第1章 変貌する国際情勢と我が国の立場

1.核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢と原子力

(1)旧ソ連をめぐる動向
①冷戦の終了と核軍縮の進展
 米ソ両大国間の冷戦が終了し,新たな世界平和の秩序が模索されている。このような中,1991年7月に米ソ両大統領により戦略兵器削減条約(START)が調印され,さらに,同年9月には米国大統領から,10月にはソ連大統領から,それぞれ戦術核兵器に関する軍縮提案が出された。ソ連に関しては,1991年9月に,エストニア,ラトビア,リトアニアがソ連から独立した。また,同年8月のクーデターの勃発・失敗を経て,同年12月にはアルマ・アタにおいて,グルジア共和国を除くソ連の11共和国が「独立国家共同体(CIS)」の創設に合意し,関連の文書に調印した。さらに,12月25日にはソ連大統領が辞任し,ソ連は崩壊した。その後,戦略核兵器の存在するベラルーシ,カザフスタン,ロシア,ウクライナの各国と米国の間で,1992年5月23日にSTARTの批准に向けた議定書が調印された。この議定書において,ベラルーシ,カザフスタン,ウクライナは,「非核兵器国」として核兵器の不拡散に関する条約(NPT)に参加することが明記されている。これらの国は,START実施期間中に全ての核兵器を撤廃することとなった。なお,旧ソ連のNPT上の核兵器国としての地位は,ロシアが継続したと考えられる。START調印により,START発効後7年間で戦略核弾頭数が大幅に削減されることとなった。また,1992年2月1日,6月17日に,米露両大統領が会談し,今後2003年(早ければ2000年までに双方の戦略核弾頭数を約3分の1に削減する。こと等が合意された。
②ソ連の崩壊と核拡散問題
 旧ソ連においては,核軍縮に伴う核兵器関連の開発停止に加え,市場経済への移行に伴い,物価の上昇等経済的,社会的な混乱が見られる。このような状況の下,これまで厳格に管理されてきた核物質,核兵器関連技術・人材の流出による核拡散が懸念されている。
 今後,核軍縮の進展による核兵器の解体により,相当量の高濃縮ウラン,プルトニウムが取り出されると考えられる。解体に伴い発生するこれらの物質の量は明確ではないが,旧ソ連に存在する高濃縮ウランは約700トン,プルトニウムは約125トンとの試算(ウラン協会,1992年9月)もある。核物質,核兵器関連部品等の流出は,核拡散を懸念させるものである。1992年7月7日に発表されたミュンヘン・サミット政治宣言においても,核兵器の廃棄の結果生じる核物質の平和利用を確保するためのロシアの努力を支援することが確認されている。また,1992年8月,米国は,核兵器の廃棄の結果生じる高濃縮ウランの民生用原子炉燃料への転換等に関するロシアとの協定に署名したなどの大統領声明を発表した。
 核兵器関連人材の流出については,優秀な科学者・技術者が核兵器開発の疑念のある国等へ転出する可能性も懸念されることから,その流出防止が必要である。このような状況の中,核兵器関連の科学者・技術者の国外流出防止のため,大量破壊兵器に関係する科学者の知識を活用する国際基金の創設が提唱された。このような動きを受けて,日本,米国,EC,ロシアにより,旧ソ連の大量破壊兵器関連の科学者・技術者等の能力を平和的活動に向ける機会を提供することを目的とした「国際科学技術センター」を設立する協定の作成交渉が行われている。今後,具体的な研究テーマ等について検討されることとなっており,旧ソ連の核兵器関連の人材の流出の防止が期待される。

(2)強化される核不拡散体制
①核不拡散をめぐる最近の動向
(イラクをめぐる動向)
 イラクは,NPTに基づき国際原子力機関(IAEA)との間で保障措置協定を締結しており,同国内のすべての原子力活動に係る核物質にIAEAの保障措置を適用する義務を負っている。
1991年4月の湾岸危機の正式停戦条件等を定める決議(国連安全保障理事会決議687号)に基づき,国連及びIAEAの合同査察団の調査が行われたところ,イラクが秘密裏に電磁法によるウラン濃縮及びプルトニウムの分離に関する研究を行っていたことが判明した。国連及びIAEAは,これらの核物質を押収するとともに,関連施設の破壊,無力化を行った。
(北朝鮮をめぐる動向)
 北朝鮮は,1985年にNPTを締結したが,NPT締結国の義務である保障措置協定を締結しておらず,核兵器開発につながる活動を行っているという疑惑が世界的に持たれていたが,1992年1月IAEAとの間で保障措置協定を締結,同年4月9日批准した。その後,1992年5月からIAEAの査察が行われている。また,世界的に注目されていた寧辺の放射化学実験施設については,完成すれば再処理プラントとみなすことができるとのIAEAの見方もある。北朝鮮においては,プルトニウムを燃料として使用する発電施設が存在せず,また近い将来建設される計画もないことから,平和利用の観点だけからは説明できないことに加え,韓国との間で再処理施設を保有しない旨を表明した「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」にも違反するものとして国際的な懸念が持たれている。
(NPT締結国等をめぐる最近の動向)
 NPT締結国等をめぐる最近の動向としては,1991年7月に南アフリカ共和国がNPTを締結した。また,ソ連から独立したバルト3国については,1991年9月にリトアニアが,1992年1月にラトビア,エストニアがNPTを締結した。さらに,核兵器国である中国が1992年3月,フランスが同年8月にそれぞれNPTを締結したことにより,すべての核兵器国がNPT締結国となった。この他,1992年4月にはスロベニアがNPTを締結した。1992年9月現在,NPT締結国は150か国となっている。
 また,NPT等の国際的核不拡散体制に参加していなかったブラジル,アルゼンチンは,1991年7月,ブラジル・アルゼンチン原子力完全平和利用協定(グアダラハラ協定)を締結し,同年12月にはブラジル・アルゼンチン・IAEA共同保障措置協定が署名された。この協定により,ブラジル,アルゼンチンにおけるすべての原子力活動に係る核物質を対象としで,IAEA及び核物質計量管理機関が共同で保障措置を適用することになる見込みである。
②核不拡散体制の維持・強化の動向NPTは,核兵器が核兵器国以外へ拡散することを防止すること等を目的としたものである。NPTにおいては,この目的を達成する手段として,核物質に対する保障措置の適用及び原子力資機材の供給の制限を行うことを柱としている。また,供給国の原子力資機材の輸出規制による核不拡散に係る国際的な具体的枠組みが設けられている。
 これら核不拡散体制の確保は,原子力平和利用の大前提である。原子力平和利用を推進するためにも,核不拡散体制への信頼性の維持が必要であり,核不拡散体制の維持・強化についての検討が国際的に行われてきている。
(保障措置の信頼性に対する懸念)
 NPTにおいては,非核兵器国はIAEAとの間に保障措置協定を締結してIAEAによる保障措置を受け入れること等が規定されている。保障措置は核不拡散を確保する上での重要な担保手段であるが,前述のとおり,イラクにおいては,IAEAの保障措置を適用する義務を負い,査察を受けていたにもかかわらず,秘密裏に核兵器開発につながる活動が行われていたこと等から,これを背景に核不拡散体制の強化が図られることになった。
(保障措置の強化に係る動向)
 現在,IAEAにおいて保障措置の整備・強化に関する検討が行われている。1992年2月に開かれたIAEA-理事会においては,IAEAが未申告施設に対しても査察(特別査察)を実施できることが改めて確認された。また,核施設の設計情報の提出については,これまで当該施設への核物質搬入の180日前に提出することになっていたが,これを①建設計画確定時期,②予備設計完了時期,③建設着手の180日前,④核物質搬入の180日前の4段階において,所定の情報をIAEAに報告する制度に改正することが全会一致で採択された。また,同年6月に開かれたIAEA理事会においては,核物質と原子力資機材の輸出入に関する情報のIAEAへの提供を各国が自発的に行うことが合意された。
 加えて,ミュンヘン・サミット政治宣言においても,今後の原子力協力に当たっては,NPT又はこれと同等の既存の国際約束への加入を条件とするとともに,1992年4月に原子力供給国グループにより合意されたとおり,原子力専用品の供給に当たってはIAEAのフルスコープ保障措置(すべての平和的原子力活動に係るすべての核物質に適用される保障措置)の採用を条件とすることになろうとの記述があり,核不拡散の手段として保障措置の重要性が指摘されている。
 なお,保障措置の整備・強化の実施に際しては,保障措置そのものの合理化も不可欠であることから,1992年6月に開催されたIAEA理事会において,IAEA事務局長の諮問機関である保障措置実施諮問委員会(SAGSI)において技術的側面から保障措置の合理化に関する検討を行うこと等が確認された。
(原子力供給国会議の動向)
 さらに,原子力資機材・技術の拡散防止に向けて,原子力供給国会議(現在27か国が参加)が開催され,核兵器開発に関連する原子力汎用品に関する輸出規制枠組みが発足した。原子力供給国は,1977年ロンドンにおいて核物質等の非核兵器国への輸出に際して用いられるガイドライン(ロンドンガイドライン)に合意したが,その後,イラク問題を背景に,1991年3月に,13年振りに原子力供給国26ヶ国の代表の出席を得て会議を開催した。この会議において,本会議を定例化することが合意された。
1992年3月の第2回の会議においては,①従来のロンドンガイドラインに加え,原子力・非原子力両分野に用途を有する関連品目を対象とする新たな規制制度を発足させ,核不拡散を一層強化すること,②全参加国が原子力専用品の輸出に際して受領国に対し原則としてフルスコープ保障措置の受け入れを条件とすること及び今後原子力資機材の供給能力を有する国に対して同条件の採用を働きがけること,③ロンドンガイドライン上ロシアを除くすべてのCIS諸国を非核兵器国とみなすことが合意された。
 これらの合意事項の内,新たな原子力関連品目輸出規制制度の発足については,我が国が本制度の事務局機能を引き受けることが決定された。
(NPTの再検討に係る動向)
 また,NPTの延長については,1995年に,条約が無期限に効力を有するか追加の一定期間延長されるかを決定することになっている。
 NPTは,核拡散防止のための世界で最も重要な体制であることから,ミュンヘン・サミット政治宣言においても「1995年の再検討会議におけるNPTの無期限延長はこの過程(核兵器等の拡散の抑制)における重要な一歩となるものであり,かつ,核兵器の軍備管理及び削減の過程は継続されなければならない」と述べられ,その継続が強く望まれている。


目次へ          第1部 第1章(2)へ