第1章 原子力に期待される役割とその展開
1.世界のエネルギー事情と原子力発電

(3)海外諸国の原子力発電に関する政策

 1986年4月に発生したソ連チェルノブイル原子力発電所事故後の各国における原子力発電に関する政策については,同事故を契機として政策を変更した国,従来の政策を堅持している国等,各国のエネルギー事情により,様々であった。

① 主要先進国の原子力発電に関する政策
 主要先進国は,経済成長率が鈍化し,エネルギー需要は従来に比べると緩やかな成長を続けている。先進国の中でも,その国のエネルギー消費量,国内資源の賦存状況等国情により,原子力発電に関する政策に相違が生じてきている。
 米国は,既に稼働中の原子力発電所を106基有し,世界最大の原子力発電国である。しかし,電力需要の停滞に加えて,インフレや高金利,建設工期の長期化,規制の度重なる改定等によって建設費が高騰した。これらによる発電コストの上昇等の要因によって建設計画を断念したものもあり,1978年以降新規発注がない状態が続いている。発注済みの原子力発電所については,長期間は要したものの,この数年間は毎年7基程度が着実に運転を開始している。しがし,中には運転開始一歩手前までいきながら経済的理由に政治的理由も加わって運転計画にブレーキがかかった例も見受けられた。

 米国エネルギー省は,最近の輸入石油が急増している事態を憂慮して,1987年3月「エネルギーセキュリティ」報告書を発表し,国家安全保障の観点から輸入石油への依存度増大を警告するとともに,将来にわたって適切なエネルギーミックスの確立を図るため原子力産業を蘇生させることが必要であるとして,許認可,規制等現行制度の改善を図ること等の課題を提起している。一方,原子力規制委員会は,現行規制の見直しを行い,1987年12月に緊急時避難計画規則を改正し,計画に州政府が参加・同意することなしに運転許可を発給できるようにした。
 フランスは,ウラン資源を除きエネルギー資源に恵まれていないため,第一次石油危機後,省エネルギー,国産エネルギーの拡大を柱とするエネルギー政策を推進してきた。この結果,現在,原子力発電は総発電電力量の約70%を占めている。1987年5月のエネルギー計画見直しでは,原子力発電を主体とした自給率向上というエネルギー政策の方針に変更はなかった。しかしながら,近年の電力需要の伸びの鈍化により設備計画が過剰気味になってきているため,フランス電力公社は,1987年末に,1988~1991年の原子炉の発注をこれまでの年間1基から2年に1基に変更した。
 ソ連は,現行5か年計画(1986~1990年)により,1990年において原子力発電設備容量7000万キロワット達成を目標としている。チェルノブイル原子力発電所事故後,チェルノブイルと同型炉の新規建設中止等によりこの目標達成は危ぶまれている。しかしながら,ソ連は,引き続き原子力発電の開発を積極的に進めることとしており,事故の教訓を踏まえて,ソ連製加圧水型軽水炉(PWR)を中心とした原子力発電の開発を進めるとともに,既存の原子力発電所については安全性向上対策の実施,国際協力の推進等を行っている。
 西独は,石炭資源に恵まれているが,石油の輸入依存度が高い。このため,エネルギー節約と石油消費の低減をエネルギー政策の柱としている。1986年9月に発表したエネルギー政策報告書によると,原子力発電については,短・中期的に見てこれに代わる代替エネルギー源が見あたらないことから,安全性を優先して開発を継続していくこととしている。
 カナダは,ウラン資源に恵まれており,独自のカナダ型重水炉(CANDU炉)の開発を進めてきた。1988年8月に,エネルギー・鉱山・資源省により公表された「21世紀に向けてのエネルギーとカナダ」報告書によると,原子力発電は,化石エネルギーに比べ環境面で利点を有していることから,今後ともCANDU炉の開発を一層進めていくこととしている。また,同省による見通しでは,1990年には,総発電電力量に占める原子力発電の割合は19.5%になると想定されている。
 英国は,石油,石炭,天然ガスに恵まれており,欧州共同体(EC)加盟国の中でも最大の資源保有国である。また,石油及び天然ガスについては,年々生産量が増加しており,同国の重要な輸出産業となっている。このような状況の下で,英国は,国内エネルギー資源(石炭,石油,天然ガス,原子力)を経済的に開発利用し,エネルギー自給を維持することをエネルギー政策の目標として掲げており,その中において原子力発電の開発を積極的に進めている。原子力発電については,国産ガス冷却炉開発路線をとっていたが,経済性向上のために,加圧水型軽水炉(PWR)開発路線に転換した。そして,1987年3月サイズウェルに同国初のPWRを導入することを決定したのをかわきりに,今後は2000年までに4~5基のPWRを建設していく方針である。
 一方,原子力発電に消極的な国の動向がチェルノブイル原子力発電所事故後注目を集めている。
 例えば,オーストリアは,1979年の国民投票により,同国が初めて建設した原子力発電所の運転開始を凍結していたが,チェルノブイル事故後,その原子力発電所の廃止を正式に決定し,原子力発電からの撤退を決めた。オーストリアは,1986年において総発電電力量の約7割を水力発電で賄っており,豊富な水力資源に恵まれているという背景がある。
 イタリアは,1987年11月,国民投票を実施し,原子力発電所の立地促進等のための条項の廃止を決定した。その結果を受けて,政府は新規原子力発電所の建設中断,運転中・建設中の原子力発電所の計画見直しを行う等,原子力発電の開発を大きく後退させた。1988年9月,政府は2000年までの新たなエネルギー需給計画案を提示した。それによると,今後,石炭及び天然ガスを主要エネルギー源として開発し,2000年には原子力発電への依存度をゼロにするという計画になっている。イタリアは,もともと総発電電力量に占める原子力発電の割合が,1986年で約4%,1987年で0.1%に過ぎず,また1割以上の電力をフランス及びスイスからの輸入に依存している。
 スウェーデンは,1980年の国民投票の結果を踏まえ,原子力発電所を12基に限定し,2010年までに原子力発電から漸次撤退するという方針を既に示している。これを受けて,1988年6月,議会は,原子力発電所12基のうち1基を1995年に,もう1基を1996年に閉鎖することを盛り込んだ1990年代の政府のエネルギー政策案を承認した。この方針通りに閉鎖するかどうかは1990年に最終的に決定される。スウェーデンの総発電電力量に占める原子力発電の割合は1987年で約45%と高く,代替電源をどうするかが課題となっている。
 原子力発電から撤退した国については,新エネルギーの開発が遅れた場合,原子力発電をやめた分,主として化石燃料に頼らざるを得ないと考えられる。

② その他の国・地域の原子力発電に関する政策
 その他の国・地域のうち,開発途上国においては,工業化の進展や人口の増加,生活水準の向上等から今後のエネルギー需要は相当な伸びを示すものと見込まれている。その中でも,韓国,シンガポール,香港,台湾の新興工業経済地域は高い経済成長率を達成しており,これに伴いエネルギー需要も急激に伸びてきている。これを支えるエネルギー源として,韓国,台湾においては原子力発電の開発に力を入れている。
 韓国では,7基,約572万キロワットの原子力発電所が運転中であり,総発電電力量に占める原子力発電の割合も1986年には43.6%,1987年には53.1%と大幅な伸びを示している。
 中国は,今後増大する電力需要に対して石炭火力発電を供給の中心とする計画であるが,石炭火力発電は燃料輸送や環境対策面で問題を有するため,並行的に原子力発電の開発も着実に進めておく必要があるとしている。建設資金の確保等の困難を抱えているものの,2000年時点で,運転中設備容量500~700万キロワットとし,さらに来世紀半ばには,発電電力量の50%以上を原子力発電で賄うことを目指している。また,軽水炉のみならず,地域暖房用ガス炉等の新型炉開発を行う等,原子力に関する研究開発にも高い意欲を示している。
 この他,アジアでは,台湾に6基,インドに6基,パキスタンに1基の原子力発電所が運転されており,総発電電力量に占める割合もそれぞれ48.6%,2.6%,1%となっている。さらに,インドネシア,マレイシア等は将来の有望な電源として原子力発電に関心を寄せている。これらの国々は資金調達やバックアップのための技術レベルの問題等を考慮して導入するに至っていないものの,原子力発電が国際エネルギー需給に果たす役割について評価している。
 東欧諸国では,チェコスロバキアの8基,ブルガリアの5基を始めとして,東独,ハンガリー,ユーゴスラビアで合計24基の原子力発電所が運転している。経済相互援助会議(コメコン)は,加盟国の科学技術分野における高レベルの進歩の達成等のため,原子力発電を優先分野の1つとして,加速的に開発することとしている。1986年のコメコン総会で承認された2000年までの原子力発電所及び原子力熱供給プラント建設計画によると,ソ連を除くコメコン加盟諸国の原子力発電所の総発電設備容量を,1986年の約800万キロワットから5000万キロワットにし,総発電電力量の30~40%を原子力発電で賄う計画である。
 中南米,アフリカ諸国では,南アフリカ,アルゼンチンで各々2基,ブラジルで1基の原子力発電所が運転されている。この他,メキシコ,キューバで原子力発電所の建設が進められている。


目次へ          第1章 第2節(1)へ