2 濃縮ウラン

(1)濃縮ウランの需給

 我が国の原子力発電は,当分の間は軽水炉が主流を占めるものと考えられ,これに伴い,濃縮ウランの需要も著しく増大し,昭和60年度には分離作業量(SWU)にして年間約8,000トンの濃縮ウランが必要となる見込みである。

 また,昭和49年2月に米国原子力委員会(USAEC)が公表した資料によれば,世界の原子力発電規模は1980年には約2億4千万kW,1985年には約6億4千万kWと見込まれており,これに必要な濃縮ウランの量も1980年には分離作業量にして年間36,000トン,1985年には年間約76,000トンの濃縮ウランが必要とされている。
 これに対して,現在自由世界で唯一の濃縮ウラン供給国である米国の供給能力はエネルギー研究開発庁(ERDA)の3工場合せて年間約17,000トン-SWU程度であり,このままでは1970年代後半には世界の需要が米国の供給力を上回るものと予想されている。このためERDAではカスケード改良計画(CIP)及びカスケード出力増強計画(CUP)を実施して,分離作業能力を年間約28,000トンまで高めることとしている。しかしながらこの計画を実施しても1980年代前半には急増する世界の需要に追いつかなくなるものと見込まれており,欧米各国において新濃縮工場を建設する計画が打ち出されている。

イ 米国の動向

 米国政府は新しい濃縮工場の建設,運営については,これを民間に行わせる方針であり,このため,米国政府所有のガス拡散法及び遠心分離法によるウラン濃縮技術を民間に開示するとともに,民間が濃縮事業に進出できるように必要な援助を行うこととしている。
 この方針を受けて,1972年9月にはベクテル,ウエスチングハウス及びユニオン・カーバイトの3社が新濃縮工場の建設の可能性を検討するグループUEA(Uranium Enrichment Associates)を設立した。我が国は電力中央研究所に設置された「ウラン濃縮事業調査会」が1973年8月から1974年12月末までUEAと共同調査を行った。
 なお,その後,ウエスチングハウス社とユニオン・カーバイト社は主に資金的事情から次の段階の調査には参加しない旨表明した。最近,グッドイヤー・エアロスペース社が,この計画に参加すること,また,エジソン電気協会(EEI)も本計画を支持することなどが伝えられている。
 UEAとしては,現在,米国内外の顧客との交渉を行うとともに,米国政府にUEA計画実現のためのバックアップを求めており,これらの交渉の目途がつけば,ウラン濃縮事業を行うかどうかの決定を下すこととしている。
 一方,遠心分離法によるウラン濃縮技術は,まだ実証された技術ではないが,USAECは1960年以来研究開発を進めてきた。1975年度には25トン-SWU/年以上のパイロットプラントを稼動させる予定であり,最近,その評価が高まってきている。
 GEとEXXONは1973年6月,この遠心分離法による濃縮事業を目ざしてグループ(CENGEX)を設立し,1980年代前半に濃縮工場を稼動させることを目標に調査,検計を行ってきたが,1974年9月GEは資金事情等から脱退した。
 またUSAECは,1974年4月,民間濃縮事業者と米国電力会社とが共同で1970年代末までに100~300tSWU/年の遠心分離法による実証濃縮工場を建設し,1980年代中ばまでに競争力のある濃縮工場へ拡張させるという計画を発表した。
 この計画に対しては,エクソン・ニュークリア社,ガレット社及びエレクトロニュークレオニクスとアトランティック・リッチフィールドの共同組織の3グループが参加の意志表明を行っているほか,TVAその他数社もこの計画に参加する可能性について検討を行っていると伝えられている。
 このような米国民間企業の動きに対して,米国議会内には,民間の能力には当面あまり期待できないとの意見もある。このため,濃縮ウランの需給ギャップを避け,米国の海外市場を維持するため,三工場の設備と業務を公社に移管するとともに,濃縮事業の民間への移行を助成する公社法案,あるいは最近にはフォード提案がだされている。このような米国議会内の新たな動きにも注目していくことが必要であろう。

ロ 欧州各国の動向

(イ)ガス拡散法による濃縮計画
 フランスは自国にガス拡散法による軍事用の濃縮工場を有しており,この濃縮技術を使った濃縮工場を建設することを計画し,1972年以来欧州各国に呼びかけて,技術的,経済的検討を行ってきた(ユーロディフ計画)。この計画には当初,欧州8カ国が参加をしていたが,最終的には4カ国(フランス,スペイン,イタリア,ベルギー)の参加によりユーロディフ社を設立し,1974年にはフランスのトリカスタンで新濃縮工場の建設に着手した。ユーロデイフ社は当初,この工場を9,000トン-SWU/年で1982年頃にフル運転することとしていたが,フランスの原子力発電所増設方針を受けて,工場の能力も約11,000トン―SWU/年程度に増強するとともに,第二工場建設の可能性も検討中であると伝えられている。
 なお,我が国の電力会社は,このユーロディフ社から,昭和48年の田中総理とメスメル仏首相との合意の趣旨に沿って,1980年以降10年間にわたり毎年1,000トン-SWUの濃縮役務の供給を受ける契約を昭和49年6月締結した。

(ロ)遠心分離法による濃縮計画
1970年の英国,西ドイツ,オランダ3国の政府間協定(アルメロ協定)により発足した欧州3国の遠心分離法による濃縮ウラン共同生産計画は,CENTEC社(ウラン濃縮工場の設計,建設を担当)とURENCO社(濃縮工場の運転と濃縮ウランの販売を担当)を中心として進められており,既に,パイロットプラントが部分的な操業に入っている。このパイロットプラントに続く実証プラントがカーペンハースト(イギリス,200トン-SWU/年),アルメロ(オランダ,200トン-SWU/年)に建設を開始している。これらは1977年に完成予定であり,その後1982年2,700トン-SWU/年,1985年10,000トン-SWU/年の規模に拡大するとのことである。また,URENCO社は1973年6月に遠心分離法による濃縮工場の技術的,経済的可能性の調査検討を行うための研究グループACE(Association for Centrifuge Enrichment)を設立したが,これに対しては我が国を含む12カ国,17機関が参加して,約1年にわたり検討を行い,1974年9月解散した。今後,ACE参加メンバーは希望する場合URENCO/CENTEC社と年に1回程度計画の進捗状況について情報を交換することができることになっている。

(ハ)その他諸国の動向
 ウラン資源保有国は自国の豊富な天然ウランを付加価値の高い濃縮ウランの形にして輸出する方針を有しており,カナダではBRINCO社等が米国あるいはフランスの濃縮技術を使った濃縮工場を建設するためのフィージビリスタディを行っている。一方,オーストラリアは,昭和48年,我が国に対し,我が国の技術,資本及び装置を使ったオーストラリア立地の濃縮工場の建設の可能性について共同して調査,検討することを提案していた。
 これに対して,昭和49年11月の田中総理訪豪の際,ウイットラム豪首相との会談において,オーストラリアにおけるウラン濃縮に関する日豪共同研究が可能な限り早期に開始されるべきことが合意された。このため現在,日豪両国で共同研究を進めるための検討が行われている。また,南アフリカ共和国は独自の濃縮法を開発し,1980年代後半には5,000トン-SWU/年規模の濃縮工場を稼動させる予定といわれている。
 また,ソ連の濃縮能力については明らかにされていないが,ソ連は既にフランス,西ドイツ等欧州各国と合計10,000トン-SWU以上の濃縮役務契約を締結したと伝えられており,本年1月に来日したソ連の関係者は我が国の全必要量の供給を行う用意がある旨の発言を行った。

(2)我が国の濃縮ウラン確保策

 我が国は,昭和46年12月の原子力委員会の決定にしたがって,濃縮ウランの安定確保を図るため,
 イ 日米原子力協力協定により米国から供給を受ける。
 ロ 国際濃縮計画への参加を考慮する。
 ハ さらに,究極的安定確保を図るため,我が国においてウラン濃縮技術開発を推進する。との方針をとっている。

イ 日米原子力協力協定に基づく供給確保

 現在,自由世界で唯一のウラン濃縮役務供給国は米国であり,我が国は,昭和48年12月に発効した新日米原子力協力協定に基づき,最大6,000万kWまでの発電用原子炉に必要なウラン濃縮役務を米国の供給能力の範囲内で,協定の有効期間中(2003年まで)供給を受けることが可能となっている。
 この協定に基づいて我が国の電力会社は米国原子力委員会と条件付きの契約も含めて,すでに約5,500万kW分(既契約分も含む)の原子炉に必要な濃縮役務契約を締結している。

ロ 国際濃縮計画への参加

 1980年代前半と予想される濃縮ウランの需給の端境期に対処するため,欧米各国及びウラン資源国で国際濃縮計画が提唱されているが,我が国はこれら国際濃縮計画への参加の可能性を検討するため昭和46年12月の原子力委員会の決定にしたがって,原子力委員会に「国際濃縮計画懇談会」を設置するとともに,電力中央研究所に設置された「ウラン濃縮事業調査会」に対して所要の調査検討を委託していた。
 昭和48年8月に開かれた田中総理とニクソン大統領との会談において,日米の濃縮合弁事業が双方に満足のいく形で実現されるよう最善の努力を払うことで合意に達したが,この共同声明の趣旨に沿って,我が国の「ウラン濃縮事業調査会」は米国民間企業グループUEAとの間で昭和48年8月から米国立地の日米合弁ウラン濃縮事業の商業的可能性について共同調査を行い,昭和49年末に調査を終了した。また,「ウラン濃縮事業調査会」は遠心分離法に関するACE研究グループへも参加していた。なお,同調査会は昭和47年から約1年間,フランスのガス拡散技術による濃縮工場の技術的,経済的可能性についてフランスと共同調査を行った。一方,昭和48年9月の田中―メスメル会談での合意に沿って,我が国の電気事業者はユーロデイフ社から,1980年以降10年間,毎年1,000トン―SWUを購入する契約を締結した。
 なお,「ウラン濃縮事業調査会」は所期の目的を達したものとして,昭和50年3月末に閉会し,同調査会で行った調査の成果については昭和49年6月電力会社10社で設立した「濃縮・再処理準備会」が引き継ぐこととなった。

ハ ウラン濃縮技術の研究開発

 濃縮ウランを長期にわたり安定的に確保するため,我が国においても,ガス拡散法及び遠心分離法の両方式について研究開発を進めてきたが,昭和47年8月原子力委員会は「ウラン濃縮技術開発懇談会」の報告を受け,以下の方針を決定した。
① 昭和60年までに遠心分離法により国際競争力のあるウラン濃縮工場を稼動させることを目標に,そのパイロットプラントの建設,運転までの研究開発を原子力特別研究開発計画(国のプロジェクト)としてとりあげ,動力炉・核燃料開発事業団を中心として強力に推進する。
② ガス拡散法については,国際共同濃縮事業への我が国の参加をより意義あるものとするため,基礎的研究を継続する。
 さらに,「ウラン濃縮技術開発懇談会」は,上記の基本方針に基づき,検討を行った結果,昭和47年10月,研究開発基本計画をとりまとめ,原子力委員会に報告した。この基本計画によれば,遠心分離法の研究開発は,総合システム開発の観点からこれを推進することとし,第1段階として遠心分離機,関連機器等の開発を行い,これと並行してプラントシステム(カスケード)の開発を実施すること。さらに,昭和51年頃これらの成果について総合的な評価検討を行い,その進め方について結論を得たうえで第2段階のパイロットプラントによる総合試験に進むこと,開発の実施にあたっては,動力炉・核燃料開発事業団を中心として学界,産業界及び関係機関の力を結集することとしている。

 現在,動力炉・核燃料開発事業団では上記の基本計画に沿い,遠心分離機については,標準化及び高性能化のための開発を進めるとともに遠心機寿命試験を行うこととしている。また,関連機器開発,安全工学研究,システム解析及び設計研究等の所要の研究開発を引き続き行うとともに,カスケード試験では昭和48年度に建設したC-1カスケード試験装置及び昭和49年度に建設を進めたC-2カスケード試験装置についての運転試験を行い,プラントシステム確立のための諸データを得ることとしている。


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