昭和30年度原子力平和的利用研究の紹介

 昭和30年度原子力平和的利用研究委託費により民間に研究が委託されたが、そのうち去る3月31日をもって終了したものが7件である。このうち東京芝浦電気株式会社の実施した「光電子増倍管の試作研究」(委託金額5,175千円)と昭和電工株式会社の実施した「原子炉用黒鉛製造に関する研究」(委託金額9,627千円)との2件をえらんで、ここにその概要を紹介することにした。なお今後もひきつづいて毎月2〜3件ずつ紹介していく予定である。

光電子増倍管の試作研究

ま え が き

 昭和30年度原子力平和的利用研究委託費により、放射線測定器部門として「光電子増倍管の試作研究」が東京芝浦電気(株)に委託され、委託費として5,175,000円が交付された。

 本研究は、3月末をもって終了したので、その研究結果の概要をここに紹介し、放射線測定器に特に関心のある方々の御参考としたい。

研究の目的

 近時、原子力の平和的利用がさかんとなるにつれて、それらの研究や応用の各種測定に必要な測定装置としてシンチレーション・カウンタが必要となり、その心臓部ともいうべき光電子増倍管についても国産化の要望が強くなってきた。東芝においては戦前から継続してきた各種の関連ある研究や資料をもとにして戦後間もなく微少な光を対象とする研究や測定等の用途に応ずることを目標として研究を開始し、9段型のRCA931−A、1P28、1P22相当管をつぎつぎに完成し、引き続きHead on lO段型の5819相当管にも着手して一応実用試験も始められるていどになっていた。

 本研究は上記基礎研究をもととしてシンチレーション用としての実用的見地から検討を加え、この用途に満足する特性をもたせるよう改良研究することを目的とする。

研究実績概要

1.球の試作改良

 研究開始の初期にはバルブのフェース面がきれいな平面にできず、光電面の膜の厚さや均一性、内部導電膜のはがれ、電極部品の細工、精度等製作技術的にうまく行かない項目が多くあった。これに対し電極部品は型類を用いた精度のあるものに改良し、バルブや光電面の製作法についても種々検討し改良した結果、それ等の問題を解決した。その間に問題になったのは暗電流と感度、すなわちS/Nの問題であった。この点についても材料、製作法、処理等について吟味検討した結果、静特性では、RCA6655の発表データ相当のものが得られるようになった。

 初期は目標をRCA5819相当管においていたが、検討して種々不都合な点も見出され独自に改良していたところ、RCAでも改良型と考えられる6655を発表しこの研究の目標とも合うので試験規格構造寸法等もRCA6655に合わせこれと差し換え使用を可能にした。その外観は第1図のとおりである。

 本研究の主目的であるシンチレーション・カウンタ用として考える場合、感度として普通に使用している2,8700Kのタングステン・ランプを用いたルーメン当りの光電流で表わすことは、シンチレータから発する育成分の多い光とは、光源としての波長エネルギー特性に大きな差異があって不十分と考えられるのでフィルターと組合せてシンチレータの光と等価な光を作りこれによる感度光電流を検討した。その結果この感度においても十分良好な性能を有することがわかった。

 その後はシンチレーション用動作試験器の入手まで動作試験で問題になりそうな特性を予想し改良しながら試験用の球を試作集積した。

2.動作試験

 この研究の主要な題目でシンチレーション・カウンタ用として、試作管がどのような性能を示すかの試験である。しかしながら一般的な試験方法や規格が発表されているわけではなく、特性そのものも放射線源との相互関係やシンチレータや増幅器、その他によっても影響されるのでなかなか困難な問題である。しかも国内においてはこのような装置そのものがまだ研究過程にあり、球の試験用としては不十分と考えられたので、世界的な高性能を有するアメリカRCL社のRecording Spectrogammeometer式(第2図)を輸入し、これによって試験することにした。これは、シンチレーション・プローブ、前置増幅器を別に付属し、装置の電源・高圧定電源・比例増幅器・波高撰別装置・計数率計・記録計・タイマー・計数器を一つのラックに積み上げた一式である。この内の光電子増倍管だけを取り換えて、どのていどの性能が得られるかを試験しようとするものである。このSpectrogammeometerに用いられている光電子増倍管はこれも世界的に有名なDu Mont 6292であってこれと同等な性能を目標としたのである。



 多少おくれたがだいたい予定どおり3月はじめに装置を入手し、試験を行った。まずRCL社における試験表との比較試験を行い、放射線源の種類、強さ、プローブとの相互関係等につき検討して十分なデータを得、ついでこれと同じ条件で試作管を試験し比較検討した。結果は1.の終りで述べた改良の結果が有効であって、付属の6292と同じていどの優秀な性能をもった球も得られた。ノイズについては一般に6292より小さくすぐれている。

3.寿命試験

 光電子増倍管はとり出す電流の大きさにもよるが、一般に電流の大きい場合には時間とともに光電流の減少するいわゆる疲労現象が大きいと予想されるので、計録電流計をつけた寿命試験装置を試作整備し試作管について寿命の検討を行った。条件はMIL規格の方法に準じ、定格の最大電流をやや超過する1mAで行った。結果は典型的な疲労曲線を示し、各個の球で相当ばらつきもあるが、この規格限度には問題ない特性を示している。

収めた成果

 本研究の目標であったシンチレーション・カウンタ用光電子増倍管は静特性的にはRCA6655相当管という形において、動作特性特にγ線スペクトル測定用としてはDu Mont 6292におとらぬ優秀な性能(半値幅およびノイズ)を有する球として完成された。それらの特性の比較一覧は第1表のとおりであり CS137を用いたスペクトルの一例は第3図のとおりである。

第1表 光電子増倍管試作品特性一覧




原子炉用黒鉛製造に関する研究

ま え が き

 黒鉛はシカゴ大学で史上最初の原子炉第1号CP−1(1942)が築造されたときに減速材として使用された。これは黒鉛の原子核特性がすぐれており、特に中性子吸収面積が小さく、また比較的容易に入手できる点によるものである。その後よりすぐれた減速能力をもつ他の材料の工学がいちじるしく発達したが、それにもかかわらず黒鉛が各種の原子炉の減速材および反射材として用いられてきている。最近発電用の原子炉として黒鉛を減速材に用いた炉が実用化されんとする可能性が大きくなりつつある。

 日本では現在原子力工業の黎明期にあり、種々の計画が樹てられてその急速な進展が期待されている時、重要な原子炉用材料である黒鉛の製造についてはすでに世界的水準にある人造黒鉛工業の技術を基盤にすれば、国産は十分に可能である。昭和30年度原子力平和的利用研究委託費により昭和電工にぉいて基礎研究を行い相当の成果を収めた。ここにその実情を紹介する。

試作研究計画の概要

1 研究目的

 昭和30年度の研究項目としては次の4点を重視し研究を委託した。

  (1)高純度黒鉛の試作研究
  (2)高密度黒鉛の試作研究
  (3)異方性の研究
  (4)精密加工法の研究

 まず高純度については原料の選択を第一とし、ついで全工程にわたり硼素の汚染防止対策を厳重に講ずるとともに、特に黒鉛化工程における硼素汚染条件の究明と黒鉛化炉の設計および温度条件その他の研究を行い、さらに小規模ではあるが素材の高温化学処理による脱硼素の研究を行い、0.1ppm以下の含硼素の黒鉛製品の試作を企図し、高密度については新型式粉砕機による粉末粒形の改良、最適粒度分布曲線の追求とともに、新型ニーダーを採用して混捏を良好ならしめ、また焼成方法を改善して高密度の実現と均質の確保を図った。精密加工の問題に関しては新鋭サンドストランドリジットミルの採用により、加工機構その他各種条件を究明した。

研 究 内 容

 研究の題目およびその内容については第2表に示すとぉりである。

第 2 表




 以上の研究内容と人造黒鉛電極製造に関する基礎技術とにより、原子炉用黒鉛の工業化のための試験を行った。

研究の結果

 昭和30年度原子炉用黒鉛の製造研究において得られた成果のおもなものを記せば次のごとくである。

1.高純度黒鉛の試作研究

1.1低硼素原料の調査

 原料コークスについては輸入石油コークスおよび国産ピッチコークス等の各銘柄のコークスの硼素含有量を定量し、米国イリノイ州ロックポート産グレートレークコークスが最も微量の0.2ppm前後であることが判明したのでこれを使用した。

1.2高純度バインダの研究

 全国のコールピッチ試料について硼素含有量を定量した結果主原料に比しかなり多くの硼素が含有されていることがわかったので、実験室的に溶剤排出分離法および揮発分離法を試み、硼素含有量を0.17ppm以下に低下させることに成功した。しかしこの方法の工業化はさらに研究を要し、現在試験には川崎製鉄千葉工場と協同で加熱沈降法による精製タール、(硼素0.6〜0.8ppm)をピッチに加工して使用した。

1.3製造工程中の不純物混入防止の研究

 製造工程中の不純物混入の状況を調査し、作業環境から生ずる各種粉塵中に数ppmないし数十ppmの硼素が検出されたので、粉砕、成型、加工は特に防塵密閉室とし、焼成、黒鉛化炉については炉詰、炉出について粉塵を防止した。その他作業者の服装、磨耗あるいは消耗性機械、装置(炉)部品の材料対策、作業者心得、作業規準等の厳守により徹底的に汚染防止方策を講じた。全工程を通じきわめて僅少な(約0.3ppm)汚染に止めることに成功した。

1.4黒鉛化工程による不純物除去の研究

 当初黒鉛化温度を2,800〜3,000℃以上に高くすれば、硼素も揮発除去し得るであらうとの予想のもとに実験を試みたところ、かえって硼素の汚染がはなはだしく、高温加熱によっては硼素除去は困難であることが判明した。汚染源はライニングおよび詰粉であり、これ等の炉材について検討し、さらに黒鉛化炉内の汚染分布の実態を究明した。ライニングに土硅石とロックポートコークスの配合品が最適で、詰粉としてはロックポートコークスを使用することにした。

 これらの点を総合して、硼素汚染防止の立場から黒鉛化炉の特別設計を行い予期の成果を得た。

1.5高温化学処理による脱硼素

 炭素材中の硼素の除去は従来からきわめて困難なものとされていたが、高温化学処理によって灰分2,000ppmのものを20ppmに、また硼素については3ppmから0.1ppm以下に減少し脱硼素の処理法を確立した。(ただしこれは試片についてである。)

1.6微量硼素の定量

 微量硼素定量分析法は本邦はもちろん諸外国においても現在研究段階にあり、まだ確立されていないので、比色分析および分光分析の両法の研究を行い、大阪工業技術試験所市瀬博士の指導のもとに比色分析法により硼素1〜0.1γの検出定量に成功した。また分光分析法については硼素0.2ppm〜10ppmの定量が可能であることを認めた。

2.高密度黒鉛の試作研究

2.1原料粉砕方法および原料配合方法の研究

 高密度品製造のため原料粉末に要求される条件は

  a 粒形が可及的球状であること
  b 粒度分布が適正であること
  c 真比重が大きいこと

 の3点に集約される。粉砕についてはaおよびbが考慮される点である。エアミルとロール粉砕機とを用いて所期の目的を達した。実験室的には一挙に見掛比重1.7以上のブロックをつくり得る粒度配合を見出し、高密度品を容易につくる可能性を見出した。

2.2成型諸条件の決定に関する研究

 高密度ブロックの製造を左右する要因は

  a 原料の配合
  b 混捏方法
  c 成型方法

 である。以上の3点について詳細に検討し、各条件の最適点を求めた。試験に採用した条件は下記のごとくである。

混 和 作 業

   粉末予熱温度

  105±5℃

   バインダー温度

  145±5℃
   混和温度   145±5℃
   混和時間   2時間
   翼 回 転   0.5(減速機目盛)
   混和方式   単練り
   バインダー量   20−30%

成 型 作 業

   口金温度

  145±5℃
   押出時間   9〜10分/本
   押出圧力   40〜80kg/cm2

2.3均一焼成操炉法の樹立

 微粉末配合で寸法小なる炭素材を電気焼成する場合、最も均一組織を形成し、粘結剤炭化率を最大ならしめかつ収率も良好な操炉法を確立した。

2.4ピッチ浸透法の研究

 従来実験室的にはその有効性が確立されていたが、現場の作業で容易に一回の浸潤で6〜7%の密度の増加をもたらし、かつ数回繰り返して行えば最大20%の密度上昇が可能となった。

3.異方性の研究

 原子炉用黒鉛では異方性が少ないことが一つの重要な条件である。原子炉材として用いた場合中性子線の照射による。異方性は中性子照射損傷に対してきわめて重大なことである。このため一つの方法として粒形を可及的に球状にすることによって異方性を小さくできることがあきらかとなった。

4.精密加工法の研究

4.11/100mmの加工精度の実現

 サンドストランドリジットミル真空チャック付属を採用し、加工室を恒温とすることによって、黒鉛素材の平面仕上について±1/100mmの精度を実現したことは原子炉用黒鉛の精密加工技術の第一段階を終了したものといえよう。米国側発表の+1/1,000インチ〜−2/1,000インチと比較してさらに精密な加工の可能性が生じたわけである。

4.2加工精度の測定法

 精密測定の目標は1/1,000mmであるが今回は角棒一種類について

  a 100mmの厚さ測定
  b 直角度の測定
  c 平行度の測定
  d 1000mmの長さの測定

 を企てた。aはブロックゲージと測定器により1/100mm単位で測定可能となり、bについては2/100mmの誤差内で測定され、cについては5/1,000mmまでの精度が得られた。

む  す  び

 以上のごとく30年度の研究の結果は予期以上の成果をあげ、高純度の点では反射材用硼素0.5ppm以下、減速材用0.1ppm以下の試作に成功した。

 高密度(見掛比重1.7以上)、異方性については目標を達成し、精密加工については予期以上の精度をあげ得た。昭和30年度は基礎試験の段階であり、さらに研究をつづけ国産原子炉用黒鉛の工業的製造技術の確立に努めようとするものである。

 本試作研究の第1年度は5ヵ月の短期間であったが、人造黒鉛電極製造技術を基底として当初の計画をおおむね達成し、特に硼素分析法の確立、高純度、精密加工に関する目標数値を超えた成果を獲得し、更に新規購入機械の機能の十分な発揮により、原子炉用黒鉛製造に関する基礎技術をきわめてよく体得するにいたった。