原子力商船の開発

 原子力の平和への利用の一つとして原子力発電が研究され、英米ソ三国では早くも実用の域に入ろうとしている。一方、動力としてもう一つの応用は船舶の推進であった。原子力推進の船舶と言えばすぐに米国の潜水艦ノーチラス号、シーウルフ号等が頭に浮ぶが、これらはいずれも潜水艦として軍事目的を第一とし、その運航採算は全く考慮していないものであることは言うまでもない。しかし最近、ソ連の原子力砕氷船建造計画、あるいは米国における原子商船建造法案の可決など原子力推進船舶の研究がいよいよ本格化してきたように思われる。

 わが国においては東大教授山県博士を中心とした原子力船調査会が、諸外国で発表された資料を基に研究を続けているが、発電関係と比べて資料の内容数量ともに乏しく、研究は非常に困難を極めており、また委員会としてもその内容を必ずしも十分把握していない点もあった。造船・海運業のわが国経済に占める比重を考えれば原子力長期計画をたてるにあたり、原子力商船の開発は決して等閑視できないものがある。これらの点から見て、去る6月29日原子力委員会および原子力局は、前記原子力船調査会と懇談会を催し、同会における研究の実情、今後の計画などを聴く機会を得た。以下、懇談会における発言を中心に原子力商船建造における問題点を二三述べてみたい。

 原子力商船の経済性:商船を原子力で推進しようとする理由は大きく分けて次の2つである。一つは原子燃料の使用により在来燃料の不足を補うこと、他の一つは船の性能を向上させることである。後者は、原子力発電が単に燃料資源の補給を目的としているのに比べて、原子力商船の経済性を考えれば非常に大きな利点となるであろう。すなわち在来燃料による商船はその積載燃料量におのずから制限をうけることになり、したがって速力も高高二十数ノットという程度である。これ以上の速力は技術的には不可能ではないが、その場合は所要燃料量は莫大なものとなり商船本来の目的である貨客の積載能力を失うことになってしまう。言いかえれば、原子燃料の使用により載荷能力の増加(外航船では通常3〜4千トンの在来燃料を積込んでいる。)と同時に高速化による高運賃率の貨物が集ることともなり、発電の場合以上に大きな利得を生じる可能性は十分ある。

 原子炉、原子燃料についてあまり資料がない現在、原子力商船の経済性を詳細に検討することはできないが、ある種の原子力商船(タンカー、移民船など)を想定し、これと同型の在来船とを比較してその採用性をある程度推算してみることはできる。試算の結果現在のところ、原子力船は採算上有利ではないと思われるが、原子炉関係技術の進歩、炉および燃料価格の低減などとともに、前述の利点をあわせ考えると近い将来その実現は必至と見られ、経済的原子力商船による海運競争時代も遠くないものと思われる。

 開発上の問題点:船舶用原動力プラントは、おのづから次のような舶用特性が要求されるので、発電用プラントをそのまま舶用プラントに移行することはできない。これらの特性を列挙すれば

  (1)重量、容積の制限
  (2)高度の信頼性、安全性
  (3)良好な操縦性
  (4)燃料補給が容易でかつ長間隔であること
  (5)耐動揺性、耐震性
  (6)高い総合熱効率
  (7)船型、船体との良好な関係

などである。

 これらの問題を解決するためには先進国における研究資料の公開を待たねばならないし、また実験炉によるみずからの研究、実験も必要であろう。しかし、前述のように現在わが国における原子力船に関する調査はいわば暗中模索といった感があり、これらの研究を早急かつ効果的に行うための一助として先進国から然るべき技術者を招聘して指導を受けることも考えられ目下照会中である。

 現在、船舶用に消費されている燃料は、発電用のそれとほぼ同量(重油換算)である。したがって燃料資源の点から見ても、また経済的見地においても原子力商船建造はわが因原子力開発上今後の大きな問題となるであろう。