第6章 放射線の利用
§3 放射線化学

3−1 放射線化学の開発

 ラジオアイソトーブはトレーサーとして使って物質の移動や存在状態を検出したり,また,ラジオグラフィー法により物質の内部構造の決定,内部欠陥の指摘等に役立つが,これらはいわば,放射線エネルギーの消極的な利用法である。しかしながら最近では大量のアイソトープや荷電粒子加速器から放出される放射線を直接物質に照射し,そのもっている放射線エネルギーを利用して,化学反応を促進せしめたり,新しい性質を作り出す等,ちょうど既成の熱,圧力,触媒等のエネルギー源,反応促進物質に置きかわるべき積極的な利用をしようという試みから,放射線化学が注目されるようになってきた。
 もちろんまだ世界的にも研究開発の段階にあり,技術的,かつ経済的に今後解決さるべき問題は無数にある。しかしすでに米国においてはここ数年間にわたる多数の研究の中から外科縫合糸の殺菌,包装用ポリエチレンフイルムの製造,架橋ポリエチレン電線の製造等がそれぞれ実用的規模の生産態勢に入っている。これらはそれぞれ放射線のもつ殺菌作用,重合反応の促進作用,および高分子物質に対する変性作用(例えば架橋反応によって電気伝導性を高めるとか拡張力を強くする等)を利用したものである。
 また,英国では15万キュリーという大量の60Co照射装置を建設し,医療品や,食品の殺菌,高分子,低分子物質の活性化等の本格的研究を開始している。
 わが国においても,高エネルギー放射線による合成樹脂,合成繊維等の物質変性による品質改善,合成化学反応の確立等の研究開発の促進を図ってきた。
 また,国立試験研究機関での研究も31年頃より開始された。特に名古屋工業技術試験所,東京工業試験所,繊維工業試験所で,放射線化学,特に高分子物質,有機物質の研究を行ない,現在もなお研究を継続している。
 一方,原子力研究所では1万キュリー 60Co,大容量の照射装置を設置し,独自の研究をするとともに,一般利用者に対しても施設を開放してきた。さらに,35年6月には日本生産性本部から総勢10名からなる放射線利用者専門視察団が米国に派遣され,大学,研究機関,会社等における放射線化学の研究開発の現状を規察することとなり,その報告が期待されている。


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