第5章 安全性の確保

§3 非常用炉心冷却設備(ECCS)問題の経緯について

 昭和46年度は,原子炉安全についての論議が盛んに行われた。そのひとつの契機になったのが,米国国立アイダホ原子炉実験所でのブローダウンの実験に関する報道である。
 その報道の内容は,「米国で小型原子炉による非常用炉心冷却設備(ECCS)」の実験を行なったところ何度もその作動に失敗したというものであった。しかし,実際の調査がすすむと「小型原子炉ではなく,炉心を模擬した電熱装置であり」しかも「その模擬の仕方が不十分で実用炉とはかなりかけ離れた実験装置である」というようなことがわかり,報道がかならずしも真実を伝えていないことが明らかとなった。
 アイダホ原子炉実験所では,LOFT計画という冷却材喪失事故に関する一連の実験を実施しており,その最終段階では,小型の原子炉によって実際の事故を起してみる予定である。今回問題になったのは,その最終試験ではなく,その前段階の予備実験のひとつであり,主としてコンピューターの計算コードの開発を目的としたものであった。
 非常用炉心冷却設備は,炉当り百万年に1回も起らないとみられるようなきわめて発生確率の低い事故にそなえて,原子力発電所に設置されている工学的安全施設のひとつである。原子炉の安全性の確保のためには,このような使用頻度の低い設備であっても,安全評価上は重要な役割を果たすものである。
 この問題が起ってから,原子力委員会は,実情を明らかにし,国民の不安を解消するため,まず昭和46年6月1日に「既設原子炉の運転停止を必要とするような問題でないこと」「原子炉安全専門審査会等で慎重に検討をすすめること」および「専門家よりなる調査団を米国に派遣すること」を骨子とする委員長談話(付録II-8)を発表した。
 次いで7月1日,派米調査団および非常炉心冷却設備検討会の報告にもとづいて,「わが国の安全審査に当つては,わが国の審査指針に基づき厳しく行なっており,これに合格しているものは十分安全であり,また米国の新しい指針を参考にして検討を加えた場合でも合格するものとみられ,炉の停止や出力の制限は必要がないこと」および「今後とも調査研究をすすめて万全を期すること」を骨子とする2回目の委員長談話(付録II-9)を発表した。
 この2回の談話によって,非常用炉心冷却設備についての原子力委員会の考えを公にし,この問題についてその段階での結論を出したのである。
 その後も原子炉安全専門審査会は,PWRおよびBWRの代表例を取り上げて詳細に検討をすすめ,① わが国の安全審査に際しても参考に米国原子力委員会の出したECCSに関する暫定指針への適合性を検討することおよび,② その際,より慎重な態度をとって核燃料被覆材の最高温度は2,300°Fを十分下まわるべきであることという結論を出した。この結果は,すでに新しい炉の安全審査に用いられている。
 またECCSに関するより合理的な解析,評価を行なうため,ECCSに関する一層の研究をはかるべきであると考え,日本原子力研究所の軽水炉冷却材喪失実験(ROSA)計画などの研究の強化をはかつた。


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