第9章 基礎的研究

§3 化学部門

 原子力開発に対する化学の役割もきわめて重要であって,燃料,材料を通してのその研究成果に依存するところが大きい。原子力開発に対して特に密接な関連をもつ化学の分野は大きく分けると核化学,放射化学,放射線化学の三つの柱となることは前述のとおりである。原子力開発の端緒を与えた核化学の分野にあっては核物理学との関連も深く,核反応生成物の分析という立場から核燃料に関連の深い物質の分析研究が多く行なわれている。ウラン,ウラン合金,トリウムおよびトリウム化合物の分析または製錬法の確立,ウラン中の不純物分離定量法 ウラン235の濃縮等の燃料の核化学としての研究ならびに冶金,工業化学の立場からの工業的分析法の研究が日本原子力研究所を中心に大学,各研究機関を通じて活発に行なわれており,ある分野では諸外国に匹敵しうる段階に達しつつあるものと見てよい。なかでも日本原子力研究所によるJRR-1用燃料の分析,特にウラン同位元素の分析,原子燃料公社によるJRR-3用燃料の分析は特筆してよかろう。さらに各種炉材用,たとえばビスマス,黒鉛,重水の核的に問題となる微量不純物の分析等純核化学的研究から,原子炉廃ガスおよび使用済燃料の再処理,溶媒抽出,弗化物分溜等の工業化学過程,原子炉用アルミニウム,マグネシウム,ジルコニウム,ステンレス,ベリリウム,さらに液体金属等についての腐食についての冶金学的研究に至る幅広い研究活動が展開されている。放射化学の分野では化学交換反応を用いる放射性同位元素の分離,金属同位元素の分離という基本的な問題から始まって次第に放射性同位元素を用いての無機,有機反応機構の解明等の物理化学的基礎問題にまで手をのばしつつある現状である。この放射化学の分野は今後とも発展が期待される分野で,微量分析から工程管理さらには生化学の分野への拡大が予想されるものである。原子炉の完成によって安価に放射性同位元素の得られる時期がくればこの分野の発展は飛躍的に増大するであろう。一方各大学にも次第にRI室等の整備が進んできているのでその活用と相まって純化学的研究から工学,農学,医学への応用も次第に幅広くなってくるであろう。第三の分野である放射線化学は,あるいは現在最も活発な分野であるといってよいかもしれない。人造繊維,人工樹脂等の高分子物質の放射線による物理的化学的性質の変化は早くから知られていたが,高分子学会を中心として進めてこられた研究成果の一応のめどから,数多くの研究が大学はもちろん民間企業からも次から次へと提出され,化学界のほとんど大部分が関係する問題となっている。さらには低分子への適用,農芸化学,食品等への応用等広義の放射線化学を考えるならば,その発展は将来とも大いに期待されるところである。日本原子力研究所の原子炉の活用とともに,大学に設置されたコバルト60照射装置もこの面で大きな役割を果たしている。


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