第9章 放射線利用
1.放射線利用の動向

 放射性同位元素(RI)や各種放射線発生装置を利用する事業所は,医療,農業,工業等の各分野において逐年増加しており,昭和54年3月末現在では,放射線障害防止法上の許認可に係るもののみでも3,822件にのぼっている。これは昭和53年3月末の3,715事業所に比して約3%増,また昭和33年度304事業所に比べると約13倍の伸びとなっている。
 このような放射線利用における実用化の進展とともに各分野での研究開発も積極的に推進されており,そのため放射性同位元素の需要も毎年増加してきているが,特に63Ni(電離型検出器用),147Pm(自発光塗料用),99Tc(標準医薬用)などの核種使用が急増している。
 これらの供給については,外国からの輸入のほか日本原子力研究所を中心として,需要の多い核種に重点を置いて国内生産の量産化を進めており,特に海外に依存することの困難な短寿命核種については,放射線医学総合研究所で医用サイクロトロンなどを用いた短寿命RIのオンライン生産等積極的に研究開発が進められている他,民間会社でもサイクロトロンを建設して短寿命RIの製造販売を開始している。
 使用済燃料から回収されるRIの利用に関する研究については,日本原子力研究所で,90Sr,137Cs,147Pm等の核種線源として使用するための加工技術の研究が進められている。

(1)食品照射

 食品に放射線を照射して殺虫,殺菌,発芽防止等を行い保存期間を延長することは,食品流通の安定化及び食生活の改善を図る上で,大きく寄与するものと期待される。
 原子力委員会は,昭和42年9月,食品照射の実用化を促進すべく,その研究開発を原子力特定総合研究に指定,「食品照射研究開発基本計画」を策定した。これに基づき現在,関係国立試験研究機関,日本原子力研究所,理化学研究所等において研究開発が進められている。
 この研究開発の推進に当たっては,各実施機関の関係者,学識経験者及び関係行政機関の関係者からなる「食品照射研究運営会議」を科学技術庁に設置し,研究計画の調整,成果の評価等を行い,総合的な研究開発の推進を資している。
 食品照射に関する研究は,馬鈴薯,玉ねぎ,米,小麦,ウィンナーソーセージ,水産ねり製品,みかんの7品目を対象品目として行われてきた。
 馬鈴薯については所期の成果を達成し,昭和47年8月,放射線照射が許可になった。これを契機に農林水産省では「農産物放射線照射利用実験事業」として馬鈴薯の生産地照射を取り上げた。この事業として北海道士幌町農業協同組合が日本原子力研究所の技術指導の下に施設の建設に着手し,昭和48年12月に完成,直ちに操業に入り昭和53年度は約1万5千トンの照射が行われた。これらの馬鈴薯は4月~5月の端境期に市販され,市場価格の安定に大いに寄与している。
 その他の品目については,昭和53年度も,基本計画に従って各実施機関がそれぞれの研究テーマについて以下の様な研究開発を積極的に行ってきた。
 玉ねぎについては,研究が終了し,成果を取りまとめているところである。
 米,小麦については,遺伝的安全性についての試験を実施中である。ウインナーソーセージについては連続照射試験等を実施中である。
 水産ねり製品及びみかんについては,毒性試験を実施中である。

(2)農林水産業への利用

 農林水産業関係の放射線利用による実用化技術としては,馬鈴薯の発芽防止技術のほか,南西諸島及び小笠原諸島におけるみかん類や果菜類の害虫であるウリミバエ及びミカンコミバエの不妊化による撲滅技術があげられる。

 この技術は,60Coのガンマ線照射による不妊雄を大量に野外に放飼することにより,野外の雌が正常な雄と交尾する機会を低下させ,正常な産卵を抑制し,次世代の個体数を減少させることを数世代にわたって繰り返し根絶に至らしめるものであり,農薬による防除と異なり,人体及び環境への影響のない画期的な技術である。

 沖縄県久米島のウリミバエについては,不妊虫放飼を開始して4年後の昭和53年に根絶に成功した。
 なお,現在は,沖縄本島周辺の慶良間諸島でウリミバエの不妊虫放飼を行っているほか,小笠原諸島においてもミカンコミバエの不妊虫放飼を行っている。
 また,試験研究面では,利用分野が広範であり,照射研究(品種改良,食品照射,放射線重合の利用),トレーサー利用研究(生理生態研究,施肥農薬施用法の改良,地下水流動機構の解明),放射化分析利用研究(極微量元素の検出・定量等)が国立試験研究機関を中心として進められている。昭和53年度における研究開発の状況は以下のとおりである。
 照射研究としては,農業技術研究所放射線育種場で,品種改良を図るためのガンマ線による突然変異の誘発を行ったほか,食品総合研究所等において不溶化酵素製造法の研究等を行った。
 トレーサー利用は,農業研究における放射線利用の草分けの分野である。

 その内容は広範にわたり,農林水産生物及び病原菌,害虫,病原ウイルスの生理生態に関する研究,施肥法,農薬施用法の改良等の分野で不可欠の方法となっている。昭和53年度は,トレーサー利用による酒類の品質の向上及び製造法の合理化についての研究,マツザノセンチュウによるマツ類の枯損防止に関する研究及び寒冷地における肉用牛の生産向上に関する研究等を行った。
 放射化分析の分野では,根室沿岸のシロサケの回遊追跡法としてアクチバブルトレーサー法が有用であることの実証に続き,更に温水で生活する魚類への応用技術の開発を進めた。

(3)放射性同位元素等取扱事業所における紛失等の事故等

 放射性同位元素に係る紛失,被ばく等の事故等は,昭和53年度には,病院における紛失2件,被ばくが1件であり,発生した事故等の概要は次のとおりである。
① 昭和53年8月21日,中国X線においてガンマ線照射装置を貯蔵室の高さ約1メートルの保管棚に載せようとして取り落したので,故障の有無を確認していたところ,線源ホルダーが脱落して3.2レムを被ばく。立入検査を実施して装置の改善を命じた。
② 昭和54年1月16日,国立松山病院においてラジウム-226(2ミリキューリー)の針が1本紛失していることが判明。この針は昭和53年10月下旬に使用されたが,その際使用後の確認を怠ったものらしく,その後捜索を続けているが発見に至っていない。
③ 昭和54年3月29日,財団法人倉敷中央病院においてラジウム-226管10ミリキューリー2本が紛失していることが判明,4月6日までに2本とも発見された。
 これらについては,科学技術庁は,関係省庁等とも連絡をとりつつ,立入検査等所要の措置を講じた。

(4)工業利用

 放射線の工業利用は化学,紙パルプ,鉄鋼,機械,電気,造船,建設,土木等広汎な業種に及んでおり,その利用技術もゲージング,トレーサー,非破壊検査,螢光エックス線分析,放射化分析等多岐にわたっている。
 また,エネルギー利用技術も着実に進展している。
 放射線のゲージング利用については,工程管理システム化に対応して,厚さ計,液面計,水分計等にRIが有効に利用されているほか,環境汚染物質の分析手段としてイオン分析計及びラジオクロマトグラフィー装置が地方公共団体等に多数設置され,公害のモニタリングに重要な役割を果たした。
 非破壊検査法については,鉄銅,機械,造船業,航空業を中心に60Co,192Ir,170Tmが放射線源として利用されており,非破壊検査専業会社の数においては,我が国は世界一を誇っている。
 トレーサー利用については,物質の移動調査,工程解析の手段として広く利用され,35Sによるエンジン・オイル消費量の測定,85Krによる半導体電子部品のリーク試験,197Hgを用いた食塩電解槽内の水銀計量法等が行われている。また,工程解析として252Cfを利用した自動化舶用タービンのドレン損傷防止に関する研究等が行われた。
 エネルギー利用については,147Pmを利用した自発光塗料の時計用文字板への利用のほか,煙探知器放電管類の暗黒効果除去法に見られるように放射線による電離現象が広く利用されている。また,使用済燃料から,90Sr,137Cs,147Pm等の有用核種を分離精製し,これを熱源や放射線源として用いる研究が日本原子力研究所で行われている。

(5)放射性同位元素等の輸送の安全規制

 放射性同位元素等の輸送(手運びの場合を除く)に係る安全性の確保については,放射線障害防止法,船舶安全法及び航海法並びにこれらに基づく運輸省令により規制を行っているが,昭和52年11月に船舶安全法及び航空法に基づく運輸省令の一部改正を行い,危険性が少ない場合を除き,法令に定める技術上の基準に適合することを行政府で確認することとし,規制措置の強化が図られた。運輸省においては,海上輸送される放射性輸送物の設計審査を進めており,昭和53年度には27件の審査を完了した。
 また,これら改正した規則の周知徹底及び安全輸送に関する知識の普及のため,運輸省では,昭和53年度から輸送事業者,原子力事業者等を対象に講習会を開催している。

(6)放射線利用に関する国際協力

 日本原子力研究所とフランス原子力庁との研究協力協定が昭和40年5月に発足し,数次の延長を経て,現在は高分子の架橋並びに崩壊,放射線重合,放射線加工等のテーマについて,共同研究を行っている。
 昭和53年8月に我が国が加盟した「原子力科学技術分野に関する研究開発及び訓練のための地域協力協定(RCA)」については,我が国の進んだ放射線照射技術を修得したいという開発途上国の要請に応じて昭和54年10月に約1ケ月のワークショプ(国際研究会)を開催し,これには東南アジアを中心に7カ国から13名の専門家が出席した。昭和55年度以降は更に放射線の工業利用の分野についても同種の研修コース等の開催を検討している。


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