原子力委員会

特殊核物質の賃貸借に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府を代表して行動する合衆国原子力委員会との間の協定について

 この協定(以下細目協定という。)の概要については、前号で紹介したが、その後日米両政府の交渉の最終段階において、かなりの変更が加えられ、ようやく去る11月23日ワシントンにおいて調印され、またわが国においては12月12日国会の承認を得て国内法上の手続を完了したので、1年余の交渉の末ようやく発効の段取りとなった。

 以下最終段階における変更の事情等を中心に細目協定の内容等について若干の解説を加えることとする。

 細目協定は、昨年11月14日調印された原子力の非軍事的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(以下本協定という。)にもとづいて、目下茨城県東海村に建設されているウォーターボイラー型実験用原子炉用の燃料としての20%濃縮ウラン2kgの貸与の条件等の細目を規定したものであり、細目協定の発効により、初めて本協定の効力が実際に動き出し、現実の燃料の貸与が行われることとなるのである。これにより、先に原子力委員会において決定した原子力開発利用長期基本計画により、最初にわが国に建設されるウォーター・ボイラー型実験炉が計画どおり32年4月ころには試運転が開始されることとなり、わが国の原子力開発の記念すべき第1歩が印されることとなるのであって、細目協定の締結は、きわめて重要な意義を有するものである。

 細目協定の締結が、本協定締結以来1年余の長時日を要したことについては、種々の理由が考えられようが、原子力をめぐる国際情勢が1年間できわめて目まぐるしい発展を示したこと、アメリカ自体がかかる協定の締結について経験がないこと、日米両国の国内法制上の相異から、その調整に種々の困難があったことなどが考えられよう。

 すなわち、第1に原子力をめぐる国際情勢は昨年8月のジュネーヴ会議以降、その平和的利用面に対する各国の関心が異常に高まり、軍事的利用面以上に、平和利用面における研究開発が進められかつその成果が次々と表われ、また秘密事項等も大幅に解除され、このような機運は原子力国際管理のための諸国の協力の機運を盛りあげ、国際原子力機関規約も最近遂に採択決定されて近くその発足が予定され、またわが国もこれに加入することとなっている。

 米国においても、かかる国際情勢の推移が反映され、原子力委員会の強い統制の考の下にあった1946年原子力法が改正され、民間の関与、国際協力等の面において従来の考え方に思い切った改革を加えた1954年法が成立したが、この傾向はその後も逐次強められている。

 わが国においてはジュネーヴ会議以降国内の原子力に対する関心が高まり、本協定締結当時これに対し各界から賛否の論議が巻き起り、世の注視をあびたが、その後原子力委員会を中心にわが国の原子力開発のプログラムが慎重に検討され一応の成案を得たのとあいまって、世論も原子力開発の急務を痛感するにいたり、わが国の原子力開発の立遅れを克服するため、むしろ細目協定のすみやかな締結をいそがれるに至ったのである。

 このような情勢の下に、本協定締結後ただちに細目協定締結の折衝に入ったのであるが、米側は三十数カ国と協力協定を締結しているにかかわらず、現実の燃料貸与の条件を規定するいわゆる細目協定の締結は、わが国に対するケースが最初であり、また前述の国際情勢の推移等とも関連して、交渉中途において、濃縮ウランの貸与形式から売却方式への変更、南濃縮ウラン235および233、プルトニウム等の供与、免責条項の本協定への挿入等を随時申し入れ、これがため本協定の改訂を申し入れてきたが、日本側としてはいちいちこれらの問題について再検討を加えることを余儀なくされ、また、米国原子力法の規定上から燃料の引渡後は一切の米国政府の責任を免除するとのいわゆる免責条項の問題、燃料に対する検査権限を規定する検査条項の挿入を主張する日本側の意見、燃料の成型加工が米原子力委員会施設から民間会社に変更されたことにともなう引渡返還責任等に関する法律上の諸問題、米国における機密上の問題から諸チャージ(賃貸料)の内訳がなかなか明確にされなかったため、わが国の財政法との関係上生じた問題等各般の問題がかさなり、予想外の日時を費したが、両国間のたびかさなる折衝と妥協とによりようやく別掲のとおり妥結したのである。

 細目協定は6カ条から成るが、第1条では、合衆国原子力委員会は、日本政府に対し、日本原子力研究所が建設するノースアメリカン航空会社製の溶液型研究用原子炉(いわゆるウォーター・ボイラー型研究用原子炉)の操作に使用するため、19.5〜20%濃縮ウラン2kgを貸与することを規定している。この場合貸与を受けるのは日本政府であり日本原子力研究所は日本政府の授権の下にさらに日本政府から貸与をうけることとなる。また貸与量2kgは同位元素U−235の数量であり、したがって20%濃縮の場合のウランの量は10kgである。なお、喪失、破壊など不測の事故に備え、かかる場合には日本政府の要求によって必要な追加量が貸与されることとなっている。

 燃料の成型加工は当初米国原子力委員会の施設で行うことが予想されていたが、その後前述のように米国における政策が変更され民間会社の関与を認めることとなった結果、わが国に貸与される燃料の加工にあたっても、日本政府が米国民開会社と加工契約を締結し、これにもとづいて米国原子力委員会が当該契約会社に対し、六弗化ウランの形で燃料を加工業者に渡すこととなっている。

 第2条は、燃料の引渡および返還手続ならびに検査に関することを規定している。

 すなわちA項は、前述のように成型加工が民間会社で行われることとなったため、米国原子力委員会は、日本政府の契約した加工業者に対し、日本政府の確認した要請を受理した後120日以内に、必要量を、同委員会の要求する料金および条件の下に引渡すことを規定している。

 B項は、いわゆる検査条項であって、交渉の過程において日本側の主張により加えられたものである。すなわち後述のように」米国側は日本政府に対し燃料を引き渡した後は一切の責件を免除されることを主張し、日本側はこの条項を認めるためには、せめて燃料引受時に、なんらかの検査を行い、これが協定に定められた条件を満足するものであることを確認した上で引き取ることが絶対に必要であるとの見地から強くこれを主張し、これがここに加えられることとなった。

 なおこの検査は、両政府の選定する分析機関により、製造過程において(なるべく最終段階により行うことが了解されている。)抜取検査を行うものとされ、またチャージ決定の根基となる濃縮度の決定はこの分析の結果により決められることとなっている。また検査の公平を期するため分析費用は日米折半で負担することとなっており、量の検査については加工会社が日米両政府に対し証明書を発行することによるものとされているが、日本側は別途加工業者との加工契約の条項中において分量検査の条項を加えこれにより検査を行うことが了解されている。

 C項およびD項は、日本政府への燃料の引渡手続を規定したものであり、加工業者は30日の予告期間をおいて、日米合意のうえ決定される積出港に燃料を送付し、ここで米国原子力委員会から日本政府に引き渡されることとなる。このような複雑な形態をとったのは、米国原子力法上、原子力委員会以外のものは燃料を所有することができないこと、しかも加工は民間会社で行うこと、貸与関係は日本政府と原子力委員会との間で行われること等の諸関係を規制したためである。

 なお日本政府は引渡を受けた後は濃縮ウランの保全等ならびに安全、健康等に関する保護措置について全責任を負うものとされている。

 E項は、返還の手続を規定したものであり、1960年9月30日までに返還することを規定するとともに、燃料の再処理に関し、原子力委員会の施設で行う場合と、民間会社で行う場合との二つのケースについてその手続を規定している。

 第3条は、賃貸料の内容、支払方法等を規定したものである。

 賃貸料の内容は、当初、使用料、消耗料、減損回復費、再処理費等に細分されていたが、それぞれの内容については必ずしも明らかでなく、ようやく20%濃縮ウラン1g25ドルであり使用料はその年率4%であることが明らかにされたていどであった。一方日本側は、財政法等の立前から、この協定により5ヵ年間の賃貸料支払の負担を負うこととなり、この協定の国会承認を受けることにより国庫債務負担権限を受けるため(31年度予算では予算総則に濃縮ウラン賃貸料に関する国庫債務負担行為の規定を欠いたため)その限度額を明確にすることを要するとの理由で、米側に強くその内容の明示を求めたのである。その後徐々に内容も明らかとなり、内容としては(1)使用量(前記の計算方法と同じ)(2)消費および減損料(貸与されたときと返還されたときにおける価値の差額)とし、根基は20%濃縮ウラン中のU−235 1g25ドル、天然ウラン中のU−235 1g5.62ドルとし、これに正比例させた計算によるとされた。

 ところが、調印直前において、米側では新価格がアイゼンハウアー大統領から発表され、たとえば20%濃縮のものは1g16.12ドルと改訂されたため、またまた協定案の内容も変更を加えられることとなり、日本側は25ドルに代え16.12ドルとすることを主張したところ、米国原子力委員会は、今回発表された価格はいつ変更されるか保証し難いこと、したがってこれをそのまま協定中に規定することは、将来変更された場合、米国原子力委員会自体がウランの価格に関し自ら定めた規則に違反することとなること等の理由により、価格そのものを規定することに同意せず、米国原子力委員会が設定する価格の表で、燃料の引渡時において実施されている価格によるとすることを主張し、調印直前において意見の対立を見たが、問題が法律解釈上の問題であり、かつかかることにより燃料の入手が遅れ、ひいてはウォーター・ボイラー型原子炉の運転が遅れることとなっては、わが国としても甚だ不本意であるので、改めて解釈上の問題に関し検討を加えた結果、日本国内の法律上の解釈としては、この協定により債務負担権限を与えられるものでなく、したがって濃縮ウラン賃借に要する予算は毎年度予算に計上することにより確保し、万一賃貸料の著しい値上りその他の事由により所要貸借金額を支払いえない事態が生じたときは、協定の期限内においても返還の権限を保有するものであること、すなわち、いつ返還しても日本政府は法律上損害賠償等の責を負うものでない旨解釈するとの申入れを行い、米側もこれは法律解釈上の問題であるのでその点了承し、その旨公文を交換し妥協したものである。

 第4条は、いわゆる免責条項であり、日本政府は米国政府および委員会に対し、燃料引受後は、その製造、所有、賃借、占有、使用から生する一切の責任(第3者に対する責任も含めて)を免除することを規定したものである。

 この条項は、昨年米側の最初のドラフト以来加えられているものであり、さらに米国の後の他国との協力協定では本協定に入れられているものである。米側はこの条項は国内原子力法にもとづくもので絶対に削除できないとの見解を示し、また他の各国との協定にもすべて挿入しているが、この点は一般の賃貸借契約の観念からはかけ離れたものであり、かつ、わが国財政法においても、その第8条で国の債権を免除する等の場合法律の規定を要するものとして強くこれを規制しているので、わが方としては強くこの条項の削除を要求したのであるが、米側の主張も強く、結局前記検査条項を加えることにより、本条項は存置されることとなった。

 第5条は、まったく米国内の法制上の要求にもとづく規定であり、わが国には無関係であるが、米国議会の議員の収賄等を禁ずる主旨の規定である。

 第6条は、この協定の有効期限を規定したものである。

 以上がこの細目協定の交渉の経過、概要および問題点のあらましであるが、次ページ以下にその日本語および英語による正文ならびに交換公文を掲げることとする。