第5章 核融合,原子力船及び高温工学試験研究
2.原子力船

(1)  原子力船「むつ」による研究開発
 我が国における原子力船研究開発は,1961年に原子力委員会が定めた「原子力開発利用長期計画」においてその必要性が示された。これを受けて,1963年,日本原子力船開発事業団(以下「事業団」という。)が設立され,原子力第1船「むつ」の開発が開始された。「むつ」の設計・建造は,搭載する原子炉を含めて可能な限り国産技術で行うこととし,主要部の設計や製作に当たっては,各段階ごとに評価検討をして前に進むという手順を踏んで開発が進められ,1965年から1968年にかけて,臨界実験,原子炉内流動実験,遮蔽効果確認実験等が実施された。その後,1968年に建造が開始され,1969年には進水するなど研究開発が順調に進められたが,1974年,出力上昇試験中に遮蔽の不具合による放射線漏れを起こし,その計画は大幅に遅れることとなった。
 この放射線漏れの原因及びその後の対応については,「むつ」放射線漏れ問題調査委員会において,単に技術面に限らず,政策面,組織面等広範囲な見地から検討された。その結果,種々の提言がなされたが,「むつ」については,全体としてはかなりの水準に達しており,適当な改善によって十分所期の技術開発の目的に適合し得るものと判断され,これを受けて,佐世保において安全性総点検及び遮蔽改修工事が行われた。

 なお,事業団は,1980年日本原子力船研究開発事業団に改組され,1985年には,日本原子力研究所に統合された。さらに同年,内閣総理大臣及び運輸大臣によって「日本原子力研究所の原子力船の開発のために必要な研究に関する基本計画」が策定され,この基本計画に沿って日本原子力研究所は,むつ市関根浜に新定係港を建設し,1990年3月からの出力上昇試験及び海上試運転を経て,1991年2月に,原子炉等規制法に基づく使用前検査合格証及び船舶安全法に基づく船舶検査証書が交付され,「むつ」は我が国初の原子力船として完成した。
 その後,約1年間の予定で実験航海が開始された。この実験航海においては,1991年2月下旬から12月中旬にかけて4回の航海により,東はハワイ諸島沖,南はフィジー諸島沖,北はカムチャッカ半島沖にまで航行し,通常海域,高温海域,荒海域等における実験を順調に進め,陸上では得られない貴重なデータ,経験等を取得し,1992年2月,全ての実験航海を成功裏に完了した。出力上昇試験,海上試運転及び実験航海を通じたこれまでの航海で,「むつ」は,原子動力により地球2周強に相当する約82,000キロメートルを航行し,原子炉の運転時間は100%出力換算で2,252時間に達した。
 第1次から第4次までの実験航海は,以下のとおり実施された。
 ①第1次実験航海(1991年2月25日~3月11日)
 ②第2次実験航海(1991年5月22日~6月20日)
 ③第3次実験航海(1991年8月22日~9月25日)
 ④第4次実験航海(1991年11月13日~12月12日)
 これら実験航海を通じて,海洋環境における振動,動揺,負荷変動等が原子炉に及ぼす影響を把握するためのデータとして,気象・海象,船体運動,原子炉プラント各種変量等のデータが得られた。これら多くのデータについては,日本原子力研究所において解析・評価が行われつつあり,これらは将来の研究開発のために活かされることとなるが,現時点でその成果をまとめると以下のとおりである。
① 国産技術により設計,建造された我が国初の原子力船が,厳しい海洋環境下で設計どおりの機能を発揮できることを実証した。
② 高温海域,荒海域等の厳しい環境条件下においても良好な負荷追従性を示す等の性能が確認され,原子炉が船舶用推進機関として優れた性能を有することを実証した。
③ 設計,建造から実験航海までの過程において貴重なデータ,知見,経験等を得た。
 このように我が国は,「むつ」の開発により,原子力船を設計,建造,運航するために必要な基礎的技術基盤を確立することができたと考えられる。
 実験航海終了後,「むつ」は関根浜港において解役の段階に入っている。
 日本原子力研究所では,原子炉の廃止措置として,原子炉を遮蔽体と合わせて原子炉室ごと一括して撤去し,陸上にそのまま保管する「撤去隔離」方式を採用する等を内容とする解役計画を策定し,地元の理解を得つつ解役を進めており,平成4年度は,使用済燃料の冷却などを行っている。
 なお,1989年2月27日,関根浜附帯陸上施設の設置等に係る原子炉設置変更許可処分について,取消を請求する行政訴訟が青森地方裁判所に提訴されたが,原告側から1992年2月25日に取下書が提出され,同年3月23日の国(被告)の同意により,訴訟は終了した。

(2)その他の研究開発
 日本原子力船研究開発事業団は,原子力船「むつ」による研究開発の成果を踏まえつつ,経済性・信頼性の向上を目指して舶用炉の改良研究を行ってきた。本業務は日本原子力船研究開発事業団が日本原子力研究所に統合された現在も,日本原子力研究所において研究が引き継がれて種々の改良舶用炉の設計研究の他,原子力船の多様な運転状態を再現できる原子力船エンジニアリングシミュレーションシステムの整備等が進められている。
 また,運輸省船舶技術研究所においても,原子力船に関する研究等が実施されている。


目次へ          第5章 第3節へ