放射線障害防止に関する諮問に対する答申

 原子力局ではさきに日本医学放射線学会障害委員会にたいし、放射線障害防止に関する技術的基準について諮間中であったが、最近次のような答申が行われた。この答申の内容は最大許容濃度を中心としたもので、具体的な防護手段の技術的基準については触れられていない。

放射線障害防止に関する諮問に対する答申

日本医学放射線学会障害委員会

 科学技術庁原子力局より当委員会に対し別項のごとき放射線障害防止に関する諮問があったが、昭和31年1月10日以降審議を重ねた結果次のごとく答申する。

委員長   樋口 助弘
委 員   足立  忠   伊藤 岳郎   伊沢 正実   江藤 秀雄   岡本十二郎
  大山  彰   尾内 能犬   楼木 四郎   志賀 達雄   田中 正道
  塚本 憲甫   中泉 正徳   中原 一臣   橋詰  雅   藤本 慶治
  松沢 秀雄   宮川  正   三崎 しょう郎   山下 久雄   山田  穰
  山崎 文男   深草 駿一   堀江 重遠   (イロハ順)

I 原子力局より放射線障害防止について要請された審議事項は次のごとし。

(1)人体に対する放射線の最大許容量(体内摂取の場合の最大許容量を含む)
(2)施設(製造、使用および貯蔵)の位置、構造および設備に関する基準および方法
(3)廃棄の基準および方法
(4)取締の対象とすべき放射性物質および放射線発生装置の種類とその適用限度
(5)緊急処置(追加)

II 上記の審議事項について当委員会において審議した結果は次のとおりである。(以下箇条書きの最初の数字は、上記審議事項番号を示す。)

1 人体に対する放射線もしくは放射能の最大許容度

 1−1 一般原則

 人体に対する放射線もしくは放射能の最大許容度(以下最大許容度という)に関する一般原則は次のとおりとする。

  1−1−1最大許容度の定義

 最大許容度とは、現在の知識に照らして、生涯にわたり認むべき身体障害を起さないような放射線の量、もしくは、放射性汚染の濃度をいう。

 1−1−2 最大許容度の分類

 最大許容度は放射線の体外照射に関する最大許容線量(以下最大許容線量という)、空気および水の放射性汚染に関する最大許容濃度(以下最大許容濃度という)および建造物、物品、衣服等の放射性汚染に関する最大許容表面濃度(以下最大許容表面濃度という)の3種類に分類する。

 1−1−3 年令の別による最大許容度

 年令の別による最大許容度の違いは、18才以上を基準として、18才未満はその1/10を採用する。

(注)45才以上も基準値を採用する。

 以下の最大許容度の数値は、但書のない場合は18才以上の放射線従業者(1)に対するものとする。

 1−1−4 基準作業時間

 放射線従業員の作業時間が問題となる場合には48時/週を基準とする。

 1−1−5 勧 告

 以下に規定する最大許容度の値は一応の基準を示したものであるが、個々の場合可能の限りさらに低い値を採用することを勧告する。

 1−2 最大許容線量

 1−2−1 最大許容線量は国際勧告(2)に従うを原則とする。

 1−2−2 最大許容線量は附表1のとおりとする。

 1−2−3 中性子線の最大許容線量を線束密度で表わすときには、附表2のとおりとする(国際勧告(3)の値の40/48倍)

 1−2−4 放射線従業者以外の者に対する最大許容線量は放射線従業者のそれの1/10とする。

 1−2−5 一時的な大量被曝射および不均等な被曝射に関する最大許容線量の基準はN.B.S.ハンドブック59の当該事項を採用するものとする。

 1−3 最大許容濃度

 1−3−1 空気、水の最大許容濃度は国際勧告の値(4)を基準として、次の2項(1−3−2、1−3−3)の換算方式に従うものとする

 (注)日本人の平均体重および各臓器重量による国際勧告値に対する補正はデータの検討が不十分なので、今後の研究にまつこととする。

 1−3−2 放射線従業者に対する空気、水の最大許容濃度は、国際勧告(4)の2.5倍を採用する。

 (注)国際勧告の値は放射線従業者が年中汚染空気、水を摂取するものとした値である。年間20日の休暇、週間48時間(=6日)の勤務とすれば、国際勧告値に対する補正係数は、

第1項の2は1日当りの全摂取量の半分が作業時間内に摂取されるものとした補正係数である。

 1−3−3 放射線従業者以外の者に対する空気、水の最大許容濃度は国際勧告(4)の1/10を採用する。

 1−4 最大許容表面濃度

 1−4−1 最大許容表面濃度は附表3のとおりとする。

 (注)最大許容表面濃度の法的規制には次の3とおり考えられるので、この点考慮せられたい。

 (1)許可制とする。
 (2)場所により異なった数値とすること。
 (3)表面を種類で区分すること。(例、手と物品)

 1−5 混合照射の最大許容度

 1−5−1 人が同時に2以上の異なる体外照射または体内照射もしくはそれらで混合照射される場合は、線量の総和が人体のいかなる部分においても最大許容度以下に保つよう規定すること。ただし、最大許容濃度は、放射線従業者については問題となる臓器が300mrem/週の曝射量となる濃度とみなす。

 放射線従業者以外の者については30mrem/週の曝射量となるものとみなす。

 (注)放射線従業者の定期レントゲン検診による被曝線量はこれを業務による被曝線量に加算するものとする。

2 施設の位置、構造および設備に関する基準および方法

 2−1 次の理由により永久施設は最大許容度の1/10以下になるよう施設することが望ましい。

 (1)最大許容度が将来低くなる可能性が考えられること。
 (2)永久施設の改変は実行し難いこと。

 2−2 放射線源については、時間と距離の因子を考慮して、容器および部屋の両方を制限規定すること。

 2−3 放射線防護に関係ある製品は製品検査の要あるものとする。

 3 廃棄の基準および方法

 3−1放射性物質の生物学的濃縮(5)について考慮すべきであるが、廃気、廃水は、その放射性濃度をそれぞれの最大許容濃度の国際勧告の値(4)の1/10以下として廃棄することを原則とする。

 3−2 廃気の放射性濃度は排気口において前記の濃度以下であることを原則とする。

 3−3 放射性濃度は放射線非管理区域(6)に出る箇所で、前記の濃度以下であることを原則とする。

 3−4 放射性物質で汚染した廃棄物件は地中に埋没することを禁じ、廃棄物回収機関に引き渡すことを原則とする。

4 取締の対象とすべき放射性物質および放射線発生装置の種類とその通用限度

 4−1 種類とその適用限度は附表4のとおりとする。

 4−2 放射性物質(附表4、大区分(1))を2種類以上取扱う場合は附表の各群の危険度に応じてその総量が適用限度以上を超えないよう規定すること。

 4−3 夜光塗料のごとき特殊な対象(たとえば時計販売業者等)については実態調査の結果により立案すること。

5 非常処置

 5−1 非常処置に関して「放射線障害の有識者に知らせ、その指示を受ける。」のていどのことを規定すればよい。

 5−2 N.B.S.ハンドブック48を参考として行政当局において立案し、地震の場合の非常処置について追加すること。

 具申事項

 前記4の取締の対象とすべき放射性物質および放射線発生装置の種類とその適用限度に関する規定を実情に応じて適正化する目的で、原子力局は実態調査を実施せられるよう具申する。

 附  記

 本年7月メキシコで開催される国際放射線防護委員会において、本答申に関係あるなんらかの提案があり、国際勧告として発表された場合には、即刻検討して、その結果にもとづき本答申を一部改正することがある。





 参考注訳

1)放射線従業者とは、放射線管理区域(6)で働いている人をいう。
2)1954.12.1.Recomendation of I.C.R.P.,B.J. R., Supp. No.6., 1955, London, P.16〜20
3) 〃 P.91, Table E.1.
4)1954.12.1. Recomendatio of I.C.R.P., B.J. R., Supp. No.6. 1955. P.48〜53, Table C−VIII.
5)生物学的濃縮とは、たとえば放射性物質を摂取した動植物が放射性濃度を高めることをいう。
6)放射線管理区域および放射線非管理区域は以下の分類によるものとする。

最大許容度による区域の分類

7)基底層とは皮下7mg/cm2に相当する深さに存在するものと仮定する。
8)軟組織とは、歯芽反骨組織以外の人体組織をいう。
9)半価層とは放射線量率を半減するに要する物質の厚さをいう。