第1章 原子力開発利用の新展開を迎えて
2 原子力発電の推進とその基盤整備

(1)世界の原子力発電の動きと我が国の立場

 世界の原子力発電は,昭和56年6月末現在,22ヵ国で259基,約1億5,800万キロワットの原子力発電所が運転されており,建設中及び計画中のものを含めると,41ヵ国で704基,約6億100万キロワットとなっている。
 一方,世界の石油需給についてみれば,当面,先進消費国における大幅な石油消費の減少等により緩和基調にあり,また,昭和54年から昭和56年初めにかけて大幅に上昇した原油価格も最近は軟化傾向にある。しかしながら,中長期的には,石油需要は増加する方向にあるうえ,中東情勢は依然として不安定であり,産油国の資源温存政策の強化,開発途上国の発展に伴う需要増等石油供給面での懸念材料が少なくない。
 このため,各国とも,省エネルギーの推進及び石油代替エネルギーの開発を積極的に進めている。国際的にも昭和55年12月及び昭和56年6月の国際エネルギー機関(IEA)閣僚理事会及び昭和56年7月オタワで開催された先進国首脳会議においても,石油代替エネルギーの一つの柱として,原子力発電を推進すべきことが合意されており,ここ数年,世界各国の原子力発電開発の現状は遅れ気味であるが将来に向けて各国とも積極的に計画を進めつつある。
 世界最大の原子力発電国である米国においては,ここ数年,発注がほとんどなく,逆にキャンセルがなされるという厳しい状況下に置かれている。これは,電力需要の伸びの鈍化,許認可手続きの複雑化・不確実性,規制の強化によるリードタイムの長期化,最近の高インフレ率・高金利と相まっての建設費の急上昇,更にスリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の影響等のため,電力会社が原子力発電所を建設することに躊躇しているためである。この背景には,依然として,当面,エネルギー需要を豊富な石炭等の国内資源に依存できるとの事情がある。昭和56年10月米国レーガン政権は原子力発電を推進し,高速増殖炉及び再処理の開発を再開する趣旨の新国内原子力政策を発表したが,これに基づき第3次国家エネルギー計画で示された原子力による発電量を昭和75年までに昭和55年の4倍に拡大する計画の実現に向けて努力が払われることとなった。
 最近,世界第2位の原子力発電国となったフランスでは,原子力発電開発が積極的に進められ,その結果,原子力発電規模は急速に拡大されてきた。
 昭和56年5月に誕生したミッテラン社会党政権においては同年10月国会において,電力需要の伸びの鈍化に対応し,今後2年間に新たに建設を予定していた9基の原子力発電所を6基に減らす等,建設のペースを多少緩めるものの,再処理工場の建設を含め,主要なエネルギー源として原子力開発を進めるとの新政権の政策が承認され,積極的な姿勢が続けられることとなった。
 英国においては,ここ数年,北海油田からの石油及び天然ガスの供給量が増加したこと及び第1次石油危機以降の電力需要の伸び率が低下していることから,原子力発電の開発が鈍化していたが,北海油田の資源量の制約,国内石炭のコストの上昇といった情勢を背景に,政府は,昭和54年12月,原子力政策の見直しを行い,昭和57年から10年間で,1,500万キロワットの原子力発電所の発注を行うこととしている。
 西独においては,訴訟による長期建設中断や複雑な許認可手続き等により原子力発電所の建設は遅れているが,従来豊富な国内石炭資源を背景に,省エネルギーの推進,国内石炭の優先的利用等によりエネルギー情勢の改善を図ってきた同国においても,最近は省エネルギー効果の限界,国内炭のコスト高,環境問題等により,原子力発電の開発を進めざるを得ない情勢となっている。
 また,その他の西側先進諸国においても,国内にエネルギー資源のない国では原子力開発が積極的に進められており,原子力発電の総発電電力量に占める割合は,昭和55年で,スイス28%,スウエーデン27%,ベルギー21%(既述のフランスは23%)と,我が国の16%を上回っている。
 更に,世界でも屈指のエネルギー資源国であり,輸出国でもあるソ連においても,原子力開発が積極的に行われており,原子力発電規模を昭和60年までに,昭和55年の3倍にするという意欲的な計画を進めている。
 一方,我が国は,国内資源に乏しく,石油,石炭,天然ガス,ウラン等のエネルギー資源についても石炭を除き目ぼしいものはないうえ,エネルギー消費は自由世界第2位という状況にある。昭和55年度は,3.8%の実質経済成長率を維持しつつも,省エネルギー努力の結果,一次エネルギー消費は3.4%減少した。更に,その間原子力発電電力量が17%増加したこと,石油から石炭への切換えが進み石炭の消費が20.2%増加したこと等により,石油消費量は10.1%も減少し,一次エネルギー供給に占める海外石油依存度は,11年ぶりに70%を下まわり66%となった。しかしながら,輸入炭等も含めれば,我が国の一次エネルギーの海外依存度はなお8割を越えており,それに対する外貨の支払いは,我が国の輸入総額約32兆円の半分の約16兆円に達している。エネルギー源を海外資源,特に石油に依存した体質を持続するならば,エネルギー供給上の問題が生じるばかりでなく,石油価格の上昇によるインフレを起こさせるなど,国民生活及びこれを支える我が国の経済活動の上にも重大な影響をもたらすことは明らかである。
 このため,石油からこれに代わるエネルギーへの転換を一層進める必要があるが,①経済性の優れていること,②輸送及び備蓄が容易であること,③燃料購入のための所要外貨が少ないこと,等の利点を有している原子力発電への期待は大きい。昭和55年11月閣議で決定された「石油代替エネルギーの供給目標」では,環境保全に留意しつつ,石油代替エネルギーの供給目標を達成することとされた。そのうち原子力については,昭和65年度において原油換算7,590万キロリットル,2,920億キロワット時(全必要エネルギーの10.9%に相当)の供給目標が示され,これを達成するための必要発電設備容量は5,100~5,300万キロワットと見込まれているが,この目標を達成することは必ずしも容易でなく,今後,原子力発電を拡大していくためには,格段の努力が必要である。


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