第2章 我が国における原子力開発利用の現状
2.放射線利用の現状と今後の展望

(2)放射線利用の現状

 放射線は,医療,農業,工業等の分野で幅広く利用され,国民生活の向上などに貢献している。1990年3月末日現在,放射線障害防止法に基づく放射性同位元素または放射線発生装置の使用事業所は総数で4,806事業所であり,機関別に見ると民間企業1,826,研究機関934,医療機関803,教育機関410,その他の機関833であり,国,公,私立別に見てみると国立事業所692,公立事業所1,012,私立事業所3,086となっている。
 以下に,放射線を有効に利用している例を述べる。

図15  全国の自然放射線量

①医療分野における利用
 医療分野において,放射線は診断と治療の両面で利用されていることに加え,医療用具の滅菌に役立っている。
 診断においては,放射線の透過の性質が利用され,最も広く普及している胸.胃・骨等のX線撮影を始めとして,X線コンピュータ断層撮影(X線CT)などが利用されている。
 また,核医学検査には,被検者の体内に放射性医薬品を投与し,体外から計測を行うインビボ検査と,被検者から採取した血液,尿などの試料に放射性医薬品を加え,ホルモン等の微量な成分を定量するインビトロ検査がある。
 インビボ検査は,脳,心臓,肺,胃など特定の臓器に集まった放射性医薬品からの放射線をシンチカメラなどで測定し,臓器・組織べの分布,あるいは蓄積・排泄の早さなどを画像化したりするものである。
 これにより,臓器・組織の機能の充進,低下及び病巣の形態等に関する診断が行われている。ECT(エミッション・コンピューテッド・トモグラフィ)は,測定結果をコンピュータにより画像処理するインビボ検査であり,使用する放射性同位元素の種類により,SPECT(シングル・フォトン・エミッション・コンピューテッド・トモグラフィ)とポジトロンCTの二種類がある。SPECT装置は国内ではほとんどの核医学施設に普及し,全国で約700台が利用されている。また,現在,ポジトロンCTも実用化段階に達した。
 インビトロ検査は,採取した血液,尿などの試料と放射性医薬品とを反応させ,反応後の試料を放射線測定することにより,ホルモン等の微量な成分を定量するものである。これにより,糖尿病,がんの診断等が行われている。インビトロ検査の方法としては,ラジオイムノアッセイ(放射免疫測定法)が主として用いられている。
 このような放射線や放射性物質の利用により,診断技術は今後一層向上することが期待される。
 治療については,放射線によるがん治療が実用化されている。γ線,X線等を体外から照射する方法はがん治療全般に,体内にγ線源を入れ,γ線を照射する方法は,舌がん,子宮がんなどの治療に,また,放射性医薬品を投与し,病巣に分布した放射性同位元素からのβ線,γ線を照射する方法は,甲状腺がん等の治療にそれぞれ用いられている。現在,病院などにおいて,γ線遠隔治療装置が約390台,遠隔操作式密封小線源治療装置が約170台利用されている。また,X線を発生させる直線加速装置(電子リニアック)は約470台利用されている。
 さらに,現在,中性子線,陽子線を利用した治療に関する研究も行われており,放射線医学総合研究所においては,治療効果が高く,正常組織の損傷も少ないなど,優れた性質をもつ重粒子線を用いたがん治療法の研究開発及び重粒子線がん治療装置の建設が,昭和58年に決定された政府の「対がん10カ年総合戦略」に基づき進められている。

 この他,京都大学,日本原子力研究所等の研究炉を用いて,脳腫瘍等に中性子を照射する医療照射による治療が行われた実績がある。
 医療用具の滅菌においては,包装してから滅菌が可能であること,化学殺菌のような残留有害物がないことなどから,透過力の大きいγ線により,メス,縫合糸等の医療器具の滅菌が行われている。また,人工透析器は血液中の老廃物をろ過するため,細い管状の血流経路を形成しているが,これを化学薬品により滅菌しようとすると有害物が血流経路に残る恐れがあることから,包装を行った状態で,放射線による滅菌が行われる。

②農業分野における利用
 農業の分野では,品種改良,害虫防除,食品照射等に放射線が利用されている。
 植物の品種改良については,密封のコバルト60線源によるy線照射で,すでに100種に及ぶ品種が改良され,風害に強いイネ,生育の早い大豆,病気に強いナシ等の新種が生まれている。害虫防除については,1972年からウリミバエの蛹(雄)にγ線を照射し,成虫の不妊化を施し,環境中に放飼する不妊虫放飼法による根絶防除を鹿児島,沖縄両県で実施しており,鹿児島県の奄美群島は,1989年10月に群島全域での根絶が達成され,沖縄県では久米島,宮古島群島等に続き1990年10月沖縄本島及び周辺諸島の根絶が達成された。根絶が達成された地域からは,スイカ,メロン,マンゴウなどの果実類の移動規制が解除され,本土への出荷が可能となった。残る八重山群島については,1993年には,ウリミバエが根絶されるものと見込まれている。また,小笠原諸島においても,柑橘類の害虫であるミカンコミバエの絶滅に成功している。
 食品への放射線照射は,発芽防止,熟度遅延,殺菌,殺虫等により,食品の保存期間の延長の目的で行われる。我が国では,1967年に原子力委員会が定めた「食品照射研究開発基本計画」に基づき,馬鈴薯,玉ねぎ,米,小麦,ウィンナソーセージ,水産ねり製品,みかんの7品目の安全性,照射効果等の研究開発を日本原子力研究所,国立研究機関等が分担して実施し,既に7品目については研究成果がとりまとめられ,公表されている。現在,我が国で実用化されているのは馬鈴薯であり,これについては1974年から,北海道士幌町で発芽防止のための照射が行われ,年間1万~1万5千トンが処理されている。なお,1990年5月現在,世界の38ヵ国で合計約60品目について食品照射が法的に許可されている。

③工業分野における利用
 工業の分野では,γ線,中性子線等を用いて厚さ,密度,水分含有量の精密な測定を行うことにより,各種工程管理に広く利用されている。民間企業において,1990年3月現在,厚さ計は386事業所で2478台,レベル計は202事業所で1441台が保有されているなど広く利用されている。また,鉄鋼,航空機製造等では,非破壊検査に放射線が用いられている。民間企業において,非破壊検査装置は178事業所に882台保有されている。さらに,電線被覆材の改良等,各種高分子材料の改質に電子線やγ線が利用されている。電線被覆材の改良等に利用される工業用の電子加速器は全国で約150台稼働している。また,電子加速器以外の各種放射線発生装置で発生させたイオンビームは,元素分析,半導体デバイス・材料製造等に用いられ,これらに利用されている装置は全国で数百台ある。

 製品の製造等に利用されるものは,放射線の透過の性質を利用した計測・検査及び放射線と物質との相互作用による品質の改良に大別される。
 放射線の透過の性質の利用については,製鉄所において,高温状態にある鉄板の厚さを測定し,一定に保つことに役立っている。また,同様の原理でセロハン,アルミホイル,ラッピングフィルム,ゴム,紙等の製造の工程管理に利用されている。この他,構造材料のひび割れ等を調べる非破壊検査が挙げられる。
 放射線と物質との相互作用の利用については,材料に放射線を照射することにより,耐熱性,強度,耐摩耗性等が向上するので,材料の品質改良に役立てられている。
 例えば,電線の被覆材は耐熱性を向上させるため,放射線が照射されており,これらの電線はテレビ,ラジオ,自動車等に使用されている。自動車のタイヤにも放射線が照射されており,成型時の型くずれ防止,摩耗の減少に役立っている。風呂マット,自動車の内装材料,断熱防水材,スリッパの底等に断熱性,クッション性等に優れる発泡ポリオレフィンが使用されるが,作製時の発泡を容易にするため,放射線が照射される。また,瓦等の表面塗装材の硬化にも,硬化までの時間が短縮できる,加熱の必要がないこと,シンナー等の溶剤を使用しなくて良いなどの利点を生かして,放射線が利用されている。

④研究,調査等における利用
 放射線,放射性同位元素は学術研究,調査等のために用いられている。遺伝子工学では,DNA塩基配列を決定したり,特定の遺伝子等の染色体上の位置を決定するため,トリチウム,リン32等が用いられる。また,植物に対する施肥の研究も行われており,リン32を少量混ぜた肥料を用いて,肥料の植物への吸収,各部への移行等,施肥法の改善に役立てられている。
 放射性同位元素ではないが,中性子と核反応することによって,放射線を放出する核種となるユーロピウムは,サケの回遊,農作物の害虫の天敵研究などに用いられる。例えば,サケのエサにユーロピウムを混合して稚魚に食べさせ,放流したのち,回遊中のサケを捕獲して,その鱗等に中性子を照射し,放射線を測定することにより,日本の川で放流されたサケかどうかが判別でき,回遊の状態がわかる。同様な方法で,硝酸コバルトや臭化アンモニウムなどを排水,排煙に混合して排出し,塵,水などの試料に中性子を照射し,放射線量を測定することにより,煙,水の移行を調査することができる。
 木炭,穀類等に含まれる炭素14の崩壊状況を測定することにより,その年代を知ることができるので,放射線は考古学の分野にも利用されている。
 岩石等に微量含まれているウランの,自発核分裂した分裂片の痕跡を計測することにより,岩石の年代を推定することに利用されている。
 ラドンは空気中のみならず,地下水,井戸水の中にも含まれており,地殻の活動が地下水中のラドン濃度に変動をもたらすものと考えられており,地下水中のラドン濃度と地震との関連が研究されている。
 また,宇宙線は,積雪中を通過すると弱められるので,宇宙線の量を計測することにより,遠隔地の積雪量を自動計測することに用いられる。


目次へ          第2章 第2節(3)へ