第15章 科学技術者

§1 概 況

 昭和35年10月,科学技術会議は「10年後を目標とする科学技術振興の基本方策について」と題する答申を提出し,その中で10年後には理工系科学技術者が,約17万人不足するものと推定した。この答申に関して,内閣総理大臣は,施政演説のなかで,科学技術の研究は,これまでの諸先進国の研究に依存する安易な行き方を是正していくことが眼目であり,そのためには,わが国独自の技術の創造開発と貿易の自由化および所得倍増政策に伴う産業構造の高度化に備えるために,科学技術会議の答申を基礎として,科学技術振興の施策を実現したいと述べた。
 このように政府は独自の技術開発と産業構造の高度化に対処するという2本の柱から,科学技術者の養成を強力に進めていく意向を明らかにした。文部省は,それに伴い,36年度予算編成の重点政策として,科学技術者の大量養成をねらいとした科学技術教育の振興を取り上げ,所得倍増計画の最終目標年次である45年度には,大学卒の上級科学技術者7万人,工業高校卒程度の中級技術者44万人が不足してくるとみて,これに備え36年度から7ヵ年計画で上中級技術者を大量養成することとした。
 一方,科学技術庁長官は,36年3月,文部大臣にたいし,科学技術会議の答申で指摘している大量の科学技術者を養成するには,国立大学だけでは困難であり,この際私立大学の設置基準をゆるめるなどの措置を講じて,理工系学生を増員する必要があるとの勧告を行ない,一層の努力を要望した。さらに,学術会議も,本答申は人文科学,社会科学と科学技術との連関において不足する面がうかがわれ,また,人文科学,社会科学や自然科学の基礎部面を重視しないかのような印象を与えるふしがあることは遺憾であるとの意向を表明し,科学技術基本法の制定,総合行政体制の強化等8項目について勧告を行なった。
 かかる動きに先立って,日本経営者団体連盟は「35年度大学高校卒業予定者の採用試験実施結果に関する調査報告」を発表した。それによると,科学技術者(とくに理工系)の不足がいろいろの形で現われている。技術系の採用人数指数は,34年4月を100とすれば,35年4月183と飛躍的に上昇しており,企業の規模別では,34年度にくらべ,300人以下の企業では30%以上,1,000〜3,000人の企業では45%の激増をみせている。また,工学系採用人数の充足状況(要員数にたいする採用人数)をみると,822社のうち,充足率が50%以下の企業が220社(約27%)もあり,ほぼ4社に1社は,採用予定数の半数以下しか採用できなかった。専攻別では,理学系では物理,化学の,工学系では機械,電気,通信,工業化学,金属工学の未充足が目立ち,土木,建築,化学工学,工業経営,原子力も充足の程度が低くなっている。
 35年9月に発表された通商産業省の調査報告によると,わが国の原子力産業は,多くが企業隘路の理由として専門技術者の不足をあげている。同調査の時点は34年9月であるので,その後原子力産業において,原子力関係科学技術者養成の必要性が高まってきていることは想像にかたくない。
 原子力委員会が,原子力開発利用長期計画において,研究的要素をもった科学技術者の養成を重視する必要があるとしたのも,諸般の情勢を十分に考慮したからである。


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