第5章 核融合,原子力船及び高温工学試験研究
1.核融合

(1)総論
 核融合は,燃料供給の安定性,安全性及び環境保全性の観点から優れた特徴を有しており,これが実用化された場合には,人類の未来を担う有力なエネルギー源として役立つものと広く期待されている。特に,エネルギー資源に乏しい我が国としては,その研究開発の意義は大きい。
 我が国の核融合研究開発は,原子力委員会が1975年7月に策定した第二段階核融合研究開発基本計画(以下「第二段階計画」という。)及び原子力開発利用長期計画(1987年6月)に基づいて進められてきた。第二段階計画の主要な目標を達成するため,日本原子力研究所に臨界プラズマ試験装置JT-60が建設された。1987年に,同装置により第二段階計画に定められたプラズマ性能の目標が達成されたのを始め,大学等の広範囲な実験装置により多様な研究開発が行われ,炉心プラズマ技術において著しい進展が見られた。さらに,炉工学技術についても,超電導コイル等の研究開発を始めとして,広範な分野での研究開発が進展した。
 これらの成果を踏まえると,我が国の核融合研究開発は第二段階計画の目標を大略達成し,次段階たる第三段階の核融合研究開発を具体的に実施するに十分な科学的・技術的基盤をほぼ確立したと判断されるに至った。このような研究開発の進展に対応するため,原子力委員会の核融合会議の下で1991年9月から,今後の核融合研究開発の方向性,進め方等について調査審議が行われた結果,1992年6月,第三段階核融合研究開発基本計画が策定された。
 この第三段階計画の研究開発は,自己点火条件の達成及び長時間燃焼の実現並びに原型炉の開発に必要な炉工学技術の基礎の形成を主要な目標として実施することとされている。これを達成するための研究開発の中核を担う装置として,トカマク型の実験炉を開発することとしている。
 我が国の核融合研究開発は,日本原子力研究所を中心として,電子技術総合研究所,金属材料技術研究所等において実施されている。また,基礎研究の中心である大学関係においては,大学共同利用機関である核融合科学研究所において,大型ヘリカル装置の建設が進められているほか,京都大学(ヘリオトロン),筑波大学(ミラー型),九州大学(超伝導コイルを用いたトカマク型),大阪大学(慣性閉じ込め型)等において,プラズマ物理及び関連分野の研究が幅広く実施されている。
 一方,いわゆる低温核融合の研究については,1989年3月に米国で発表されて以来,世界中で追試が行われてきたが,現象の再現性が低く,核融合反応が起っているという確証を得るまでに至ってはいない。
 エネルギー源としての可能性はほとんどないとの見方が大勢を占めているが,未知の現象であるという点で科学的関心が集まり,現象の解明が期待されている。

(2)研究開発の現状
① トカマク方式の研究
 トマカク方式については,日本原子力研究所の臨界プラズマ試験装置(JT-60)において,原子力委員会の定めたプラズマ性能の目標が1987年9月に達成された。この後,次期大型装置の炉心プラズマに関する研究開発に資するために1988年よりJT-60の高性能化計画が進められている。高性能化実験(I)では,ペレット燃料を用いてプラズマ閉じ込め性能を更に向上させるとともに,全プラズマ電流の約80%を自発電流が占めるプラズマが実現された。また,1989年11月からは大電流化及び重水素使用を行うための装置の改造が行われ,1991年3月から高性能化実験(II)が開始された。1991年7月から重水素を使用した実験が開始され,1992年8月に,中心プラズマイオン温度4.4億度,核融合積(中心プラズマ密度×閉じ込め時間×中心プラズマイオン温度)50.7(兆個・秒・億度/立方センチメートル)に達した。
 一方,中型装置によるトカマクの高性能化の研究も精力的に推進されている。日米協力により,米国のダブレット―III(非円形トカマク試験装置)を用いて超高効率閉じ込めモード(VHモード)の発見(1990年)及び約11%の高ベータ値の達成(1991年3月)等の好結果が得られている。また,高性能トカマク開発試験装置(JFT-2M)により,ダイバータ効果,高周波によるプラズマ電流の励起維持及び非円形プラズマによる高効率閉じ込めに関する実験等先駆的研究が実施されている。
 さらに,核融合科学研究所のJIPP T-IIU装置では,閉じ込め改善の方策の研究や,加熱方式の開発研究等の先駆的研究が行われているほか,九州大学の超伝導強磁場トカマクTRIAM-IMにおいては,トカマク方式による核融合炉の定常運転に関する研究を継続して行っ

 ており,1989年12月に1時間を超える連続運転に成功した。
② トカマク方式以外の研究
 トカマク方式以外の磁場閉込め方式についても,新しい展開が見られている。ヘリカル方式については,京都大学のヘリオトロンE装置及び核融合科学研究所のコンパクトヘリカルシステムにおいて,無電流高温プラヅマの安定な閉じ込め・加熱に関する研究を行っている。
 また,核融合科学研究所において,大型へリカル装置の建設が順調に進んでいるピンチ方式については,電子技術総合研究所の逆磁場ピンチ装置(TPE-1RM15及びTPE-2Mにより高べータプラズマに関する研究等が行われているミラー方式については,筑波大学のタンデムミラー型装置「ガンマ10」において,サーマルバリア付電位閉じ込めの研究を行っている。
 さらに,慣性閉じ込め方式については,大阪大学の20キロジュールガラスレーザー「激光12号」において,慣性閉じ込め方式の科学的実証を目指した実験研究が実施されている。また,慣性閉じ込め方式に適した紫外ガスレーザの研究開発も,国立試験研究機関等において実施されている。荷電粒子ビームを用いた慣性閉じ込め方式についても,基礎的研究が進められている。

③ 炉工学技術
(イ)超電導
 超電導磁石に関しては,日本原子力研究所において,核融合実験炉に必要な電流値を超える4万アンペアの通電に成功した。また,ニオブ・スズ化合物(Nb3Sn)を用いた高磁界コイルにより12.2テスラを達成した。さらに,高磁界パルス・コイルとして,20メガジュールのパルス・ポロイダルコイルの開発を続け,日米協力の一つとして日本原子力研究所で試験を行っている。金属材料技術研究所では,更に高い18テスラの臨界磁界をもつニオブ・アルミ化合物(Nb3Al)超電導線材を開発し,応力下での特性評価を行った結果,導体が大きな荷重を受ける核融合炉用大型超電導マグネットへの実用化に十分な見通しが得られた。
(ロ)プラズマ加熱・電流駆動
 プラズマ加熱・電流駆動技術においては,JT-60用に正イオンを用いた数10メガワット級中性粒子入射加熱(NBI)技術の確立が図られるとともに,出力効率及びビーム発散角の観点から実験炉に適した負イオン・ビームNBI技術に関しても,100キロエレクトロンボルトで2アンペアのビームを3秒間引き出すことに成功するなど,世界に先駆けた開発が進展している。高周波加熱(RF)については,電子サイクロトロン波共鳴加熱(ECRH),イオン・サイクロトロン波共鳴加熱(ICRH)及び低域混成波共鳴加熱(LHRH)の開発技術が進展し,0.5~20メガワット規模の加熱を実証するとともに,LHRHについては低密度領域での非誘導電流駆動技術が確立している。一方,九州大学のTRIAM-IMでは,低域混成波による実験で1989年12月に1時間を超えるトカマクの連続運転に成功した。
(ハ)構造材料
 炉構造材料については,中性子照射下における研究が,これまでの10年間に著しく進展した。特に日米協力の下でのHFIR(High FluxIsotopeReactor)を使用した重照射実験が行われている。また,1987年度からは,米国のFFTF(FastFluxTestFaci1ity)を利用した照射実験が実施されてきた。一方,日本原子力研究所で耐高熱負荷機器の研究を進めるために1988年度に建設した最大出力400キロワットの電子ビーム高熱負荷試験装置(JEBIS)を用いて,プラズマ対向機器の高熱負荷試験が行われている。
 また,金属材料技術研究所では合金に加えてセラミックス複合材料タイプの低放射化材料の開発も進められている。
 さらに,中性子照射下での材料挙動に関する研究がサイクロトロン加速器を用いた実験と計算機シミュレーションによって実施され,最近数十度Cでの照射誘起変形が理論的に予測されて注目を集めている。
(二)トリチウム
 トリチウムの取扱い技術については,日本原子力研究所にトリチウムプロセス研究棟(TPL)が完成し,16グラムのトリチウムを貯蔵して燃料ガス精製実験,水素同位体分離実験などが実施されている。また,1987年度から米国ロスアラモス研究所のトリチウム技術試験施設(TSTA)における日米研究協力により,大型トリチウム・ループ試験及び日本原子力研究所が開発した燃料精製システムの持込み試験,長時間連続ホット試験(1キログラム/日)が実施されている。
(ホ)炉設計
 炉設計技術については,我が国の水準は高く,国際原子力機関(IAEA)で1978年から約10年間にわたって行われた国際トカマク炉(INTOR)の共同設計に当たってワークショップの主導的役割を果たした。また,1988年度から開始された国際熱核融合実験炉(ITER)概念設計活動においても,運営委員会の議長を我が国代表がつとめるなど,積極的に貢献してきた。1992年7月からは工学設計活動が開始された。さらに,3大トカマクなどを中心とした最新のデータベースを基に核融合実験炉の概念検討が日本原子力研究所で続けられている。

(ヘ)その他の炉工学技術に関する研究
 その他,炉構造,遠隔操作技術に関する研究開発も遅れて開始されたが,炉内モジュール固定法やマニピュレータガイド用レールなどが開発されてきている。また,耐放射線材料や計測センサーなどの開発も行われている。

(3)国際協力
 現在,我が国が進めている国際協力としては,日米等の二国間協力とIAEA及び国際エネルギー機関(IEA)を通じた多国間協力がある。
① 日米協力
 日米協力については,1979年5月に締結された日米エネルギー研究開発協力協定において核融合が協力の重点分野の一つとされ,ダブレットーIII(非円形トカマク試験装置)を用いた研究を始めとする共同研究,情報交換及び研究者の相互派遣等を行う交流計画,プラズマ物理の共同研究並びに核融合炉材料,加熱技術,超電導コイル等の分野で協力が行われている。
 なお,日米エネルギー研究開発協力協定については9ヶ月間の暫定延長の後,1990年2月1日に一部修正の上,5年間の延長が行われた。
② 日・EC協力
 日・EC間では1989年2月に政府間レベルの日・EC核融合協力協定が署名されたことを受け,原研一ユーリッヒ研(独)間で,プラズマ対向機器の共同開発に関する協力等,本格的研究協力が進展している。
③ IAEAを通じた協力
 IAEAを通じた協力については,我が国は,プラズマ物理及び制御熱核融合研究国際会議,大型トカマク会合,原子分子データ情報交換に関する協力等に積極的に参加している。
 また,1985年の米ソ首脳会談において熱核融合の実用化に向けての国際協力の重要性が強調されたのを受け,1988年4月よりIAEAの後援の下に日,米,EC,ソ連(当時)の4極により,ITERの概念設計に関する協力活動が開始され,同活動は1990年末に成功裏に終了した。
1992年7月,日,米,EC1ロシアの4極により,工学設計活動に関する協定等の署名が行われ,同活動が開始されることとなった。

④ IEAを通じた協力
 IEAを通じた協力については,超電導磁石計画,三大トカマク協力,プラズマ―壁面相互作用計画,核融合材料照射損傷研究開発計画,逆磁場ピンチ計画及び核融合の環境・安全性・経済性研究計画の協力に積極的に参加している。


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