第I部 総論
第2章 エネルギー情勢等と内外の原子力開発利用の状況

6.先導的プロジェクト等の推進

(1)核融合研究開発
 核融合研究開発は,軽い元素の原子核同士が衝突してより大きな原子核に融合する際に発生するエネルギーを取り出して利用しようするもので,燃料となる重水素等が海水中に豊富に存在するため人類の恒久的なエネルギー源となり得る,原理的に高い安全性を有する,地球環境問題の原因となる物質を排出しないなど多くの長所を有している。このため核融合が実用化された場合,世界のエネルギー問題の解決に大きく貢献するものと期待されており,我が国においても,国際的にも積極的に研究開発が行われている。
1992年6月,原子力委員会により,実験炉の開発を始めとする第三段階核融合研究開発基本計画が策定され,現在この計画に基づき日本原子力研究所,大学,国立試験研究機関等により研究開発が推進されている。
 日本原子力研究所では,臨界プラズマ試験装置(JT-60)により重水素を用いた実験が進められ,1993年3月には,核融合積*18で世界最高の成果を得ている。また,超電導コイル,加熱・電流駆動装置等の炉工学技術の研究開発が行われている。


*18 プラズマの密度,エネルギー閉じ込め時間,イオン温度の3つを掛け合わせた量のことで,閉じ込められたプラズマの総合的な性能を表す指標の一つとして用いられる。

 大学共同利用機関である核融合科学研究所では大型ヘリカル装置の開発を推進しており,大学等においては,ヘリカル型,逆磁場ピンチ型及びミラー型等の各種磁場閉じ込め方式や慣性閉じ込め方式による基礎的研究が進められている。
 また,日本,米国,EC及びロシアの4極の国際協力による国際熱核融合実験炉(ITER)の工学設計活動が,1992年7月より進められている。我が国の茨城県那珂町(日本原子力研究所那珂研究所),米国(サンディエゴ),EC(ドイツ・ガルヒンク)にITER工学設計活動の共同中央チームのサイトが設置され,4極の研究者により工学設計が実施されている。また,4極にそれぞれ国内チームが設置され,プラズマ物理及び工学技術に関する研究開発が実施されている。

 一方,高温プラズマ条件下ではなく,常温で核融合の現象が起こっている可能性があると報告されているいわゆる常温核融合については,依然としてその現象が核融合反応であるか否か確認されていないが,現象の解明のための追試験が引き続き行われている。

(2)加速器技術
 加速器はもともと原子核研究に不可欠な実験装置であったが,種々の放射線を人工的に作り出し,物質にイオン種又は高密度のエネルギーを制御性良く注入できるといった特徴から,原子核研究だけでなく新たな放射線利用技術の開発等の分野で優れた成果を挙げている。
 これらの技術は,原子力のみならず科学技術全般,ひいては社会環境に対して革新的波及効果を及ぼすものとして大きな期待が寄せられており,従来の成果をもとに,イオンビーム,重粒子線及び放射光に関する研究など新しい研究分野のための加速器の開発が進められている。
 日本原子力研究所及び理化学研究所は,兵庫県播磨科学公園都市において,1998年の供用開始を目指し,世界最大(8ギガエレクトロンボルト)の大型放射光施設(SPring-8)の建設を推進している。高指向性・高輝度の放射光は,物質・材料系科学技術,情報・電子系科学技術,ライフサイエンス等の広範な分野のための研究・技術開発に飛躍的な発展をもたらす有力な分析・解析手段であり,これを利用して分子レベルの時間的に変化する現象の動的解析,極限環境下での物質の構造及び物性の解明等が進められることになる。このため,供用開始に対する研究者の期待は大きい。また,本施設は,放射光利用研究の中核的研究拠点(センター・オブ・エクセレンス)とすることを目標に,我が国の産学官の研究者はもとより,国外の研究者に広く開かれた施設として整備運営を行うことが重要であり,施設の利用を促進するための体制整備が期待されている。

 放射線医学総合研究所では,重粒子線によるがんの治療法の研究を行っている。従来の放射線療法には,局所進行がんや酸素濃度の低いがん細胞には治療効果が低い,照射可能な線量は正常細胞の耐容線量に制限されるといった課題があった。これに対して重粒子線は,局所進行がんや低酸素がん細胞に対しても治療効果が高く,かつ重粒子線のエネルギー分布をがん患部に合わせて調整することにより患部周辺の正常細胞の障害を最小限に抑えられるなど優れた性質を有している。このため同研究所では,より優れたがん治療法への期待に応えるべく,1987年度より重粒子加速器を用いた重粒子線がん治療装置(HIMAC)の建設を進めてきたが,1993年度にはこれが完成し,臨床試行が開始される。
 日本原子力研究所(高崎研究所)では,数十キロエレクトロンボルトから数百メガエレクトロンボルトのエネルギー領域での我が国初のイオン照射研究施設(TIARA)が1991年度から稼動しており,イオンビームを用いて宇宙環境材料,核融合炉材料,バイオ技術及び新機能材料等に関する研究などを推進している。なお,これまではエネルギー領域の異なる4台のイオン加速器のうち,既に完成している2台の加速器による一部稼動であったが,1993年度には残る2台の加速器の完成が予定されており,更なる研究の促進が期待されている。

 理化学研究所では,重イオン科学の研究推進のためのリングサイクロトロンを用い1989年7月には世界最高の加速性能を達成しており,この加速器により,従来の加速器では困難であった原子核反応機構の解明,新しい超重元素の生成の研究を始め原子核物理等の基礎研究が行われている。
 動力炉・核燃料開発事業団は,長寿命放射性核種または核分裂生成物を短寿命化又は安定な核種に核変換する技術(消滅処理技術)の開発を目的として,大電流電子加速器の開発を行っている。日本原子力研究所においても,同様の目的で大出力陽子加速器の研究を行っている。

(3)高温工学試験研究
 現在我が国を始め各国で多く運転されている軽水炉では,原子炉の温度(原子炉出口における冷却氷の温度)は300〜400°Cであるが,これを更に高温とすることにより原子炉から取り出されるエネルギーを更に効率的に,発電以外の用途にも利用するための研究が高温工学試験研究である。
 高温工学試験研究については,高温の熱供給,高い受動安全性,燃料の高燃焼度等の優れた特徴を有する高温ガス炉*19技術の開発及び高温工学に関する各種先端的基礎研究を推進しており,その中核となる研究施設として,高温工学試験研究炉(HTTR)の建設が日本原子力研究所(大洗研究所)において進められている。
 HTTRは現在,1998年の初臨界を目指し建設が進められており,これと並行してHTTRに組み込まれる主要機器・部品の機能及び健全性の実証,炉物理試験,耐熱材料開発等の研究開発を行っている。一方,HTTRから取り出される核熱の利用技術として,水素製造に関する基礎的研究等を行っている。
 さらに,研究の効率的な推進を図るために,ドイツ,米国及び中国等との国際研究協力を行っている。また,国際的にもHTTRに対する期待は大きく,現在,HTTRを用いた核熱利用システムの設計評価研究をIAEA主催による国際協力研究として実施する準備が進められている。


*19 冷却材として水ではなく,化学的に安定なヘリウムガスを用いることにより1,000°C近い高温の熱を取り出すことのできる原子炉。

(4)原子力船の研究開発
 原子力船は,将来の海上輸送等の高度化に貢献できるものと期待されており,その技術,知見,経験の蓄積・涵養を図るため,日本原子力研究所において原子力船「むつ」による研究開発を実施してきた。
 「むつ」は,1991年2月,我が国初の原子力船として完成した後,おおむね1年間の実験航海を実施し,成功裏に実験を終了した。
 「むつ」は,原子炉を遮蔽体と合わせて原子炉室ごと一括撤去し,陸上にそのまま保管する「撤去隔離方式」により解役される計画であり,1992年12月原子炉設置変更許可を得て,1993年5月より使用済燃料の陸揚げ作業を開始,7月にはすべての燃料体の陸揚げを完了した。
 舶用炉の改良研究については,「むつ」により得られた実験データ等の成果を活用しつつ,舶用炉の経済性,信頼性等の向上を目指した研究を実施している。

(5)新しい型の原子炉の研究
 受動的安全性を具備した中小型炉,モジュール型液体金属炉及び高転換軽水炉等の新しい型の原子炉については,幅広く基礎的・基盤的研究を推進し,将来の原子炉技術の飛躍的発展の可能性の検討を行っている。日本原子力研究所では,炉本体の受動的安全性を高める原子炉システムの基礎研究を行っている。また,1992年からはROSA-V計画(原子炉の安全研究の一種)の一環として,米国原子力規制委員会との研究協力により,米国で設計された受動的安全性を具備した新型軽水炉の安全性に関する確証試験を我が国(日本原子力研究所)において行っている。


目次へ          第1部 第2章(7)へ