第1章 原子力に期待される役割と国民の理解と協力の増進
2.原子力開発利用の位置付けと国民の理解と協力

(1)我が国における原子力開発利用の位置付け

 世界のエネルギー需要は,1979年の第二次石油危機以降,石油価格の下落を背景に,特に開発途上国を中心に高い伸びを示しており,今後とも開発途上国を中心に着実に増加していくものと見込まれている。これに対して,現在のエネルギーの中心である石油については,今回の湾岸危機に見られるように政情が不安定な地域への依存度が高く,しかもその依存度は今後とも増加すると予想されており,供給の不安定化による需給の逼迫化が懸念される。また,限られた貴重な資源である石油は,先進国が中心となって積極的に他のエネルギー源により代替し,開発途上国に,さらには後世代に残していくため,エネルギー源としての利用を抑制することが重要となっている。
 さらに,1990年8月のIPCCの第一次評価報告書において,本格的な対策が講じられない限り重大かつ潜在的には破壊的ともいえる変化が生じるだろうとされる地球温暖化を始めとした地球環境問題に対しても,エネルギー政策の面からの積極的対応が不可欠である。
 このように,世界的に,特に先進国が中心となって石油代替を促進し,エネルギー安全保障,環境保全及び持続的経済成長という諸目標を両立させながら促進する総合的な政策を遂行する重要性が高まっており,1991年6月に開催されたIEA閣僚理事会のコミュニケにおいてもこの旨が明らかにされている。同コミュニケでは,特に今回の湾岸危機に鑑みても,各国政府が石油供給の中断に対する脆弱性を減らすための努力を引き続き行うことが重要であることが強調されている。
 一方,我が国は,これまでの省エネルギー,石油代替エネルギーの開発・導入の努力により,ある程度石油依存度は低減されてきた(第一次石油危機が起こった1973年度は77.4%,1990年度は58.3%)。しかし,主要先進国と比較すると,その一次エネルギー輸入依存度(日本84%,米国18%,英国1%,フランス53%など,いずれも1989年値),石油依存度(日本58%,米国41%,英国39%,フランス41%など,いずれも1989年値)からみて,我が国のエネルギー供給構造の脆弱性が際だっている。また,特に,電力需要を中心としてエネルギー需要が近年高い伸びを示しており,今後においても国民生活の質的充実等を背景に民生部門を中心として大幅な増大が見込まれている。
 このため,今後のエネルギー政策においては,このようなエネルギー需要の増大,地球温暖化を始めとする地球環境問題への対応の強化などエネルギーをめぐる状況の変化にあわせ,また,エネルギーの安定供給,地球環境保全と経済の安定的発展との両立を目指して,①省エネルギーの推進,②石油依存度の引き続きの低減,③石油代替エネルギーの中でも非化石エネルギー (原子力,新エネルギー等)依存度の向上,を柱とし,供給安定性,経済性,環境影響を総合的に勘案し,各エネルギー源の特長を最大限に活かした最適な組み合わせ(ベストミックス)を図ることが必要である。
 この中で,まず,省エネルギーについては,これまで我が国は特に産業部門におけるエネルギー利用効率の向上を中心として省エネルギーには大きな努力をしてきており,その実績は世界のトップクラスといっても過言ではない。我が国としては,さらに省エネルギーについての努力を継続していく必要があるが,今後における我が国のエネルギー需要は相当の省エネルギーを見込んでも,なお増大していくものと予想されているのが現状である。
 次に,太陽光,風力などの新エネルギーについては,賦存量が莫大であるとともに環境影響の面で有利であり,最大限の導入を図るべきエネルギー源として従来から積極的な研究開発が行われている。しかし,例えば,太陽エネルギーについては,太陽光という密度が薄いエネルギーを利用するため,仮に100万キロワットという原子力発電と同様の出力を得ようとすると,現状では,甲子園球場の500倍の面積が必要であるとの試算もあるように,量の確保の面で難点を抱えており,しかも,出力が天候に左右されるなど安定した供給が行えないという問題もある。また,経済性の向上等に向けての技術開発課題も多い。このように,新エネルギーについては一部実用化されているものの,急速かつ大幅な導入には制約があるのが現状であり,近い将来においては原子力や化石エネルギーに代替するのは困難で,離島における利用など補完的な役割を果たしていくものと考えられる。
 原子力については,燃料であるウランが比較的世界に広く分布しており,しかも政治的・経済的に安定した地域が多く,燃料の供給安定性が高いこと,また,国内における核燃料サイクルの確立によりウランの利用効率を飛躍的に高め,準国産エネルギーとも位置付けることが可能であることなど供給安定性に優れ,さらに,1989年度運転開始ベースでの耐用年を通じた発電原価(通商産業省試算)が9円/キロワット時程度と,他の発電方式(水力13円/キロワット時程度,石油火力11円/キロワット時程度,石炭火力及びLNG火力10円/キロワット時程度)と比べて経済的に同等以上であるばかりか,この発電原価に占める燃料費の割合が2割程度と,他の発電方式(石油火力6割程度,石炭火力4割程度,LNG火力5割程度)と比べて低く,長期的に見て価格の安定性が高いことなど,経済性の面で優れている。さらに,原子力発電はエネルギー収支が高く (通商産業省の試算によれば1の投入エネルギーにより約20のエネルギーが得られる),二酸化炭素,窒素酸化物等を発電の過程において排出せず,また,燃料生産過程等を含めても,原子力の二酸化炭素排出量を他の発電方式とキロワット時当たりで比較してみると,石炭火力を100とした場合,石油火力78,LNG火力67に対して,原子力は4との(財)日本エネルギー経済研究所の試算もあり,地球温暖化を始めとする地球環境問題の解決に当たって重要な役割を果たすものと考えられる。国際的にも,1991年7月のロンドン・サミット経済宣言において,原子力については,「経済的なエネルギー源として原子力を開発する際には,廃棄物処理を含め利用可能な最高の安全基準を達成し維持することが不可欠」との認識に立った上で,「エネルギー源の多様化及び温室効果ガスの排出削減に貢献する」旨述べられている。また,1991年3月に出されたベルギー・フランス・ドイツ・英国の4カ国による原子力共同宣言においても,二酸化炭素排出抑制には原子力への依存が前提であり,発電に原子力を利用するこの4カ国がすでにヨーロッパ及び世界の環境保護に大きく貢献しているとされ,原子力利用が高い安全性の下で行われる限り地球の環境保護問題に対する適切な解決策であるとされるなど,原子力が地球環境問題解決のための重要な手段の一つであることが確認されている。国内的にも,前述した地球温暖化防止行動計画(1990年10月策定)において,二酸化炭素を排出しないエネルギーとして,安全性の確保を前提に原子力の開発利用を推進すると位置付けられているところである。
 従って,我が国においてベストミックスを図る上で,また,世界的にエネルギーの安全保障を図り,地球環境問題の解決に貢献するなど国際的な責務を果たす上で,供給安定性,経済性,環境影響の面で優れる原子力を今後とも我が国の主要なエネルギー源の一つと位置付け,安全の確保に万全を期しつつ,その開発利用を進めていくことが必要である。
 また,我が国の原子力開発利用はその初期の段階から,使用済燃料を再処理し,回収されたプルトニウム及びウランをリサイクルし,核燃料として再利用することを目指すという核燃料リサイクル政策を一貫して継続してきたところである。原子力は,もともと少量の資源から大量のエネルギーを生み,消費する資源量及び発生する廃棄物量が少ないという特長を有しているが,核燃料リサイクルの実現によって,その供給安定性をさらに高め,準国産エネルギーとも位置付けられることが可能であるとともに,いわゆる資源の節約と再利用という我が国のような資源大量消費国が率先して取り組むべきリサイクル社会の形成に貢献し得る。
 さらに,上述のように,原子力は少量の資源から技術によって大量のエネルギーを生み出すことから技術エネルギーとされ,その供給安定性,経済性が資源など外的要因ではなく,主に技術によって決定されることに特徴があり,技術の成熟度が進めばそれだけ原子力のエネルギー源としての基盤をより一層強固なものにできることになる。
 従って,科学技術立国を目指す我が国としては,この観点からも原子力開発利用を進める意義は大きい。
 一方,原子力については,安全確保対策や放射性廃棄物の処理処分対策について指摘があるが,もとより,原子力の開発利用は,安全の確保に万全を期すことを基本として進められているところである。また,原子力施設から発生する高レベル放射性廃棄物の処理処分についても,主要先進国及び我が国において着実に技術開発が進められており,実用化の技術的目途は得られつつある。しかも,量的には非常に少ないことから,それぞれの性質に応じた最適な処理処分技術の確立により管理は十分可能と考えられる。
 このように,原子力は我が国において必要不可欠なエネルギー源であるが,最近の原子力発電所等の立地は長期化の傾向があり,今後の原子力開発利用の着実な推進のためには,安全のより一層の向上を図り,安全の確保に今後とも万全を期すとともに,国民の理解と協力を得つつ立地の円滑化を図っていくことが重要な課題である。
 さらに,前述したとおり,原子力開発利用については,国際的に核不拡散の観点からの懸念が指摘されているところであるが,我が国においては,原子力開発利用は,原子力基本法に定められているように平和目的に限ることを国是として進めており,国際的にも,NPT及び核物質防護条約に加盟し,IAEAの保障措置を我が国の原子力活動に係る全ての核物質に対して受け入れるなど,我が国の原子力平和利用の政策を内外に明らかにしてきているところである。今後とも,我が国としては,核不拡散問題について国際的に懸念を招かないよう透明性に配慮するとともに,原子力平和利用を進める我が国の国際的責務として,IAEA保障措置の健全な発展と世界の核不拡散体制の強化に貢献していくことが重要である。


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