第4章 国際関係活動
3 核拡散防止に関する国際秩序形成のための国際的協議と我が国の立場

(1)国際核燃料サイクル評価(INFCE)

 〔INFCEの経緯〕
 国際核燃料サイクル評価(INFCE)は,昭和52年4月の米国のカーター大統領の呼びかけに端を発して,同年5月の先進国7カ国首脳会議(ロンドンサミット)での合意に基づき,原子力平和利用と核不拡散の両立の方途をめざし,核燃料サイクルの全分野における技術的,分析的作業の実施を目的として開始された。昭和52年10月にワシントンで設立総会が開催され,約2年間の予定で,以下の8作業部会において作業が進められることになった。
① 第1作業部会(核燃料と重水の入手可能性)
② 第2作業部会(濃縮の入手可能性)
③ 第3作業部会(技術,核燃料及び重水の長期供給と諸役務の保証)
④ 第4作業部会(再処理,プルトニウムの取扱い,リサイクル)
⑤ 第5作業部会(高速増殖炉)
⑥ 第6作業部会(使用済燃料の管理)
⑦ 第7作業部会(廃棄物処理処分)
⑧ 第8作業部会(新しい核燃料サイクル及び原子炉の概念)
 INFCEの8つの作業部会は,それぞれ共同議長国を中心に精力的に会合を開催し検討を行った。INFCE事務局の集計によれば61回延べ174日間会合が開催され,46ヵ国と5国際機関から合計519人の専門家が出席し,延べ2万ページにわたる文書が作成,検討された。
 その結果,8つの作業部会で昭和54年10月までに最終報告書を採択した。
 また,これら各作業部会間の技術調整を行う技術調整委員会(T.C.C.)も昭和55年1月の第7回会合において, SummaryandOverviewと呼ばれる各作業部会報告書の要約と全体の概説をとりまとめ,昭和55年2月のINFCE最終総会に報告し,2年4ヵ月にわたるINFCEを終了した。
 INFCEの開始に先立って原子力委員会は,INFCE対策協議会及びその下部組織としてINFCEの各作業部会に対応する8研究会を設け,我が国としてのINFCEへの対応策を検討した。
 更に,INFCE設立総会に臨むに当たり,上記協議会での検討を経て,原子力委員会は昭和52年10月14日,次の主旨の我が国の基本方針を明らかにした。
① 核燃料サイクルの確立が我が国にとり必要である。
② 原子力平和利用と核拡散防止とは両立するとの考え方について,諸外国の理解と協調を求める。
③ 今後の我が国原子力政策の遂行に少なからぬ影響を及ぼすと考えられる本作業に,我が国の見解を反映させるために積極的に参加する。
 我が国は,英国とともにINFCEの中心的課題である再処理・プルトニウム利用を検討する第4作業部会の共同議長国(我が国からの共同議長:田宮茂文氏,当時,電気事業連合会技術顧問)を務め,また,最終総会においては我が国代表(矢田部厚彦氏,外務省大臣官房審議官)が議長を務めるなど,INFCEの検討に積極的に参加した。
 〔IMCEの成果〕
 INFCEにおいては極めて広い分野にわたって多様な観点から分析が行われたため,その成果を簡単に評価することは困難であるが,一言で言えば,保障措置が核不拡散と原子力の平和利用の両立のための手段として最も有効であり,この保障措置をさらに効果的なものとするため,保障措置技術の改良を進めるとともに,国際制度の整備や核不拡散に有効な技術的代替手段の確立を図ることによって核不拡散と原子力の平和利用は両立しうるとの結論が得られたものと考えられる。
 以下に,我が国の原子力平和利用計画の推進に特に関係があると思われる,
(i) 再処理
(ii) プルトニウムの軽水炉への利用(プルサーマル利用)
(iii) 高速増殖炉(FBR)の開発利用
(iv) ウラン濃縮
の4点についてINFCEの結果の要点を概説する。INFCE開始前の上記4点に関する我が国の原子力平和利用政策は以下のとおりである。
(i) 再処理:FBR,ATR及びプルサーマル利用に必要なプルトニウムを分離するために再処理は是非必要である。
(ii) プルサーマル利用:ウラン資源に恵まれない我が国としては,プルサーマル利用により最大限のウラン資源の節約を図ることが必要である。
(iii) FBR開発利用:ウラン資源を最大限に有効利用するためにはFBRが必要不可欠である。
(iv) ウラン濃縮:当面は米国等の能力に依存するが,エネルギー自立,供給保証の観点から独自の遠心分離法技術を開発し,商業規模の工場を建設して国内需要の一部を賄う。
 (i)~(iii)に関して,INFCEは,ワンススルーサイクルと再処理プルトニウム利用サイクルの2つの核燃料サイクルを比較してどちらが核拡散リスクが小さいかを検討した。米国はワンススルーサイクルの絶対的優位を主張したが,INFCEにおける検討の結果,ワンススルーサイクルにしても使用済燃料中にプルトニウムがある以上長期間貯蔵に伴ない核拡散の危険が存在し,再処理プルトニウム利用サイクルに比べて長期的にみて特に核不拡散上優位ではないとの評価となった。核燃料サイクルによる核不拡散性の比較についてTCC報告書は,「種々の核燃料サイクルの核不拡散リスクについて現在及び将来にわたって普遍的に正しい評価はない。」と結論している。
 従って,再処理を行い,抽出したプルトニウムをFBR,ATR及びプルサーマル利用に用いるという我が国の原子力政策は,INFCEの検討によって,核不拡散の観点から不利ということにはならなかったと考えられる。
 また再処理施設の規模・制度と核不拡散の問題について第4作業部会報告書要約は「再処理が行われるなら経済的に大規模プラントの方がいいので,全ての国で同時に再処理技術を確立する必要はなく,大規模な再処理プラントを建設する国が原子力開発の初期段階にある国に再処理サービスを提供すれば良いと考えるのが自然であろう。」と結論している。
 再処理の核拡散リスクを最小化するための技術的手段のうち,我が国でも東海再処理施設内のOTLを用いて実験が行われている「混合抽出法」について,INFCEは「混合抽出は更に転用の抵抗性を高めるであろうが,それがどの程度の強化になり,また技術の発展がそれを実用化に至らしめるか否かについては,まだ開発の初期の段階なので今のところ最終的評価ができない。」(第4作業部会報告書要約)と,実用化に至るまでには今後の研究開発が必要であるとの結論となった。また,「混合転換法」についても,「少くとも短期的に導入される最も魅力的な手段であるが,商業的規模で導入される前に,更にある程度の研究開発が必要である。」との結論となった。
 (ii)のプルサーマル利用については,「経済的利益はあまり大きくなさそうである。しかし,若干の国は,(軽水炉への)リサイクルがエネルギー自立と供給保証に役立つとしている。」(TCC報告書)との結論となった。一方,資源利用の観点からは,「現在の技術においてはワンススルーサイクルに比較して,軽水炉へのプルトニウムリサイクルは,35~40%のウランの節約になる」(第4作業部会報告書要約)ことが確認された。
 (iii)のFBRシステムが核不拡散上,他の核燃料サイクルに比べてそれ程違いがあるわけではないことは既に述べた。世界的な資源利用の観点からは,「充分な増殖比のあるFBRシステム,とりわけFBRと熱中性子炉が共存するシステムは,いうまでもなくウラン供給の制約から実質的に解放された原子力発電を可能にする。」ことが確認された。
 (iv)の濃縮施設については,核不拡散の観点から施設の数をできる限り少なくし,需要に見合った形で濃縮能力を拡張することが望ましく,資金,技術力等から考えて,大規模原子力発電国及び大規模ウラン資源国のみが一国単位の濃縮施設を作る立場にあるとの結論となった。
 以上が,機微な分野におけるINFCEの結論であるが総じて,我が国の考え方が受け入れられ,我が国の原子力開発利用計画の推進に支障のない形で最終的な取りまとめが行われたと考えられる。
 なお,昭和55年6月イタリアのベネチアで開催された先進国首脳会議の最終コミュニケで,本件がとりあげられ,INFCEの検討結果が歓迎されるとともに,全ての国が原子力の平和利用のための政策,計画を策定する際には,これらの諸検討結果を考慮に入れることが強く要請されたところである。


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