第9章 基礎的研究

§2 物理部門

 近時物理学は物性物理学と原子核物理学(広く解して素粒子論,場理論を含める)との二大支柱が中心となっている。原子核物理学の原子力にとっての重要性はいまさら言をまたないわけであるが,原子力開発の立場からいって炉材料,核燃料の進歩に重要なる貢献を果たすであろう物性物理学の重要性は再認識されてもよい。幸いにして34年11月開所式が行なわれた東京大学附置の物性研究所は物性研究者の中心として,わが国で特に要望の強い材料の基礎的研究を開始したのである。ここを中心として進められる物理,化学,工学の諸分野の交流と共同研究とは原子力開発利用の立場からも期待されるところが大きい。金属の諸性質の解明,原子炉材料の基本的性質,種々材料の放射線損傷,さらには材料工学の基礎的研究の新しい共同の場を用いての進展が見込まれるであろう。
 一方原子核物理学については,場理論,素粒子,原子核理論とはなばなしい活動が続けられている。高エネルギー,超高エネルギーの領域にあっては核子の構造,核子とパイ中間子の相互作用,不安定重粒子(K-中間子とハイペロン)の種々の問題,核子と核子の相互作用の分析を通して核力理論の確立等原子核の基礎的方面での研究が多く行なわれている。低エネルギー領域に至るといまだ確立を見ない核反応論への模索が,種々の原子模型との関連において進められている。核反応を論ずるにあたって重要な核模型については核構造の立場から多くの研究がなされつつある。しかしながら核の殼模型も集団模型もようやく膨大な計算をしなければならない段階に至り,ましてや核反応を論ずるにあたってその計算量は測りえないほどになりつつある。原子核理論研究者の間に大型電子計算機の共同設置が強く叫ばれつつあるのは当然の動きといえよう。なお京都大学附置基礎物理学研究所,東京大学附置原子核研究所が中核となって理論分野での協同研究が大学の研究者を中心に日本原子力研究所,民間企業の研究者も交流して引き続いて行なわれている。
 一方原子核実験の分野について見ると,東京大学附置の原子核研究所のエレクトロンシンクロトロンの完成と相まって実験的研究もようやく緒につき,全国の大学の研究者の共同利用のもとにいくつかの成果が上りつつある。しかしながらパイ中間子から核子の構造というように世界の動きは高エネルギーから超高エネルギー領域へと移ってくるにつれて,ようやくこれよりもはるかに大きいエネルギーの高い加速器をもたなければ,時勢の進展についていけなくなりつつあるのも事実である。実験研究者の中からエレクトロンリニアック,プロトンリニアック,さらにはプロトンシンクロトンというような高エネルギー加速器建設の声が出つつあり,実験物理学研究者のグループではその技術的可能性とそれによりえられる実験結果の利害得失についての検討が始められつつある現状である。他方低エネルギー領域の現象も核反応の解明という立場から重要性は減ずるところでなくむしろ原子力と直接つながるところが多いだけに多くの研究がなされている。各大学,原子力研究所に設置されているサイクロトン,ファンデグラフおよびコッククロフトウォルトン型の高電圧発生装置,ベータトロン,リニアック等の数もふえてきている。これらの設備を活用して実験結果が相次いで発見され,戦後特におくれていると目されていた実験原子核の分野も世界水準への復帰へと胎動を続けている。これらの研究活動はまさに花の咲いたように盛んとなり,α粒子,重陽子,陽子,中性子の散乱,それらの起こす核反応,さらに光核反応というふうに,データが積み重ねられ,また理論物理研究者との共同により核反応機構の解明に大きなメスが入れられつつある。一方日本原子力研究所に設置されたJRR-1原子炉を用いての低速中性子の行動,熱中性子線の解析,中性子による他の原子核との相互作用というような炉物理の基礎データとしても重要な研究がなされている。JRR-1およびJRR-2をはじめ今後建設される原力炉は,重要な中性子源であるだけに,その共同利用の運用いかんは中性子物理学の向背をきめるものといってもよかろう。なお京都大学附置を予想される5年越しの関西原子炉設置もようやく解決の曙光を見い出し,大学の共同利用施設として発足しようとしている。
 以上二つの部分とは別に,むしろ両者にまたがるような部門としてプラズマ物理学といわれる新しい領域が活発に動くようになってきた。これはいうまでもなく核融合による原子力開発を考える場合,どうしても解決をしておかなければならない問題がプラズマ状態の中にあると考えられているからである。特に問題となる高温プラズマについての物理学が,新しい分野として核融合を目指す各国で非常な勢いで進みつつあるときわが国の研究者もこの例にもれず,物理学と工学の両方の共同研究の形で精力的に研究が進められている。このすう勢に対して,各大学にプラズマ物理講座の設立や科学研究費からの研究費補助により,その体制も着々整備されつつある。第5章に述べられているように「核融合研究」という発表雑誌を通して活動している研究者グループの要望により,日本学術会議を通して設立勧告のあったプラズマ物理研究所の設立も発足しようとする気運になっている。・この分野での研究は高温プラズマをいかにして磁気閉じ込めをさせうるか,またそれを安定させうるかにきわめてむずかしい問題を含んでいる。理論的立場からいうと,高温プラズマのふるまいを磁気流体力学的に見る巨視的立場と,高温プラズマを電子と原子核の荷電粒子の集団とした統計力学的に取り扱う立場と,さらには物理学の多くの分野で問題になりつつある多体問題の一つとして力学的に論ずる立場と三つの立場からそれぞれ論じられ,その物理法則の解明にあたっている。特にわが国の研究活動の中心は第二の立場が主になって,統計力学のボルツマン方程式を応用し,これに含まれる電磁場の取扱いが問題となっている。特にプラズマの安定性とからんで,第三の立場をいりまぜ,荷電粒子の近距離衝突の効果を入れた非線形性の影響が一つの課題となって,いろいろの立場から論じられている。実験的立場からはいかなる装置によって高温プラズマの磁気閉じ込めを果たすかについての種々の試みをためす段階にあり,一方高温状態の測定としていかなる測定が可能であり,また有意義であるかを検討している段階といえる。


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