第1章 原子力をめぐる内外の諸情勢
1.エネルギー情勢と原子力

〔エネルギー情勢の緊迫化〕
 昭和53年秋の石油労働者のストライキに端を発するイラン政変に件い同国の石油供給力は著しく低下し,これを契機として世界の石油供給は不安定性を増し,第二石油危機ともいうべき状態となり,世界的な石油供給の逼迫と大幅な価格上昇をもたらした。
 世界の石油供給に関しては,今後とも新たな石油資源の探査開発等が進められるであろうし,直ちに世界の石油が欠乏してしまうというものではないが,現在の自由世界のエネルギー供給の過半を石油が担い,今後とも相当期間は石油への依存が必要であることを考えれば,今後ともエネルギー供給の不安定な状態が継続することは避けられず,このためエネルギー問題が世界的に重要な課題となっている。
3月には,当面の措置として,経済協力開発機構国際エネルギー機関(OECD-IEA)理事会において,各参加国が約5%の石油消費節減を進めることが合意され,また5月の閣僚理事会においては,長期的な措置として石油火力発電所新設の原則禁止等を内容とする石炭利用拡大等を図ることが合意された。
 このような情勢の中で,6月に東京で開催された第5回主要国首脳会議(いわゆる東京サミット)では,エネルギー問題が最重点議題として取りあげられることとなった。同サミットでは,各国の石油輸入目標の設定について合意がなされ,我が国に関しては,昭和54年及び昭和55年には1日当たり540万バーレル(年間約3.13億キロリットル),昭和60年には1日当たり630〜690万バーレル(年間3.66〜4.02億キロリットル)とすることとなった。
 この量は,昭和53年9月に原子力委員会が長期計画を決定した際の基礎資料のひとつとなっていた通商産業大臣の諮問機関である総合エネルギー調査会による長期エネルギー需給暫定見通しにおける所要輸入石油量の見通し(年間約4.32〜5.05億キロリットル)をかなり下回るものであり,近年の経済停滞によるエネルギー需要の伸びの鈍化を考慮しても,あらためて一層の省エネルギー努力,石油代替エネルギー開発努力の強化を必要とする厳しいものである。
 政府は,このような情勢を踏まえ,8月に新経済社会7ヵ年計画を決定するとともに,これを基に,前記総合エネルギー調査会需給部会においても従来の長期エネルギー需給暫定見通しが改訂されることとなった。
 このような意味で,今回の石油危機は,原子力を含む石油代替エネルギー開発の重要性に対する認識を一層強めることとなった。

 〔各国のエネルギー政策と原子力〕
 世界の各国は,前回の石油危機以後,従来以上にエネルギー政策に真剣に取り組んできた。これらの政策は,石油危機後の世界的な経済の停滞をも踏まえつつ,着実な,かつ,可能な限り海外石油への依存の低減を指向するものとなっている。
 かかる観点から,各国とも石油代替エネルギーの開発に熱心に取り組んでいるが,これを特に原子力についてみると,昭和60年の各国の原子力発電規模は,昭和52年実績に比した場合,フランスの約10倍を筆頭に各国とも大きく拡大される計画となっている。フランス政府は,米国の原子力発電所の事故の後も新たに9基1,050万キロワットの原子力発電所の建設計画を承認するとともに,従来からの原子力発電計画である昭和60年4,000万キロワットの達成をめざして積極的に推進していくことを明らかにしている。また,米国は,昭和54年4月5日にカーター大統領が新しいエネルギー政策を発表したが,この中で当面の施策として石炭等の一層の活用を図る一方,原子力についても安全性の向上を図りつつ,発電用に使っていくことを明らかにしている。更に,石炭資源に恵まれ,かつ,北海油田の開発成功により,現在は石油輸出国となっている英国においても,昭和70年頃以降は再度エネルギー需給が逆転するとの認識に立ち,昭和54年6月,改良ガス冷却型原子力発電所の建設を新しく承認するとともに,今後,軽水炉の導入を中心とした原子力発電計画を拡大していくとの意向を明らかにしている。
 他面,次節でも述べるように米国の原子力発電所で事故が発生したこともあり,最近,各国で原子力推進の是非について政治問題としての議論も活発に行われている。米国では,この原子力発電所事故の後,各地で原子力反対の集会が開催され,西ドイツでは,総合核燃料サイクルセンターの建設計画に関し,連邦政府及び州政府の間で考え方が対立した。また,スウェーデンでは,昭和53年9月連立政府の原子力政策の違いから内閣が総辞職し,昭和55年春に,原子力発電の拡大の可否に関し国民投票を行うこととなったほか,オーストリアでは,昭和53年11月国民投票の結果1%という微差によって既に完成済の同国初の原子力発電所の運転開始が中止されることとなった。更に,スイスでは,昭和54年2月及び5月の2度にわたり国民投票が行われた結果,いずれも原子力の推進を図ることが支持されたものの,その得票差は僅かであった。
 原子力政策に関する選択に関しては,それぞれの国における国内エネルギー資源の賦存量,エネルギー需要量等の種々の国情の違いも勘案しなければならないが,世界の主要国においては,東京サミットの合意にみられるように,今後数十年において原子力発電能力が拡大しなければ,経済成長及び高水準の雇用の達成が困難となろうということが共通の認識となっている。特に我が国のようにエネルギー資源に恵まれないにもかかわらず世界のエネルギー消費量全体の約1割(オーストリアやスウェーデンの約10倍)を消費している国においては,安全確保に万全を期しつつ原子力発電の拡大を図ることが不可欠となっている。


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