atomic%B10以上のBF3を工業的に製造しうる見通しをたてることができた。

原子炉材料としてのアルミニウムおよびその合金の高温水に対する耐蝕性の研究

1. 緒 論

 アルミニウムは原子核的性質が良く、安価で加工も容易なため比較的低温の水冷原子炉には広く用いられている。しかし温度が高くなるにつれて水に対する耐蝕性が劣化するので、その使用は200℃以下に限られると従来から考えられていたが、適当な成分を添加することにより耐蝕性を向上させる外国の報告もみられる。また国産1号炉やCP−5型炉の建設のうえには100℃くらいまでの比較的低温の耐蝕性を確かめ、またその腐蝕挙動を知ることがぜひ必要である。
 それで市販の純アルミニウムおよびその合金の純水に対する耐蝕性のデータを得て国産炉建設の基礎資料とするとともに、動力炉で高温にまで使うことのできるアルミニウム合金を求めることを目的として科学研究所に昭和31年度原子力平和利用委託研究費を交付し、本研究を実施させた。
 アルミニウムおよびその合金の耐蝕性に関する従来の研究は数多くあり、合金成分の影響などもほぼわかっているが、これは種々の試薬溶液あるいは海水、水道水などに対するものであって、原子炉で必要とされる高温のしかも高純度の水に対するものはわが国では全くなく外国でも原子力が問題にされはじめてからのここ10年ばかりの間に行われた研究が2〜3発表されているばかりである。したがってその詳細については自分らの手で直接扱ってみなければならず、研究の第一着手としては高温純水中のアルミニウムおよびその合金の腐蝕について、環境因子の影響と金属自体の影響因子とを明らかにして、このような腐蝕に対する根本的な考え方を確立することを目標としたわけである。

2. 研究方法

 国産1号炉あるいはCP−5型炉などを目標とすれば水の温度は80℃から高くとも100℃以下であって、それ以上の高温の場合は全くない。しかし動力炉のことを考えると300℃近くまでの試験もしなければならないので、100℃以下と以上とは区別して考えてよいと思われる。そこで以後前者を低温、後者を高温と称することとする。
 本研究では第一着手であるので静的腐蝕のみをめざしたのであるが、そのために水質は時間とともに変化して、はじめの値とは相当変ってしまった。その変化の程度はもちろん計測してあるけれども、このため水質と腐蝕のデータとの厳密な関連は求められていない。これをさけるためにはどうしても動的試験を行わねばならないが、これは研究の次の段階に行うべきものと考えた。
 用いた試料は市販の純アルミニウム4種(99.99,99.9,99.7および99.0%各純度のもの)と同じく市販の合金11種(うち3種のみ鋳物、他は板材)と、そのほか特に成分を要求に合わせて自製した合金45種を用いた。これらの試料を低温試験の場合には、硫酸あるいは苛性ソーダによりpHを調節した試験液とともにガラス製試験管中に熔封して電気炉に入れて所要の温度に保持し、一定時間ごとにとり出して重量変化、液のpHの変化などを測定した。重量変化は水のpHが3より小さい場合を除いて常に増加となった。もし、アルミニウムが水中に溶出すれば、この重量増加によって腐蝕性を論ずることはできないのであるが、試験後の液中のアルミニウムをアルミノン法によって分析した結果、液のpHが4〜8の間では測定の誤差範囲内においてアルミニウムの溶出は認められなかったので、この重量増加値によって腐蝕の大小を論ずることは妥当である。
 高温試験の場合にはテレックス管に試験液と試料を入れたものをたばねてオートクレーブ中に収め、所定の温度に保持した。高温の時には腐蝕が激しいので、重量変化のほか外観によっても比較をした。

3. 研究結果

 100℃までの低温試験ではpHが1〜2の場合を除いてアルミニウムおよびその合金はいずれも重量が増加する。その時間率は浸漬初期には大きいが、24〜48時間後には一定の低い割合に落ちつく。その定常状態の腐蝕率で比較すると、高純度(99.99%)アルミニウムだけが特に耐蝕性が悪いが、その他の純アルミニウムでは同様であり、市販合金では相互間にはほとんど差がないが純アルミニウムよりはよい。温度についていうといずれも常温(21℃)の腐蝕率はほとんど零であるが、40〜60℃の方が80〜100℃よりも腐蝕率は大きく、40〜60℃で99.99%Alは0.002〜0.03ミル/年、その他の純Alで0.0004〜0.004ミル/年の程度である。
 合金では3S、52S、61Sなどのいわゆる耐蝕性合金でも、17S、75S、Y合金、24Sなどの従来耐蝕性の悪いと称されている合金でもpHが4〜9、温度40〜100℃の範囲の腐蝕率が0.0004〜0.003ミル/年の程度で差がなく、また点蝕の生ずる傾向も全くない。
 しかしpHが1あるいは2のごとく酸性の強い場合には純アルミニウムでは純度の高いほど腐蝕率は小さく、また合金でも17Sの腐蝕率が高いなど従来の腐蝕の常識と一致した結果が得られている。
 温度が200℃以上にもなると耐蝕性の優劣の差はきわめて顕著で、300℃でわずか1時間の試験により99.0%以外の純アルミニウムはすべて崩壊してしまい、320℃になると純アルミニウムで原形を止めるものはない。しかし合金ははるかに耐蝕性がよく、3Sやマグネシウムを多量に含んだ合金以外のものは320℃で20時間以上でも表面はあまり変化しない。アルミニウムに鉄、珪素、ニッケル、銅などを添加した合金について添加成分の影響をしらべてみると、鉄0.3%以上、銅2%以上、ニッケル0.6%以上、マグネシウム2%以下などを含むものが最も耐蝕性がよく、かつこのような成分の合金は高温強度もすぐれているところから、高温純水用の耐蝕性アルミニウム合金として適当したものと考えられる。 高温純水中でアルミニウム試片の重量が増加するのはなんらかの腐蝕生成物が被膜の形となって付着するものと考えられる。この生成物がなんであるかX線分析によって求めてみた。その結果、80℃以下ではBayerite(Al2O3・3H2O)であり120℃以上ではBoehmite(Al2O3・3H2O)であり、その中間の温度では両者がともに見られた。
 なおこのほか、他金属との共存の影響、重水による腐蝕試験、放射線照射試験、腐蝕による疲労強度の変化、腐蝕による発生ガスの分析なども行ったが紙面の余裕がないので省略する。

4. 結果に対する考察

 外国の文献に高温純水中で高純度アルミニウムが激しい腐蝕をおこすと述べてあることがわかって以来、これは高温度のための影響で、ある臨界温度以下であれば今までの常識のようにアルミニウムは純度がよいほど腐蝕性がよくなると考えられていた。しかしこの実験によると、高純度アルミニウムは低温でもやはり耐蝕性は不良で、しかも高温で腐蝕のひどいことも外国の文献に示されているとおりであった。しかし高温で悪いものが必ず低温で悪いとは限らない。たとえば3S、52Sなどは300℃付近ではごく短時間で激しい腐蝕をおこすが、200℃以下での腐蝕率はきわめて低いのである。このような結果は200℃以上と以下では腐蝕機構に差があるためと考えるのが妥当であろう。
 200℃以下の放物線に近い腐蝕曲線を示す腐蝕では、合金成分の差がなく、銅や鉄のごときものを添加しても腐蝕率は増さないところから考えると、この場合には従来腐蝕につきものとして考えられていた電気化学的反応がおこりがたく、むしろ純化学的過程が優先するものといえよう。被膜形成後の腐蝕はその被膜を通しての酸素あるいはアルミニウムなどのイオン拡散によって律速されるものとすると、Bayeriteよりは Boehmite の方が成長が遅いという報告と、本研究で80℃以下の方が腐蝕率が大きい結果となったこととは対応するであろう。本研究で合金でも点蝕の起らなかったこともまたこのような考え方を支持する一つの根拠であるが、これは水の伝導度の小さいことからくるのであろう。pHが1のごとく低い場合には明らかに従来の常識どおりの結果となり、また塩類を添加して伝導度をました液では高温でも点蝕の生ずることからいっても以上のような結果は温度の影響ではなくて、pHおよび水の純度の影響といいうるのである。
 200℃以上の場合の激しい腐蝕は発生した水素ガスの被膜下での分子化による被膜の破壊によっておこるとの文献の説を裏付けするだけの結果しか得られなかった。たとえば水素過電圧の低い添加成分、Fe,Niなどが有効であることのほか、Co,Pdなどの有効性をも確かめたが、これらの機構については今後も検討してみたい。

5. 総 括

(1)100℃までの高温純水中でのアルミニウムの腐蝕は、浸漬初期には大きいが、すぐ一定の低い率に落ちつく。その値は40〜80℃では、2Sで0.0004〜0.0016ミル/年くらいであり、52S,61Sなどでは0.0002〜0.0012ミル/年くらいできわめて少ない。腐蝕は被膜形成型であって点蝕はおこらない。
(2) 200℃以上での腐蝕におよぼす成分の影響としては、Fe,Cu,Ni,Pd,Coなどが有効成分として作用する。Mgも2%まであるいはそれ以上あっても温度が200℃までであればよい。これらの成分を含む合金は高温強度も大であるので、高温純水用合金として有望である。
(3) 高温純水中でのアルミニウムの腐蝕は純化学的過程によるアルミニウムの酸化と水素の発生が電気化学的過程に優先する。これがアルミニウムの純度や合金成分についての腐蝕性の結果が従来の常識と背馳した理由であって、これは純水の特性で、高温のための特性ではなく、耐蝕性の逆転する温度は存在しない。
(4)200℃以上で3S,52Sなどの耐蝕性が急に劣化するのは、発生した水素による腐蝕促進の付加的反応がおこるからである。
(5)以上で低温の水冷炉に2Sあるいは52S,61Sなどを使用する時の大略の腐蝕率はすべて等しいことおよび高温に使用しうる合金の成分などが明らかとなり、またこのような腐蝕における機構にも考察を加えた。
 なお、本研究は東大橋口教授、井形助教授の御指導御援助をいただいて行ったものである。

放射線障害防止機具用濾材に関する研究

1. 目  的

 本研究は、放射能を有する微粒子を濾過し去って生物に対する被害を少なくするため有効な濾材を研究することを目的とするものである。

2.研究計画樹立の大要

 上記の目的を達成せんとするに当って、この試験研究に関連する従来の研究実績と対応、比較する必要がある。
 第1次大戦以来、わが国において化学および工業用として用いられてきた濾紙は、主として水溶液、油、アルコールその他の液体用であったが、第2次大戦後、濾過界に工業上における気体濾過の進出という変化が起った。すなわち自動車、航空機等における燃料用空気、計器保護用空気の濾過等である。製薬工業、写真工業等における作業用空気の清浄にも濾紙が使用される情勢となった。これらの目的に供する濾紙は、戦後に研究され、数年以前からすでに実用の域に達し、毎月相当の量が製造販売されている。これら濾紙の種類、性能、用途等を第1表に掲げる。
 さて放射線障害防止用濾材と前述の諸工業用空気濾紙との根本的差異がどこにあるかというと、従来要求されている空気清浄は、その中に含まれる塵埃粒子の直径1μ以上を対象とするに対して放射線障害防止の場合には1μ以下の粒子の方が問題となるところにあった。

 

第1表   既製空気濾紙の性能

 エアロゾル濾過において最も濾過の困難な粒子のサイズ範囲は0.3〜0.5μである。これより大きなサイズものは、ストークス落下法則に示される原理により、これより小さなサイズのものは粒子のブラウン運動によって、粒子と濾材の衝突回数の公算が大きいために、濾過効率が向上するものと内外の文献に示されている。
 自然に存在する微粉体は一般に広い範囲の粒度にまたがっているから、厳密な効率測定用の対象には用いられない。DOP(Dioctyl pht-halate)を一定条件のもとで発生させるとき、粒子の濃度および粒度分布を狭い範囲に限定し得ることも既知の事実であるから、DOPを採用することにした。また効率定量の基準としてはわが国で最初に試作されたKY式光電塵埃計数器を使用することにした。

3. 濾材性能測定法の検討

 新しい濾紙の試作にさきだち、あるいは並行して、濾過機構の解明を企て、試作濾紙の解析、評価に便ならしめた。従来の文献に多数の理論的取扱いはあったが、多種類の濾紙についての直接な実験的根拠にもとづかなければ全般の見通しがつかなかったからである。
 濾材の検査規格として、濾紙の厚さ、重量、濾過の速度、抵抗、効率、寿命等があげられるが、それぞれの測定法を吟味し、さらに相互の関係を求めた。

(1)流速と抵抗
 第1図に各種濾紙の流速と抵抗との関係を示した。
 関係式

            R=aVn

    (R:抵抗 V:流速 aおよびn:常数)

により、流速が増加するに従って抵抗が増加する。抵抗の小なる濾紙では曲線であるが、抵抗の大きいものは直線となる。nの値は1〜2であって、放射能塵の99.9%以上を濾止するいわゆるAbsolute filter級ではn=1とみなしてよく、以下の理論的誘導式はこの立場で取り扱っている。

(2)抵抗と厚さ

 第2図に各種濾紙の厚さと抵抗との関係を示した。関係式

            R=aNn

    (R:抵抗、N:厚さ、aおよびn:濾紙によってきまる定数)

において、(1)の場合と同じように抵抗の大きい濾紙にあっては直線関係となり、抵抗の少ないほど曲率が大きくなっている。



第1図 各種折紙の流速と抵抗との関係

No.5A 化学用定量濾紙、放射能Air sampler 用として日本工業規格原案に採用されている。
AEC 1 Kambridge Co.製 absolute filter paper
No.65 写真工場の作業空気用
Airsolve 95 Kambridge製の prefilter
No.61 自動車内のエンジン用
Airsolve 85 Kambridge製の prefilter
Airsolve 35    同 上
R−85 ヴィスコン濾紙(Not paper)
R−45    同 上




第2図 各種濾紙の厚さと抵抗との関係

(3)抵抗と密度および抵抗と叩解度

 紙の密度(重量/容積)が増加するに従って抵抗が著しく増加すべきことは一般によく理解されているが、密度よりもさらに製紙における叩解度(濾水度または水和度)が抵抗に影響することが第3図によって示される。

(4)効率と厚さ

 効率の測定法は最も多数の文献に示され、歴史的に進歩の跡が見られる。(セーフティダイジェスト 1956年12月 Air filter の効率測定法)

 単位厚さの濾紙を透過した粒子のパーセントがさらに次の濾層によって保留されるから、効率は厚さを増すとともに急激に上昇する。

            T=(1−p')n

    (T:透過率、p':1枚当りの保留率、n:厚さ)

第3図 抵抗と密度および抵抗と叩解度との関係

(5)効率と能率

 粒子を濾紙上に保留する割合、いわゆる効率(透過率の値で示すこともある) を向上することが濾紙改良の第一段目標であるが、作業上濾紙を使用する場合は常に濾過抵抗を可及的に小さくせねばならない。効率と抵抗とをあわせて同時に評価する濾過の能率は研究遂行上便利な数値である。

            E=−log(1−P)/R

    (E:濾過能率、P:保留率)

より求めたEを下記にしばしば用いる。

4. 濾紙の試作

 既製の内外濾紙はほとんど綿繊維で作られているが、1μの微粒子を保留するためには、綿繊維より直径の小さい繊維を採用する必要がある。各種合成繊維、ガラス、石綿繊維が着目される。
 ヴィスコース、ナイロンの国産品3〜5デニールを使用した結果の効率は向上しなかった。
 ガラスおよびアスベストはそれぞれ単独では紙としての成型が困難であった。
 綿繊維を配合する一般製紙法に従って効率および能率を向上することができた。
 試作条件の吟味を以下に記述する。
 第4図は綿繊維の叩解度と濾過能率の関係を示したものであって、叩解度が低いほどEが大きくなる。石綿の種類、配合比を変えても同様であった。
 叩解度の低い紙料は均一組織の紙葉を作りにくい。この短所を救う目的で叩解前の紙料を織維細断器に掛けることと酸または酸化剤によって前処理を行うことを試みた。

 第4図 綿繊維の叩解度と濾過能率


 前者はわが国で現存するものでは工業的の能率を挙げ得なかったが、後者によって所期の目的を達した。
 石綿の種類はクリソタイルの各級およびアフリカ産青石綿等10種類によって調べたが、青石綿が最も優秀な結果を示した。(第5図)
 石綿と綿繊維の配合比は石綿の量比が多いほど効率を増すが抵抗をはなはだしく大きくするので両者を総合する能率Eおよび透過率(第6図)を加味して最も適当な配合比として5〜15%の配合比を見出した。
 抄紙の際の圧搾度もEに関係する。圧力の少なくなるほどEは大きくなる。(第7図)



第5図 石綿の種類による差異



第6図 石綿と綿繊維との配合比による差異

表7図 抄紙の際の圧搾度の影響


 濾材に揆水性を与えることは寿命を長びかせるために必要である。市販品の各種揆水剤をテストしたがヨドソール250が効果的であった。
 濾材に耐熱性を与えるため、綿繊維を全く配合しないガラス−石綿紙を試作した。ガラスは9μと1μとを使用したが、前者は抵抗を少なくし、後者は効率を大きくする。
 いずれの場合もバインダーを必要とし、市販品中ポリゾールS−5で所要の強度が得られた。

5. 試作濾紙の性能
 試作条件の諸吟味は、タッピー式標準抄紙法と濾紙の手漉工場設備とを併用して試みられたが、実際の機械抄紙に作業を移行した場合には予期せざる種々の困難に遭遇した。
 手漉紙の場合、得られた結果はAECで採用している高性能濾紙に遜色のないものであるが、機械抄紙法によるものは抵抗および効率の点でまだ満足の域に達していない。
 第2表および第3表にそれらの数値を示し、なお第8図,第9図に流速と抵抗、流速と効率の関係を、第10図に濾過時間による抵抗増加すなわち濾紙の寿命を各種濾紙について比較したものを掲げる。

第2表 手漉試作濾紙の性能


第3表 機械漉試作濾紙性能


第8図 試作3の抗抵−流速、透過率−流速線図



第9図 試作4およびAEC1の抗抵−流速、
     透過率−流速線図


第10図 各種濾材の抵抗−濾過時間線図