第1章 原子力をめぐる内外の諸情勢
2.米国原子力発電所の事故と我が国の対応

〔事故の反響〕
 昭和54年3月28日未明 (現地時間),米国ペンシルバニア州のスリー・マイル・アイランド原子力発電所2号機で,周辺環境への放射性希ガス等の放出を伴う事故が発生した。
 その後の調査の結果,放出された放射性物質による周辺住民の健康に対する影響は,幸いにして識別できない程度であったことが確認されたものの,事故直後には,事態の把握が十分でなかったことに加えて情報の混乱も重なり, 一時は予防的な手段として妊婦及び就学前の児童の退避が州知事によって勧告される等の事態を招いた。
 この事故は,商業用の原子力発電所で,これまでに経験した事故としては最も大きな反響を呼んだ。このため米国では,原子力規制委員会(NRC)をはじめ,同国政府,州政府等の関係機関が全力を挙げて事態の収拾と事故原因の究明,対策等に努めることとなった。また,米国大統領によって設置された「スリー・マイル・アイランド事故に関する大統領諮問委員会」等,関係機関により積極的な事故調査が行われ,既に各種の報告が取りまとめられている。
 今回の事故に対する受けとめ方は,各国政府により若干の差はあるものの,事故の重大性を真剣に受けとめ,各国とも事故原因の究明,それぞれの国の原子力発電所の安全性に対する再点検等を進めるとともに,今回の事故の教訓を踏まえて安全性の一層の確保を図ることとしており,また,国際原子力機関(IAEA),経済協力開発機構原子力機関(OECD-NEA)など国際機関においても,これを契機に安全対策面での国際協力を強化しようとしている。
 しかし,東京サミットにおける合意にもみられるように,この事故の後においても世界の主要国においては,国民の安全を保障することを前提とした上で,原子力開発を進めることは不可欠であるという点について認識が一致している。

 〔我が国の対応〕
 我が国では,事故発生直後から,数次にわたり,米国へ専門家を派遣し,現地で直接の情報収集に努めたほか,原子力安全委員会を中心として事故状況の調査,事故原因の究明,我が国の原子力発電所の安全確保に事故の経験を活かしていくための検討等が進められた。
 政府は,原子力安全委員会の意見に基づき,我が国の原子力発電所の安全確保に万全を期するため,原子力発電所の管理体制の再点検を実施した。また,今回の事故にかんがみ,加圧水型原子炉の緊急炉心冷却装置(ECCS)の作動に関し,より一層の安全解析を行う必要があるとの判断が,原子力安全委員会によってなされ,この安全解析と安全解析に基づく措置がとられるまでの間,当時運転中であった大飯発電所1号機の運転を停止するとの通商産業省の申し出が受け入れられた。この安全解析の結果,現状でも十分安全性は確保されることが確認された。当時定期検査のため停止していた加圧水型炉については,解析結果に基づき,より一層の安全確保を図るとの観点から,所要の改善措置がとられた。
 また,我が国の原子力発電所における防災対策については,従来から災害対策基本法に基づいて地域ごとに必要な応急対策が行われるようになっているが,これを円滑に実施しうるように防災体制の再点検が進められた結果,7月には,中央防災会議(議長,内閣総理大臣)において,当面とるべき措置等が取りまとめられた。
 今回の事故の詳細については,我が国でも,事故直後に原子力安全委員会によって設けられた「米国原子力発電所事故調査特別委員会」において,一次(5月)及び二次(9月)の2回にわたり,詳細な報告と52項目にわたる要検討事項の摘出が行われた。これらについては,引き続き,検討が進められている。また,11月には,本件事故に関する学術的な論議を行うため,原子力安全委員会及び日本学術会議の共催により,はじめての学術シンポジウムが開催された。
 前述の原子力安全委員会の「事故調査特別委員会」報告や米国大統領諮問委員会の報告においては,今回の事故が2次給水系の故障に端を発し,一部設備の不良,機器の故障に運転員の不適切な操作などが重なってもたらされ,また,機械とそれを扱う人間の相互間の十分な連携体制と必要な訓練,そしてそれ以上にこれら全体の総合的な管理をめぐり問題があったとされている。我が国における原子力安全規制体制については,先年来格段に強化されてきており,また原子力関係施設の技術職員の教育訓練や運転技術の習熟についても,一般的に高い水準にあると考えられているが,前述の報告書等での指摘にみられるように,なお一層の改善努力を要する点もあるとされており,我が国としては今後とも万全の措置を講じていく必要がある。


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