放射性同位元素等による放射線障害の
防止に関する法律概要


1 は し が き

 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律案は、さる3月28日衆議院科学技術振興対策特別委員会に付託になり、4月27日衆議院本会議を通過して、参議院商工委員会に付託され、国会の閉会1日前の5月18日参議院本会議において、可決され、6月10日法律第167号として公布された。以下本法の立案の経過、規制内容等について、その概略を述べることとする。

2 立法の経緯、他の法令との関係等

1.立法の経緯
 放射性同位元素がわが国に初めて輸入されたのは、昭和25年7月であるが、理、工、農、医の全般にわたり、その利用が普及し、また産業的利用も漸次活発化するにつれ、そのマイナス面としての放射線障害の防止についてなんらかの対策を講ずる必要が生じたので、政府は、当時の STAC (科学技術行政協議会)をしてこの問題の審議に当らしめた。STAC は、昭和27年6月、その放射性同位元素部会に学識経験者および関係行政機関の職員からなる放射性物質取締法案検討小委員会(委員長中泉正徳博士)を設置し、同小委員会は、日本放射線医学会の答申にもとづき、「放射性物質による障害予防勧告」を昭和29年に決定し、関係方面に配付するとともに、法的措置について、関係行政機関とも連絡しつつ、検討をかさねた結果、放射線による障害の防止に関する法律を制定する必要性についておおむね意見の一致をみ、その法案を昭和30年11月9日の STAC総会に中間的報告として提出し、STAC は、これを関係行政機関に通知した。おりから国会においては原子力基本法等原子力関係法律案が審議中で、このSTAC案に若干の修正を加え議員提出による法案としてその成立を図ろうとする動きもあったが、技術的立法であること等にかんがみ、新設の総理府原子力局(昭和31年5月19日から科学技術庁原子力局となる。)において、法案を準備することとなった。原子力局においては、法案の技術的問題の検討を行うため、原子力委員会の専門委員会の下部組織として法案検討小委員会(委員長桶口助弘慈恵医大教授)を設けるとともに関係学会に対しても諮問を行い、また関係行政機関と必要な調整を図る等その準備を進めた結果、本法案がさる3月26日の閣議決定を経たうえ、第26国会に上程されるに至ったものである。

2.規制対象
 本法の規制対象は、りん32、コバルト60等の放射性同位元素、非破壊検査装置、医療用放射線照射装置等の放射性同位元素装備機器またはサイクロトロン、シンクロトロン等の放射線発生装置で、政令で定めるものである。
 エックス線発生装置は、同装置によるエックス線が、直接的にも間接的にも、原子核変換の過程とは無関係であるので、本法の放射線発生装置から政令で除外される予定である。
 核爆発実験にもとづく生活環境の汚染による放射線障害については、本法とは全く別箇に処理されるべき問題であるので、本法の規制外とされている。
 また、核原料物質、核燃料物質及び原子炉に基く放射線障害の防止は、これらの利用が平和の目的に限られることを確保し、かつ、その利用が計画的に促進されることを図るとともに、これらによる災害の防止をも目的として立案制定された「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」によって規制されるので、本法から除外されることになっている。

3.他の法令との関係

(1)労働基準法との関係
 労働基準法は、特定事業所における製造等の作業に関し安全および衛生上必要な規制を行っているが、これはもっぱら労働者の保護と地位の向上を図る目的をもって貫かれている。本法は、広く一般的に放射線障害の防止の問題をとりあげており、規制の方法も許可制の採用、流通面の規制等労働基準法とことなる部分が多い。しかし、両者は、密接な関係を有するので、第48条において、特に労働大臣が労働者の放射線障害の防止に関し必要があると認める場合の科学技術庁長官に対する勧害権を規定しており、さらに本法の運用面においても協議その他により相互の連絡を密にし、労働者の放射線障害の防止について万全が期せられることになっている。

(2)医療法との関係
 医療法は、同法施行規則において、病院または診療所で使用する放射性物質、ガンマ線照射装置およびエックス線発生装置に関し、放射線防護上必要な規制を行っているので、本法にもとづく使用施設等の基準と同規則の内容とについて必要な調整を図るとともに、科学技術庁と厚生省とが協議して、運用面の円滑化を期することになっている。ただし診療用エックス線装置については、前述のように、本法の規制対象から除外され、医療法により規制されている。

(3) 薬事法との関係
 放射性同位元素を利用して生産された医薬品等は、薬事法の適用を受けるが、放射性同位元素が医薬品の製造過程において医薬品の原料等生産の手段として使用される場合には、当然本法の規制を受けることとなる。

(4)建築基準法との関係
 放射性同位元素等の使用施設、貯蔵施設等の位置、構造等については、本法に定める技術基準に適合しなければならないほか、建築基準法の規制にも従う必要がある。
 なお、両法の調整を図るため、本法の施設に関する基準は、政令で定めることとされている。

(5)船舶安全法その他運輸関係法令との関係
 放射性同位元素は、総理府令で定める技術上の基準に従って運搬しなければならないが、船舶または航空機によって運搬する場合は、船舶安全法または航空法にもとづいて、それぞれ危険物の運搬とともなう危害防止の措置が講ぜられることとなっているので、これらの法律にゆだねられている。また、鉄道、軌道、自動車等による運搬については、輸送行政の特殊性から、放射性同位元素の運搬に関する技術上の基準を運輸省令で定めることとされている。

(6)その他の法令との関係
 国家公務員法にもとづく人事院規制、精神衛生法、警察法、計量法等本法と直接または間接に関係を有するその他の法令は多岐にわたるが、説明は省略する。

4.施行時期
 本法中、公布の日から施行されるのは、放射線取扱主任者の国家試験および放射線審議会に関する規定のみで、その他の規定を含め、本法が全面的に施行されるのは昭和33年4月1日からである。これは、技術基準その他細目に関し本法の委任にもとづく政令、総理府令の作成、放射線取扱主任者の養成、使用者等の本法にもとづく使用施設の整備等に要する期間を考慮したものである。

3 本法の内容

第1章 総  則
 本章には、本法の運用と解釈の基本となる目的と、定義について規定してある。第1条においては本法は原子力基本法の精神にのっとり制定されるものであることを明示するとともに、第2条において、放射線、放射性同位元素、放射性同位元素装備機器、放射線発生装置について定義をしているが、本法の規制対象になる放射性同位元素、放射性同位元素装備機器、放射線発生装置は具体的には法令で定められることになっている。

第2章 使用及び販売の業の許可
 本章は、使用の許可及び販売の業の許可に関連した事項がまとめられている。放射性同位元素、放射性同位元素装備機器又は放射線発生装置を使用するためには必ず科学技術庁長官の許可を必要とする。この場合許可申請の手続等は政令で定められる。(第3条第1項)許可を受ける場合には一定の申請書を提出しなければならない。(第3条第2項)また許可を与えられるためには、第6条の基準に適合しなければならないと同時に、第5条の欠格条項に該当しないことを必要とする。
 また放射性同位元素の販売を業とするときは許可を必要とする。(第4条)この場合には第5条の欠格条項と第7条の許可基準の規定の適用がある。第6条、第7条の許可基準の規定中、技術上の基準はすべて政令で定められることになっている。使用の許可及び販売の業の許可には条件が附せられることがある(第8条)。また許可をした場合には許可証を交付することになっている(第9条)。許可事項に変更を生じたときは、届出あるいは許可を必要とする(第10条、第11条)。

第3章 使用者、販売業者等の義務
 本章は、使用者または販売業者が、実際に放射性同位元素、放射性同位元素装備機器、放射線発生装置を使用し、または放射性同位元素を販売する場合に、放射線障害の防止のためにとるべき措置や、行動についての必要な事項また使用、販売等を廃止したときに必要な事項、流通制限等の事項をとりまとめて構成されている。
 使用者または販売業者は、その使用施設、貯蔵施設及び廃棄施設の位置、構造及び設備を技術上の基準に適合するよう維持しなければならず(第13条)、またその基準に適合していないと認めるときは、科学技術庁長官は基準適合命令を出すことができる(第14条)。
 また使用者及び販売業者は、放射性同位元素、放射性同位元素装備機器、放射線発生装置を使用する場合、あるいは放射性同位元素を詰替、保管、運搬、廃棄する場合には、技術上の基準に従ってしなければならない(第15条、第16条、第17条、第18条、第19条)。この場合の技術上の基準はすべて総理府令で定められる。また使用者及び販売業者は、放射線障害の発生するおそれのある場所について一定の測定義務をもち(第20条第1項)、また、使用施設、詰替施設、貯蔵施設、廃案施設に立ち入った者について一定の測定をしなければならない(第20条第2項)。また使用者、販売業者は放射線障害予防規定を作成して、科学技術庁長官に届け出て(第21条)、放射線障害防止上重要な事項について、政令、総理府令等で定められる事項の遵守のほかに、更に各使用者、販売業者の実態に則した細目を自主的に規定し、放射線障害に万全を期することとしている。
 更に、使用者、販売業者は、放射線障害者の発見に必要な措置を講ずるとともに(第23条)、放射線障害を受けた者又は受けたおそれのある者に対しては、立入制限その他保健上必要な措置を講じなければならないことになっている(第24条)。
 次に許可の取消又は停止の規定を設け、科学技術庁長官は、一定の場合に許可を取り消し、又は一年以内の期間を定めて使用、販売の停止を命じうることとなっている(第26条)。この許可を取り消された場合あるいは第27条によって使用の廃止の届出をした者は、一定の放射線障害の防止のために必要な後始末をしなければならない(第28条)。
 次に、放射性同位元素の譲渡、譲受及び所持の制限の規定が設けられている(第29条、第30条)。これは放射性同位元素の流通、所持を制限することによって、不測の事故が発生することを未然に防止するという趣旨から設けられたものである。

第4章 放射線取扱主任者
 本章は、放射線取扱主任者に関する事項を取りまとめて規定している。
 使用者及び販売業者は、放射線取扱主任者を選任して、放射線障害の発生の防止についての監督を行わしめることが要求されている(第34条)。この場合放射線取扱主任者は、科学技術庁長官の行う放射線取扱主任者試験に合格した者、あるいは資格認定の結果放射線取扱主任者免状を有する者でなければならない。

第5章 放射線審議会
 本章は、科学技術庁長官の諮問機関としての放射線審議会についての規定が取りまとめられている。放射線審議会は科学技術庁におかれ(第39条)、委員は、関係行政機関の職員及び放射線障害の防止に関し学識、経験のある者のうちから任命されることになっている(第40条)。放射線審議会令は6月29日に公布施行されている。(62ページ参照)

第6章 雑  則
 本章においては、放射線検査官に関すること、行政救済に関すること、関係行政機関との協議連絡等に関すること等が主として規定されている。
 放射線検査官は、科学技術庁長官が、この法律又はこの法律に基く命令の実施のために必要があると認めるときは、使用施設等に立ち入り、必要な物件の検査をし、又関係者に質問をし、場合によっては、放射性同位元素によって汚染された物を収去することができる(第43条)。
 次に使用、販売の業の許可の取消又は一時停止、或は、放射線取扱主任者免状の返納等の行政処分を行う場合の聴聞の規定(第44条)、訴願についての規定(第45条)を設け行政救済の途を開いている。
 このほか、一定事項について、科学技術庁長官が処分をするときは関係行政機関の長に協議しなければならない(第46条第1項)し、またこの場合関係行政機関の長も、報告徴収権や立入検査権があることを明示している(第46条)。
 最後に、罰則の規定に引き続いて、附則において、この法律は、放射線審議会及び放射線取扱主任者試験に関する事項は法律公布の日から施行されるが、他の事項はすべて昭和33年4月1日から施行されることとし(附則1)、また、本法施行にともない当然必要と考えられる経過措置を設け、関係法律の改正を行っている(附則2以下)。