ハーウェル原子炉学校について

 ハーウェル原子炉学校は、英国において1954年以来毎年3回ずつ開催され、現在は国際的にも開放されている。
 本稿は、わが国としてははじめてこれに参加した福永、寺西両氏が英国から送付してきたものを執務参考用として「原子力メモ」第25号に収録したものの抜粋(約3割程度に圧縮)である。
 なお福永氏は留学を終えて帰国、現在原子力局原子力調査課勤務中、寺西氏は昭和32年度留学生としてひきつづき留学中で、現在オックス・フォード大学在学中である。
 今後原子力関係留学生として留学し帰国したものからの報告書を適時掲載していく予定である。

ハーウェル原子炉学校報告書(抜粋)

                      科学技術庁原子力局   福永   博

                      科学技術庁原子力局

                      兼工業技術院電気試験所 寺西 英三

1.総 括

1.1名 称

 The Harwell Reactor School

 Atomic Energy Research Establishment, Harwell.

 School Principal Dr, D.J.Littler

1.2 学校の目的

 大学卒業程度の基礎知識を有する科学者および技術者に対して原子力工学全般についての一般的基礎知識を与えることを目的としている。1954年設立の当初においては英国内の原子力関係科学技術者の養成を目標としていたが、1955年8月の「原子力平和利用に関する国際会議」以後から国際コースとして外国人学生にも開放している。

1.3 参加したコース

1954年以来毎年3回(2月、5月、9月)開催されており、われわれが参加したのは第8回コース(期間14週間)で、国際コースとしては第4回のものである。

1.4 学 生 数

 全員 47人

  内 訳 英国人学生 21人

      外国人学生 20人

        独5、日2、スペイン2など14ヵ国

       英国原子力公社  6人

   このほか、

     第7回生(6週間コース)11人

        聴  講  生   21人

1.5 講 師

 原子炉学校専任の講師2人の他は主としてAEREの原子炉部(ReactorDivision)、化学部(ChemistryDiv.)などから派遣されている。実験指導者はすべて原子炉学校専任者でAERE構内で行う際にもAEREの考えは直接には関与しない。

1.6 学校の所在および施設

 われわれの使用した校舎は1956年9月に完成した新校舎でAEREに隣接しているが、一応その構外にありAEREからの隔離を考慮に入れ、反面自由に出入できる便利を与えている。
 総建坪約400坪、木造平屋建で、図書室、実験室、講義室、休憩室、自習室などを有している。図書室にはジュネーヴ会議の研究資料、原子力工学に直接関係する図書および雑誌類(たとえば Nucleonics,Nuclear Engineering等)は一応備えられているが、AERE Report類、AEC研究報告類および一般物理学・工学・化学に関する雑誌、図書はない。しかし、これらの資料も図書室係を通じて、さしつかえのない範囲でAERE図書室から借り出すことはできる。その他学生用として手動計算器が5台設備されている。

2.講 義

 講義はすべて原子炉学校の講義室で行われる。約150時間の講義の中に原子力平和利用に関するほとんどあらゆる面を包含している。しかも大部分の講義は予稿が用意されていないしまた2、3の講義を除いてはその内容は必ずしも体系的であるとは言えないので、ある程度の予備知識をもっていることが望まれる。講義を内容により分類すると大体次のとおりである。

 1.原子炉物理学(原子炉物理概論および放射線遮蔽を含む)

 2.冷却理論(熱力学、流体力学も含む)

 3.原子炉材料の金属学および化学

 4.放射線測定器および原子炉制御系

 5.保健物理学および放射性廃棄物処理

 6.各種原子炉の構造、特性

 7.その他の原子炉工学の諸問題

以下この分類に従って簡単に大要を述べる。

2.1原子炉物理学

(a)原子核物理学概論:約10時間原子物理学に関する予備知識を持たないものを対象として 素粒子、原子核の構造、放射能、核分裂などにつき、その大要を教えるもので演習時間(Studyperiod)も含んでいる。講義の内容はさして高くはないが、その知識、数値をただちに放射能、放射線遮蔽、ゼノン妨害作用などの計算に応用するし、また短時間の講義のうちに広範囲の内容を含むため。一応の予備知識をもって講義にのぞむ方がより効果的であると思われる。

(b)原子炉物理学:四因子公式の概説に始り、熱中性子の拡散、原子炉の動特性、臨界体積 の計算にいたり、さらに減速理論を導入することにより四因子公式各項の精密計算法、反射体について論じ、精密な臨界体積の計算法、転換効率、制御棒の理論に終るものである。

 これらの講義の内容はGlasston and Edlund およびLittler and Raffle の著書を参考としているものと思われる。

(c)原子炉遮蔽論:原子炉放射線および放射性同位元素の放射線の遮蔽を目的としている。

  講義の内容はかなり具体的であるのでその理解には相当の予備知識が必要であるが、最も価値ある講義の一つと言えよう。

2.2 冷却理論

 原子炉核燃料要素の熱伝導、熱伝達一般論、熱サイクルの一般的知識を与えることを目的としている。

2.3 原子炉材料の金属学および化学

(a)核燃料および原子炉用特殊材料:グラファイト、重水、ベリリウム、ウラン、トリウム、ジルコニウムなどにつき化学的処理の原理、設備、操作の概要をのべる。

(b)照射済燃料の化学的処理:原子炉内で使用された燃料よりウラン、プルトニウムを抽出し、核分裂生成物を分離する際の化学的処理につき、その原理、設備、操作などをのべる。

(c)放射線化学:放射線損傷の理論、放射線照射による熱的、電気的性質の変化、グラファイト、高分子物質などに対する放射線の影響の実際ならびに温度との関係、放射線損傷と腐蝕の関係などについて述べる。

(d)ウラン濃縮:主として六弗化ウランを用いる拡散法について濃縮装置の概要、濃縮効率などを述べる。

(e)廃棄物処理の化学的操作:放射性廃棄物から各種の放射性物質を分離、採集する際の化学的処理をのべる。

(f)腐蝕の化学:Be,Mg,Al−Mg,Zr,鋼,銅合金、不銹鋼等に対する腐蝕についてのべる。

2.4 放射線測定器および原子炉制御系

 放射線測定器の原理、構造、特性、原子炉制御用放射線測定器の構造、特性、破損燃料検出装置の構造、原理、極限感度、原子炉の動特性と原子炉制御、原子炉起動時の中性子源、原子炉計測器の種類、制御系の構成、原子炉自動始動装置Reactor Simulator などについてのべる。

2.5 保健物理学および廃棄物処理

 線量の定義、各種放射線の許容量、放射線量や測定法および測定器、放射性汚染防護法および除去法、遠隔操作装置、放射性廃棄物の処理および最終的廃棄、放射線の生物学的効果などについてのべる。

2.6 各種原子炉の構造、特性

 各種の原子炉についてそれぞれ1時間ずつ、簡単にその構造、大体の要目、利害得失などを論ずるものである。

2.7 その他原子炉工学の諸問題

 原子炉工学に関する諸問題をだいたい1題目1時間でそれぞれ専門家を講師として講義する。

3.見 学

 原子炉学校14週間の間に、各実験グループ(後述)ごとにAERE Harwell内のChemistry Div.,Chemical Engineering Div., Health Physics Div.,Effluent Farmなどほとんどすべての施設および原子炉を、各項目だいたい半日くらいかけて見学した。

3.1原 子 炉

(a)GLEEP:天然ウラングラファイト型、100kW

(b)BEPO:天然ウラングラファイト型、6MW

(c)DIMPLE:濃縮ウラン重水型、出力ゼロ中性子束108n/cm2/sec、反射体グラファイト30cm

(d)DIDO:高濃縮ウラン重水型、出力10MW、中性子束1014n/cm2/sec、反射体グラファイト2ft、冷却方式:重水、二次冷却は軽水使用、重水温度50〜60°C、燃料U235、2.5kg(臨界量1.2kg)、制御棒カドミウムアーム6本reactivity change 25%

 この原子炉はわれわれが原子炉学校在学中に完成し、全力運転に達したもので、主として材料試験に使われる模様である。

(e)PLUTO:未完成

 DIDOと同型で、主として原子炉工学の研究に使用するよう設計されている。

(f)LIDO:スイミングプール型、100kW、中性子束1012n/cm2/sec、燃料U2354kg高中子性束、γ線の遮蔽実験に使われる予定。

(g)ZEPHYR:Pu239高速中性子原子炉、燃料プルトニウム棒約6mmφ×150mm約300本

(h)ZEUS:U235高速中性子原子炉、燃料25〜50%濃縮ウラン

 特にDounreay原子炉の模型として重要な意味を持っている。

3.2 化学部(Chemistry Div.

 主としてPu239の化学実験設置、模型などを見学した。ここでは実験に必要な水、空気、電気、ガス、アルゴン等はすべて実験室に配管供給され、個々のDry Box(Remote handlingbox)に管、ケーブルで連結できるようになっている。換気装置はもちろんあるが、これにより、温度、湿度の調節も同時に行い、送風器は屋上に備えられている。

 化学部で行っていたおもな研究としては

(1)重元素の化学、Pu239、Am241、Curium242など超ウラン元素の研究

(2)酸化ウランの研究 UO2 中に粒間不純物として含有される酸素の原子の機構、性質などについて

(3)ウラン、トリウム、プルトニウムの弗化物に関する研究

(4)分離過程の研究、固体−液体または気体、液体−液体、液体−気体の各相間の平衡状態に関する研究などがあげられる。

3.3 化学工学部(Chemical Engineering Div.)

 主として、溶媒抽出法による使用済燃料からのU、Pu の抽出、核分裂生成物の分離に関する模型、および抽出塔内の二液相系の流体力学に関する実験装置などを見学した。

3.4 Health Physics Div. & Remote Handling Department.

 Health Physics Div.には展示室があり、γ線の逆自乗法則による減衰、α、β、γ線の遮蔽などの模型実験装置や、空気中の放射性塵埃、放射性雨水の採集、試料作製、測定の組織、方法(放射性塵埃の測定については英連邦内に多数の観測網を持っている。)雨水中の放射性物質が人体内に入る経路を示す図表などが見られ、Health Physics に関する問題を非常にやさしく、一般の人にも理解できるよう展示している。
 AEREの職員は大体 Health monitorとしてフィルムバッジをつけているが、これは毎週現像している。

 3.5 Effluent Farm

 AERE内で作りだされるすべての放射性廃棄物の処理設備で、高放射能用および低放射能用の二部に分けられ、固型廃棄物の焼却装置、焼煙漏洩装置 Sulphite,Phosphate 沈澱槽、イオン交換などの設備がある。処理採集し、濃縮された放射性物質は storage および sea disposalの方法をとり、処理後の低放射性の廃液は量を限定しつつ Thames 川に捨てている。

4.実 験

 実験は6人を1グループとして行う。各実験ごとに簡単な説明書が前もって配布され、かつ学校側の指導者がつき、装置はあらかじめ調整されているので、比較的楽に行える。実験は原子炉学校の実験室で行うものとAERE Harwellの構内で行うものとに分れる。1日に1実験を行うのであるが、AERE構内で行うものは出入の時間に制限があるため、時間的にかなり無理なものもある。

4.1 Geiger−Mueller Counters

1.カウンターの plateau 特性の測定

2.dead time の特性(2箇のSourceを用いる方法)

3.radio active decayの統計変動の観察を目的とする。

4.2 Exponential Expariment

 Sub−critical reactor 内の中性子束分布を測定し、Buckling を求めて同一材料、同一構造の原子炉の臨界寸法を計算する。

4.3 グラファイト中における中性子の減速距離測定

 Ra−Be 中性子源から放射される中性子(約5MeV)のグラファイト中における1.4eVに至るまでの減速距離(slowing down length)を測定する。

4.4 Reactor Simulator

 excess kとdoubling time との関係、中性子の mean life と doubling time との関係などを条件を変えながらsimulatorによって観察する。

4.5 Flux plot in BEPO

 毎週月曜日の夕方起動されるBEPOの始動時を利用して

(1)中性子吸収体を炉中に入れた時の reactivityの変化測定

(2)軸方向の中性子束分布の測定を行うものである。

4.6 BEPO Mechanical Oscillator

 BEPOの下部反射体の内に設置した sample oscillator により測定試料を中性子用 Hollow ionization, chamber 中を通過して振動させ、試料の吸収による中性子束の変化を電離電流から求め、標準試料(Au)との比較により試料の中性子吸収断面積を求めるものである。

4.7 GLEEP Oscillator

 中性子吸収体を原子炉内に挿入することによる原子炉出力の変化を中性子用電離槽の電離電流から求め、標準試料との比較により試料の中性子吸収断面積を求めるものである。

4.8 Shielding Experiment

(1)鉄の中性子、γ線に対する removal cross sectionを求める。

(2)鉄および水の組合せによる最も効果的な遮蔽配置を観察する。

4.9 Boiling Water Demonstration Rig.

 水が沸騰するまでの状態および各種の沸騰状態(Nuclear Boiling,Film Boiling など)を観察し、沸騰水の密度、圧力などを測定する。

4.10 Burn−out Experiment

 種々の状態の表面を持つ試料を水冷却している場合に、表面の状態と、これが焼切れる時の熱量との関係を求める。

4.11 そ の 他

 この他、液体金属を使用した実験がある予定であったが、装置の準備が間に合わず今期は取止めとなった。


5. Calder Hall および Windscale 見学

 原子炉学校期間中にコースの一環としてCalder Hall および Windscale を見学した。往復夜行列車を使い、見学した時間は正味数時間程度であった。

5.1 Windscale Reactor

 天然ウラン・グラファイト型・空気冷却式でプルトニウム生産を目的とするものである。

5.2 Windscale グラファイト工場

 この工場の設備としては、旋盤約30台、ボール盤約15台、ミーリング約40台位などで大して大きい工場ではない。

5.3 Calder Hall 原子炉

 Calder Hall“A”の中の1基のみ運転中


6.British Nuclear Energy Conference

 昭和31年11月22日、23日 British Nuclear Energy Conference(ロンドンにて開催)のCalder works nuclear power plant symposium に出席した。

 会議は、(1)Introduction and General Design(2)Technical Research Problems(3)Engineering Design (4)Light Engineering and Electrical(5)Future Development and Summaryの5セクションに分けて行われた。

 熱伝達、熱交換器、腐蝕の問題などに関しては民間会社でもかなり研究が進んでいるようで、活発な発言がなされていた。しかし、実際に原子炉あるいは核燃料を必要とする原子炉工学の問題、また、中性子物理学については、やはりAEAが圧倒的に進んでいて、研究結果の公開、技術者養成に対するAEAの協力を望む意見も聞かれた。


7.結言および感想

1.講義、実験を通じて原子炉の基礎物理学にかなり重点がおかれている。特に実験の面でこの感じが強い。講義は一応原子炉工学全般の問題を含んではいるが、前記の原子炉物理学、冷却理論に関するもの以外は、時間数、内容ともに必ずしも満足し得ないものがある。たとえば原子炉制御の面に今すこし重点をおいても良いと思う。現在、原子力関係技術者養成の初期的段階であり、また、期間あるいは機密保持などの点から相当の制約も受けるであろうが、講義内容の体系化が望まれる。

2.前述のように原子力全般についての知識を持つことができるので、この種の広汎な知識を必要とする技術行政官の養成には非常に有効であると思う。反面、ある特別なテーマに関心を持つ研究者にとっては、特に講師あるいはAEREの研究者と接する機会をとらえて勉強するようにしなければ、この学校の講義あるいは実験のみでは物足りないかもしれない。学校としてはこの点に特別に考慮を払ってはくれないが、自分から心掛ければ、AEREの研究者と討議する機会は十分持てる。

3.英国人学生の中でも将来、原子炉の設計、建設、運転に従事する予定の人−−たとえば原子力公社、中央電力公社の技師−−は、ハーウェル原子炉学校の後、約1年程度 Calder Hall, Springfield, Windscaleなどで訓練を受けて自分の所属機関に帰る模様である。
 わが国から留学の場合は、ハーウェル原子炉学校が短期間であることもあわせ考えて、原子炉学校卒業後、適当な研究所、大学などでさらに自分の専門とする研究を進めるようにするのも一方法であろう。なお、現在のところ、AEA関係機関に入って研究をすることは外国人にとってはかなり困 難な模様である。

4.短期間に多方面の講義をし、また、幻灯による説明が多いので、学生(外国)としては語学の勉強は十分しておく必要がある。一方、このような教授法には講義予稿の整備が望まれる。

5.実験の中にも、原子炉の動特性の測定、冷却体関係など原子炉の工学的実験も強調してほしいと思う。

6.英国においては原子炉に接し得る公開の機関はこの原子炉学校以外には全く無いし、全般的に見てハーウェル原子炉学校の価値は高く評価されてよい。

7.国際コースであることを学校側は十分考慮に入れているので一般の学校生活にはなんらの不自由もなく過ごすことができる。

 ハーウェル研究所内、コールダーホール等の見学についても短時間ではあるがかなり広範囲に見ることができるよう取り計われており、われわれとしても得るところが非常に多かったことを強調しておきたい。

一般的参考事項

(1)地理的条件:British railway(Western region)駅では、Oxford または Didcot が最も便利が良い。これら両駅とも、AEREまでのバスの便がある。Oxford, DidcotなどAERE周辺の主要町との間にはAERE専用バスがあり、入学後はこれも利用できる。

(2)宿舎:AEREの近くには一般住宅は全く無いので、Oxford, Didcot, Abingdonのあたりに早目に住居を見つけることをおすすめする。

 原子炉学校でもホテルを手配してくれるが、費用の点については一般より安いとは言えない。ただし、このホテルと原子炉学校の間には、学校の期間中無料の専用バスが運転されるから通学には便利である。

(3)携帯した方がよい物

計算尺

数 表(図書室にも準備されているが、部数に限りがあるため、自分のほしい時に必ず使用できるとは限らない。)

参考書:Glasston&Edlund、Littler & Raffle(図書室にもかなり多数設備されている。)