高速中性子用シンチレーターの試作研究

 昭和30年度原子力平和利用研究委託費により「高速中性子用シンチレーターの試作研究」が東京芝浦電気株式会社マツダ研究所に委託され本年5月をもって終了したので、その研究結果の概要を紹介する。

1.緒言

 「高速中性子用シンチレーター試作研究」は欧米において製作使用されている高速中性子用シンチレーターに劣らない性能をもつシンチレーターを試作し、かつ国産化を図ることを目的として行われた。

 従来高速中性子用シンチレーターとしては、硫化亜鉛(銀)螢光体をルーサイト等の透明樹脂中に均一に分散埋設せしめたいわゆるプラスチックシンチレーターが最もすぐれた性能をもつことがよく知られている。したがって本研究においても、このようなシンチレーターの主体である硫化亜鉛(銀)螢光体を実際に合成することは種々困難をともなうので、米国のシンチレーター製造会社等においてもその螢光体はもっぱらRCA会社やDu Pont会社等の製品に依存するのが普通であるが、この研究の主要目的の一つは、すぐれた性能の硫化亜鉛(銀)螢光体を
も合成して、すべて国産品からなる高速中性子用シンチレーターを完成することであった。

原子力関係機関の英文名に関して各方面からしばしば問合せがあるのでここに紹介する。

原子力委員会(委員長)
 Atomic Energy Commission(Chairman)

科学技術庁(長官)
 Science and Technics Agency(Director-General)

原子力局(局長)
 Atomic Energy Bureau(Director)

政策、原子力調査、管理、助成、アイソトープ各課
 Planning,Research,Control,Promotion,Radio-Isotope Section

日本原子力研究所
 Japan Atomic Energy Research Institute

原子燃料公社
 Nuclear Fuel Corporation

2.高速中性子用シンチレーターの原理

 中性子は電荷をもたないので、α粒子やβ粒子のように螢光体に直接作用して発光される性質がない。したがって中性子を検出するのには間接的な手段によるほかに方法がない。すなわち

(a)中性子が水素を含む化合物を通過する際水素原子に衝突して水素原子核すなわちプロトンをたたき出す性質を利用して、水素化合物と適当な螢光体を均一に混合しておいて、中性子はよって散乱されたプロトンが螢光体を刺激して発光させるようにする。

(b)中性子が適当な元素に捕獲された際プロトンやα粒子を放出する性質を利用して螢光体を発光させる。このような反応をおこす元素としては、S、Li6、B10等の元素がよく知られている。この反応は中性子のエネルギーの小さい場合に生ずるので、もっぱら低速中性子を検出するシンチレーターに使用される。

 このほかにも中性子を検出する手段はあるが上記の二つが最も数率の高い方法である。特に高速中性子を検出する目的に対しては、もっぱら(a)の原理が利用される。

 一般にシンチレーターにおいては検出しようとする放射線に対して感度が高いだけでなく、他の放射線に対して感度が十分低くなければならない。またシンチレーターの発する螢光の残光減衰時間が1μ secていどより小さくならなければならないし、シンチレーターが湿気その他の化学作用に対して安定であることも重要な性質である。前述の硫化亜鉛(銀)螢光体を用いたプラスチックシンチレーターはこのような要求を最もよく満足するシンチレーターである。

3.硫化亜鉛(銀)螢光体の特性

 前述のように高速中性子用シンチレーターの主体となるものは硫化亜鉛(銀)螢光体である。したがって研究の主体はすぐれた硫化亜鉛(銀)螢光体を試作することにある。

 高速中性子用シンチレーターに用いられる螢光体はプロトンの刺激によって効率の高い螢光を発するような螢光体でなければならないが、銅あるいは銀で活性化した硫化亜鉛螢光体が最も高い(エネルギー交換)効率をもっていることがよく知られている。ことに微量の銅で活性化した硫化亜鉛螢光体の効率は高いけれども、その残光の減衰は間が長いのでシンチレータ一には不適当である。微量の銀で活性化した硫化亜鉛螢光体は残光の減衰は間が短く、かつ青色の螢光を出すので、一般に使用されている2次電子増倍光電管の分光特性にもよく適合するすぐれた性質をもっている。

 硫化亜鉛螢光体を活性化するために添加する銀の量はZnS 1molに対し1×10-4mol以下の微量であるから、原料になる硫化亜鉛は完全に精製したものでなければならない。精製が不十分な場合には永続性の残光が強くなり使用に不便となる。またでき上った硫化亜鉛螢光体の粉末の粒度は20μ前後の大きさのものが適当であるといわれている。したがってこの研究においては十分精製した原料を用い、かつ融剤の種類、分量あるいは焼成の際の気圏および温度、時間等を種々変えて多種類の硫化亜鉛螢光体を合成して特性をしらべ、最もすぐれた硫化亜鉛螢光体を合成する技術を確立することを企図した。

 第1図に実際に合成した螢光体の中から6種類の螢光体を選び、その螢光の分光分布が活性体として添加した銀の分量によってどのように変化するかを測定した結果を示す。この図からわかるように焼成方法を適当にすることによって銀の量に無関係に一定の分光組成の螢光を発する螢光体を合成することができる。したがってこのような螢光体で作られたシンチレーターは、分光組成が変化することによって感度が種々変動するようなことはない。したがって最適量の銀を添加することによって高感度のシンチレーターが作られる。



第1図 Hg 3650Å刺激にて9℃にて測定した種々の分量のAg活性体を含むZnS/Ag螢光体の螢光スペクトル

 残光の減衰特性はシンチレーターの重要な特性であるが、約0.1μsecの分解能をもつ測定器を用いて2〜10μsecのパルス中の陰極線で刺激したときの残光の減衰時間を測定した結果0.2μsecの値を得た。この値はシンチレーターの一般使用目的に対しては十分良好な値である。

 硫化亜鉛螢光体はもちろんその他の多くの螢光体において、そのルミネッセンスは多くの長短種々の残光成分をもっていて、刺激時間が長いほど減衰時間の長い残光の強度が強くなる。実際に硫化亜鉛(銀)螢光体は室内の散乱光に4〜5分間もさらすと、数時間または数十時間にわたる強い残光を発する。

 したがって高速中性子用シンチレーターは2次電子増倍光電管に取り付けた後20時間から60時間放置して残光が消失した後でないと使用できない。

 実際に今回試験したNational Radiac製品は40〜60時間後でないと測定できないほど残光が強かったが、今回の試作品では20時間以内に完全に残光の消失するようなシンチレーターが試作できた。いったん残光を消した後には高速中性子がシンチレーターを刺激するような10-10〜10-8sec等の短い刺激時間では一番短い減衰時間をもつ残光以外には問題になららいことを理論的な計算によって確認した。

 使用の際の温度が変化した場合螢光効率がどのように変化するかも測定した結果を第2図に示す。常温以下の温度では効率は比較的に一定るが高温になると効率が低下するから、シンチレーターを高温で使用することはこのましくない。


第2図 ZnS/Ag螢光体の螢光効率の温度依存特性

4.シンチレーターの試作

 前述のように特性を調べた硫化亜鉛螢光体を用いてシンチレーター試作の研究を行った。各種の透明な樹脂の中でメタアクリル酸メチルエステル樹脂(ルーサイト)が最も透明であることが知られている。したがってこの研究においてはルーサイト中に硫化亜鉛螢光体を均一に分散埋没する方法を試験した。その一つとしてメタアクリル酸樹脂の単量体を半重合の状態に保ち、必要量の硫化亜鉛螢光体粉末を徐々に添加攪拌しながら重合を進め、最後に硬化せしめる。この方法で直径50mm長さ100mmていどの非常に均質な製品を作ることに成功した。次にメタアクリル酸メチル重合体粉末を必要量の硫化亜鉛粉末と混合してモールト機械に入れて加熱熔融した後モールド型に注入して長時間にわたって徐々に冷却硬化させる。この方法によって非常に均質な製品を作ることに成功した。

 これ等の製品はNational Radiac製品にくらべて外観がはるかに均質であるばかりでなく、実際に高速中性子をあてて内部までどのていど均一にできているかを試験した結果、不均一度はわずかに1.1%ていどで、シンチレーターとしては完全に均質であるといって差支えない結果が得られた。

5.シンチレーターの効率

 試作したシンチレーターに高速中性子をあてた時の蛍光効率および計数効率を測定した。その計数効率の測定結果の一部を第3図に示す。


第3図 高速中性子用シンチレーターの積分計数特性曲線

 試作品No.1およびNo.2は試験のため銀の添加量を変えて作った試作品である。その計数効率は1〜2%でNationl Radiac製品較に比遜して色のない試作品が得られた。

 試作したシンチレーターおよびその部品の一部を第4図に示す。


第4図 試作したシンチレーターおよびその部品の一部