第1章 原子力に期待される役割と国民の理解と協力の増進
2.原子力開発利用の位置付けと国民の理解と協力

(2)安全の確保と国民の理解と協力の増進

①原子力に対する国民の理解と協力の現状と課題
(原子力反対運動の動向)
 1986年のチェルノブイル原子力発電所事故は,事故自体が環境に影響を与える大きなものであったこと,食品が放射能に汚染されたことから,これまで原子力に無関心であった都市部の主婦・若年層を始め国民の一般層が,原子力発電に対する「疑念・不安」を感じるようになった。このため,原子力に対する反対運動も,個別地点におけるものが中心であったが,都市部を始めとする全国的な運動も多く見られるようになった。
 最近の原子力反対運動を見ると,運転中,建設中,計画中の原子力発電施設及び核燃料サイクル施設すべてを廃止することなどを内容とする脱原発法制定請願が1990年4月27日に国会に提出されたが,審議未了で廃案となった。また,ウラン濃縮施設,使用済燃料再処理施設,低レベル放射性廃棄物埋設施設等の核燃料サイクル施設の建設計画が進められている青森県において,1991年前半に行われた国政選挙及び地方選挙においては,核燃料サイクル施設計画が主要な争点の一つとされた。
 本年2月9日,関西電力(株)美浜発電所2号炉の蒸気発生器伝熱管が破損し,放出放射能による環境への影響はなかったものの,日本で初めて非常用炉心冷却装置(ECCS)が実作動したことから,各地で原子力発電所の即時停止・点検等を掲げた反対運動が行われるとともに,市民集会が開かれた。
 1986年にチェルノブイル原子力発電所の事故が発生してからちょうど5年に当たる本年4月26日には,脱原発法制定の第二次請願が新たに76万5千人,計330万人の署名を集め,国会に提出されたが,審議未了で廃案となった。

(最近の世論の状況)
 1990年に行われた総理府の世論調査によると,原子力発電の必要性については,「必要である」64.5%,「必要でない」20.7%となっている。また,今後10年間の主カエネルギーとして「原子力」と回答した人は,約50%と最も多くなっている。さらに,今後の原子力発電の増減については,「慎重に増やす」が約44%と最も多く,「現状維持」が約30%となっている。一方,原子力発電の安全性については,「安全ではない」と考える人(47%)が「安全である」と考える人(44%)よりも若干多い。また,原子力に対する不安については,不安に思うほとんどの項目において,前回調査に比べ増加している。主な項目は,放射線の人体への影響,放射性廃棄物の処理処分等となっている。
 さらに,原子力発電に対する情報源については,テレビ,新聞からの人が6~7割と最も多い。また,情報源に対する信用度については,信用できる説明主体として,テレビ,学者・専門家,新聞と回答した人が3~4割と多く,国・地方自治体と回答した人は約12%であった。

(原子力に対する国民の理解と協力の増進のための活動の現状)
 現在,国,地方自治体,事業者等によって,原子力に対する国民の理解と協力の増進のための活動が種々行われている。内容的には,全国各地で開催される勉強会への講師の派遣,電話により質問に答えるテレフォン質問箱,パソコン通信相談室等の対話型の活動,施設見学会や自然放射線を実際に測定する実験セミナーの開催や簡易型放射線測定器の貸出等の体験型の活動が中心になっている。
 また,公開資料室等を通じて原子炉の設置許可申請書の閲覧等の情報の公開も実施されている。
 さらに,これら全国的広報に加え,立地地域においても,施設の必要性,安全性に対する住民の疑問や不安に直接答えるべく,国の担当官や専門家が,各地で説明会・座談会を実施するなど,地域の事情に応じた,懇切丁寧な広報を心がけている。

(美浜発電所2号炉蒸気発生器伝熱管損傷を踏まえた原子力に対する国民の理解と協力に向けた今後の方向)
 本年2月に発生した関西電力(株)美浜発電所2号炉の蒸気発生器伝熱管損傷は,放出された放射能が,放出管理目標値と比しても極めて微量であり環境への影響は認められなかったが,日本で初めて非常用炉心冷却装置(ECCS)が実作動したこと等から,国民に原子力発電に対する不安を抱かせたという意味で大きな影響を与える結果となった。詳細な原因究明と再発防止対策は,現在,原子力安全委員会,通商産業省で進められている段階にあるが,通商産業省資源エネルギー庁が,1991年6月に発表した報告書によると,本損傷の原因については,振れ止め金具が設計どおりの範囲まで入っておらず,伝熱管を支持していなかったことから,疲労破断したものと推定されている。しかし,本損傷は,原子力においては安全運転実施の積み重ねが,いかに重要かを関係者に改めて認識させることとなり,事業者及びメーカーはもとより国等も含めて,万全な安全の確保とその積み重ねに向けた努力が強化されつつある。
 原子力発電所は,その運転により原子炉内に放射性物質が発生し蓄積されるが,その放射性物質が異常に漏洩した場合には周辺公衆に影響を及ぼしかねないという潜在的危険性を有している。この潜在的な危険性を現実のものとさせないように,平常運転時には放射性物質の放出を合理的に達成できる限り低くするよう管理し,万一の事故に際しては,放射性物質を閉じ込めることによって多量に放出されるのを防止するよう所要の対策を実施することが,安全確保の基本的な考え方である。
 このため,原子力施設においては,
①異常状態が起きないような構造とする等,異常状態の発生を未然に防止する。
②仮に異常状態が発生しても,これを早期に発見して,それが拡大しないよう措置を講ずる。
③万一,事故状態になったとしても,非常用炉心冷却装置(ECCS),原子炉格納容器等により,放射性物質が周辺環境へ異常に放出されるのを防止する。
という多重防護の考え方に立って,安全の確保が図られている。
 さらに,
④運転に当たっては,保安規定等に基づき厳格な安全管理や教育訓練を義務づける。
⑤また,国においても,行政庁による一次審査や検査に加えて,原子力安全委員会によるダブルチェックを行う等厳格なチェック・監督体制を採る。
等の対策を実施している。
 このように,原子力施設においては,設計,施工から運転に至るまで,様々な安全対策を実施することにより,システム・体制全体として,安全を確保することとしている。この結果,我が国ではこれまで周辺公衆に影響を及ぼすような放射性物質の放出を伴う事故はなく,また,原子炉の計画外停止の頻度が諸外国に比して小さい。これら実績から見ても我が国の原子力の安全性確保の水準は高いと考えられる。
 本損傷においても,異常状態を検知してまずは原子炉が自動停止するとともに,非常用炉心冷却装置が自動作動すること等により,異常状態の進展を防ぎ放射性物質の外部への放出を抑えて,環境に影響を与えるような事態の発生はなかった。これは,蒸気発生器伝熱管が破断する事態においても,大筋では設計通りに安全装置が働き,工学的安全性が保たれたことを意味しており,日本原子力研究所における試験装置での再現実験の結果においても,本損傷のようなケースにおいて原子炉の炉心冷却等に関し,工学的安全性が保たれることが確認されている。
 しかし,工学的安全性があるかどうかに関係なく,事故・故障・トラブルは,それ自体が国民の不安を抱かせる原因となっていることから,安全確保対策の実施状況や事故・トラブルの環境への影響度などについて,理解を深めてもらうとともに,安全性の一層の向上を図り,安全確保の実績を積み重ねることにより,国民の理解と協力を得るよう努力することが重要である。

②国民の理解と協力の増進に当たっての重要課題
 原子力をめぐる世論調査の動向,これまでに行ってきた広報活動の状況あるいは美浜原子力発電所の損傷を巡る動き等を総合的に勘案すれば,原子力に対する国民の理解と協力の増進に当たっては,以下の点に重点をおいた方策を進めることが重要となっている。
(イ)安全確保の実績の積み重ね
 国民の理解と協力を得るためには,まずは安全確保の実績を着実に積み重ねることが必要である。このため,今後とも厳重な安全規制と万全な運転・管理の実施,安全研究の充実・強化に積極的に取り組み,個々の装置・部品レベルでの事故・トラブルの発生を抑え,国民のより信頼感を得られる管理体制の強化を図ることが重要である。また,近時,ハードウエア面での安全性向上に対してヒューマンファクタ面での故障・トラブルが発生していることに鑑み,特に原子力関係者は,施設の建設・運転等に当たっては万一にも国民の健康に影響を及ぼすようなことがあってはならないということを常に心に銘記し,安全確保に対する自覚を明確に持って,細心の注意を払い,この面での安全性向上を図ることが重要である。こうした努力により,安全確保の実績を着実に積み重ね,国民の安心と信頼を確立していくことがまず何よりも重要である。
(ロ)国民の信頼感の醸成
 また,国民の理解と協力を得るためには,国,事業者に対する国民の信頼感を増していく努力が必要である。
 総理府の世論調査を見れば,原子力に関する信頼できる説明主体として国・地方自治体を挙げた者の割合は12%,電力会社を挙げた者の割合は9%に過ぎない。これは,国民が,国に対しては事業者側の立場に立っているのではないか,また,事業者等に対しては自分達に都合の良い情報だけを都合の良い時期に提供しているのではないかとの懸念を抱いているためであると考えられる。
 原子力の場合,他の分野に比べても,相当詳細な情報が公開されているが,どのような情報も送り手と受け手の間に相互の信頼関係がなければ,正しく伝達されることはない。
 このため,国,事業者は,引き続き,その時点で分かり得る情報を迅速,正確に提供することはもちろん,ダブルチェック体制,国,事業者による不断の安全管理体制等を含め,原子力の持つ潜在的危険性とそれを踏まえた安全管理体制の全体構造,当該事故の状況,影響度,対策等について分かりやすい説明等に引き続き努力し,原子力に対する正確な理解を求めるとともに,日頃からの誠実な対応により,信頼感の醸成を図っていくことが求められている。
(ハ)エネルギー需給状況に対する正確な理解の促進
 本年当初の湾岸戦争においては,産油国における増産,石油備蓄の利用等国際的協調により,それほどの混乱はなく推移したものの,我が国のエネルギー供給構造は依然脆弱であることが再認識された。
 これに加えて,我が国の電力需要はここ数年の間5~6%の伸びで確実に増加し,電力の供給予備率も徐々に低下しつつあり,電力需給は逼迫してきている。特に1990年夏には,猛暑もあって電力需要は7%の伸びで増加し,供給予備率が2%程度にまで落ち込む状態も発生した。
 また,他方では,世界的に地球環境問題解決が重要な課題となっており,我が国としても国際的な責務として非化石エネルギーにシフトしたエネルギー供給構造を確立することが重要となっている。
 こうした状況の中,我が国においては,今や,国民一人一人がエネルギー問題や省エネルギーも含めた具体的かつ効果的な対応の在り方等について考えるべき時代に来ていると考えられる。
 このため,最近の湾岸戦争を契機としてクローズアップされた我が国エネルギー供給構造の脆弱性等エネルギーを取りまく問題について,広く国民に知らせ,国民一人一人にエネルギーの貴重さ,省エネルギーの必要性,エネルギー安定供給確保や地球環境問題解決の重要性等について考えるための情報提供が重要になっている。さらに,原子力により享受するベネフィットや,これを踏まえた原子力の必要性について考えるための情報提供が必要であり,国民の生活の質の向上への要求と併せて,一人一人がこの問題を総合的に考えていくための基盤作りが極めて重要となってきている。

③国民の理解と協力の増進のための活動の今後の方向
 これまでの原子力に対する国民の理解と協力の増進のための活動を見ると,専門家の立場と言葉による説明が主流であり,分かり易さについて不満足な面があったことは否定できない。このため,最近では,講師派遣等により対話を重視した広報活動など,より分かり易い形での情報提供を進めているところであるが,さらに,受け手の原子力技術に関する知識,知りたいことなどを把握・認識し,受け手の立場に立って,分かりやすい説明を心がけていくことが必要である。
 また,国民にとって,原子力の安全性,放射線の性質等が実感できないことも原子力の理解と協力の増進を図る上での障害となっていると言える。これに対しては,施設見学会等による体験型広報が有効性が高く,今後は,国民に原子力施設を実際に見てもらう機会をさらに一層増やしていくことが重要である。しかし,この方法では人数的に限りがあるところから,直接見ることのできない内部構造や仕組みについて,模型やビデオ等を活用するなど,模擬体験の機会の増大が必要である。
 放射線については,原子力に対する不安の主要要因となっているが,自然放射線の形で太古の昔から身近に存在していることなどを理解してもらうことや,放射線が医療,農業,工業等の分野でも広く利用されて国民生活の向上に貢献していることなど,放射線に関する正確な理解を求めていくことが重要である。
 また,世論調査によれば,国民が原子力に関する知識を得る情報源として,テレビ・ラジオが79%,新聞が64%に挙げられでおり,原子力に対する国民の理解の上で,報道機関が果たす役割は非常に大きい。
 このため,報道関係者に対する原子力に関する正確な情報の提供にも特に留意していくことが重要である。
 さらに,原子力施設の立地が地域社会の発展に寄与するとともに,地元住民の生活と共存共栄している例は多い。こうした実例についても理解を深めてもらうことも重要と考えられる。
 他方,未来を担う青少年に対して科学教育等の場において正確な知識の普及を行うことを始め,子供の頃からエネルギー ・原子力について理解を深める場を提供したり,学校を卒業した社会人に対しても生涯教育の場等も活用して,エネルギーや原子力に対する学習の機会を広く提供することなどにより,原子力,省エネルギーも含めエネルギー全般について,国民一人一人に考えてもらうための基盤作りに向けた息の長い努力が必要である。


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