第1章 原子力開発利用の動向と新長期計画
3 核不拡散と国際協力

(1)核不拡散をめぐる国際動向の概要

 核不拡散問題をめぐる国際社会の対応としては,昭和52年10月から2年余に亘って行われた国際核燃料サイクル評価(INFCE)により得られた原子力平和利用と核不拡散は両立しうるとの基本認識の下に,新しい国際秩序を形成するため,核燃料供給国と受領国の二国間及び多国間の場での検討,協議が行われているところである。また,平和利用担保を確認する上で重要な手段である保障措置についても,国際原子力機関(IAEA)を中心にその改善が検討されている。

① 二国間協議

(i)日米再処理問題
 東海再処理工場の運転継続,民間再処理工場の建設等をめぐる日米再処理問題については,昭和56年5月の日米首脳会議において,早急に恒久的な解決を図ることが合意された。さらに,同年7月には核不拡散及び原子力平和利用に関する米国レーガン大統領の声明が発表された。この声明において,核不拡散の多様な側面を考慮して米国はNPT体制の強化等により今後とも核不拡散努力を続けることとしながらも,核拡散の危険のない進んだ原子力計画を持つ国での再処理及び高速増殖炉の開発を妨げないこととしている。
 この政策発表後,上記首脳会談でうたわれた恒久的解決を達成するために日米間で協議を行ったが,米側が恒久的解決の基礎となるプルトニウム利用政策を策定していなかったこともあり,再処理に関する長期的な取決めは昭和59年12月末までに行うこと,またそれまでの間東海再処理工場はその能力(210トン/年)の範囲内で運転すること等を骨子とする日米共同決定の署名,日米共同声明の発表が昭和56年10月に行われた。
 その後,昭和57年6月に至り,長期的取決めに関する協議を行う前提となる米国のプルトニウム利用政策が,米国行政府内で決定された。このプルトニウム利用政策は,進んだ原子力計画をもち,効果的な保障措置の下にあり,かつ核拡散の危険のない国(代表的な国としては日本及びユーラトム諸国)に対しては,再処理及びプルトニウム利用に対する規制をより予見可能な態様で行使するというものである。中川科学技術庁長官(原子力委員長)はこの機会をとらえ,昭和57年6月末米国を訪問し米国政府首脳と会談を行った結果,日米双方は再処理問題について包括同意方式により解決を図るため,直ぐにも話し合いに入り早急な結着を図ることで意見の一致をみた。これを受けて,昭和57年8月に東京で及び9月にウィーンで日米の事務レベルでの協議を行っており,今後とも,引き続き精力的にできるだけ早期に長期的取決めの合意が得られるよう努力することとしている。

 我が国としては,米国の上記プルトニウム利用政策は歓迎し得るものであるが,米国行政府が依然として1978年核不拡散法に基づいた措置を採る必要があるとしていること,また米国議会内に行政府の核不拡散緩和への動きに批判的な勢力が根強く存在することなどから,長期的取決めの早期結着の見通しは必ずしも楽観を許さない状況にある。

(ii)新日豪原子力協力協定の発効
 日豪間の原子力協定改正交渉の動きは,昭和52年5月,豪州フレーザー首相が豪州産核物質について核不拡散の観点から規制を強化するために「保障措置政策」を発表し,この具体化のため関係各国に協定改正・締結交渉を申し入れたことに始まる。我が国との間の改正交渉は昭和53年8月に開始され,途中にINFCEをはさんで一時交渉を中断したこともあり,3年余りを要したが,昭和57年1月に妥結し,同年3月に旧協定に代わる新協定への署名が行われた。同協定は,第96回国会に提出され,同年7月9日に批准承認され同年8月17日に発効した。主な改正点としては,豪州産核物質に関し,規制の対象となる行為として「管轄外移転」の他に,新たに「再処理」及び「20%を超える濃縮」が加えられたこと,さらにこのうち「管轄外移転」及び「再処理」の規制については,IAEAの保障措置の適用等の一定の条件下で,再処理及び管轄外への移転が自由に行い得るとの長期的包括的事前承認方式となったことである。これによって対豪州との関係では将来の見通しをもって我が国の原子力開発を進めることができる基盤ができたものと考えられる。

(iii)日加原子力協定に関する協議
 日豪原子力協定改正の際に豪州との間に初めて長期的包括的事前承認制度が創設されたのに続き,我が国に対する主な天然ウラン供給国であるカナダについても,INFCEにおいて事前同意権は予見可能な態様で行使されるべきとされたことを踏まえ日加原子力協定(昭和35年7月締結・昭和55年9月改正)の再処理などに対する事前同意の規定の運用方法を従来の個別承認方式から長期的包括的事前承認方式とするため日加間で交渉を進めてきた。同交渉は昭和57年9月に妥結し,日加原子力協定の事前同意の規定を長期的包括的事前承認方式で運用することを取決めた交換公文に仮署名が行われた。

② 多国間協議
 INFCEの成果を受け核不拡散に関する新しい国際的制度として国際プルトニウム貯蔵(IPS),核燃料等供給保証(CAS),国際使用済燃料管理(ISFM)が提唱され,現在までIAEAにおいて多くの国が参加して検討が進められてきている。
〔国際プルトニウム貯蔵(IPS)〕
 IPSはIAEA憲章の規定に基づき,再処理により抽出されたプルトニウムのうち余剰なプルトニウムをIAEAに預託し,国際的な管理の下で貯蔵することにより,プルトニウムが軍事目的に転用されることを防ごうとする構想である。
 再処理により抽出されたプルトニウムの有効利用を図ることとしている我が国としては,プルトニウム管理に関する何らかの国際的コンセンサスができることは極めて有意義であると考えている。このため,我が国としては,本構想の検討審議に際して,IPS制度と現行の保障措置制度との整合性を図りつつ,その実施に当たっては,現行の保障措置制度が最大限に活用され,過度な追加的負担が課せられないこと及び核拡散を十分防止しつつも我が国のプルトニウム利用が阻害されることのないよう配慮し,積極的に対応していくこととしている。IAEAにおける検討は,本年中に専門家会合としての報告書が取りまとめられ,明年2月のIAEA理事会に報告され,その後の方針が協議される予定である。
〔核燃料等供給保証(CAS)〕
 核燃料等の供給保証についてはそれが十分に行われるならば,不必要な濃縮や再処理の施設を建設するインセンティブが減少し,結果として核不拡散に寄与することになる。一方,開発途上国の中には,原子力供給国が必要以上に原子力資材,技術の移転を制限しているとの不満がある。
 このためCASにおいては,「核不拡散を考慮しつつ原子力資材,技術等の供給が長期的に保証される方策」に関して審議されており,この観点から供給保証に関する今後の国際協力のあり方について国際的合意を築く努力が重ねられている。我が国としては,今後とも核燃料等の原子力資材及び技術等の供給国と受領国との両者の立場を十分勘案し,新しい国際的な秩序作りに関する検討に積極的に貢献していくこととしている。
〔国際使用済燃料管理(ISFM)〕
 ISFMについてはINFCE提唱国であるアメリカの政策の影響もあってINFCEの終了前に検討が開始され,核不拡散の観点とともに特に開発途上国の関心事である原子力開発利用の円滑な推進という観点からも国際的な使用済燃料管理に関する枠組みを早急に確立するとの期待をもって検討が進められてきた。我が国としては,発生する使用済燃料は全て再処理する方針であり,長期的に使用済燃料を貯蔵する意志はないが,世界的にみた場合,再処理能力を上まわって使用済燃料が発生することも事実であり,核不拡散等の観点から使用済燃料の暫定貯蔵に係わる検討を行うことは有意義であるとの考えから本検討に参加してきた。この検討は,使用済燃料管理に関する経済面及び貯蔵方式等の技術面並びにIAEAの役割及び国際協力のあり方等制度面から行われ,その結果が昭和57年7月に最終報告として取りまとめられ暫定貯蔵に適した種々の貯蔵技術,使用済燃料管理を促す要因,及び本構想に関連するIAEAの役割が明らかにされた。

③ 保障措置の充実
 近年,核不拡散をめぐる国際情勢はますます厳しいものとなっており,保障措置の改善についてもIAEAを中心として積極的な検討が進められてきた。
 我が国は,原子力基本法の下に原子力利用を平和目的に限って推進するのみならず,NPT体制を支持し核不拡散体制の維持強化に協力し,IAEAの保障措置を積極的に受け入れることにより平和利用担保を明らかにしてきた。また我が国の原子力発電の規模の拡大及び核燃料サイクル事業の進展に伴って,国際的な保障措置体制の整備に関し,我が国の先導的役割が期待されるようになり,我が国の核不拡散問題への努力が世界的にも重要な影響を持つようになってきている。
 また,引き続き核燃料の多くを海外に依存せざるを得ない我が国において原子力開発利用を円滑に推進していくためには,我が国の核不拡散政策に対する国際的な信頼をこれまで以上に高めていく必要がある。このため,我が国は,国内保障措置体制の整備充実を進めるとともにIAEAと密接な連携を図りつつIAEA保障措置体制の改善・合理化にも積極的に協力しているところである。

 さらに我が国は,保障措置技術開発の分野においても,共通の関心を有する諸国とIAEAを含めての協力を推進する一方,核物質の自動計量システム等の技術開発のための対IAEA保障措置技術開発支援協力計画(JASPAS)を昭和56年11月に開始させるなど,積極的に我が国の保障措置技術が国際的にも信頼されるものとなるよう努めている。


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