原子力委員会

実用発電炉導入に関する原子力委員会の声明

1. 訪英調査団派遣に先立つ情勢

 昭和31年1月、当時の原子力委員会委員長正力国務相は「5ヵ年以内で原子力発電を実現できるよう努力する」と言明したが、このいわゆる「正力構想」は、同年5月、英国原子力公社産業部長クリストファー・ヒントン卿の訪日を契機として実現の可能性を強めることとなった。すなわち、ヒントン卿は正力委員長との会談に際して、英国における発電出力10万kWの天然ウラン黒鉛減速炭酸ガス冷却型(いわゆるコールダーホール型)原子炉は、1kWh当り0.6ペンス(約2円40銭)の原価で電力を供給し得るという計算を示した。これにもとづいて、正力構想は同型式の出力10万kWの大型動力炉を価格150億円で英国から導入しようという内容を持つにいたり、訪英調査団を派遣して導入の可否を検討することとなった。
 この正力構想に対する反響を示すものとして、同年5日22日に開催された原子力委員会参与会における応答をみると、調査を行うために訪英調査団を派遣することには賛成であったが輸入するとしても10万kW1基だけではすまず紐つきになるのではないかという点、さらにいきなり10万kWを入れるには不安があり、1万kW程度の小型の炉か研究炉を先に考えるべきではないかという慎重論が多かった。また当時の電力業界における考え方として、次のような意見が出されていた。

1.出力10万kWの大規模動力炉の輸入には受入態勢も当然考えねばならないが、原研、電 力界、産業界などが十分話しあえばことさら屋上屋を重ねる新組織は必要あるまい。

2.電力界としては、原子力発電公社などを設けることには反対で、電源開発株式会社が扱うことにも反対である。

3.いくら大型でも日本原子力研究所を拡充して扱わせ、場合によっては電力会社に運転を委託すればよい。

4.電力界としては、経費が政府予算だけで不足すれば、ある程度は負担してもよい。

2. 訪英調査団、原子力産業使節団の派遣

 ほぼ実用段階に達したと称せられる英国のコールダーホール型原子力発電所が、わが国にも適用できるかどうかという問題を経済的かつ技術的観点から検討するという目的をもって、石川原子力委員を団長とする10名からなる訪英原子力発電調査団が組織せられ、昭和31年10月中旬英国に向けて出発した。この訪英調査団は、はじめ電気出力10万kW級、価格150億円内外、わが国での発電コストが3円60銭/kWh前後のものを目標としていたが、英国に赴いて検討した結果、10万kW級ではわが国に建設した場合採算に合わず、14万kWの原子炉2基を1組とした出力28万kWの設備によりようやく経料採算にのるものと考えられるにいたった。 訪英調査団が英国において調査を行っているとき、インターナショナル・ウェスチングハウス社長ノックス氏から正力委員長あてに届いた書簡は、電気出力13万4千kW級の加圧水型動力炉を価格3千5百万ドル(126億円)で提供する用意があることを述べ、発電コストをkWh当り10ミル(3円60銭)以下であると算定し、コールダーホール型の改良炉よりも発電コストは低いかすくなくことも同程度になるとしていた。このノックス書簡によって、英国の原子炉とならんで米国の動力炉が購入の対象として考えられるにいたった。そのため訪英調査団が英国において調査を終了した後、石川委員以下4名の調査団はさらに米国およびカナダに渡って両国の原子力事情ならびに動力炉の経済性を検討した。
 訪英調査団か帰国後原子力委員会に提出した報告常によれば、出力14万kWの原子炉2基1組による28万kWの原子力発電所を英国から導入すれば、建設費は約420億円(kW当り15万円)となり、金利6.5%、負荷率70%と仮定して、発電原価はkWh当り約4円60銭の見込みである。これはわが国の産炭地以外に新鋭火力発電所を新設した場合の発電原価にほぼ近いものである。そのほかこのコールダホール改良型の原子炉に関する技術的経済的問題や、原子炉をわが国に導入せんとする場合に考慮しておかねばならない前提条件等が検討されており、結論として、地震対象や経済上の緒点につき今後さらに検討を加えて満足な結果が得られれば、コールダーホール改良型の原子力発電所は日本に導入するに適するものの一つであるとしている。 訪英調査団による調査の結果、英国から原子炉を導入することに関する問題点点はようやく明らかとなり、具体化に一歩進んだものということができる。
 石川委員以下4名の調査団は、引き続き米加両国で調査を行ったが、その報告によれば、米国方式の濃縮ウラン型動力炉は近い将来にわが国への導入を考慮すべきであり、カナダ方式の天然ウラン重水型動力炉は実用化になお5〜10年を要し、したがって濃縮ウラン型動力炉の導入については今日では小型の動力試験炉や材料試験炉を導入するのがよいと結論された。 日本原子力産業会議は、わが国産業界の有力者を主体とする原子力産業使節団を欧米に派適し、石川原子力委員を団長とする訪英調査団と相前線して2ヵ月余にわたり各国の原子力事情を視察した。大屋氏を団長とするこの産業使節団は、欧米各国が原子力の平和利用を積極的に推進している状況を視察した結果、結論として、原子力発電は相当の規模をもってすれば十分従来の水火力発電に経済上対抗できるし、特に今後他のエネルギー源による発電コストの逓増を考慮するときは、すくなくとも相当規模による動力用実験原子炉の設置は焦眉の急務で、その実現には国家も民間も一層の積極的態度をとるべしとのことであった。

3. 受入体制をめぐる諸構想

 昭和31年の秋に、訪英原子力調査団や原子力産業使節団が派遺され、各国の原子力事情ならびに原子力発電の経済性について検討する機会をえたことは、わが国の原子力政策担当者をして原子力発電の実用段階の近いことを認識せしめ、産業界をして原子力発電実用化への積極的意欲をいだかしめるという結果をもたらした。 わが国の原子力平和利用に関連を有する緒企業は、資本上の系列または取引上の系列に従って、昭和30年秋から31年夏にかけてほぼ企業グループの結成を終り、原子力の平和利用に向う態勢を整えてきたが、将来、原子力による発電を目指す電力会社もそれぞれ重電機メーカーとの協調により、原子力発電への具体的研究を進めていた。
 わが国の原子力平和利用に関する中心的研究機関として設置せられた日本原子力研究所は、研究炉以外に発電炉をも設置せんとする意向を示しており、さらに、巨額の財政資金による大規模かつ困難な電源の開発を任としてきた電源開発株式会社も、最初に導入する発電用原子炉の受入主体たらんとする希望をしめすにいたった。かくして、最初の動力炉の受入体制をめぐる主張は、昭和32年を迎えて、次第に活発化していった。他方、学界を代表する日本学術会議においては、動力炉の導入は時期尚早であるとする慎重論が唱えられていた。
 かかる状況の下において、原子力委員会は実用規模の動力炉を早期に導入することの意義を確認するとともに、受入体制に対する考え方を決定するため、本年4月から5月にかけて、参与会および財界、学界、政界との間の懇談会において、各界の意見を徴した。この結果、日本原子力研究所は実用規模の発電用原子炉の受入主体としては適当ではないとせられ、原子力委員会においても、日本原子力研究所はより基礎的な研究に主眼をおくべきものであるということが確認された。
 かくして実用発電炉の受入主体としては電源開発株式会社が適当であるとする主張と、九電力会社と関係業界との協力による民間会社を新設して受入主体とすべきであるという九電力会社の見解とが行われた。両者はそれぞれの意見を原子力委員会に開陳したが、両者の見解の相違は主として原子力発電の経済性の見方の違いによるものであった。

4. 実用発電炉導入の時期及び受入体制に関する原子力委員会の声明

 原子力委員会は実用発電炉を早期に導入することしの意義と受入体制に関し、前記のごとく各界の意見を徴しであらゆる角度から慎重に検討した結束、実用発電炉設置の時期及び受入体制の大網につき一応の結論に達したので、8月5日次のごとき声明を発表した。

発電を目的とする実用原子炉の導入について

32.8.5原子力委員会決定

 原子力委員会は、発電を目的とする実用原子炉を海外から導入する問題に関して、各界の意見を徴し、あらゆる角度から慎重に検討した結果、実用発電炉設置の時期及び受入体制について次の如き結論を得た。
 なお実用発電炉導入後これを国産化するための方策等については、長期的な開発方針との関連において今後引き続き検討を行うものとする。

(1)実用発電炉設置の時期について

 将来におけるわが国のエネルギー供給は、今後原油等の輸入エネルギー源に多くを依存せざるを得ない傾向にあり、他方海外における原子力発電の技術の発達はめざましく、すでに実用の域に近づきつつあると思われる。従って、エネルギ一需給バランスの確立を図り、外貨収支の改善に資するためには、昭和40年度以降新設すべき火力発電設備の相当部分を原子力発電に置き換えることを目標として努力すべきであると考える。ただ、原子力発電所の建設には発注から操業までに数年を要する事情もあるので、この際、すでに実用の段階に達した原子炉を海外から可及的すみやかに導入して原子力発電に関する技術の向上と技術者の養成を図り、原子力開発を促進することが必要である。
 なお、導入すべき実用発電炉の型式、出力、導入の時期及び相手方等具体的な事項については、適当な時期に調査団を派遣し、その結果をまって経済的、技術的に十分検討の上決定すべきである。

(2)受入体制について

(イ)最初に導入する実用発電炉は、実用段階のものであるとはいえ原子力技術の特殊性とわが国の原子力開発の現状からみて、これによって得られる知識及び技術は広く各方面において活用されるべきであるから、受入主体としては、当面九電力会社、電源開発株式会社その他関係業界の協力による新しい会社が適当である。従って、早急に新会社設立のための設立準備委員会を設けるべきである。

(ロ)日本原子力研究所を中心とする原子力技術の研究開発は、今後も主として国家予算により推進する必要があるので、数百億円を要する実用発電炉の建設に当っては、極力民間資金を活用し得るよう上記の如き新会社を設けこれに行わしめることが望ましい。なお、最近における海外の原子力発電コストの見とおしによれば、原子力発電が採算の園内に近づきつつあることは確実であり、民間を主体として原子力発電を実施することは可能であると考える。

(ハ)日本原子力研究所は、わが国における原子力の研究開発の中心的機関として基礎的な面から動力炉の国産化に至る一貫した研究開発を行うことをその任とするものであるが、すでに実用化した発電炉の建設は、上記の新会社において行わしめ、日本原子力研究所はこれと密接な協力体制をとり必要な援助を行うとともに、動力炉の国産化に寄与するよう努めることが妥当であると考える。

「発電を目的とする実用原子炉の導入について」の説明資料

32.8.5

1. 実用発電炉設置の時期について

 産業の発展と人口の増加、生活水準の向上に伴い、わが国のエネルギー需要は、将来ますます増大する傾向にあるが、これに対して水力、石炭、石油等国内のいわゆる在来エネルギー源の賦存状況は、必ずしも楽観を許さない状況である。
 すなわち、昭和32年6月に経済企画庁計画部、科学技術庁原子力局、通商産業省が共同して試算した「長期電力需給と原子力発電への期待」によれば、昭和45年度における総エネルギー需要量は石炭換算で約2億4千万トンに達するのに対して、国内出炭量を現在より約2千万トン増加して6千5百万トンとし、水力の開発を経済的に採算のとれる限度まで行って約1千9百万キロワットとし、さらにその他の燃料の増産を見込んでも、総エネルギー需要量の約40%に相当する石炭換算約1億トンの不足を来すことになり この分は重油等輸入エネルギー源に依存せざるを得ない見とおしであり、また国内産石炭、輸入原油ともに開発の深部化、世界的な需要増加等の理由により必ずしもその値下りを見込むことが困難であるとしている。この試算の示す見とおしは、わが国将来のエネルギー需給の傾向として十分首肯し得るものと考えられるが、一方最近海外における原子力発電の技術の進歩は著しく、現在入手される情報によれば、原子力発電はわが国の産炭地を除く地方では火力発電と原価的にほぼ拮抗し得る段階に近づきつつあり、また、今後技術の改善の余地が極めて大きいと予想されている。このような情勢に対処して、わが国のエネルギー需給バランスの確立を図り、外貨収支の改善に資するため、昭和40年度以降昭和45年度にいたる間に新規に建設されるべき火力発電設備の相当部分を原子力発電で置き換えることを目標として、諸般の施策を促進する必要があると考える。
 一方わが国の原子力研究開発は近来強力に進められつつあるとはいえ、諸外国に比して、その開始の時期において著しい立遅れがあるので、わが国で開発された独自の技術によって実用発電炉を建設するにいたるまでには、なお相当の時日を要する見込みである。従ってこの際、海外において開発され、十分に信頼性があると思われる実用発電炉を可及的すみやかに導入して、原子力技術の工場を図り、あわせてエネルギー供給の一助とすることは、わが国の原子力開発を促進するためにきわめて効果的であると考える。
 なお導入すべき実用発電炉の型式、出力、導入の時期及び相手方等具体的事項については、適当な時期に調査団を派遺し、その結論をまって、経済的、技術的に十分検討の上、決定すべきであろう。

2. 受入体制について

 実用発電炉を導入する場合の受入主体については、次の如き理由から、九電力会社、電源開発株式会社その他関係業界の協力による新しい会社において行わしめることを適当と考える。

(1)初期の実用発電炉は、将来の研究に対する寄与という見地からも、わが国原子力開発の中心的機関としての日本原子力研究所に担当させるべきであるという考え方もあるが、現在のわが国としてはより広い基礎的な研究開発が望まれており、ようやく研究の緒についたばかりの日本原子力研究所に直ちに実用発電炉建設という大きな事業をもあわせ行わしめることは、かえって本来の研究の促進に障害を来すことが考慮される。従って、実用発電炉の建設は日本原子力研究所とは別個の機関に行わしめてこれと緊密な協力体制をとる方が妥当であると考える。

(2)諸外国では、特に原子力発電所建設の初期においては、その資金は国家資金によって賄っている例が多いが、わが国の研究開発の現状から考えるとき、基礎的な原子力技術の研究開発になお多くの国家資金が必要であるから、数百億円にのぼる巨額の資金を必要とする原子力発電所の建設には努めて民間資金の活用を考えるべきであろう。

(3)原子力発電所の建設を民間の手に委ねる場合、収支の採算が合うかどうかという見とおしが重要である。従って、この点について特に慎重に検討を重ねたが、最近における海外の原子力発電のコストの見とおしは今や採算の圏内に近づきつつあることは確実で、長期的に見れば民間においてこの事業を遂行することに大きな障害となるものはないと考えられる。他方、国内の事情も最近関係業界において実用発電炉を導入する気運が高まって来ており、その実現は可能であると判断する。
 いうまでもなく、受入体制の問題は原子力研究開発の一環として長期にわたる見とおしと関連するものであるから、実用発電炉の建設を民間に認めるということは、原子力発電所建設の場合の原子炉の型式、導入の時期等すべてを民間の自由な判断に委せるという趣旨ではない。特に初期においては、将来の原子炉の建設とその国産に貢献するよう特別の配慮が講ぜられねばならず、そのためにはこれに関して政府の適切な指導の下に広く各界の協力と支援が得られるような体制が望ましいと考える。

3. 実用発電炉導入に伴う日本原子力研究所の役割

 日本原子力研究所は、わが国の原子力研究開発の中心的機関として、原子力利用に関する各種の基礎及び応用の研究を行い、わが国の原子力に関する技術水準の向上に寄与し、人材を養成する等の任務をもって設立されたものであるから、実用発電炉の建設についても特にその初期の段階においては重要な役割を果すことが期持されるのは当然である。
 従って、民間に実用発電炉が導入される場合には受入主体との間に緊密な連絡をとり、その建設、運転等あらゆる過程において積極的に協力することが妥当である。
 ただ、日本原子力研究所は単に実用発電炉導入に当って協力のみを使命とするものでないことは勿論で、動力炉の研究開発に関連し次に掲げる事項を推進することは、日本原子力研究所に強く要望されているところであるから、その協力の過程を通じて得られる技術、知識等を研究所のこれらの使命にも役立てることによって、国民の要望に応えるよう努力すべきであると考える。

(1)原子力利用に関する基礎的な研究を行うことにより、大学等における研究と相まって、わが国の原子力に関する技術水準を向上せしめること。

(2)原子力に関する工学的研究のうち主として一般的、共通的な問題の研究を促進することにより学界と産業界とのかけ橋的役割を果し、わが国における原子力産業技術を向上せしめること。

(3)各種の研究炉、試験炉、動力実験炉を駆使してこれらの原子炉を使用しなければ不可能な実験研究を行うこと。

(4)原子力開発の基本計画において必要とされる型式の原子炉を設計し、建設することによって、わが国独自の原子炉製作技術を開発すること。

(5)各種の施設を開放し、各界に利用せしめるとともに、研究者、技術者の養成を行うこと。