昭和30年度原子力平和利用研究の紹介

 昭和30年度原子力平和利用研究委託費により民間に委託した研究のうち、今回はその第3回として昭和電工株式会社の実施した「交換反応法による重水製造の研究」(委託金額16,631千円)と東京芝浦電気株式会社の実施した「高速中性子用シンチレーターの試作研究」(委託金額1,666千円)との2件を紹介する。

交換反応法による重水製造の研究

まえがき

 重水の研究については、日本においても既に昭和初期から行われ、昭和9年ごろ昭和電工(株)川崎工場の電解液を使用して研究され、昭和16年には旭化成工業(株)延岡工場で電解法により実際に低濃度のものが製造された。戦後も昭和25年から再開し、2%の重水を毎月10Lつくり、これを都立大学千谷研究室で回収電解法を、用いて濃縮して100%に近い重水を作り、研究に供してきたていどであった。

 原子力平和利用の促進にともない重水は高速中性子の減速材としてすぐれた性能を持っている事から、わが国においても重水の経済的量産化の技術の確立が要望されるようになってきたが、現在考えられる重水の工業的製造法は1)交換反応法2)回収電解法3)水素の液化蒸溜法4)水の蒸溜法5)二重温度交換法が考えられ、現在これ等の各製造法の研究あるいは調査が行われている。このうち1)の交換反応を利用した低濃度重水製造の基礎研究については昭和29年度、30年度に補助金あるいは委託費により昭和電工(株)に研究を依顧し、ほぼその目的を達し、工業化の試験を行う段階に達したので、30年度における研究の内容を報告する事にした。

 交換反応法を利用した重水の工業的製造法はカナダ(休止中)ノールウェーにおいて企業化され、ノールウェーにおいては現在でも行われている。交換反応の原理は水の電解に際して発生する重水素を含む水素と水蒸気とを解媒の表面で接触させ

  H2O+HD⇔HDO+H2

の交換反応を行わせ、濃縮された蒸気を電解液にもどし順次電解液中の重水濃度を濃縮する方法であって、低濃度濃縮に用いられる。

 わが国の電解硫安の製造はノールウェーに次ぎ、この電解槽を利用して重水を製造する方法は、わが国に適した方法と考えられる。ただしこの方法は水の電解を利用するため、生産量に限度があり、わが国の電解槽を全部利用しても年間20トン(100%重水換算)前後以上は望めない点に弱点を有している。第1図は硫安工場における重水製造の工程を示したものである。


第1図 交換反応の原理

試験研究計画の内容

 昭和30年度委託費による研究の対象は次の項目が主たるものであった。

 1 ドレンの回収率向上に関する研究
 2 電解における分離系数に関する研究
 3 直列電解槽による重水濃縮に関する研究
 4 凝縮水の工業的精製に関する研究
 5 水素ガス中のエアロゾルの分離に関する研究
 6 交換反応触媒の工業的調製に関する研究
 7 交換反応試験設備の設計および組立
 8 交換反応の中間試験

 以上交換反応に必要な基礎および応用研究を実施した結果相当の結果を収め、工業化の試験を行い得る段階に達した。次に試験の現況および結果についてのべる。

(1)ドレン回収率の向上に関する研究

 電解槽で発生する水素ガスおよび酸素ガス中には電解によって重水濃度の高くなった電解液と同一重水濃度の水蒸気を含んでいるため、これを効率よく回収することは重水の経済的生産においては欠くべからざる要件の一つである。そのため種々の基礎試験を行い第1表の結果を得た。


第1表 凝縮機の運転データと設計値の比較
(1段H2凝縮器についての比較)

 これらの結果から凝縮機の工業的設計を行った。

(2)分離係数(α)の研究

 水を電解すれば軽水素の方が重水素の方よりも数倍すみやかに電解される。この倍数を電解分離係数(α)という。関係式は次のごとくである。

 HおよびDはそれぞれ電解水中の軽水素および重水素の全量を表わしdHおよびdDはdt時間内の減量を示す。

 それ故αを大きくすることが電解濃縮の効率を大きくすることになる。そのため試験電槽および現場電槽を用いて電解係数との関係、すなわち電極板の鍍銀の状態、液のアルカリ濃度および温度、電流密度等がαにおよぼす影響について研究を行った。第2表は試験電槽および現場電槽の試験結果である。


※A:極板特殊鍍金 B:極板普通鍍金 C:炭酸ソーダ除去 D:炭酸ソーダ除去せず
 α1:浮秤法の値を使用したもの(昭和電工中央研究所)α2:質量分析の値を使用したもの

(3)直列電解槽に関する研究

 低濃度重水製造法の一方法として、および交換反応試験用の重水を得るために試験を行ったもので、日立製作所考案の直列式電解槽を用い次のごとき結果を得た。


試 験 条 件

 電  流

  35Amp
 補給水量   0.4l/hr

 原料水組成

  0.236mol%/D2O

 アルカリ濃度

  1.5%NaOH

 製品取出量

  0.1〜0.07L/hr

結     果

 ガス純度 水素

  99.5%
酸素
  99.7%

 製品組成

  0.71mol%/D2O
 単位電槽電圧   3.1〜2.3Volt

 本方法は理論的には、何倍にでも濃縮が可能であるが、試験結果によると製品量が補給水の1/4ていどが運転しやすい。したがってこの直列電解槽1単位では3〜4倍の濃度が適当である。直列電解槽の運転上の難点は電解液の還流がうまくいかない場合、陽極附近のNaOHの濃度が稀薄となり、極板が侵蝕され、そのため生じた黒色の泥状物が還流管をふさぎさらに侵蝕を増進する結果を生じたことである。

(4)凝縮水の工業的精製に関する研究

 凝縮水(ドレン)中には相当量のアルカルを含んでいるため、交換反応を行わせる水蒸気に利用するためには、前もってアルカリ分を除く必要があり、このため

(イ)蒸溜器による方法
(ロ)イオン交換樹脂による方法

について検討した結果、工業的にはイオン交換樹脂による精製法が適当であることを認めた。

 しかし交換樹脂による方法は樹脂の活性低下と初期における重水素の吸着があり、長期使用に際し重水の損夫は少ないが、原水中の重水素濃度が高い原水の精製の場合には重水の損失も考えられ、さらに検討する必要がある。

(5)水素ガス中のエアロゾルの分離の研究

 交換反応においては水蒸気中のアルカリ分が反応に支障をきたすと同様に水素ガス中にアルカリミストが含まれる事は禁物であるため、水素ガス中のアルカリミストの除去の研究を行った。試験の結果シリカゲルによる吸着が好結果を得たが、工業的除去を考えミストコットレルを使用して除去する研究を日立製作所に依頼しその結果金属極または湿式電極を用いて、ミストの存在を検知できぬまで除去し得ることがわかった。

(6)交換反応触媒の工業的調製に関する研究

 昭和29年度の補助金により東京工業試験所(交付者は日本化学工業協会)において実施した研究を基礎にし活性炭素を担体とし、1〜5%の白金を含有せしめた触媒を調製し、活性、寿命、被毒試験等を行い、次のごとき結果を得た。

(イ)交換反応温度60℃以上では交換率はほとんど100%であり、空間速度も10,000〜30,000(S.V.)の範囲では交換率は大差ない。
(ロ)水素中のある量は酸素より被毒するが、まもなく回復する。
(ハ)アルカリ性エアロゾルにより触媒は被毒され、活性は急激に低下する。
(ニ)交換触媒の調製において、活性炭素の選択が活性に大きな影響を与える。
(ホ)活性の低下の要因についてはアルカリ性エアロゾル以外の要因があり、触媒の濡潤によってもいちじるしく低下する。
(ヘ)白金含量の高い触媒(2〜3%)の方が性能が安定している。

(7)交換反応試験設備の設計および組立

 試験設備の設計、組立は、都立大学千谷教授、東京工業大学大山教授、日立製作所の指導および協力のもとに、中間設備の各機器の設計の検討を行った上、組立を完了し、次の中間試験を行った。

(8)交換反応の中間拭験

 上記の中間試験設備を用いて

  H2O+HD→HDO+H2

の反応を行わしめ、原水としては常水(0.015%D)を使用し、原水素ガスとして3段の電槽から発生する水素ガス(0.03%D)を使用した。

 反応後の重水濃度と反応温度との関連性を第3表に示す。


第3表 反応後の重水濃度と反応温度

 中間設備を連続的に運転した場合の各条件における交換率の測定結果は第2図に示すとおりである。


第2図 中間試験装置による触媒活性測定結果

む  す  び

 以上の結果から次の結論が得られた。

(イ)十数日にわたる連続運転の結果触媒の性能試験において交換率の低下はほとんどみられなかった。
(ロ)飽和温度と反応温度と触媒の交換率との関連性のあることを認め、10度くらいの温度差を必要とすることがわかった。
(ハ)中間設備による試験において期待した目標は一応の成功を収めたが、工業化に際しては特に交換反応の平衡の問題を解決するために、交換反応塔の段数と平衡との関連性について工業化の試験を行う必要があると認められた。